四月の朝、少し肌寒さが残る空気を吸い込みながら、わたしは來の車の助手席に座っていた。これまで通勤は電車かバスばかりだったけれど、今日からは來が車で送ってくれるという。「免許は持ってるんだよね?」運転席の來がちらりとわたしを見た。「……持ってるけど、ペーパードライバーだから。もう何年もハンドル握ってないの」「練習してみる?俺の車で」「無理よ。怖いもの」即答すると、來は小さく笑った。その笑顔があまりに自然で、むしろわたしの方が恥ずかしくなってしまった。今日は來の初出勤の日。いつもより少し早めに出たいと彼が言うので、わたしもそれに合わせて家を出た。思ったよりも早く学校に着き、わたしはいつもより静かな廊下を歩きながら保健室の鍵を開けた。朝礼では、新しく赴任してきた三人の先生の自己紹介があった。もちろん、その中には來もいる。彼が壇上に立って話す姿を、わたしは同僚として、そして“妻”として見つめているという事実が、なんだか不思議に感じられた。まだ春休み中のため、生徒は部活動に参加している子たちだけ。今日は午前のみの活動らしく、校舎はいつもより静かだった。來はバレー部の副顧問になったと聞き、少し意外に思う。体育館で生徒たちと顔を合わせる來を想像すると、なんだか新鮮だった。午前の間、保健室にやって来たのは二人の生徒だけだった。頭痛と軽い捻挫。どちらも大事には至らず、わたしはいつもの仕事をこなしながら、時折廊下から聞こえてくる部活の声や、新しい同僚たちの会話を耳にしていた。「今日からここで一緒に働くんだ」そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。午後になると、生徒たちは部活を切り上げて全員下校させられた。理由は職員会議があるから。新年度を目前に控え、最終の確認と準備を行うためだった。会議室に集まると、まずはクラス分けの名簿が配られた。すでに決定している名簿にそれぞれの担任名も記されている。ざっと目を通すと、そこには「二年二組 担任 滝川來」とあった。二組の子たちは、わたしの印象では明るく元気な生徒が多い。でも根は素直で、先生に心を開きやすい子が多いから、來にとっては初めてのこの学校でも、担任としてやりやすいはず……そんな風に思った。会議は教頭先生の主導で淡々と進んでいく。途中、例年通り健康診断の実施方法についてわたしか
Last Updated : 2025-09-27 Read more