結婚から五度目の正月、藤堂瑠璃(とうどう るり)は突然と姿を消した。安部澄人(あべ すみと)が警察署に駆け込み、失踪届を出した。対応した警察は事情聴取を終えて記録に目を通すと、顔つきを一変させ、妙な表情を浮かべる。「奥さまが藤堂瑠璃だとおっしゃいましたね。では、あなたのお名前は?」「僕は安部澄人です。妻のことで何か分かったんですか?」彼は白杖をぎゅっと握りしめ、普段は冷ややかに沈んだ黒の瞳が、この時だけ不安を映して揺らいでいる。警察は眉をひそめ、机を強く叩く。「ふざけないでください。本当の名前を言いなさい!」澄人は眉をわずかにひそめる。「僕は確かに、安部澄人です」背後で金髪の若者たちがどっと嘲笑を噴き出す。「この目の見えないやつ、似てるからって本人のふりなんかできると思ってんのかよ。この港町じゃ誰だって知ってるんだよ。藤堂瑠璃は、安部澄人との子どもができた祝いに、彼に二千億円のヨットを贈ったんだ。安部澄人はSNSに連日投稿していて、何日間もトレンドに上がってたじゃねえか。それでお前が安部澄人だって?なら次は、自分が御曹司だって言ってみろよ!」ちょうどその話を裏づけるかのように、正面のLEDスクリーンに瑠璃の生中継のインタビューが映し出される。「昨日は大晦日でしたが、藤堂社長の新年の願いは何ですか?」「もちろん、澄人の子を無事に産めることです」「愛してるよ、瑠璃」耳に届いたのは、聞き覚えのある井上俊也(いのうえ しゅんや)の澄んだ声だ。澄人の頭の中で何かが爆ぜたように混乱し、顔色が真っ白に変わった。……五年前、二人が結婚する前夜のこと。澄人は交通事故で視力を失い、瑠璃は深い絶望に沈んだ。港町の誰もが口をそろえて言った――この街一番の名門令嬢が、盲目の男に嫁ぐはずがない、と。中には、澄人にそっくりな貧しい大学生を探し出し、密かに瑠璃の部屋へ送り込む者までいた。瑠璃は激しく声を張り上げ、護衛にその少年――俊也を取り押さえさせ、危うく命を奪わせるところだった。艶やかな瞳は怒りに燃えるように赤く染まり、胸の奥で渦巻く感情を必死に抑え込んだ。「出ていって!私が愛してるのは澄人だけよ。似ている誰かなんて、見るだけで胸が悪くなる!」真夜中、瑠璃は車を飛ばして病院へ向かい、澄人を力
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