私は神谷美桜(かみや みおう)。神谷朔(かみや さく)と結婚して三年になる。けれど、生死の境で彼が迷わず選んだのは、幼なじみの小山奈美(こやま なみ)だった。朔はびしょ濡れになった奈美をそっと抱き上げ、本来は私が乗るはずだった救命いかだの最後の空席に乗せる。その目には隠しきれない労りが宿っていた。一方、五歳の息子――神谷陽斗(かみや はると)は、私が渡したただ一枚の乾いた服を脱いで奈美の肩に掛け、子どもらしくも大人びた口ぶりで宥めた。「奈美お姉ちゃん、こわくないよ。ぼくもパパもずっとそばにいるから」救命いかだの上は、あたかも三人だけの世界のように温かくまとまっている。水の中でもがく私など、まるで存在しないかのように。「助けて、助けて!朔、助けて」必死に声を張り上げた私に返ってきたのは、朔の冷ややかな視線だけだった。「もう席はないんだ。無理に乗ったら、奈美はどうする?」その言葉を聞いた陽斗は、声を張り上げて泣き叫んだ。「だめ!ママ乗らないで!奈美お姉ちゃんが落ちちゃう!」周囲の人々は私に同情の視線を向けていたが、この切迫した状況では、誰ひとり私を乗せようとはしない。彼らの遠ざかる背中を見送るうちに、胸が張り裂けるような痛みに襲われた。この瞬間、もう生き延びる必要などないのだと思った。もがくのを諦めかけたとき、一本の流木が私をすくい上げ、岸へと押し上げてくれた。再び目を覚ますと、病院だ。医師が診断書を手に眉を寄せて言う。「うつ病がここまで重いとは……身体症状も強く出ています」私はただ病室の天井をぼんやりと見つめる。心はすでに冷え切り、頭の中にはただ「死」の思いだけが暗く澱んでいた。医師が出ていくと、私は枕元の引き出しから睡眠薬の瓶を取り出した。五十錠──これさえ飲めば楽になれる。蓋を開け、錠剤をすべて口に放り込んだ。頭がふわりと霞み、夢の中に沈むように意識が遠のく。私は静かに背を横たえ、訪れるはずの死をただ待っていた。次の瞬間、うつ伏せに押さえつけられ、誰かの指が喉をえぐるように突っ込まれた。「美桜、何を飲んだ!早く、早く医者を!」胃の奥をえぐられるような吐き気が込み上げ、錠剤が食道を伝って逆流してきた。私は床に吐き散らした。目を開けると、片桐悠真(かたぎり ゆうま)が背
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