御影彰仁(みかげ あきひと)は、私の専属執事だった。何度想いを告げても、そのたびに彼に拒まれてきた。だが、私と御影家の後継者との間に、幼い頃からの許婚があると知ったとき、彰仁は突然私の想いを受け入れ、さらには「一緒に駆け落ちしよう」とまで言った。私は喜びに浮かれ、父に婚約解消を申し出た。これまで政略結婚を命のように扱ってきた父が、あっさり承諾したのだ。この朗報を彰仁に伝えようとしたそのとき、街路に停まっていたマイバッハのリムジンの中で、彼を見かけた。彼は切なげに芹奈の写真へ唇を寄せ、指先でそっとなぞり、瞳いっぱいに愛情を滲ませていた。「芹奈……もうすぐお前は俺の妻になり、御影家の奥さんになる」その言葉に息が詰まり、視界がぐらりと揺れた。そう――彰仁こそが御影家の後継者だったのだ。私と駆け落ちするというのは、私に自ら婚約解消させるための口実にすぎなかった。そして父があれほどあっさり承諾したのも、彼の私生児である白川芹奈(しらかわ せりな)を送り込むためだったのだ。私は涙を飲み込み、踵を返して家へ戻り、父に新たな条件を突きつけた。……私が戻るのを見るなり、白川靖徳(しらかわ やすのり)の顔色が一気に険しくなった。彼は気まずげに笑い、指にはめた深緑の翡翠の指輪を弄びながら、私を見つめた。「沙雪、どうして戻ってきた?」私は余計な言葉を挟まず、単刀直入に切り出した。「会社の株の六割を私に譲っていただく」私が株の話を持ち出した瞬間、靖徳の表情が微妙に歪み、危うく指輪を砕きかけた。「もし拒んだら?」「その時は、あなたの私生児が御影家に嫁ぐ道は閉ざされるわ。二度とそんなすり替えは通用しない」靖徳の指が机をリズムなく叩く。五分後、ようやく彼が口を開いた。「俺にも条件がある。江原家へ嫁げ。お前が江原家に入れば、俺は彼らの後ろ盾を得て新事業を拓ける」私は鼻先で笑った。江原家がどれほど扱いにくいか、誰もが知っている。彼は芹奈を南城へやりたくないから、私を差し出すのだ。親子といえども、最後は取引の駒。「いいわ、嫁ぐ。七日後に江原家に迎えに来させて」七日後――それは御影家の婚礼の日でもある。靖徳の視線が泳ぐ。雷のように決断の早い彼の顔に、初めてそんな表情を見た。「そのとき、俺はお
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