加藤翔太(かとう しょうた)は、私のことを愛していない。私たちの娘でさえ、大切に思っていない。彼の心は、初恋の人にしか向けられていないのだ。彼女の心の中の理想の男であり続けたいがために、娘にパパと呼ばせることさえ許さず、「おじさん」と呼ばせ続けてきた。初恋の人が妊娠し、海外に嫁ぐと知ったその夜、翔太は酔い潰れ、初めて夫として、父親としての責任を取ろうと決意した。家に戻った彼に、娘は百枚の許しチケットを渡した。私は、チケットが一枚もなくなったその日が、娘を連れて永遠に彼の前から消える時だと、静かに告げた。翔太は私たちを強く抱きしめ、「二度と寂しい思いはさせない」と誓った。それからの5年間の内緒の婚姻生活では、彼は確かに良き父親となり、良き夫となった。許しチケットは一枚も使われることはなかった。しかし、そんな平穏は、初恋の人・鹿島詩雫(かしま しずく)がその娘・玲奈(れな)を連れて戻って来たその日までだった。翔太がその親子のために、何度も私たちを置き去りにするたび、私は静かに許しチケットを一枚ずつ破り捨てた。そして今、残された許しチケットは、あと三枚だけ。……翔太が、詩雫と玲奈に会いに行く言い訳をしているのに気づいたとき、私・森川藍(もりかわ あい)はもう止めようとはしなかった。娘の優月(ゆづき)も、泣き騒ぐこともなくなっていた。彼が玄関を出ようとしたその時、優月は一枚の許しチケットを大事そうに手に取り、小さな声で尋ねた。「おじさん……今日はあっちに行かないで、私とママの側にいてくれない?」翔太の足は止まらず、玄関から彼の返事が聞こえてきた。その声にいらだちと焦りを帯びている。「優月は良い子だから分かってくれるよな?玲奈ちゃんが病気なんだ。俺が行ってあげないと。それに許しチケットはまだたくさん残ってるんだから、一枚使ったって大丈夫でしょ。使ったら、許してくれるよね?約束だよ」優月は目を赤くして、手に持っていた許しチケットをビリビリと破り、ゴミ箱に捨てた。 テーブルの上に残された許しチケットは、あと二枚だけ。 この家を去る日が、そう遠くないと分かった。翔太が出て行った後、優月は玄関をじっと眺め、長い間ぼんやりと立ち尽くしている。その淡い褐色の瞳は潤んだまま、いっぱいの涙がたまっているのに、一滴もこ
Read more