私の夫、綾小路辰紀(あやこうじ たつき)はトップクラスのAIエンジニアだ。そんな彼が、新しく入ったインターンに薬を盛られ、一夜の過ちを犯した。翌朝、彼は酒に酔ったようなかすれ声で、滅多に見せない動揺を隠せずに電話をかけてきた。「琴里(ことり)、俺、やらかした。でも安心してくれ。彼女には金を渡した。これでこの街から消えるだろう」十年間の付き合いを信じた私は、彼を許した。彼の失態は二度とないものだと信じた。半年後、辰紀の会社が史上最悪のハッキングを受け、コアデータが今にも漏洩する危険にさらされている。私はパリの香水展から急いで戻り、データセンターの前で、息をのむ光景を見た。辰紀が立ち尽くしていた。疲れ切った顔に、深い後悔の影。医師によると、インターンの速水桜(はやみず さくら)は妊娠三か月で、高放射線のサーバールームで辰紀に72時間付き添いで守ったため、流産の兆候があるという。辰紀は私の手を握りしめ、汗ばんだ掌が熱を帯びていた。「琴里、三ヶ月前、彼女は危篤の祖母で俺に頼んできた……その時俺は酔ってて……そんなつもりじゃなかった。でも安心してくれ。彼女を綾小路家に入れるつもりはない。君の立場を脅かすことは誰にもできない」病室の扉が開き、桜が患者服のまま膝をついて泣き崩れた。「雨内さん……お願いです、この子だけは……この子だけは助けてください!」辰紀が私を見る。その声は懇願にも似ていた。「琴里……子どもに罪はないんだ」私は彼を見つめた。桜の安っぽいクチナシの香水の匂いが鼻を刺し、吐き気が込み上げる。そして、笑った。「辰紀。離婚するか……それとも、彼女と腹の中の厄介者を、今すぐ消すか。どっち?」「離婚なんてしない!」辰紀は目を真っ赤にして叫んだ。「でも……俺は彼女に責任を取らなきゃいけない」その後、桜は男女の双子を産んだ。綾小路家は歓喜に包まれた。私は十年間はめていた結婚指輪を外した。冷たい指先で、携帯の「S」とだけ登録した番号にかけた。「清水(しみず)さん、前回お話しされた件、私、引き受けますわ」電話の向こうで、低く笑う声がした。「雨内(あまうち)さん……賢明な選択です」……会員制産婦人センターの廊下の端に立ち、私は爪が掌に深く食い込むほど拳を握りしめ
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