残雪が帰り道を照らす のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 10

夫が交通事故に遭ってから、なんだか神経質でおかしな人になってしまった。私はたくさんの医師に相談したが、彼を刺激しないように、なるべく彼に合わせてあげてくださいと言うばかりだった。彼は主寝室に私がいるのが嫌だと言うので、私は荷物をまとめて隣の部屋に移った。彼は隣家の女の子が癌になってしまって、最期の時を彼女のそばで過ごしたいと言うので、私はその隣家の女の子を家に迎え入れた。ところが、私は夜中に胃が痛くて胃薬を探しに行ったとき、安井晴紀（やすい はるき）の優しい声を耳にした。「清華、ちゃんと生きていくんだよ。そうじゃなきゃ、俺も死んでしまう」橋本清華（はしもと さやか）が喘ぎながら甘い声で言う。「でも、知花（ちか）さんは本当に骨髄をくれる気があるの？」「もちろんさ。たとえ俺のために死んでくれと言ったって、彼女もきっと心から喜んでやってくれる」私はその場で呆然と立ち尽くし、涙が止めどなくあふれ出た。その通りだ。五年前、私は彼に腎臓をひとつ提供したことがあった。あの頃、私は本当に彼を愛していて、死んでもいいと思っていた。しかし今の私は、ただ彼のもとを去りたいだけ。私は痛む胃を押さえながら薬箱の中で胃薬を探していたが、突然、背後から襟を掴まれ、無理やり振り向かされた。晴紀は眉をひそめ、うんざりした声で言った。「真夜中に何を騒いでるんだ？口では俺の病気が早く治るように願ってるって言って、実は俺が早く死んでほしいと思ってるだろう？そうなれば、安井家の遺産を継いで、君の弟を救いたいんだろ？」胃がかき回されるように痛み、私は思わず彼の服の襟を掴んだ。声が詰まりながら、「晴紀、私……胃が痛いの」と言った。彼は一瞬驚いたように見えたが、すぐに私の指を一本ずつ外していった。「知花、俺は病気なんだ。そんな手は俺には効かない」指先がするりと落ちる。そこへ、清華が突然お腹を押さえながらやってきて、無意識に晴紀の腕にしがみついて甘えた。「晴紀さん、お腹空いたわ。お得意な料理、作ってくれない？」私は一瞬ぽかんとし、胃の痛みさえ忘れた。ただ呆然と晴紀を見つめた。以前、彼は私の手料理が大好きで、昼も夜も食べたがっていた。そのために私は自分の仕事を諦め、彼に尽くしてきた。そっか、彼はその手料理を清華にあげたんだ。晴紀は

痛みが頭から足先まで容赦なく広がり、私の額には冷たい汗がにじんだ。晴紀は私を乱暴に引き起こし、うんざりしたように手を振った。「出て行け、知花。君の真心なんて、君自身と同じくらい安っぽい」私は胃の痛みを押さえながら、その場を逃げるように出て行った。晴紀、あなたが本当に病気でも、仮病でも、私はもうあなたなんていらない。家に戻ると、私は慌ただしく荷物をまとめ始めた。結婚して四年、私の物もそれなりに多い。うっかり一冊の本を倒してしまい、そこから一枚の紙がひらひらと落ちてきた。それは、晴紀が私を追いかけていた頃に書いたラブレターだ。筆跡は力強く、溢れる少年らしい気迫が感じられる。あの頃、彼はまだ十八歳だった。私たちはまるでベタなドラマのようだった。彼は十八歳で愛をあからさまに示し、私は抗えずに心を奪われた。だが二十三歳のとき、彼は腎不全を患った。私は彼に隠して腎臓をひとつ提供した。私自身も病に倒れ、病室は彼と数室しか離れていなかった。医師は、死ぬかもしれないから彼に会うかと尋ねたが、私は断った。彼を愛していたから、私は惨めな姿を彼に見せたくなかった。その後、私は奇跡的に回復し、彼も真実を知った。そして、私たちは復縁した。彼はいつも私のそばにくっついて、寄り添っていたくて仕方がなかった。だが……運命は意地悪だった。私は惨めに笑い、すべてのラブレターを燃やした。結婚写真も、火の中に葬った。胃の奥から鋭い痛みが広がる。私は耐えきれずベッドにうずくまりながら、早く寝れば痛くないと自分に言い聞かせた。うとうとと眠りかけたその時、主寝室から女の笑い声が響いた。私の胸の奥がずきりと痛んだ。ベッドを降りて見に行くと、本来なら暗証番号付きの金庫にしまっていたはずの物が、あちこちに投げ散らされている。私たちの家族写真はすっかり引き裂かれてしまった。両親が私に残してくれたジュエリーは、清華の身体に飾られている。だが、晴紀はただ彼女を甘やかすような目で見つめている。私に気づいた彼女は、得意げに微笑んで言った。「晴紀さんが私を喜ばせようとして金庫を開けてくれたの。好きなものを選んでいいって。知花さんは、気にしないわよね？」私は痛みを堪えながら、一歩ずつ彼女に近づき、彼女の首のネックレスに手を伸ば

晴紀は大きく荒い息をつきながら、目が血走り、指先で書類をぐしゃぐしゃに握りしめている。「彼女は本当に腎臓提供の手術をしたのか？」医師は軽蔑した顔で言った。「五年前に彼女が提供した腎臓の移植先は安井さんのはずだ」「どうして？どうしてこうなるんだ？」彼は呟きながら、何度も後ろを振り返り清華の姿を探したが、いつの間にか彼女はいなくなっていた。突然、彼は病室に駆け込もうとして低く叫んだ。「知花に会わせてくれ！」「申し訳ありません、神原さんは亡くなる前に、安井さんには会いたくないと言い残されました。どうか故人の意志を尊重してください」数人の医師が病室の前に立ちはだかった。晴紀はよろめき、思わず横を向いて吐き気を催した。だが医師たちは動じなかった。彼は突然病室の前に跪き、中に向かって叫んだ。「知花、君が俺を責めてるのはわかってる。恨んでるのもわかってる。でも、お願いだ。もう一度だけ会わせてくれ。知花……」彼は激しく咳き込み、背を向けると、そのまま血を吐いた。医師はため息をつき、彼を支え起こして言った。「亡くなった方は戻りません。安井さん、どうかお気を強く持ってください」彼がどんなに頼んでも、医師たちは私の遺言に従い、彼に遺体を見せなかった。仕方なく、彼はよろめきながら家へ帰った。ドアを開けると、彼はいつものように私の名を探るように呼んだ。「知花、俺だよ。ただいま」だが、誰も応えなかった。私の部屋のドアを開けると、中はきれいに片付けられた。床に燃え尽きた灰だけは、そこにかつて誰かが住んでいたことを物語っている。ラブレターや結婚写真、私たちのすべては私の手で処分された。だが彼は気づかず、床に跪いて泣きながら自分を叩いた。「知花、君は本当にひどい。ひどすぎる。なぜ去ってから真実を教えるんだ？」晴紀は無感情に自分を叩き続け、しばらくして何かを思い出したように、ふらつきながら外へ飛び出した。車を猛スピードで走らせ、何度も事故を起こしかけた。最後に車はあるマンションの前で止まった。中は誰もいなかったが、彼は必死に探し続け、蝶の形をしたネックレスを見つけた。まるで宝物のようにそれを唇に当て、何度も口づけした。「知花、君のものを見つけてあげたよ。だから俺のそばに戻ってきてくれないか？」ドアが突然開いた。酒の

「先生……」私は少し気まずく声をかけた。川野教授は、私を見つめて苛立ちを隠せないようだ。私は無実で、本当に彼とやり直すつもりはなかった。しかし川野教授はそうは思わなかったらしく、電話をかけた後に言った。「実は私の息子、人柄は悪くないの。長年独身だし、君たち、ちょっと会わせてみたらどう？」私が断ろうとしたその時、向こうから信じられないほどハンサムな木村光希（きむら こうき）が歩いてきた。「母さん！」という一言で、私は完全に呆然とした。なるほど、私が師事を終えたばかりで世界的なトップ企業の社長に呼ばれたのは、彼が川野教授の息子だったからか。川野教授は冷く鼻を鳴らした。「私は休むから、あとは勝手にしなさい」実は私と光希は以前から何度かやり取りしていて、少し親しくなっていた。彼の眉目は優しく、見ていてとても落ち着く。その原因は、彼の顔がタイプだからだと思っていたが、まさか川野教授の息子だとは思わなかった。彼は少し困った顔で、食後に一緒に散歩に行こうと誘った。以前は彼が私の才能を評価してくれているのだと思っていたが、どうやら私の成功は川野教授の威圧と影響力のおかげらしいと知り、少し恥ずかしく思った。月明かりの下、私たちの影は長く伸びている。その時、晴紀がどこからか現れ、目を赤くして私に問い詰めた。「知花、あの人は誰だ？たった一年で他の男ができたのか？俺は何なんだ？」私は思わず笑ってしまった。晴紀に、私を問いただせる資格があるのかと思った。一歩前に出て、彼の顔に力強く平手打ちをした。そして、皮肉っぽく笑いながら言った。「自分が何だと思ってるの？晴紀、私を床にひざまずかせて汁を舐めさせた時、私を騙して祈福山に行った時、知樹を殺すことを許した時……あんたは何をした？あんたは自分が何者だと思う？あんたは殺人犯よ！死んだのがなぜあんたじゃない！」私は息を荒くしながら、もう一度彼の顔を平手打ちした。「晴紀、恋愛ごっこは終わったか？終わったなら私の視界から消えなさい。或いは……知樹を返しなさい」晴紀は体を震わせ、腹を押さえながら腰を曲げた。そして、絶え間なく謝り、懇願した。「知花、ごめん。許してくれ、戻ってきてくれるなら、何でもする」「本当に何でもするの？」「本当だ」彼の目に一筋の光が差した。私は唇

「知花」晴紀が突然私の手首を掴み、涙をためた目で言った。「今、もう一度君を追いかけるチャンスをくれないか？」私は手を振りほどき、断った。「いいえ、ここで終わりにしよう」数歩前に進むと、晴紀がぴったり後ろについてきた。私は立ち止まり、振り返って彼を見る。「晴紀、あなたが私の愛情をすべて使い果たした時から、私はもう振り向くつもりはなかったの」彼が差し伸べようとした手は空中で止まり、涙があふれた。そのとき、私はふと思い出した。「私たちの結婚指輪を木の下に埋めたの、知ってる？」晴紀はそれを知らなかったが、あの日、私の母の遺品を窓から投げ捨てたことを知っている。彼は突然よろめきながら大通りで跪いた。私は振り返らず、タクシーで墓地に向かった。そこには知樹が十三歳の写真のまま飾られている。少年の笑顔は輝き、純真無垢だ。久しぶりに来たので、上は埃だらけだ。私は跪き、葉を手で払った。「知樹、来たよ。こんなに長い間、会いに来なくてごめんね」落ちた葉が風に舞い、まるで私に応えるかのようだ。記憶の中の少年が笑いながら言うのが見えた。「僕が大きくなったら、お姉ちゃんと一緒に世界一周旅行をするよ」「知樹、お姉ちゃんはもうたくさん旅をしたけど、残念ながら一緒に行けなかったね」目頭が熱くなり、私は手で涙を拭った。その時、思いがけないことが起こった。清華が突然私の背後に現れ、鋭い刃を私の胸に突き刺してきた。私は避ける暇もなく、瞳孔が縮んだ。しかし、晴紀が急に私の前に現れた。その刃が深く突き刺さり、地面に血が広がった。彼は地面に倒れ、唇の端に血を浮かべながら、悲惨な笑みを浮かべている。「知花、結婚指輪を見つける時間がなかったかもしれない、ごめんね」清華もまさか晴紀が傷つくとは思わず、私を押しのけ、晴紀を支えながら泣いた。「晴紀さん、どうしてこんなに馬鹿なの？どうして彼女を庇うの？彼女にはそんな価値がないよ」救急車とパトロールカーが後に続いて到着した。清華は抵抗せず、連行される前にどうしても私に言いたいことがあると言った。警察が見守る中で、彼女は涙を拭いながら笑った。「あなたが羨ましい。こんなに長い間、晴紀さんに愛されて。最初にあなたたちが一緒になったとき、心から祝福していたから、私は自ら身を引いた。でも彼が