父が亡くなって三日目になっても、遼真は帰ってこなかった。「村長さん、決めました。父の遺志を継いで、この村に残り、子どもたちに勉強を教えます」荷物をまとめながら、私は毅然と告げた。男は目を丸くし、諭すように言った。「馬鹿な子だ……せっかく黎明機構に随伴できる身分を得たのに、どうしてこんな貧しい村に戻って苦労するんだ」私は首を振り、手首の古びた腕時計に目を落とした。それは父が遺してくれた唯一の形見だった。「私は苦労なんて怖くありません。七日以内に離婚を申請します」夜七時。私はようやく拠点の家へ戻った。食卓の上には、出ていく前と同じ料理がそのまま残っている。荷物を下ろした途端、玄関から足音が響いた。制服に身を包み、背の高い蒼井遼真(あおい りょうま)が入ってきた。声は冷ややかだった。「まだ飯はあるか?食堂が閉まってしまった。温めて弁当箱に入れてくれ。瑤に持っていく。彼女、体調を崩していてな。しばらく料理もできないんだ」振り返った私は、やつれた顔を見せた。「今帰ったばかりで、料理はしていない」遼真は眉をひそめただけで、私がどこに行っていたのかも、やつれた理由も尋ねなかった。返事を聞くと、そのまま台所へ向かう。その時の彼の頭の中は、初恋の女のことしかなかった。私は立ち尽くし、彼が不器用に卵を焼き、麺を茹でる様子を見ていた。結婚して五年、これが彼の初めての料理だった。水無瀬瑤(みなせ よう)が離婚して神津市に戻ってからというもの、こうした変化は嫌というほど目にしてきた。麺を弁当箱に入れると、遼真は私の横をすり抜けようとした。私は彼を遮り、声をかけた。「数日後、また実家に戻るわ。申請書にサインして。手続きに必要なの」書きかけの離婚申請書を差し出し、空欄に署名を示した。遼真は一瞬きょとんとしたが、目も通さずにサインした。「数日前、瑤が病気でな……彼女の容体がよくなったら、一緒に実家に帰ろう」私は目を伏せ、赤くなった目尻を隠した。「ええ」すれ違う瞬間、彼の体から漂う香りに気づいた。私が惜しんで買えなかったが、彼の初恋が好んで使っていたあの化粧水の匂いだ。門が閉まる音を聞き、私は硬直したまま食卓に戻り、紙を丁寧に折り畳んだ。一週間前。村長から電話があり、父
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