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All Chapters of 幸せな偽の花嫁。: Chapter 11 - Chapter 20

24 Chapters

3話-1 花と光と。

* * *数日後の早朝、シルヴィアはシルクのリボンでハドリーの髪を結ぶ。「で、殿下、出来ました」初めて認められた日からこうして時々髪結いを任されるようになった。ハドリーは自分に泣かれたら面倒だとでも思っているのか、出来上がった髪型について何も口にしない。不安で胸がざわつくけれど、時々でも指名されるということは、きっと大目に見てもらえている証拠なのだろう。こんなにも有難いことはない。「で、殿下はいい加減やめろ」「申し訳ありません……」謝罪すると、ハドリーはため息をつく。(また呆れさせてしまった……。それにしても、殿下の顔色がいつもより良くない気が……)(ここのところ公務でお忙しいようだから疲れているのかもしれない。何か疲れが取れる料理を作れたら良いのだけれど……)「私の顔に何かついているか?」「い、いえ」シルヴィアはすぐさま目線を逸らす。疲れが取れる料理を作ってどうなるというのだ。未だに一口も食べてもらえていないというのに。「今日の晩は遅くなる」「か、かしこまりました」(せめて、殿下の負担が少しでも減れば……)シルヴィアはそっと手を合わせ、心の中で祈るしかなかった。* * *午後、シルヴィアは邸宅の庭を箒で掃く。朝食はオムレツを作ったものの、いつものようにハドリーに一口も食べてもらえず、玄関で見送った後もハドリーの体調が気になって仕方ない。そのせいで、洗濯、掃除も手につかず、きちんとこなすことが出来ない自分を見かねてか、ベルに庭掃除を任される羽目に……。集中を切らすなどあってはならないことなのに、自分が情けなくて胸が張り裂けそう。ふと、庭の隅に咲く美しい花が目に入る。(あの花、もしかして……)シルヴィアは思わず箒を脇に置き、花に近づいてしゃがみ込む。間違いない、薬
last updateLast Updated : 2025-10-22
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3話-2 花と光と。

その晩、シルヴィアは食事室で遅く帰邸したハドリーに薬草入りの料理をお出しする。 以前ここで食べたスープを応用して、スープではなく、チーズで焼いたものに薬草の花を散りばめ、見た目も今までよりオシャレになっている。 (食べてもらえたら良いのだけど……) 不安に胸を締めつけられながら見つめていると、ハドリーは香りに何かを感じたのか、料理をじっと見据え、その視線が花びらの微かな光沢を捉え、わずかに目を細める。 (――ああ。遅くまでお疲れの殿下をせめてこれで少しでも癒やすことができたならと思ったけれど、浅はかだった) (今回も下げるしか――――) 諦めかけたその時だった。 ハドリーがフォークを手に取り、一口、慎重に口に運ぶ。 (殿下がわたしの料理を……) シルヴィアは息を止め、思わず固まる。 「殿下、執事長によりいつもの料理を運ばせましょうか?」 リゼルが静かに尋ねる。 「いや……今日は、これでいい」 ハドリーの言葉は淡々としているが、その響きに、料理を認めているような深みが宿る。 美味しい、とは言われなかった。 けれど、自分が作った料理を初めて食べ、いいと言ってくれた。 シルヴィアは思わず泣きそうになるも困らせてはいけないと必死で堪え、ハドリーの食す姿を優しく見つめた。 * * * その後、夕食を終えたハドリーはリゼルを連れ、静かな食事室を後にする。 廊下のランプが、足元を柔らかく照らす中、ハドリーの声が低く響く。 「リゼル、今宵の料理だが」 「気づかれましたか。私もシルヴィア様がお出しになる前に気づき、ベルに確かめたところ、シルヴィア様が庭で薬草の存在に気づき、殿下の疲れを癒すために今宵の料理に取り入れたとのことです」 「そうか」 ハドリーの眉がわずかに寄る。 (シルヴィアが何故、薬草の存在を知っている? もしや彼女が薬を……?) そして、ふと思い浮かぶのは、髪を結ってもらう早朝のひと時。 彼女に髪を結ってもらう日のみ、決まって異様な気配を感じる。何故だ? 「明日は騎士団が邸宅に訪れる事になっていたな
last updateLast Updated : 2025-10-23
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3話-3 花と光と。

その後、ベルが騎士長たちにふたりで準備した肉料理を運ぶ中、シルヴィアはハドリーと騎士長にお出しする。 しかし、騎士長は相変わらずこちらを一度も見ようとはせず、シルヴィアをまるで存在しないかのように扱い、その冷淡な態度に胸が締め付けられ、ふと視線をハドリーに移す。 するとハドリーは肉料理をじっと見つめ、どこか探るような目つきをしていた。 (もしかして、薬草が入っていないかを確かめて……) そんなふうに思った時、騎士たちの小さな囁き声が耳に届く。 「……この料理、食べても大丈夫か?」 「……噂のシルヴィア様が作ったんだよな? 毒でも入ってるんじゃないか?」 騎士たちはベルが並べた料理を訝しげに見つめながら囁き合う。 すると騎士長の鋭い視線に気付き、肩をすくめて一瞬黙る。 「……まぁ、ベルさんが手伝ってるなら大丈夫だろ」 やがて騎士たちは料理を口にし、ハドリーと騎士長も食事を始めた。 それからしばらくして食事が終わると、シルヴィアはベルと共に皿洗いや掃除を済ませ、傷の手当て用の薬や包帯を庭に運んだ。 そこで、訓練の様子を目の当たりにする。 ハドリーの剣の稽古姿は初めて見たけれど、その堂々とした姿が見惚れてしまう程にかっこ良く、思わず目のやり場に困った。 やがて訓練が終わると、シルヴィアはベルから騎士長の傷の手当てを任される。 ふと視線を感じ、目を向けるとハドリーの鋭い眼差しがこちらをじっと捉えているのが分かった。 恐らく自分がどのように傷の手当てをするのかを見定めているのだろう。 「……庶民で本当の聖姫じゃないんだろ?」 「……花嫁候補が騎士長の怪我を癒せるのかよ」 騎士たちの軽蔑の声が聞こえる中、シルヴィアは騎士長を真っ直ぐ見据え、毅然と名乗った。 「シルヴィア・ロレンスにございます。これより傷の手当てを致しますので、左腕に触れても宜しいでしょうか?」 「あぁ、フェリクス・ハワードだ」 名乗り返してくれたということは、とりあえず、自分を認識してくれたということなのだろう。 (この場で薬を煎じて作らせてもらえれば傷を治せるかもしれない)
last updateLast Updated : 2025-10-24
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3話-4 花と光と。

そして、翌日の午後。シルヴィアは貴族の宴に足を踏み入れた。 邸宅の庭は絢爛に飾り立てられ、色鮮やかな花々に囲まれたテーブルには豪華な料理が並び、気品に満ちた貴族たちや優雅で美しい令嬢たちが集い、談笑する姿が眩しく映る。 そんな華やかな光景を前に、自分がこのような場にいても良いのだろうか。 場違いなのではないか――そんな不安が胸を締めつける。 けれど、ハドリーに恥をかかせる訳にはいかない。 シルヴィアは気持ちを奮い立たせ、ベルとは離れた場所で黙々とワインを運んだ。 ハドリーが貴族たちと談笑する中、丁寧に、しかし目立たぬよう令嬢たちのテーブルにグラスを置いていく。 その時だった。一人の令嬢の手が、まるで故意のように滑り、シルヴィアのドレスにワインが飛び散った。グラスが地面に落ち、鋭い音を立てて砕ける。 「あら、ごめんなさい。てっきりどこぞの庶民かと思い、花嫁候補様だとは気付かず、手が滑ってしまいましたわ。お怪我はありませんか?」 令嬢の口調には、謝罪の言葉とは裏腹な嘲りが滲んでいた。 「……いえ、大丈夫です」 「庶民ですって」 周囲の令嬢たちがくすくすと笑い、ハドリーにも情けない姿を見られ、シルヴィアは顔が熱くなるのを感じた。それでも、唇を噛んで辱めにぐっと耐え、静かに割れたグラスを拾おうと手を伸ばす。 すると、近くにいた貴族の男性が素早く身をかがめ、彼女を制した。 「危ないよ。私が拾っておくから」 「ありがとうございます」 シルヴィアは感謝の言葉を口にし、ガラス片を拾う男性を見守った。 そして、男性が全て拾い終えた時、シルヴィアは男性の指先に小さな切り傷があることに気づく。 「あの、治療をさせてください」 「いや、こんな小さな傷、大したことないよ。それに、庶民の君には無理だろう?」 確かに、貴族である彼を庶民の自分が治療するのは畏れ多いことかもしれない。 それでも、自分のせいで彼が怪我をしたのだ。このまま放っておくわけにはいかない。 「いいえ、お願いします。せめて手当てだけでも」 シルヴィアは強い眼差し
last updateLast Updated : 2025-10-25
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3話-5 花と光と。

* * * その夜、シルヴィアはとある部屋の前に立ち、緊張していた。 (雑務の報告をするべくリゼル様に殿下の居場所を尋ねたら、書斎ではなく私室にいらっしゃると聞いてきたけれど、この部屋であっているかしら?) 「で、殿下、シルヴィアにございます」 シルヴィアは恐る恐る声をかけてみる。 だが、返ってくるのは静寂だけ。いくら待っても返事はない。 (部屋を間違えたのだろうか? それにしても……) 周囲の空気は張り詰め、まるで時間が止まったかのような、不気味な雰囲気。 (妙に静まり返っているような……) シルヴィアが違和感を抱いたその時、部屋の奥から微かな呻き声が漏れ聞こえた。 「失礼致します」 シルヴィアは一瞬の躊躇を振り切り、扉を開ける。 そこには、豪華なソファーに座るハドリーの姿があった。 シルヴィアは扉を閉め、近づいて行く。 ハドリーは薄暗い月の光に照らされ、普段の威厳ある姿とは異なり、額には汗が滲み、眉間に皺を寄せ悪夢にうなされているようだった。 このようなハドリーの苦しむ姿を見るのは初めて。 (以前、リゼル様から、殿下は幼少の頃、宮廷の暗部を目の当たりにし、お心を痛めたと聞いたけれど……あの時の記憶が、今も夢に……?) シルヴィアは一瞬ためらうが、意を決してそっと隣に腰掛け、震えるハドリーの手を両手で優しく包み込む。 「で、殿下……」 呼びかけてみるも、返事はない。 もしもこの場にいるのがリリアだったらなら。 もしも自分が聖姫だったなら。 きっと救えたに違いない。 けれど、自分は無能。なんの力もない。それでも。 シルヴィアは自分の立場を忘れ、ハドリーの手を握り続け、目を閉じ、心から祈る。 (どうか、殿下が悪夢から解放されますように――――) * * * ハドリーはふと気配を感じ、目を覚ます。 すると、シルヴィアの姿がぼんやりと視界に浮かぶ。 彼女は微かに発光し、目を閉じたまま自分の手を握り続けている。 (
last updateLast Updated : 2025-10-26
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4話-1 初めての帝都。

* * *シルヴィアは闇の中で光を見た。あれは母に抱かれた幼い頃の自分?隣には父の姿がある。淡く輝く光の先に、聖印が浮かび、どこか懐かしい声が囁く。「シルヴィア、月の下に長くいてはだめよ――――」その言葉が胸に響く前に、突然、意識が現実に引き戻された。目を開けると、自室の天井。早朝の光とベッドの柔らかな感触に戸惑いながら、シルヴィアは身を起こした。なぜここに? 昨夜の記憶が曖昧だ。そこへ、ノックの音とともにベルが部屋の中に入ってくる。「シルヴィア様、お目覚めでしたか。てっきりまだお休みになられているかと思い、お声掛けは致しませんでした。申し訳ございません」「いえ、それより、わたしはどうしてここに?」「昨夜、殿下の私室でシルヴィア様が眠ってしまわれた為、殿下自らシルヴィア様を部屋までお運び致しました」シルヴィアはベルの言葉を聞きながら、胸の奥に残る夢の断片を追いかける。光、聖印、そして「シルヴィア、月の下に長くいてはだめよ」という母の声……あれは、ただの夢だったのだろうか。それとも――。* * *その朝、シルヴィアは玄関前でベルの隣に立ち、俯いていた。(まさか、殿下の部屋で眠り込んでしまうだなんて……。ベルには悪夢のことは話していないみたいだけれど……)シルヴィアはちらりと高貴な馬に騎乗するハドリーを見上げる。朝の光がハドリーのブルーグレイの髪を輝かせ、堂々とした姿がいつも以上に遠く感じられた。朝食の時も、お出しした丸いパンに、ハムやベーコン、ポーチドエッグを添えてソースをかけた料理をハドリーは一口食べただけで、すぐさまいつも通りの朝食に切り替えたのを見て、胸が締め付けられる思いだった。視線を合わせられない自分のそのぎこちない態度が気に障ったのだろうか。シルヴィアの心は揺れ、落ち着かなかった。(今も、ちゃんと見送らねばならないのに、殿下の顔をまともに見られないだなんて、情けない…&h
last updateLast Updated : 2025-10-27
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4話-2 初めての帝都。

* * *「帝都への偵察を皇帝に命じられた」夜、書斎でハドリーが突如告げる。その一言が、夜の静寂を鋭く断ち切った。雑務の報告を終えたばかりのシルヴィアは驚きを隠せない。なぜ、自分にそのような話を? とにかく、応えなければ。「そ、そうなのですね」「お前も共に行ってもらう」ハドリーはシルヴィアに視線を向け、冷静かつ揺るぎない声で告げた。(わたしも一緒に……!?)「え、いえ、あの……」「皇帝直々の命令だ。シルヴィアを伴い、偵察をとのことだ。お前のドレスはこちらで用意する。3日後に帝都へ発つからそのつもりでいろ」「は、はい……」(皇帝にはまだ一度もお会いしたことはないけれど、どうしてそのようなご命令を?)当日は絶対に迷惑をかけず邪魔にならないよう、気をつけなければ。* * *3日後のこと、シルヴィアは高貴な馬車の中で揺られていた。(ベルに初めて令嬢のようなお化粧をしてもらい、殿下が用意して下さったドレスを着ているせいで、なんだか心がふわふわして落ち着かない。それに……)シルヴィアは恐る恐る目の前に座るハドリーを見る。ハドリーの透き通った長い髪は、緩やかな一本の三つ編みにまとめられ、肩から柔らかく流れ落ち、貴族らしい優雅な装いに身を包み、まるで月夜のような気品を漂わせ、いつも以上に眩しく、近寄りがたい輝きを放っている。(まさか、殿下と同じ馬車に乗ることになるだなんて……)偽の花嫁である自分は、てっきり、ベルとリゼルが乗る馬車に乗るものとばかり思っていた。それなのに、なぜかこうしてハドリーと2人きり。心臓がドクドクと鳴り、胸の内で暴れるそれを抑えようと、シルヴィアは無意識に髪を整え、ドレスの裾を握りしめ、指先で布を何度も撫でては整えた。だが、すぐにその仕草に気づき、慌てて手を膝の上に戻す。ハドリーへの襲撃を防ぐため、そして彼の素顔を民に知ら
last updateLast Updated : 2025-10-28
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4話-3 初めての帝都。

* * *しばらくして、馬車が帝都の隠れ家の店付近に到着した。御者の執事が恭しく馬車の扉を開け、ハドリーを降ろす。シルヴィアもその後に続き、緊張でぎこちない足取りで地面に降り立った。(ここが帝都……)初めて見る帝都の華やかな街並みに心を圧倒され、シルヴィアは思わず息を呑む。「……まさか、帝都を歩ける日が来るとはな」ハドリーの小さな呟き、そして、彼の視線がわずかに柔らかくなるのを、シルヴィアは驚きつつも見逃さなかった。だが、それは一瞬の幻のように、すぐにいつもの無表情に戻る。シルヴィアの胸は、なぜかその一瞥にざわめく。こんな気持ちを抱く自分に、偽の花嫁としての立場を思い出し、慌てて視線を落とした。「あの、で、殿下は帝都を訪れた際にはこれまでどうなされていたのですか?」シルヴィアの声は、緊張でわずかに上ずる。ハドリーに悟られまいと、彼女は無意識にドレスの裾を握り、指先で布をこすった。「馬車の中から街の様子を常に窺っていた。降りたことなど一度もない」ハドリーの声はそっけないが、彼の指が一瞬マントの端を握りしめる仕草に、シルヴィアは気づく。その小さな動作に、抑えきれない何か――おそらく彼自身も気づいていない感情の揺れ――が滲んでいるようだった。「そ、そうだったのですね……」シルヴィアは言葉を返すが、心の中では別の思いが渦巻く。ハドリーは皇太子。本来ならば、リゼルとベル、馬車の警備をしていた数名の護衛だけでなく、護衛を何人も連れて歩かなければならない身分だ。それなのに、自分が隣にいて、良いのだろうか。許されるのだろうか。シルヴィアは不安を胸に抱きつつ、ハドリーの一歩後ろを歩く。帝都の通りは華やかだが、衛兵の巡回が普段より多く、街の空気には見えない緊張が漂う。あれはなんだろう? 店の周辺にかすかに光る魔形の痕跡のようなものが残っているような……?それだけではなく、ふと視界の端で、遠くの路地裏に怪しげな影が一瞬揺れた気がして、シ
last updateLast Updated : 2025-10-29
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4話-4 初めての帝都。

* * *その後、シルヴィアはなんとか無事にハドリーとの昼食を済ませると、同じ馬車で庭園へと向かい、御者の執事が手を添え、ハドリーが先に庭園付近に到着した馬車から降りる。すると街の女達が驚きの声を上げた。「あの方がハドリー殿下!?」「美青年でしたの!?」街の男達もまた、ハドリーの端正な顔立ちに目を奪われ、驚嘆の表情を浮かべる。覚悟はしていたけれど、ついにハドリーの素顔を知られてしまった。シルヴィアは複雑な気持ちを抱きながら続けて馬車から降りる。「おい、見てみろ! 見たことがない令嬢と一緒だぞ!」街の男が声を上げ、すぐに別の声が囁かれる。「……なぜ、薬やパンを民に施してきたリリア様がハドリー殿下のお隣でないの?」「……リリア様こそ、ハドリー殿下の隣に相応しいというのにねえ」シルヴィアは顔を伏せ、街の女達の陰口に胸を締め付けられる。(そのようなこと、わたしが一番分かっているわ……)「何をしている、行くぞ」ハドリーの声に、シルヴィアはハッと顔を上げる。「は、はい……」今は俯いている場合ではない。しっかりしなくては。シルヴィアは気を取り直し顔を上げ、ハドリーの隣を歩き、庭園の入口へと進む。そこでは案内人の男性が恭しく一礼した。「ハドリー殿下、お待ちしておりました。初めてお目にかかりましたが、ああ! この庭園に咲く、そう! ブルーローズの花のようにお美しい!」案内人が一人歌劇のように声を張り上げ、シルヴィアは固まり、ハドリーはどん引いた表情を浮かべる。その後ろでは、リゼルが表情一つ変えず厳格な雰囲気を保つも笑いで肩を震わせ、ベルは冷めた目をし、数名の護衛達も笑いを堪えるのに必死だ。「どうやら訪れた庭園を間違えたようだな」「ハドリー殿下、申し訳ございません! 今すぐ貴族専用通路までご案内致します!」* * *その後、案内人に導かれ、貴族専用通路
last updateLast Updated : 2025-10-30
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4話-5 初めての帝都。

「……あ、その、申し訳ありません! 足を止めて余計な事を……」「…………」「で、殿下?」ハドリーはハッと我に返る。(私としたことが。何をぼうっとしている)「いや、いい。これから、聖姫の力と関わりのある花が咲いている花畑に向かう。着いて来い」ハドリーは一歩踏み出し、シルヴィアを促した。* * *やがて、シルヴィアはハドリーと共に花畑に辿り着く。そこは一面に広がる色とりどりの花々が、朝露に濡れてキラキラと光を反射し、そよ風に揺れるたびに甘く清らかな香りが漂う場所だった。そのあまりの美しさに、シルヴィアの心は浮き立ち、言葉を失う。陽光が花弁の隙間を通り抜け、地面にまだらな光と影を落とし、柔らかな草が足元でかすかにざわめく。シルヴィアはそっと手を伸ばし、花の繊細な花弁に触れると、ひんやりとした感触が指先に広がった。だが、ふと我に返り、シルヴィアは息を呑む。(今日の振る舞いが帝都での任務に影響するのでは……。しっかりしなくては)それからしばらく歩くと、大きな花壇の中に凛々しく大きな花が咲いている場所に辿り着いた。「で、殿下、この場所が聖姫の?」「そうだ。花に触れてみろ」ハドリーの落ち着いた声が、そよ風に混じって響く。「はい」シルヴィアはゆっくりと膝を折り、地面にしゃがんだ。 何もない自分が触れても、きっと何も起こらないだろう。これで自分はこの場でハドリーに斬られるかもしれない。手のひらにじわりと汗が滲み、呼吸がわずかに乱れる。それでも、ハドリーに斬られる運命が待っていたとしても――ハドリーと初めて帝都を訪れ、ふたりで食事をして、花を見て、もう少しだけ、ハドリーのそばにいたいと思ってしまった。(どうか、自分に、わたしに、もう少し時間をください)指先が震えながら花に触れ、シルヴィアは祈るような気持ちでそっと目を閉じた。
last updateLast Updated : 2025-10-31
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