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第8話

Auteur: スターズ
奈美の誕生日を祝うため、私たちは郊外でキャンプをすることになった。最近の私の気持ちが安定していたことから、朔は特別に私も連れて行くことにしたのだ。

そしてまさにこの日、私は奈美に連れられて山頂へ行った。

こうなる日が来るだろうことは、ずっと前からわかっていた。

朔は私のことで奈美を突き放している。あの高慢な彼女が、それを許して私を生かしておくはずがない。

そして今日こそが、彼女にとって私を葬り去る絶好の機会だ。

「美桜、あなたも卑劣な手を使うね。朔を繋ぎとめるために、うつのふりまでして。

今日、はっきりさせてやるわ。朔が選ぶのは、あなたか――それとも私か」

言い終えるか終えないかのうちに、遠くから朔と陽斗、それに悠真が駆けてくるのが見えた。

奈美もそれを見ていた。彼女は私の耳元に寄り、低く囁く。

「死にたいよね?叶えてあげる」

そう言うと彼女は私の手をつかみ、身を預けるようにしてそのまま崖の下へ身を投げた。

死角から見れば、あたかも私が奈美を突き落としたように見える角度だ。

朔が狂ったような声を上げる。

「美桜、何をしている!」

命惜しみな奈美が、こんな芝居のために身の危険を冒すはずがない。

彼女はあらかじめ地形を調べていたのだろう。崖のすぐ下にはこんもりと茂った木の茂みがあり、奈美はちょうどその上に落ちた。

一方の私は、細い枝に引っかかって宙吊りになり、ぶらぶらと揺れている。

奈美は谷に響き渡る声で助けを求め、悲鳴を芝居がかった調子で撒き散らす。

邪魔なこの枝に苛立ちを覚えつつも、彼女が私を死へ運んでくれたことにはどこか感謝していた。

私は体を大きく揺らし、自分からそのまま落ちようとした。

そのとき、朔がロープをつけて崖を下りてきた。けれど向かった先は私ではない。茂みの上の奈美だ。

「バキッ」という音とともに枝が割れ、私が崖へ落ちそうになったそのとき、上へ引っ張られる衝撃が走り、腕に裂けるような痛みが走った。

悠真が私の手をしっかりと掴んでいた。

そして、この頃、朔はすでに奈美を抱きかかえて、山頂へと戻っていた。

陽斗は泣きじゃくりながら、拳で打ち足で蹴りつけ、どうして私を助けなかったのかと朔を責め立てた。

奈美を落ち着かせた朔は、口元に得意げな笑みを浮かべて言う。

「お前に何が分かる?お前の母さんは嫉妬して奈美
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