All Chapters of 温度を失くした日: Chapter 11 - Chapter 13

13 Chapters

第11話

じっくり思い返してみると、前の人生でも、彰人の音楽の趣味が変わったことに気づいていたのだ。そのとき私は「最近、聴く曲の感じが違うね」と何気なく尋ねた。けれど、彼は笑って誤魔化しただけだった。今となっては、あれも全部――兆しだったのだ。事態は一気に広がっていく。もともと数百人しかいなかった幼稚園の配信ルームには、「不倫教師の暴露」という話題で、瞬く間に数十万人が押し寄せる。視聴者数は今も増え続けている。コメント欄は罵声で埋まり、会場の保護者たちも騒然としている。「園長を呼べ!」と叫ぶ声があちこちで上がる。真理奈はそのど真ん中に取り囲まれ、逃げ場を失っている。混乱の中、何人かの母親が彼女の頬を叩く。――その瞬間、私は用意していた記者たちと一緒に幼稚園へ入る。車を降りる前、親友が私に病人のようなメイクを施し、サングラスをかけさせた。私は彼女に支えられながら、ゆっくりと幼稚園の門をくぐる。私の姿を見た保護者たちは、自然と道をあける。私は真理奈の目の前まで歩み寄り、ためらいもなく手を振り上げる。乾いた音が響き、真理奈の顔が横に弾かれる。彼女は頬を押さえ、怒鳴り返す。「私に当たったって意味ないでしょ!自分の旦那が浮気したなら、旦那に怒りなさいよ!女だからって、私を責めるのは卑怯じゃない!?今日こんな騒ぎを起こしたって、あの人が私を捨てるとでも思ってる?息子があなたに懐くとでも?」――普通の人なら、こんな図太い真似はできない。不倫がバレても、堂々と開き直り、私の前で居直ってみせるなんて。どうしてそこまで強気でいられるのか――そう思った瞬間、真理奈がわずかに体を反らせ、お腹に手を当てる。彼女の口元に、勝ち誇ったような笑みが浮かぶ。「私……妊娠してるの。あなたの旦那の子よ。息子はあなたを嫌ってるし、今度は私に子どもができた。紗耶、あなたたち、もうすぐ終わりね」さらに衝撃的な一言に、会場の空気が凍りついている。――妊娠してるくせに、病院であんなことしてたなんて。あんな遊び方して……お腹の子まで危ないと思わないの?私はわざと傷ついたふりをして、よろめきながら二歩ほど下がる。親友がすぐに私を支え、そのまま一枚の書類を真理奈の前に叩きつける。「殺人教唆――そ
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第12話

ドライブレコーダーの映像は、驚くほど鮮明だった。最初に「彼女をこの世から消せばいい」と言い出したのは――彰人だった。そして彼は言った。「湊斗の手でやれば、俺たちは捕まらない」すべてを仕組んだのは、彼だった。湊斗が実際に私へ重大な危害を加えることはなかったが、彰人の「殺人教唆」は紛れもない事実として認められた。彼は、当然の報いを受けることになる。一方で、真理奈は妊娠していたため、裁判で情状酌量がなされた。最終的に、彰人は実刑判決を受け、刑務所に送られた。収監される前、彼は湊斗を真理奈に託した。そのとき、湊斗は私を見下すように笑い、言い放つ。「ママ、やっとあなたから自由になれる!これでもう、誰にも怒られない!」真理奈もまた、勝ち誇ったように顎を上げる。まるで、この親子を手に入れたことで――世界のすべてを手に入れたかのように。けれど私は、何の怒りも覚えない。彰人と湊斗が私にしたように、いつか必ず、彼らも彼女を裏切るだろう。そもそも、不倫相手として平然と人の家庭を壊すような女だ。そんな人間に、まっとうな幸せが続くはずがない。時が経てば、必ず本性が現れる。――今度では、その結末をこの目で見届けてやる。私は会社の持ち株をすべて手放した。彰人が社長になってから、会社はすでに傾き始めていた。そして私は親友と出資して、新しい会社を立ち上げる。前の会社で私を信じてくれていた社員たちは、みんな私についてきてくれる。真理奈は、彰人が持っていた株をしっかりと握りしめて離さない。まるで、大きな財産を手に入れたかのように。けれど、彼女には経営の知識などまるでない。肝心の彰人は刑務所の中。会社は真理奈の手で、あっという間に倒産へと向かう。残ったわずかな資産も、生活費のために次々と売られている。やがて金が尽きると、真理奈の本性が露わになる。彰人の両親は数年前に他界しており、妊娠後期の彼女を支える者はいない。その役目を負わされたのは――まだ六歳にも満たない湊斗だ。湊斗は毎日、家の中で怒鳴られ、こき使われる。最初のうちは、彼も喜んでいた。だって、ずっと「ママになってほしい」と願っていた先生と暮らせるのだから。だが、日が経つにつれ、苛立ちは募っている。真理奈が
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第13話

通りすがりの人の中には、彼の顔を見て気づいた者もいる。少し前に話題になった――会社で旦那の浮気相手をぶっ叩いたあの「修羅場の息子」だ、と。皆、一様に顔をしかめ、足早に立ち去っていく。中には、私に声をかけてくる人もいる。「お姉さん、情に流されちゃダメですよ。この子ね、反省なんかしてないわよ。痛い目見て、いちばん優しくしてくれそうな人を『奴隷』にしようとしてるだけ」その言葉の「奴隷」という一語が、胸の奥で冷たく響く。私は湊斗を突き放す。彼は雪の上に倒れ込み、それでも私の足元へ這い寄ろうとする。私は犬を抱きしめ、一歩下がって彼を見下ろす。「湊斗、あんたは男でしょ。自分で選んだことは、自分で責任を取るの」湊斗は雪の上で座り込んだまま、ぽかんとした顔で私を見上げる。その表情には、理解も反省もない。――でも、もうどうでもいい。私は踵を返し、車に乗り込む。助手席に犬を乗せる。親友はまだ病院の中で、医師のイケメンと楽しそうに話している。私は湊斗にこれ以上付きまとわれたくなくて、クラクションを軽く鳴らす。数秒後、親友が出てくる。雪の中に座り込む湊斗を見るなり、舌打ちする。「なにあのガキ、道の真ん中で座り込んでるじゃない」湊斗はその声に顔を上げ、親友を見つけると、ぱっと目を輝かせた。「ママに捨てられたの!ねえ、ママの代わりにぼくを連れて帰って!」親友はしゃがみこんで、まるで優しく耳打ちするように顔を寄せる。私は一瞬、彼女の中の同情心が勝ったのかと思う。――けれど、次の瞬間、彼女はくすくす笑いながら囁く。「ママに捨てられたの?じゃあね――『代わりのママ』も、いないみたいね」……その日を最後に、私は湊斗を一度も見かけていない。たまに彼から音声メッセージが届いたが、私は一度も返信しない。やがて、メッセージすら途絶え、彼に関する知らせは何ひとつ入ってこなくなる。――そして、しばらく経ったある日。私はニュースの見出しで、彼の名前を見つける。そこには、【六歳の少年が母親を殺害】とある。世間が「どうやって子どもが殺人を?」と騒いでいる中、私は静かにスマホの画面を閉じる。元・隣人が送ってきた写真を見たからだ。ベランダに倒れた真理奈。衣服は乱れ、体は冷えきっ
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