幸せな偽の花嫁。

幸せな偽の花嫁。

last updateHuling Na-update : 2025-11-12
By:  空野瑠理子In-update ngayon lang
Language: Japanese
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偽の花嫁が本物の愛を見つける、溺愛シンデレラストーリー! 聖姫の力が尊ばれる時代。 平民の長女シルヴィアは、能力を持たない「無能」として継母と継妹に虐げら れ、惨めな日々を送っていた。 そんなある日、継妹と間違われたシルヴィアは人攫いに遭い、命乞いの末、恐 れられる皇太子ハドリーの花嫁として身代わりを強いられる。 彼との出会いをきっかけに、シルヴィアは本物の愛を知り、奇跡が彼女の運命 を変えていく――。

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Kabanata 1

1話-1 偽の花嫁。

* * *

(どうして、こんなことになってしまったの……?)

シルヴィアは、ほんの少し前まで、民家の小さな庭を箒で掃いていただけだった。

それなのに、人さらいに遭い、こうして煌びやかな宮殿に隣接する邸宅の豪華絢爛な応接間で跪く羽目になったのだ。

目の前の椅子に座るのは、リンテアル皇国の皇太子、ハドリー・リンテアルその人だった。

いつ刃を向けられてもおかしくはない。

シルヴィアは、姿勢を正して彼を見据える。

彼は冷ややかな視線をこちらに向けながらも、その瞳の奥にはかすかな興味の光が揺らめく。

「どうか、このシルヴィア・ロレンスを貴方様の花嫁としておそばに置いてくださいませ」

シルヴィアは絨毯に額を擦りつけるように深く頭を下げ、声を震わせながら必死に懇願した。

生き延びるために、彼の偽の花嫁となるために────。

* * *

「この汚らしいピンク髪が!」

継母の鋭い怒鳴り声とともに、手作りの熱いスープが頭上からシルヴィアの髪に降りかかった。

暖かな春の日が窓から差し込み、明るくあたたかいはずなのに──朝の食卓の片隅で彼女だけが、底なしのならくへ突き落とされたようだった。

スープはピンク色の髪を伝って滴り落ち、びしょ濡れになった長い髪が頬に張り付き、シルヴィアは跪いたまま唇を噛んで涙を堪えた。

シルヴィアは庶民のロレンス家に生まれ、今年で18歳となる。

10年前、母ルーシャが病で亡くなり、父ラファルが再婚した。

けれど、継母ブライアとその娘リリアが家に入ったことで生活は一変。

リリアは2つ年下で華やかな金色の長い髪と美貌、そして病や怪我を癒す聖姫の力を持ち、皇国からの援助金によって、家は裕福になった。

だが、その富と自由、家族からの愛はリリアにのみ注がれ、シルヴィアは「無能」と蔑まれ、家事全般やパン作り、そして薬作りを押し付けられ、牢のような部屋で虐げられた。

それでも民が救われているならと、シルヴィアは耐え続けるしかなかった。

「……申し訳ございません」

召使いのごとく深々と頭を下げ、震える声でそう謝るが、その小さな声は食器のぶつかる音にかき消されてしまう。

継母ブライアはナプキンを乱暴に卓上へ叩きつけ、見下ろす視線に冷たい笑みを浮かべた。

「こんな熱いスープ、飲めると思って!? もしリリアの口を火傷させたらどうするつもり? あんたは本当に、何ひとつまともに出来ないんだから!」

継母の隣に座る継妹が、にこやかに微笑む。

「お姉さまったら、未だにスープひとつまともに作れないだなんて。わたしじゃなくてよかったわ。恥ずかしくて、とても人前に出られないでしょうね」

「本当よ」

継母に睨まれる。

「聖姫(せいひめ)のリリアとは大違いだわ。リリアは美しくて引く手数多だというのにねえ」

「リリアこそがこの家の誇り。あんたなんて──スープすらまともに作れない、ただの足手まとい。これだからお前は行き遅れるのよ!」

シルヴィアは視線を落とし、指先がカーペットの上で小さく震えた。

そして意を決して、主座で朝食を取る男性──自分の父へ目線を向けると、ふと目が合う。

だが、父にすぐさま目を逸らされ、彼女を視界から追い出すかのように沈黙した。

胸がぎゅっと締め付けられる。その痛みは、頭から浴びせられたスープよりも鋭かった。

「お前、色眼を使ってるんじゃないわよ! 食事の邪魔よ。さっさと下がりなさい!」

「かしこまりました。失礼致します」

シルヴィアは深々と頭を下げ、震える足で立ち上がり、濡れた髪を垂らしたまま、音もなく居間を去っていく。

背後から聞こえるのは、継母の罵声と、リリアの嘲笑。矢のように突き刺さり、彼女の背中を容赦なく貫いた。

* * *

その後、シルヴィアは庭の近くにある井戸水で髪を洗って冷やしていると、庭の外から通りすがりの民の囁き声が聞こえてくる。

「リリア様はまるで聖姫そのものだ」

「パンを施す時、金色の髪が神聖な光を放っていたんだってさ」

シルヴィアはうつむき、まだ滴る髪を黙々と拭った。

彼女は知っている。半年前から世間で語られる「聖姫の善行」の多くは、リリアの手柄ではないことを。

薬は病や怪我を癒し、奇跡と称されるものの、

民のため、深夜に何度も近くの森で摘んだ薬草を煎じ、薬を調合したのは自分。

凍傷にかじかむ手でパンを焼き続けたのも自分。

だが、民たちが目にするのは「金髪の聖姫」。

彼らが口にするのは「リリア様の恵み! 神様!」という感謝と歓声だけ。

本当の施し手など、誰も知らない。炉の火に咳込み、薄暗い隅でひとり生地をこねていた娘の存在を。

外では継母とリリアが微笑み、民の崇拝を一身に受けていた。

シルヴィアは影のように壁際に縮こまり、誰の目にも映らなかった。

* * *

夕暮れ、シルヴィアは自分の部屋へと戻る。

狭く、暗く、小さな窓のみの、牢屋のように寒々しい湿った部屋。角には唯一の慰めの薄い毛布、机には固くなった、残り物のパン。

彼女はそっと腰を下ろし、薬草を摘む編み籠の隙間から古びた髪飾りを取り出す。

母の唯一の形見。美しい花の模様が描かれた髪飾り。

(大丈夫、お母さまのこの形見が、お守りがあるから)

シルヴィアは、ぎゅっと胸に抱きしめ、静かに目を閉じる。

──お母さま。どうか天から見守っているなら、わたしにほんの少しの勇気をください。

頬を伝う涙。けれど次に目を開けた時には、もうそれを拭い去っていた。

どんなに惨めでも、継母の前で弱みを見せるわけにはいかない。

例え、卑しい「身代わり」だとしても。誰にも気づかれなくとも──生き抜いてみせる。

* * *

その夜。村はずれの酒場から、騒がしい声が風に乗って流れてくる。

「厄災の刻が近い」

「十年ごとに魔形が国境の裂け目から溢れ出すんだ」

「今回は、ハドリー皇太子自ら聖姫の花嫁を選ぶそうだ。聖なる力で国を護るためにな……」

断片的な会話が窓の隙間から忍び込む。

薄い毛布に身を丸めながら耳を澄ますシルヴィアの胸がかすかに震えた。

──この世界では、聖姫の力が神聖かつ特別なものとされ、清めの力を持つ者たちが存在する。

リンテアル皇国は、そんな世界に息づく国であり、10年に一度訪れる「厄災」の時期、国境に開く魔形(まぎょう)の国とのゲートから現れる魔形は皇国を滅ぼすほどの脅威となる、らしい。

聖姫の花嫁。皇太子。皇国を護る存在──。

視線を落とせば、乱れたピンクの髪が蝋燭の火に照らされ、くすんで見える。

母の髪飾りを握りしめ、苦笑する。

──そんなもの、わたしには関係のない話。

けれど、誰ひとり知らなかった。

この忌み嫌われた淡いピンクこそが、やがて「金髪の聖姫」と誤解され、皇宮と皇太子の運命を揺さぶる始まりになることを──。

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Mga Comments

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usasan
空野先生の新連載が始まりました。これから、続きを読むのが楽しみです。
2025-10-14 15:41:02
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24 Kabanata
1話-1 偽の花嫁。
* * *(どうして、こんなことになってしまったの……?)シルヴィアは、ほんの少し前まで、民家の小さな庭を箒で掃いていただけだった。それなのに、人さらいに遭い、こうして煌びやかな宮殿に隣接する邸宅の豪華絢爛な応接間で跪く羽目になったのだ。目の前の椅子に座るのは、リンテアル皇国の皇太子、ハドリー・リンテアルその人だった。いつ刃を向けられてもおかしくはない。シルヴィアは、姿勢を正して彼を見据える。彼は冷ややかな視線をこちらに向けながらも、その瞳の奥にはかすかな興味の光が揺らめく。「どうか、このシルヴィア・ロレンスを貴方様の花嫁としておそばに置いてくださいませ」シルヴィアは絨毯に額を擦りつけるように深く頭を下げ、声を震わせながら必死に懇願した。生き延びるために、彼の偽の花嫁となるために────。* * *「この汚らしいピンク髪が!」継母の鋭い怒鳴り声とともに、手作りの熱いスープが頭上からシルヴィアの髪に降りかかった。暖かな春の日が窓から差し込み、明るくあたたかいはずなのに──朝の食卓の片隅で彼女だけが、底なしのならくへ突き落とされたようだった。スープはピンク色の髪を伝って滴り落ち、びしょ濡れになった長い髪が頬に張り付き、シルヴィアは跪いたまま唇を噛んで涙を堪えた。シルヴィアは庶民のロレンス家に生まれ、今年で18歳となる。10年前、母ルーシャが病で亡くなり、父ラファルが再婚した。けれど、継母ブライアとその娘リリアが家に入ったことで生活は一変。リリアは2つ年下で華やかな金色の長い髪と美貌、そして病や怪我を癒す聖姫の力を持ち、皇国からの援助金によって、家は裕福になった。だが、その富と自由、家族からの愛はリリアにのみ注がれ、シルヴィアは「無能」と蔑まれ、家事全般やパン作り、そして薬作りを押し付けられ、牢のような部屋で虐げられた。それでも民が救われているならと、シルヴィアは耐え続けるしかなかった。「……申し訳ございません」召使いのごとく深々と頭を下げ、震える声でそう謝るが、その小さな声は食器のぶつかる音にかき消されてしまう。継母ブライアはナプキンを乱暴に卓上へ叩きつけ、見下ろす視線に冷たい笑みを浮かべた。「こんな熱いスープ、飲めると思って!? もしリリアの口を火傷させたらどうするつもり? あんたは本当に、何ひとつまともに出来ないん
last updateHuling Na-update : 2025-09-25
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1話-2 偽の花嫁。
* * *翌日の朝、シルヴィアは、はっと目を覚ました。いけない、いつの間にか眠っていたよう。ふと、シルヴィアは手に目線を落とす。すると、抱きしめていた髪飾りがなくなっていた。(髪飾りがない、一体どこに……)必死に探すが見つからない。すると騒がしかったのか、「お姉さま、ちょっとよろしいかしら?」とリリアが廊下から部屋に入ってきた。「まあ、この部屋、なんて散らかってるの! お姉さま、何をお探しになられているの?」「か、髪、飾りを……」リリアは思い出したかのように両手を合わせる。「ああ、それならさっき商人が家に訪ねてきて、お母さまがお売りになられたわ」リリアの言葉に、シルヴィアは凍りついた。「お母さまに渡して正解だったわ。あんな古びたゴミでも、民のための資金になったのだから。お姉さま、よかったわね」「どう、して、そんな……」「だって、私こそが本物の聖姫なんだもの」リリアは公言すると、部屋から出ていき、扉を閉めた。彼女は継母に甘やかされ、いつもそう言い聞かされていることから、自分より優れていることを主張する。けれど、リリアの聖姫の力を見たことは一度もない。だからなんだというのだ。髪飾りが売られてしまった事実は変わらない。シルヴィアの胸がきゅっと締め付けられる。あの髪飾りは、母が亡くなった後に、「シルヴィア、お前が持っていなさい」と父から唯一託されたものだった。それゆえ、両親からの愛を感じられたものでもあったのに────。* * *そして時間だけが過ぎ、午後。継母とリリアが民の元へと出掛け、シルヴィアは薬草摘みに出るが、気が重く、家から少し離れた森の太い木の前で一人震えながらうずくまる。するとそこへ、金髪の青年が近づいて来た。肩ぐらいまでの長さの髪をしたこの青年の名は、フィオン・ライトナー。シルヴィアにとって2つ年上の幼馴染であり、兄のような存在だ。そして何より、彼はいつも密かに薬草集めを手伝ってくれる心強い味方でもある。「シルヴィア、どうしたんだ?」フィオンの心配そうな声に、シルヴィアは髪飾りのことを涙を堪えながら話す。「自分がうっかり部屋で眠ってしまったせいで、隠してあったお母さまの唯一の形見の髪飾りをリリアが継母に渡してしまい、売られてしまったの……」「そうか……大丈夫だよ。僕がついているからね」フィオ
last updateHuling Na-update : 2025-09-25
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1話-3 偽の花嫁。
* * *それからシルヴィアは森への立ち入りを禁じられ、フィオンに話しかけること、口を聞くことさえ許されず、フィオンが摘んだ薬草をリリアを通じて受け取り、黙々と薬を作り続け――ある日の夜。居間で家族3人が幸せそうに豪華な食事を楽しむ中、シルヴィアが黙ってその光景を見つめていた時、父が重い口を開いた。「リリアの聖姫の噂が皇室にまで届き、注目を集め、皇太子ハドリーの花嫁として迎えたいと縁談の話が持ち上がっている」だが、ハドリーには「醜く、女遊びが激しく、そばにいる女性は3年も生きられない」という恐ろしい噂があった。その噂は皇国中に広まっているという。リリアは皇室の権威に心を惹かれながらも、ハドリーの恐ろしい噂に、両手を重ねた指先を小さく震わせていた。それでも、彼女は父をまっすぐに見据えた。「お父さま、こんな皇太子と結婚なんてしたくないわ」リリアは、きっぱりと縁談話を拒んだ。だが、ロレンス家は皇族に逆らえない立場にあった。皇室に敵対することは決して許されず、避けられない現実が重くのしかかる。継母の顔には、皇室の権力への執着と、どこか怯えたような表情が浮かんでいた。すると、その空気を感じ取ったリリアは声を震わせながら一言付け加える。「でも、私が縁談を断れば家族に迷惑がかかってしまうわ」その瞬間、継母が冷たく言い放った。「だったら、シルヴィアを身代わりに差し出せばいいじゃない」継母の冷酷な提案に、シルヴィアは息を呑んだ。けれども、父はきっと反対するに決まっている。しかし、甘かった。その仄かな期待は脆くも崩れた。「──そうだな」「シルヴィアを身代わりとして嫁がせるよう、皇室と交渉しよう」父の言葉に、シルヴィアの心は凍りついた。それと同時にきゅっと恐怖と諦めが胸を締めつけた。けれど。(例え死ぬとしても、わたしの意思で生き抜く)だが、シルヴィアの強い決意とは裏腹に、父は提案を切り出すのをためらっているのか、皇室からの使者が何度も家を訪れ、シルヴィアの心は不安に揺れ続けた。* * *ハドリーは宮殿内の会議に出席していた。空気は重く、騎士長たちのざわめきが広間の壁に反響し、ステンドグラス越しに差し込む光が眩しく感じられる。その時、着席していた皇帝が深く響く声で口を開く。「急に呼び出してすまない。光が降りてきたによっての」皇
last updateHuling Na-update : 2025-09-25
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1話-4 偽の花嫁。
* * * ある晴れた朝、シルヴィアは、いつものように小さな庭を箒で掃いていた。 家族は帝都へ出かけ、自分は一人残されながら、箒の音が響くだけ。 今頃、煌びやかなドレスを着て、豪華な食事を楽しんでいることだろう。 (わたしには生涯、縁のない世界だわ……) そう思いながら、せっせと清掃を続けていると、突然、背後から何者かに布で口を覆われ、甘い香りを嗅がされた。 シルヴィアは訳がわからず、箒で必死に抵抗し、近所の気配にすがろうと手を伸ばす。 (いや、誰か助けて……!) 叫びは届かず、甘い香りで視界が歪む。 やがてバサッと箒が手から離れて地面に落ち、シルヴィアの意識は深い闇へと落ちていった。 その後、目が覚めると、シルヴィアはなぜか揺れる馬車の中にいた。 やがて馬車は止まり、窓から外を見る。目の前には壮麗で煌びやかな宮殿がそびえていた。 「目覚めたか。降りなさい」 隣に座っていたローブを羽織る男に促され、シルヴィアは馬車から自分の足で降り、訳の分からないまま歩かされ、宮殿の扉前に連れて行かれる。 そこには、深紫の長髪を真っ直ぐに切り揃えた厳格な雰囲気の青年が立ち、待っていた。 すると、その青年はシルヴィアを見るなり、驚く。 「お前、違うではないか!」 「てっきりこの娘が聖姫かと……」 自分はどうやら、リリアと間違われて人さらいに合い、連れてこられたらしい。 「連れてきたものは仕方ない。この娘を置いて、お前は下がれ」 ローブを羽織る男は青年の命令通り、この場からすぐ姿を消し、青年は一瞬、わざとらしくため息をつき、肩をすくめる。 「間違えられて可哀想に、なんとも不憫なことだ」 青年の声には同情が滲んでいるようで、どこか他人事のような冷たさがあった。 やがて、青年が名乗る。 「こちらの手違いで申し訳ありません。私はハドリー殿下の側近、リゼル・ヴィットであります」 彼の声は滑らかだが、どこか冷ややかな響きを帯びていた。 シルヴィアが不安に押しつぶされそうになりながら立ち尽くすと、リゼルは「おや」と小さく声を上げ、顔をじ
last updateHuling Na-update : 2025-10-01
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1話-5 偽の花嫁。
* * *それからシルヴィアは、リゼルに着いて行き、煌びやかな宮殿に隣接する邸宅の応接間へと足を踏み入れた。豪華絢爛な装飾に彩られた部屋は、息を呑むほどの美しさだった。「殿下、連れて参りました」シルヴィアは即座に跪き、深く頭を下げる。(どうして、こんなことになってしまったの……?)ほんの少し前まで、民家の小さな庭を箒で掃いていただけ。それなのに、継妹と間違えられて人さらいに遭い、命乞いの末、花嫁の身代わりを強いられ、こうして応接間で跪く羽目に陥ってしまった。「お前、これは一体どういうことだ? 髪の色からして違うぞ!」「誰が町娘を連れて来いと言った?」ハドリーの怒声に、シルヴィアの身体は震えた。「大変申し訳ありません。使者が間違えまして……」ハドリーの、はあ、という深いため息が響き、「頭を上げろ」と命じられた。シルヴィアは恐る恐る顔を上げる。目の前の椅子に座るのは、月夜のように美しく透き通ったブルーグレーの長い髪を緩く一本の三つ編みにして肩から前に垂らした、息を呑むほど美しい青年――リンテアル皇国の皇太子、ハドリー・リンテアルその人だった。その姿は、醜い上に女遊びが激しく、そばにいる女性は3年も生きられないという恐ろしい噂とはまるで別人である。けれど、いつ刃を向けられてもおかしくはない。(こんな汚れたドレスに崩れた髪で恥ずかしい。リリアならこの方の花嫁として立派に務まるだろうけど、わたしには無理……いっそこのまま斬られた方が……)弱気になったその瞬間、言え、というリゼルの鋭い視線に促される。なんのために生きるのか、自分自身よく分からない。だが、生き延びるために、そして彼の偽の花嫁となるために。シルヴィアは、姿勢を正し、ハドリーを真っ直ぐ見据える。彼は冷ややかな視線をこちらに向けながらも、その瞳の奥にはかすかな興味の光が揺らめく。シルヴィアは、言葉を絞り出した。「どうか、
last updateHuling Na-update : 2025-10-04
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2話-1 涙の髪結い。
* * *それからシルヴィアはリゼルに導かれ、豪華絢爛な応接間を後にした。足元に敷かれた絨毯の柔らかさが、まるで現実ではないかのように感じられた。命乞いは出来た。けれど。シルヴィアの心に冷たい現実が突き刺さる。ハドリーから命じられたのは「雑務」――料理、洗濯、掃除、そして彼の髪を結うこと。それも「殿下」と呼ぶようにと冷たく言い渡されただけだった。皇太子の花嫁なら、こんな雑務をするはずがない。名前で呼ぶこともきっと許されていただろう。ハドリーの言葉は、彼女を「偽の花嫁」として、まるで奴隷や使用人のように扱うことを意味していた。これでは今までのロレンス家での虐げられた日々と何も変わらない――。やがて、リゼルが部屋の前で足を止め、シルヴィアも立ち止まる。するとリゼルは何かを口ずさみ、扉を開けた。「こちらがシルヴィア様の部屋となります」シルヴィアは部屋のあまりの豪華さに圧倒する。「あの、このような部屋、わたしには勿体ないです」「勿体ない? この部屋は一番下級の者に与えられる部屋なのですが……」「そ、そうなのですね……」(知らなかったとはいえ、恥ずかしい……)「リゼル様、お呼びでしょうか」美しい長髪を布でリボン型に束ねた女性が歩いてきた。恐らく、リゼルの先程の口ずさみは清めの力を使い、この女性を呼び寄せる為のものだったのだろう。「ベル、お前は今日からこちらのシルヴィア様の専属教官メイドとなる」「雑務全般も教えるように」「今日からよろしく頼みます」「かしこまりました」「……これからは偽の花嫁として励みなさい。では」シルヴィアはリゼルの歩く後ろ姿を見つめる。リゼルの囁くような声は淡々としていたが、どこか優しさが滲んでいた。(リゼル様はどうして自分を助けてくれるのだろう?)理由は分からないけれど、励むしかない。リ
last updateHuling Na-update : 2025-10-08
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2話-2 涙の髪結い。
しばらくして食事が終わると、皿洗いをし、掃除を済ませ、初日の雑務を終えた。「シルヴィア様、本日はお疲れさまでございました」ベルは軽く会釈する。「明日の朝は書斎にて殿下の髪結いから一日が始まります。殿下の髪結いは特別な役目ゆえ、普段は私が務めておりますが、殿下の公務に付き添いお忙しい中、髪結いの間のみリゼル様もご一緒くださるとのことです」シルヴィアはその伝達を聞き、ベルの器用さと信頼されている立場を改めて感じた。その後、ベルは仕事がまだ残っているとのことで、シルヴィアは疲れ果てた体を引きずるようにして教えてもらっていた2階の書斎へと一人で向かう。皿洗いの間は、別のメイドに脇からわざと水をかけられ、「あら、ごめんなさいね。庶民にはお似合いの仕事でしょ?」と嫌味を言われた。だが、濡れた服を気にしながらも、黙って皿を洗い続け、掃除の間には、執事の一人に、「シルヴィア様、こちらの燭台の埃を拭きなさい。こんな簡単なこともできないようじゃ、この邸宅にいる資格はないですよ」と言われ、執事の声には明らかな嘲りが込められており、シルヴィアは黙って布を受け取り、燭台を磨く他なく。 広大な邸宅での掃除、洗濯、料理――ベルと共にこなした一日は、まるでロレンス家での虐げられた日々を濃縮したかのようだった。そして、ここでも誰かに認められることも、感謝されることもなく、ただ時間が過ぎていくだけ。やがて、階段を昇り切り書斎の重厚な扉の前に着くと、シルヴィアは深呼吸をして気を引き締める。「シルヴィアにございます」「入れ」ハドリーの低い声が扉の向こうから響き、シルヴィアは緊張しながら中へと入る。書斎は静寂に包まれ、窓から差し込む月の光が部屋を温かな金色に染めていた。ハドリーは机の椅子に座り、書類に目を落としている。彼のブルーグレーの長い髪は、緩やかな一本の三つ編みにまとめられ、肩から前に垂れ、光を受けて美しく輝いていた。シルヴィアはその姿に一瞬息を呑むも、すぐに視線を落とす。「どこを見ている? こっちを見ろ」ハドリーに言われ、シルヴィアは再び視線を向ける。「で、
last updateHuling Na-update : 2025-10-11
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2話-3 涙の髪結い。
* * *翌日の朝、シルヴィアは誰かに呼ばれた気がして部屋のベットで目覚めた。「シルヴィア様、殿下の準備が整いました」廊下からリゼルの声が聞こえ、シルヴィアは重たい体を起き上がらせる。「分かりました、すぐに参ります」返事をすると、リゼルの足が遠のいていくのが分かった。本来なら呼ばれる前に起きていないといけなかったのに。自分が情けない。けれど、気を引き締めて、今日も励もう。シルヴィアはそう決意をして自分の身を整えると、部屋を出て書斎へと早足で向かった。間もなくして、書斎に柔らかな光が差し込む中、ベルがハドリーの髪を丁寧に結い始める。彼女はフリルのついた白いエプロンを身にまとい、器用な手つきでハドリーの長い髪を一つ一つ整え、ハドリーは静かに座り、ベルの繊細な動きに身を任せる。だが、シルヴィアはリゼルと共に少し離れた場所でその様子を見守るしかなく、触れることさえ許されず、ただ感嘆の眼差しを向けるだけ。書斎に入る許可を得て、すぐにハドリーに遅れたことを謝ったけれど、きっとまだ怒っているに違いない。それに昨日来たばかりの自分が髪を触らせてもらえるはずもない。「……何をボーッとしている? ベルの動きをしっかりと目に焼き付けなさい」リゼルが耳元で囁く。シルヴィアは頷き、書斎の静寂の中、髪を結う音だけが穏やかに響き渡った。* * *その後、シルヴィアは朝食、花を添えたポタージュを作り、食事室でハドリーにお出しするも今回も食べてもらえず、ハドリーが宮殿に登城するとのことで、玄関でベルと見送る。するとハドリーが高貴な馬に御していた。「え、で、殿下が馬に……」「私語を慎め」ベルだけでなく、リゼルにも聞かれたようで注意された。「は、はい、リゼル様、申し訳ありません……」「まあ、良い。この機会だ、話そう。殿下は皇室への反抗心から、宮殿から派遣された馬車には乗らず、あえて自ら馬に乗り宮殿まで登城されている」(反
last updateHuling Na-update : 2025-10-15
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2話-4 涙の髪結い。
* * *その夜、シルヴィアはハドリーに鶏肉の白い煮込み料理をお出しする。すると、ハドリーはその料理を一瞬見てすぐさま目を背けた。「…………」無言の圧力にシルヴィアの心は縮こまる。「で、殿下、申し訳ありません、すぐにお下げします……」シルヴィアが料理を下げると、執事長により豪華な料理が運ばれてきた。しかし、ハドリーはその料理を口にせず、なぜかこちらに目線を向ける。「料理を食べろ」「え……」思わず、驚きの声が漏れる。自分の料理を食べてもらえないどころか、この豪華な料理――ローストした肉、色とりどりの野菜、香り高いスープ――をハドリーは食べろという。恐らく、ハドリーは自分に毒見を求めているのだろう。けれど、ハドリーに出された料理を自分が食べるなど万死に値する行為。食べられるはずがない。「このような豪華な料理、わたしには……」「食べろ。殿下の命だ」リゼルの声は優しかったが、有無を言わさぬ響きがあった。シルヴィアは恐縮しながら席につき、スープに手を伸ばす。だが、スープ内のチーズと共に焼かれたパンと玉ねぎをひと口食べた瞬間、胸が締め付けられる。ロレンス家では残飯のような食事しか許されなかった。だから自分には勿体ない程の量であり、こんな贅沢な料理を前にすると、まるで自分がここにいてはいけない存在のように感じてしまう。けれど、ハドリーの命に逆らうことは許されず、豪華な料理を全て食した。しかし、その後も日々の雑務は容赦なく続き、髪結いの時間は変わらずリゼルもご一緒してくれるものの、ベルの結い方をただ見つめるだけで髪は一切触らせてもらえず、料理すら食べても貰えない。そんな中、廊下ではメイドたちの嘲笑が絶えず、「あのシルヴィア、殿下の髪結いを見ているだけなんですって。自分で結えるとでも思っているのかしら?   笑わせるわよね」と囁き合われ、厨房では料理番の男女たちに冷やや
last updateHuling Na-update : 2025-10-18
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2話-5 涙の髪結い。
* * *翌日の早朝、シルヴィアはハドリーに呼び出された。「シルヴィアにございます」書斎の前で名乗ると、「入れ」と許可をもらい、中へと入る。すると書斎の机の椅子に座るハドリーと目が合う。寝起きなのか、ブルーグレイの長い髪が下ろされたままでどきりとする。けれど、ハドリーに呼び出されたのはこれが初めて。ついに追い出されるのではないかという不安が、胸の奥で冷たくうずく。しかし、ハドリーは思いがけないことを口にした。「これからお前に髪を結ってもらう」初めてハドリーの髪結いの機会を得ることが出来た――。そのことに目を丸くし驚くと、ハドリーは席から立ち上がり、こちらに歩いて来てソファーへと座り直す。ふとテーブルを見ると、髪結いに使う道具が綺麗に並べられている。気がつかなかった。「何をボーッとしている。さっさと髪を結え」ハドリーの声はそっけなく、ソファーに座ったまま振り返らない。「か、かしこまりました」シルヴィアはハーブを煮出した水が入った小瓶でブルーグレーの髪を軽く湿らせ、緊張で手が震えながらも、そっと彼の髪に触れた。柔らかく、まるで絹のような手触り。金属製の櫛で丁寧にとかして絡まりを解いていき、香油を髪全体に薄く塗っていき、髪全体を首の後ろで集め、3つの束に分け、束が太めになるように意識しつつ、首の後ろで3つの束を交差させる。そして、丁寧に緩めに編み始め、編みながら髪を前方に持っていき、編み終わりを結ぼうとシルクのリボンに目を向けた時だった。(おかあ、さま…………)母の形見である髪飾りを思い出し、ぴたりと手を止める。「そのシルクのリボンに何かあるのか?」ハドリーに問われ、ハッとする。「いえ、なんでもありません」シルヴィアはシルクのリボンを手に取り髪を結び、櫛で軽く表面を整え、飛び出した毛を抑え、少量のオイルを追加し、光沢とまとまりを出す。「完成致しました」シルヴィアはハドリーに小さな鏡を手渡す。「
last updateHuling Na-update : 2025-10-19
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