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All Chapters of 幸せな偽の花嫁。: Chapter 21 - Chapter 30

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5話-1 皇帝の宴。

* * *やがて、シルヴィアとハドリーを乗せた馬車が動き出す。リゼルとベルに守られながら、ハドリーが無事に戻られるよう心の中で祈っていたが、一体何があったのだろう。(リゼル様とベルは馬車から降りた時、殿下と何かを話していたようだけれど……)「あの、で、殿下……」「そんな顔をするな。何者かに付けられていたようだが、私が対処した。心配するようなことは何もない」「わ、分かりました……」魔形ではなかったらしい。それでも、民が不安がっていたように、厄災が刻々と近づいてきている。今回はハドリーに斬られずに済んだけれど、いつその刃が自分に向けられるか分からない。だからこそ、せめて斬られるその時まで、少しでも役立つ事をしよう。ハドリーのそばに、ほんの少しでも長くいるために――――。* * *「陛下、只今帰還いたしました」ハドリーが皇帝の間の扉前で恭しく告げる。「入ってまいれ」皇帝の重厚な声が内側から響き、衛兵が厳粛に扉を開いた。ハドリーは皇帝の間へと進み、長い深紅の絨毯の上を歩いて行き、玉座へと歩み寄る。そして、皇帝の前に跪き、頭を下げた。「ハドリー、頭を上げよ」ハドリーが皇帝を見上げると、皇帝はハドリーを見据える。「帝都の偵察、ご苦労であった。結果を申せ」「はっ、ご報告申し上げます。厄災の刻が近づいている影響からか、魔形から身を守る指輪が高値で取引されているようです。また、帝都の外れでは夜な夜な光る霧が目撃され、民の間に不安が広がっているようにございます」皇帝は静かに頷き、わずかに目を細めた。「そうか、よく分かった」答えた直後、皇帝の柔らかな面持ちが消え、厳然とした表情に変わる。「して、シルヴィアはどうであったか?」「花に触れた瞬間、微かに発光致しましたが、鋭い音とともに彼女に痛みが走り、拒絶するような反応を示しました」「ほう。それは何か特別な力を秘めている証かもしれんな。こちらで詳しく調べさせよ
last updateLast Updated : 2025-11-05
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5話-2 皇帝の宴。

* * *「これは事実か?」2日後、ハドリーは書斎の席でリゼルから手渡された数枚の書類に目を通しながら、静かに問う。「はい。教会の記録庫に保管されていた書類であり、内容に誤りはないかと。加えて、雇った者からの情報によれば、シルヴィア様は家族から虐げられ、牢のような暗い部屋で暮らしていたようです」リゼルが淡々と説明し、報告すると、ベルは顎に手を当て、思案するように頷く。「なるほど。シルヴィア様が洗濯や掃除に最初から手慣れておられたのは、そういった事情からでしたか」ハドリーは眉をひそめ、ベルに視線を向ける。「ベル、なぜお前がここにいる?」「リゼル様を脅し頼みました。シルヴィア様の専属教官メイドとして、当然知る権利はあるかと」ハドリーは、はぁ、とため息をつく。「まあ、いい。リゼル、他に情報は?」「はい。一点、気になることが。シルヴィア様は時折、近くの森を訪れていたそうです」「森、ですか?」ベルが首を傾げる。「シルヴィア様は以前、本で薬草の知識を得たとおっしゃっていましたが、森で実際に薬草を摘んでいたなら納得です。だとすると、やはり、シルヴィア様が薬を…?」ハドリーは書類に目を落とし、静かに言う。「リゼル、ベル、書類を詳しく確認したい。少し一人で考える時間をくれないか?」「かしこまりました」ふたりは一礼し、書斎から出ていく。そして書斎に静寂が戻る中、ハドリーは教会の記録庫の書類に記された内容を読み進める。そこにはシルヴィアの悲惨な過去が綴られていた。10年前、母ルーシャを病で亡くし、父ラファルが再婚。継母ブライアと継妹リリアにより虐げられ、父親には無関心な態度をされ、目を逸らされる日々。まさか、家事全般を押し付けられ、牢のような部屋で生活を送っていたとは。聖姫の力を持つリリアがいなければ、ロレンス家は皇国の援助金で裕福になることもなかっただろう。とはいえ、この仕打ちはいかがなものか。あまりに非道な行為だ。しかし、書類が事実ならば、シルヴィアが「無能」であること
last updateLast Updated : 2025-11-08
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5話-3 皇帝の宴。

* * * 「――あの、今、なんとおっしゃられましたか?」 深夜、書斎に静寂が漂う中、シルヴィアは思わず問い返した。 「4日後に開かれる皇帝の宴に、共に出席してもらう」 シルヴィアの心が波立つ。 皇帝の宴に自分も? シルヴィアは信じられない気持ちで、ためらいがちに尋ねた。 「わたしがそのような場に出席しても、宜しいのでしょうか……?」 「皇帝直々の命令であるから問題はない。今回の宴は晩餐会となり、特別にリリアも出席する」 シルヴィアは言葉を失い、身体が凍りついたように動かなくなる。 ――――ああ、ついに終わりの時が来てしまった。 ハドリーのそばに、ほんの少しでも長くいるために、帝都から戻って以来、一層雑務に励んできたのに。 これまでのハドリーとのすべてを無に帰すかのような予感がシルヴィアを包み込んだ。 「そんな暗い顔はよせ。皇帝の宴には必ず出席しろ、良いな?」 「かしこまりました……」 シルヴィアは胸に渦巻く思いを抑え、静かに答えた。 * * * 4日後の当日、シルヴィアは玄関先でハドリーと対面する。 (皇帝の宴に出席するのだから正装なのは分かっていたけれど、殿下が帝都の時よりも更にかっこいい……) 「なんだ? 私の格好がおかしいか?」 ハドリーの声に、シルヴィアはハッと我に返る。 (何を直視しているの……) 「い、いえ、とても良く似合ってらっしゃいます」 シルヴィアは、つい口を滑らせ、内心で焦る。 するとハドリーはふいっと顔を背けた。 (ああ、出しゃばったことを言ってしまった……) 「お前も、まあ、悪くないな」 ハドリーの言葉を聞き、シルヴィアの頬に熱が灯る。 (分かっている。新しく仕立ててもらった正装のドレス姿のわたしをただ見るに耐えるという意味だと。自惚れてはだめ、なのに……) 「行くぞ」 「はい」 その後、シルヴィアはハドリーと同じ馬車に乗り込み、やがて馬車が動き出すと、向かい側に座るハドリーが小さく息を吐いた。 いつもならハドリーは自ら
last updateLast Updated : 2025-11-09
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5話-4 皇帝の宴。

「ハドリー殿下がいらっしゃったわ」 「お隣のシルヴィア様は花嫁候補だというのに庶民の出だとか。ハドリー殿下もお気の毒だな」 会場――彩る華やかな装いの大広間で令嬢や貴族達の囁きがざわめき、陰口が飛び交う。 そんな中、シルヴィアの視線がリリアとその継母ブライアの姿を捉える。 ふたりは自分には目もくれず、ハドリーの端麗な容姿に釘付けのよう。 シルヴィアが胸に小さな棘を感じた瞬間、重厚な扉が軋む音をたてて開き、皇帝アシュリーが長いマントを靡かせ、大広間に入ってきた。 (このお方がアシュリー皇帝……リンテアル皇国の最高権力者。清めの力を超える神力と、未来を映す光をも見通せることができるとリゼル様から事前に聞いていたけれど……まるで神そのもののような輝き……) 皇帝は大広間を見渡し、威厳ある声で告げる。 「皆の者、よくぞ、我が宴にまいった。今宵は共に楽しもうぞ」 皇帝の言葉を合図に、宴が始まった。 そこへ、騎士長フェリクスがハドリーに近づいてくる。 「ハドリー殿下がまさか皇帝の宴に出席するとは」 ハドリーは冷ややかに返す。 「フェリクス、剣の稽古を更に厳しくしてほしいようだな」 シルヴィアが2人のやり取りを静かに見守っていると、皇帝がこちらへ歩み寄ってきた。 フェリクスがきりっと姿勢を正し、「陛下」と呼びかける。 「ハドリー、フェリクス、楽しんでいるようで何よりだ」 皇帝は穏やかに笑い、視線をシルヴィアに一瞬移し、再びハドリーに視線を向けた。 「して、ハドリー、そちらが花嫁候補か?」 「はい」 ハドリーが短く答える。 「アシュリー陛下、お初にお目に掛かります。シルヴィア・ロレンスにございます」 シルヴィアは緊張を押し隠し、深々と頭を下げた。 「顔を上げよ」 皇帝の声は柔らかく、シルヴィアは視線を上げてその温かな眼差しと対峙する。 「シルヴィア、ようやくこのように対面でき、嬉しく思うぞ」 (なんて優しく暖かな声……) シルヴィアは胸が高鳴る。
last updateLast Updated : 2025-11-12
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5話-5 皇帝の宴。

大広間は凍てつくような静寂に包まれる中、シルヴィアは我に返り、皇帝の元へ駆け寄る。 その時だった。 「きゃああ!」 令嬢の一人が甲高い悲鳴を上げ、ざわめきが一気に広がった。 「アシュリー陛下! 大丈夫ですか!?」 シルヴィアがしゃがみ皇帝に呼びかけるも、反応はない。 悪夢を見ているかのように苦しんでいる。 「退け!」 皇帝の側近が鋭く叫び、シルヴィアを突き飛ばした。 よろめいた彼女の体は、駆けつけしゃがんだハドリーの胸元にぽすっと当たる。 「あ、申し訳ありません……」 「呪いの魔法に掛けられているな。陛下、今すぐお助け致します!」 皇帝の側近は皇帝に清めの力を注ぐ。 だが、効果は薄く、皇帝の側近の顔が険しくなる。 「くっ、お前か!? 陛下に呪いを掛けたのは!」 皇帝の側近の矛先は一人のメイドに向けられた。 「とんでも御座いません! 陛下がグラスをお持ちでなかったので、テーブルにおかれたワインをお渡ししたところ、飲まれた直後にお倒れに……」 「黙れ! 今すぐつまみ出し、牢にいれろ!」 皇帝の側近の怒号とともに、メイドは衛兵2人に連行された。 するとハドリーが冷静に口を開く。 「私が応急処置を致します」 「ハドリー殿下、頼みます」 皇帝の側近が承諾すると、 ハドリーは立ち上がり皇帝の前に跪き、清めの力を施した。 そしてリゼルとベルが担架を運び入れると、皇帝の側近はフェリクスに命じる。 「フェリクス、呪いのワインを陛下に飲ませた疑いでこの場にいる全員をこの部屋の中で拘束後、一名ずつ尋問し、疑いが晴れた者だけ帰せ」 「はっ、承知致しました」 皇帝の側近が答えた後、皇帝は医務室へ運ばれ、皇帝の側近が慎重に皇帝をベッドに寝かせた。 するとハドリーは再び清めの力を試みる。だが、皇帝の苦しみは和らがない。 (そんな……殿下のお力でも治せないだなんて……このままでは陛下が……) 医務室に付き添うことを許されたシルヴィアはハドリーの姿をただ見つめることしか出来ず、胸が締め付けられる思い
last updateLast Updated : 2025-11-15
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6話-1 魔形。

その後、リリアは母との帰り際、廊下で若い執事とすれ違った。 ふと、彼女は足元をふらつかせ、よろめくように身を傾ける。 すかさず執事が駆け寄り、リリアの華奢な肩を支えた。 「リリア様でいらっしゃいますよね!? ご無事ですか?」 執事の声には心配と緊張が混じる。 するとリリアはゆっくりと顔を上げ、微笑みかけた。 「ええ……ほんの少し、力が入らなかっただけですの。ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさいね?」 その声は柔らかく、どこか儚げで、まるで意図的に相手の心を揺さぶるようだった。 「無理もありません。皇帝の宴であのような騒ぎがございましたから……」 リリアは彼の動揺を見逃さず、そっと視線を絡ませる。 「そのことで、私、気になる噂を耳にしてしまいましたの」 リリアの声は抑え、まるで秘密を共有するかのように誘う。 「噂……ですか?」 執事の瞳が揺れる。 リリアは一歩近づき、執事の耳元で囁いた。 「……アシュリー陛下があのような目に遭われた理由……ご存じ?」 リリアは囁くように息を落とし、執事の肩に指先を添えた。 「偽の聖姫――シルヴィアのせいなのだとか。本物は……別にいる、と」 執事の息が一瞬止まる。 「もし、それが真実ならば、本当の聖姫様は…………」 リリアは、勿論この私よ、と訴えかけるように、執事の手をそっと握り、瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。 * * * 「それで、此度の尋問結果はいかがであった?」 夜、皇帝は私室のベッドに腰を下ろしたまま、落ち着いた声で尋ねた。 あれから皇帝は医務室から私室へと移り、傍にはハドリー、リゼル、そして皇帝の側近が控え、静かにフェリクスの報告を待つ。 「結論から申し上げます。呪いをワイングラスに仕込み、陛下に掛けようとした者が誰かは特定出来ませんでした。よって、陛下にワイングラスをお渡ししたメイド、及び使用人以外の者は全員解放し、帰しました」 「そうか」 皇帝は小さく息を吐き、わずかに肩を落とした。 「陛下、このような結果となり、大変申し訳ございません」 フェリクスは深く謝罪し、言葉を続ける。 「しかしながら、陛下に渡されたワイングラスがシルヴィア様のものと取り違えられていたことが判明致しました。メイドの手違いにより、呪いの魔法の粉が混入されたグラスが陛下に運ばれたのです。そ
last updateLast Updated : 2025-11-16
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6話-2 魔形。

* * * そうして、シルヴィアが馬車で邸宅に戻ってから2日後の朝のこと。 邸宅内では不穏な噂が広がっていた。 「シルヴィアは偽の聖姫だ」 「本物の聖姫は別にいる」 そんな囁きがメイドや執事達の間で飛び交い、シルヴィアは孤立していた。 「シルヴィア様、こちらもお願いします」 メイド達はわざと見えるように山積みの洗濯籠を置き、 廊下の隅には一晩では終わらない埃掃除の指示書が執事達によって追加されていた。 昨日まで“皇帝を救った娘”として微笑みを向けられていたのに――。 噂が原因か、ハドリーの髪結いや料理も、リゼルから「今日は不要だ」と告げられ、 今日はもう、誰も目を合わせてくれない。 ハドリーから直接、皇帝の宴にリリアが出席すると聞かされた時は、自身の終わりの時が来てしまったのだと思ったけれど、皇帝のおかげでハドリーに斬られることはなく、なんとか生き延びられた。 そして、邸宅に戻った日、皇帝を救ったとベルとリゼルが皆に伝え、メイドや執事達に初めて暖かな目で見られて歓迎され、少しずつ馴染んだこの邸宅でようやく居場所を見つけ、ハドリーのほのかな優しさも感じ始めていたというのに、まさかこのようなことになるだなんて。 シルヴィアは思わず涙腺が緩みそうになるのを堪える。 それでもまだここにいさせてもらえるだけ有り難い。 シルヴィアは胸に広がる不安を押し殺しながら、懸命に雑務をこなしていった。 * * * 「噂の出所は分かったのか?」 ハドリーが書斎の椅子に深く腰かけ、疲れた声で尋ねる。 「はい。皇帝の宴の後、宮殿の使用人経由で噂が広まったようです。陛下も対応に追われ、かなりお困りのご様子とのことです」 リゼルが落ち着いた口調で答え、ハドリは重い息を吐く。 噂のせいで書類の量が増え、余計な執務までも重なり、邸宅も重苦しい雰囲気が漂い、居心地が悪くなっている。どうしたものか。 疲れと苛立ちを感じ、ハドリーは額に手を当て、両目を閉じた。 * * * それから時間が過ぎ、気づけば翌日の早朝になっていた。 (もう朝か……やっと最後の掃除を終えられた…………) シルヴィアはふと我に返る。 (殿下にまだ雑務の報告をしていない) 普段なら夜のうちに報告を済ませているのに、昨日はあまりの忙しさに忘れてしまっていた。 シルヴィアは疲れでふ
last updateLast Updated : 2025-11-19
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6話-3 魔形。

その後、シルヴィアはハドリーの見送りのみ丁寧に済ませ、邸宅の庭を一人、箒で静かに掃く。箒の音が響く度、心は重い。(殿下が邸宅にお戻りになられたら、きっとわたしは斬られることになるだろう。覚悟しておかなければ…………)そんなことを考えていると、執事の落ち着いた声が沈黙を破った。「シルヴィア様」執事が近づいてくる。「先程、ラファル様より贈り物が届きました。いかがなされますか?」(お父さまから贈り物が? 一体どうして?)シルヴィアは一瞬戸惑ったが、平静を装って答える。「頂きます。届けてくださり、ありがとうございます」シルヴィアが受け取ると、執事は軽く会釈し、静かに立ち去っていった。シルヴィアは手に持った小さな包みをじっと見つめる。まさか、父から贈り物が届くだなんて。これまで父に託されたのは母の形見の髪飾りのみ。もう手元にはないけれど……。シルヴィアはハッとする。(まさか……お父さまに何かあったのでは?)急に不安が胸を締め付け、シルヴィアは震える手でそっと包みを開ける。すると中には高価そうな指輪が収まっていた。「指輪……?」不思議に思いながら、そっと指輪に触れる。 その瞬間、甘い香りが漂い、シルヴィアの身体がふらりと揺れた。「うっ……」視界が霞み、力なく地面に崩れ落ちる。その拍子に、指輪が包みごと石畳に落ち、カランと甲高い音を立てた。「運べ」突然、聞き覚えのない男達の声が響く。(誰……? 怖い、助けて……殿下…………)指輪や箱を拾う手がぼんやりと見えた後、シルヴィアの意識は、闇に飲み込まれていった。* * *しばらくして気が付くと、懐かしい木の天井が目
last updateLast Updated : 2025-11-22
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6話-4 魔形。

シルヴィアの頭が真っ白になる。すると継母が再び叫んだ。「リリアの幸せを邪魔する、この汚らわしいピンク髪が!」その直後、鋭い痛みが頬を走り、シルヴィアは床に叩きつけられる。「あんたなんか、この世から消えれば良いのよ」継母の言葉が胸に強く突き刺さる。そして、継母の暴行が始まった。掌が、足が、まるで嵐のように容赦なく身体を襲う。傷が増える度、全身を駆け巡る痛みに息が詰まる。だが、突然――。「リリア」継母が名を呼び、暴行をぴたりと止める。すると、リリアが隠し持っていたハサミを取り出し、その冷たい刃にシルヴィアの心臓が凍りつく。「で、殿下……」リリアはハドリーを呼んだのが気に食わなかったのか、シルヴィアの髪の毛先を数本、鋭い音を立てて少し切り落とした。そして、ピンク色の髪をまとめて掴み、冷酷な笑みを浮かべる。「ハドリー殿下にまで見捨てられて可哀想なお姉さま。でも、安心して? 私がハドリー殿下の花嫁になるから」ハサミが大きく開かれる。今度は一気にばっさりと切り落とすつもりだ。けれど、このピンク色の髪――母と唯一同じ色の、まるで形見のような大切な髪。失いたくない。諦めたくない。シルヴィアは必死に抵抗の意志を込めた視線をリリアにぶつけた。「わたしがハドリー殿下の本物の花嫁になります」シルヴィアの決然とした言葉に、リリアの顔が一瞬にして悪魔のような憎悪に満ちた表情に変わる。するとハサミが振り上げられ、冷たい刃先が耳の下をかすめ、ゾクリと皮膚が粟立つ。リリアはわざと音を立てて数本だけ切り落とした。その瞬間――地面が低く唸り、古びた倉庫の壁が軋んだ。嫌な風が、森の奥から吹き抜けてくる。「なんなのよ!?」継母が叫ぶ。「お母さま、私が見て参りますわ」リリアはハサミを下ろし、扉へと駆け寄る。そして、扉を開けた瞬間、リリアの身体が凍りついた。するとその直後、リリアの叫び声が倉庫内に響く。「きゃあっ!」
last updateLast Updated : 2025-11-23
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6話-5 魔形。

* * *宮殿入りしたハドリーは皇帝との対談を終え、皇帝の間から退室し、長い廊下を歩く。皇帝とは今後のシルヴィアの噂についての対応を話し合ったが、リゼルの言った通り、皇帝も噂の対応に追われ、かなり困っている様子だった。しかしながら、自分も噂のことで疲れと苛立ちを感じていたとはいえ、「期間付きとはゆえ、お前を“偽の花嫁”としてここに置くべきではなかった」とシルヴィアに言ってしまうとは。――あの瞬間、シルヴィアの瞳が大きく見開かれ揺れた。ハドリーは無意識に拳を握る。(なぜ、あんな言い方を――)胸が鈍く痛む。そこへ、ふと窓の外で鳥が羽ばたく音がし、伝書鳩が飛んできた。ハドリーは廊下の窓を開け、足に紐状に折られ結ばれた小さな紙を解き開ける。すると、指輪の破片が一緒に入っており、手紙にはこう書かれていた。「シルヴィア様が邸宅の庭で何者かに連れ攫われました。手がかりの指輪の破片も同封しておきます。ベル」シルヴィアが連れ攫われただと?それだけでなく、掌にのせたところ、指輪の破片がざわめき、リリアの気配を多少感じる。ハドリーが顔を曇らせると、そこへリゼルが早足で現れた。「殿下、玄関の外に精霊が――シルヴィア様の名を口にし、殿下に今すぐお会いたいと申しております」「分かった」その後、玄関の外に出ると、淡い光の粒子に包まれた金髪の青年が立っていた。その青年は肩ぐらいまでの長さの髪をしている。「ハドリー殿下、お初にお目にかかります」青年は深く頭を下げる。「私はフィオン・ライトナーの精霊でございます。主はシルヴィア様より2つ年上の幼馴染――、兄のような存在であります」青年は挨拶を済ませると、決意の強い眼差しをハドリーに向ける。「そして単刀直入に申し上げます。リリア様がシルヴィア様を連れ去りました。このままではシルヴィア様のお命が危うい為、飛んで参りました。力を貸して頂けませんか?」ハドリーは頷いた。迷いはなかった。「分かった。私をその場所まで連れて行け」
last updateLast Updated : 2025-11-26
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