私と夫は、どっちも嘘つきだ。彼は「初恋なんて忘れた」なんて言いながら、スマホの中はあの人の写真ばかり。私は「絶対に離れない」って言いながら、彼のいない未来を用意してた。一か月前、私は夫に離婚協議書へサインさせた。今日は、そのカウントダウンの最終日。カウントダウン、残り三時間。荷物は全部まとめ終わった。出国のチケットも、もう手元にある。カウントダウン、残り二時間。二人で撮った写真は全部切り抜いて、アルバムには私だけ。カウントダウン、残り一時間。彼に残す、最後の動画を撮った。「亮。今日で、あなたを愛して十年。そして、あなたから離れる一日目」・・・・・・約束の時間、神谷亮(かみや りょう)のオフィスへ「結婚式プランの契約書」を届けに行った。ドアの向こうでは、彼と友人が楽しそうにしゃべっている。「亮、すみれがもうすぐ帰ってくるってのに、澪(みお)さんと結婚式をやり直すのか?」亮は気のない「うん」とだけ返して、腕時計ばっかり気にしてる。「彼女、なんでまだ来ないんだ」私には分かっていた。彼が時間を気にするのは、私を待ってるからじゃない。篠宮すみれ(しのみや すみれ)を迎えに行く時間を気にしてるだけ。今日は、彼の初恋、すみれが帰国する日。すみれが婚約した年、彼は腹いせのように私と結婚した。そして三日前、すみれは離婚した。彼は泥酔して、目が覚めると「結婚式をやり直そう」って言ってきた。すみれに見せつけたくて、呼び戻したかっただけ。私たちの結婚なんて、二人の恋のゲームの駒にすぎない。ドアを開けると、亮は不機嫌そうに手を差し出す。「結婚式プランの契約書」用意していた書類を渡す。後ろから二枚目には、こっそり離婚協議書を挟んでおいた。「追加の書類があるの。時間あるときに、ちゃんと読んで」わざわざ今この時間に来たのは、彼に読む暇がないって知ってたから。案の定。亮は契約書を受け取ると、最後のページだけめくった。「これから人を迎えに行く。こんなの読んでる暇ない」その目に、一瞬だけ優しさが浮かぶ。不機嫌は私に。優しさは、すみれに。慌ただしくサインを終えると、亮は背を向けて出ていった。結婚して五年。彼に優しさがないわけじゃない。ただ、すごく少ないだけ。私は愛で、
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