パレルモ劇場。公演を観に来た人々が絶え間なく流れ込み、その多くは――五年の沈黙を破って復帰するジャズダンスの天才の澄人を目当てにしている。瑠璃は片足を引きずりながら、一歩一歩と劇場の中へ向かう。ようやく人波をかき分けて案内口に辿り着いたとき、案内係に行く手を遮られた。「このお客様、あなたはこちらから先へはお入りいただけません」「どうして?」瑠璃は不機嫌そうに眉をひそめた。これが、澄人にもう一度会える唯一の機会なのに。この劇場に招待状の決まりはない。チケットがあれば誰でも入れるはずだ。ところが案内係は一枚の写真を取り出し、瑠璃の顔とじっくり見比べたのち、表情を引き締めて告げる。「当劇場の団員に対する悪質なつきまといの疑いにより、あなたは当劇場への入場禁止となっています。どうかお引き取りください」瑠璃はその場に凍りつく。まるで暗闇の中で光を求めていた者が、唯一の蝋燭を吹き消されたかのように。「違う、違うのよ。聞いて。私は澄人のことをちゃんと知っている。私は彼の妻なの!」給仕はその言葉に、いっそう侮るような目つきを向ける。「安部様のパートナーはソフィア様だ。私を馬鹿だと思っているのか?」きついフランス語の抑揚が、ことさらに刺さる。瑠璃は慌ててスマホを取り出し、澄人とのウェディング写真を見せる。「見て、私は本当に彼の妻なのよ!」「ははは!こちらはとっくに調べがついてるんだ。この男の名は井上俊也だ。まさに石と玉を取り違えるってやつだな!」給仕は笑い崩れ、瑠璃をますます蔑む目で見下す。「どきなさい。他のお客様のご迷惑だよ!」乱暴に脇へ押しやられた瑠璃は、劇場の窓枠にしがみつく。せめて、もう一度だけ澄人の姿を目に焼きつけようとする。劇場の舞台裏。澄人はすでに舞台用の衣装に着替え、専門のスタッフが舞台化粧を施している。五年ぶりに立つ劇場の舞台。胸の奥には、やはり少しの緊張が残っている。深く何度か息を吸い込み、彼は頭の中で振り付けとリズムを繰り返し思い描く。扉が押し開けられ、そこに現れたのは、この世のものとも思えぬほど艶やかな顔だ。「ソフィア?どうしてここに」澄人の顔がぱっと明るくなる。ソフィアは、うっすら汗ばんだ彼の手のひらを握りしめる。「前で待っているうちに不安になって、心
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