Semua Bab 私と先輩のキス日和: Bab 1 - Bab 10

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第一章『十年ぶりのキス』 その1

|山辺梢《やまべこずえ》の視線の先には、長い黒髪をなびかせた二歳上の先輩、|村田笑理《むらたえみり》の大きな瞳があった。笑理の制服の胸ポケットには卒業用の胸花が刺さったままである。 笑理の顔が近づくと、梢はゆっくりと目を閉じる。唇に当たる感触は実に柔らかいもので、この瞬間こそ梢にとってはファーストキスだった。 微動だにしない梢が目を開けると、そこには優しく微笑む笑理の姿があった。 「笑理先輩……」 「梢ちゃん」 梢はそのまま、笑理にそっと抱きしめられた。密着した笑理の体のぬくもりが、梢にも伝わっている。 「じゃあね」 笑理はそれだけ言うと、梢の特徴であった三つ編みを撫でて、去っていった。梢はただ、呆然と笑理の後ろ姿を見送ったが、これが笑理の姿を見た最後の日となった。あの卒業式から十年の歳月が流れ、入社四年目の春を迎えた梢は、都心にある出版社『ひかり書房』で、小説担当の編集者をしている。三つ編みだった髪型はポニーテールに変わっており、どちらかと言えば控えめだった性格も、編集者という仕事柄か割とハキハキした物言いになっていた。 「山辺君」 名前を呼ばれた梢は、文字校正中だった原稿と赤ペンを置き、文芸部長の高梨のデスクへ向かった。 「三田村理絵先生の後任、正式に君になった。先生には、既に俺から後任の担当が君になったことは伝えてある。近いうちに、先生の事務所に挨拶に行ってきてくれ」 「分かりました」 名前以外に公となっている情報は出ていないものの、三田村理絵と言えば恋愛小説のヒットメーカーで、文芸部にとっても大きな存在であることは梢にも分かっていた。数日後、梢は高梨から教えてもらった住所を元に、スマホのマップアプリを見ながら、私鉄で三十分ほどの郊外を歩いて、三田村のマンション兼事務所を探していた。 とある高層マンションに到着すると、梢は部屋番号を押し、インターホンを鳴らした。 「はい?」 スピーカーから女性の声が聞こえた。 「『ひかり書房』の山辺と言います。ご挨拶に伺いました」 「どうぞ」 と、声が聞こえ、オートロックとなっ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-15
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第一章『十年ぶりのキス』 その2

梢は落ち着かない様子で、笑理の作業部屋となっている書斎のソファーに腰かけていた。まさか三田村理絵の正体が笑理だったとは、未だに信じられない思いだったが、確かに本棚には『著・三田村理絵』と書かれた書籍がいくつも整頓されている。何事もないように、笑理がケーキと紅茶を運んできた。「こんなものしかないけど、どうぞ」「ありがとうございます」十年ぶりの先輩に向かって、何を聞いて良いのか分からなかったが、笑理はまるで梢の気持ちを読み取るかのように、「作家三田村理絵の正体が私だって、驚いてるんじゃないの?」「え……それは……」「気づくと思ったのになぁ」笑理は苦笑すると、デスクの上に置いてあったメモ帳とペンを持ってきて、『みたむらりえ』と書き、梢に見せた。「並べ替えてごらん」梢はメモ帳を凝視した。「む・ら・た・え・み・り……あ……」「アナグラム」「全然気づきませんでした」「ほら、紅茶冷めちゃうよ」「はい……」笑理に勧められ、梢はティーカップを手にしたが、やはり緊張してしまい、手が震えた。「十年ぶりにこんな形で会ったら、緊張もするか」ふと梢の脳裏に、十年前にキスをした情景が蘇った。梢も笑理も共にテニス部だったが、笑理は部活内だけでなく学校全体で憧れの存在で、他校の生徒からも人気があったほどだった。当然笑理とキスをしたことは、この十年で梢は誰にも告げず、自分の胸の内に秘めていたが、間違いなくキスをした事実を周囲の人間が知れば、羨ましがられるだろう。それぐらい、笑理の存在は特別なものだった。「十年前のあの日、私がキスをした後の梢ちゃんのリアクションを見て、私分かったの。梢ちゃんにとって、あのキスはファーストキスだったんだって」梢は何も言い返せなかった。「ファーストキスを奪った罪悪感みたいなのが私の中であったの……それで、何だか梢ちゃんと会うのも気が引けてたの。
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第一章『十年ぶりのキス』 その3

十年前の二月二十七日、金曜日だったためにこの日が笑理と梢の高校では卒業式が行われた。体育館には外からの冷たい空気が漏れ、設置されたストーブが会場を少しでも暖かくする役目を果たしていた。三年生の各教室でそれぞれ最後のホームルームを終えた後は、部活ごとに送別会が開催され、テニス部室では笑理を始めとした卒業生が在校生から色紙や花束をもらっていた。梢が笑理に呼び出されたのは、送別会の後のこと。笑理の教室である三年二組に行くと、既に笑理が待っていた。「笑理先輩、どうしたんですか?」不思議そうに梢が尋ねた。「あのさ……。私、梢ちゃんが好き」笑理の告白に、一瞬梢は返答に迷った。「笑理先輩……」「突然こんなこと言われても困るよね」梢にとっては複雑な気持ちだった。誰もが憧れる笑理に告白をされたことはある意味では誉であったが、だからと言ってこういう時、恋愛経験のない自分は何と答えるのが正解だったのか、分からなかったのである。「じゃあ、せめて一回だけ、キスさせて」笑理にそう言われ、梢はハッとなった。「分かりました……」梢は小さくコクリと頷き、その後、笑理からのキスを受け入れたのだった。「あの時、ちゃんとした返事もできないままになってました。まさか、私のファーストキスを奪ったことを、そんなに気にしてたなんて」十年前のことを振り返り、梢は苦笑して笑理にそう言った。「私、てっきり断るのが怖くて、仕方なく受け入れたものだと思ってたの。何だか妙に申し訳ない気がしてさ。だから、私のほうから勝手に距離置いてたの」「そうだったんですか……」笑理は申し訳ない気がしたと言ったが、逆に梢のほうが明確な返答をしなかったがために、今の今まで笑理が罪悪感を抱いていたことを申し訳なく感じていた。「気にしないでください。もう、過去のことです。それにこれからは、あくまで作家と編集者の関係ですから」「作家と編集者の関係か……」笑
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第一章『十年ぶりのキス』 その4

「嫌だったら、はっきり言って。それなら私も、諦めがつくから」 笑理から言われ、梢は十年前と同じような結末にはしたくないと思った。 「いえ……私も、笑理先輩のことが好きです」 先ほどまでの緊張がいつの間に無くなっており、梢は己の気持ちを素直に笑理に伝えることができた。 「梢ちゃん……」 「今日は挨拶で伺いました。この続きは、またゆっくりと」 これ以上いるのが恥ずかしくなり、梢は出ていこうとした。 「ねえ」 と、笑理に呼び止められた。 「次、いつ会える?」 「今晩、また会えますか?」 「うん。お酒飲める?」 「はい」 「じゃあ、用意しとく」 梢は一礼するとマンションを去っていった。 一人になった途端、急に胸の鼓動が激しくなった。自分で笑理の告白を受け入れたのに、やはり憧れの先輩のこととなると、ドキドキが止まらなくなってしまう。十年も経ったが、このドキドキは卒業式の時に笑理に抱きしめられた時と全く同じだった。 告白を受け入れたということは、形式的には笑理と交際したということになる。が、まだ梢にはその実感が湧いていなかった。『ひかり書房』に帰社した梢は、高梨に「三田村先生にご挨拶に伺ってきました」と、形式的な報告をしたのち、高校時代の部活の先輩であることだけは打ち明けた。 「そうか。世間ってのは狭いもんだな。けど、三田村先生からすれば、気心の知れた後輩が担当編集者になってくれたら心強いだろう」 呑気そうに高梨は答えたが、さすがに笑理に交際を申し込まれたことは告げることができなかった。 「三田村先生が、より良い作品を書けるように全力でフォローします」 その言葉に嘘はなかったが、それと同時に公私にわたって笑理をフォローしたいと梢は思っていた。 この日、梢は夕方まで仕事をしていたが、集中力がやたら途切れてしまった。未だに面と向かって笑理を見ると、少なからず緊張してしまう自分だが、それでも笑理のことを考えてしまうと仕事に身が入らない。これが俗にいう『恋煩い』なのかもしれない、と梢は身をもって感じていた。同じ頃、買い物を済ませた笑理は、食事
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第一章『十年ぶりのキス』 その5

その夜、仕事を終えた梢は再び笑理のマンションに足を運んだ。笑理の手料理を片手に赤ワインを飲みながら、梢と笑理は高校時代のテニス部の大会の話や、お互いに高校卒業後に大学へ進学したことなど、十年の間に積もりに積もった話をしあった。梢は文学部を経て今の勤務先に就職したことを告げ、笑理は芸術学部在学中に作家デビューをしたことを告げた。高校時代は、特に小説が好きだった話などしたことがなかったが、こうして今『小説』が二人を再会に導いたことは、何とも不思議な縁だった。懐かしい話に花を咲かせたこともあってか、笑理がワインを飲むペースは速く、梢は心配になった。「先輩、飲みすぎじゃありませんか?」「そんなことないよ」「お水飲んだ方が良いんじゃないですか。コップ借りますね」梢はキッチンでグラスに水を注ぐと、笑理に渡した。笑理はグラスではなく、梢の手を取った。思わず梢は赤面になった。「可愛い手。この手も全然変わってないね」梢の手は子どものように小さいもので、笑理はその手を優しくさすった。梢の心拍は早くなり、慌てて笑理の手を離した。「どうしたの?」「いえ……」「ねえ、梢ちゃん」突然梢は、笑理に唇を奪われた。一瞬何が起きたか分からない梢は、直立のままびくともしなかった。十年ぶりの笑理とのキスがあまりにも不意打ち過ぎて、心の整理がつかなかった。交際をスタートしたのだから、キスをするのは至極当然のことかもしれないが、心の準備ができていなかった梢にとって、笑理からのキスは更に梢の心拍が早くなる要因になった。「あ……」ふと腕時計を見た梢は、終電を逃したことに気が付いた。「何かあった?」「いや……その、終電が無くなったので。カラオケか漫喫にでも泊まります」すると笑理は突然笑い出し、「ここに泊まれば良いじゃん。まあ、ベッドはシングルだから、手狭になるかもしれないけど」十年ぶりに再会したその日に、一つ同じベッドで笑理と眠るなど予想だにしなかった出来事だった。「
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第二章『お泊まりのキス』 その1

背格好に大差がないことから、梢は笑理のパジャマを借りて、そのまま泊まることになった。寝室のベッドはシングルサイズで、必然的に笑理とは至近距離で寝ることになる。笑理の手で転がされ、俗にいう沼にはまった状態になっていることは梢自身自覚をしていた。ベッドの端に体を寄せて笑理に背を向けるように眠っていた梢と、その隣で同じように背を向けている笑理との間には、妙な隙間ができていた。「もう寝た?」背後から笑理の声が聞こえた。「いえ、まだ起きてます」「もっとこっちおいでよ」笑理も隙間に違和感があったらしく、それを埋めてほしいようだった。「私、寝相悪いんで。これぐらいスペースあった方が」梢はごまかした。すると笑理が、「じゃあ、私がそっち行っちゃおう」と、言い出したのだ。梢が何かを言おうとする前に、もう梢の背後には体を密着させた笑理がいた。十年前、キスをした後に抱き合ったときと同じぬくもりを梢は感じていた。更に笑理は、梢の腕の隙間から手を入れてきたので、バックハグをされている状態になっている。身動きがとれない梢の心拍数が上昇していく。トクトクという胸の高鳴りは、そのまま笑理にも伝わっていた。「あったかいね、梢ちゃんの体」「……」「心臓、バクバクしてない?」「いや、そんなことありません……」「ドキドキしてるね」笑理のささやく声が、まるで動画サイトのasmrのように梢の鼓膜に突き刺さった。せっかく収まった梢の顔と耳が、再び真っ赤に染まる。「耳赤いよ」声と同時に、笑理の細長く白い指が梢の耳を撫でた。変な声を出さないよう、梢はグッと布団を握りしめていた。「笑理先輩……」寝返りを打った梢の目の前には、こちらを優しく見つめる笑理の顔があった。「可愛くなったね……いや、綺麗になった」笑理に頭を撫でられ、梢は照れを隠すためにうつむいた。「そんなこと……
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-16
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第二章『お泊まりのキス』 その2

シングルベッドの上で、梢と笑理は密着していた。笑理の視線は、指で撫でている梢の唇に向けられていたが、梢の視線はそんな笑理の目に向けられていた。 やがて二人は、しばらく無言で見つめ合った。そして、どちらかともなく顔を近づけ、唇を重ねていく。つい数時間前に笑理からキスをされたことが嘘のように、梢はもはや抵抗もせず、むしろ笑理に合わせるように積極的に何度も唇を重ねていった。 「笑理先輩、好きです……」 「私は、梢ちゃんのこと愛してるよ」 「私もです」 笑理に優しく抱きしめられた梢は、笑理の腕の中でそのまま眠りについた。小鳥のさえずりと、カーテンから降り注ぐ日差しによって、最初に目を覚ましたのは笑理だった。ゆっくりと目を開けると、笑理の腕の中でスヤスヤと眠る梢の寝顔が見えた。 「可愛い寝顔してる……」 ボソッと呟いた笑理は、枕元に置いてあるスマホを手に取ると、梢の寝顔を写真に収めた。そして、カメラを自撮りモードにすると、梢の寝顔に自らの顔を近づけて、そのままシャッターボタンを押した。 梢の寝顔を見た笑理は、より一層梢のことを愛おしく思えるようになった。 「あ……」 笑理の脳裏に、十年前に梢の寝顔を見た出来事が蘇った。高校時代、共にテニス部だった梢と笑理。直近に控えた夏の大会は、笑理にとって引退前最後の大会で、逆に一年生の梢にとっては高校生活最初の大会だった。 朝練と授業後、そして休日と、この頃のテニス部は、連日熱中症対策をしながら練習を重ね、まさに佳境を迎えていた。笑理は部活内のエースで、技術力だけでなく、後輩への育成や指導にも定評があり、顧問や部員たちから絶大な信頼を得ていた。 笑理が指導していた後輩の中に、梢の姿もあった。ある日笑理が部室に顔を出すと、壁にもたれて休んでいる梢を見かけたのだ。疲れ切ったのか、スヤスヤと眠る梢の寝顔にうっとりしてしまった笑理は、しばらく立ちすくんで梢を見つめていた。 これが、笑理が梢に好意を抱いた瞬間であった。笑理が梢を意識し始めたことに当然梢は気づいておらず、笑理の片想いは卒業式を迎える日まで長く続くことになる。 笑理自身、男子生徒に告白をされたのは数多知れないが
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-10-16
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第二章『お泊まりのキス』 その3

梢が目を覚ましたとき、スマホが表示する時計は朝の九時を過ぎていた。熟睡していた梢は、ゆっくりと体を起こして、ダイニングへ足を運んだ。笑理のマンションは二DKで、洋室の片方が書斎兼作業部屋、もう片方が寝室となっている。ダイニングキッチンも、一人暮らしのためか物に溢れてはおらず、随所に飾られている木製の小型動物のオブジェや、エメラルドグリーン色のカーテンや、花柄のレースカーテンにも、笑理のセンスの良さが出ていた。笑理の姿がなく、訝しそうに周囲を見渡した梢だったが、そこへダイニングキッチンに続く脱衣所のドアが開き、笑理が出てきた。「あ、起きた」「はい」梢は慌てて笑理に背中を向けて答えた。風呂上がりの笑理は、バスタオル姿で、髪もまだ拭いている最中だった。笑理の濡れた長い髪やデコルテが妙に色っぽく、寝起き早々、梢の心拍が乱れている。「結構熟睡してたね」「ベッドと枕が良かったのかもしれません」もう一度梢は振り返り、そんな妖艶なオーラを漂わせる笑理を見つめていた。「どうしたの?」笑理が微笑みながら尋ねるが、明らかにその顔は誘惑している。「いえ……」「この格好見て、ドキドキしちゃった? ちょっと刺激が強かったかな」そう言いながら、笑理は梢に近づいてくる。梢は二歩、後ずさりをした。「大丈夫。襲ったりしないから」笑理に転がされている自分が、恥ずかしくなってくる梢。同じ女性同士なのだから、何も多少露出があったにせよ、裸を見たところでどうしたと言うのか。もし仮に、銭湯の脱衣所で同じ状況に遭遇しても、これほどドキドキすることはないだろう。笑理が元々妖艶だというのもあるが、やはり好きな人の普段見ることのない姿を見ると、緊張してしまうものなのかもしれない。だが昨晩の積極的なキスの通り、自分は今、間違いなく先輩である笑理を愛していることに変わりはなかった。「ねえ、朝ご飯食べる?」「はい」「待ってて、すぐ作るから」「あの……私も手伝います」「ありがとう。じゃあ、一緒に作ろ」
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第二章『お泊まりのキス』 その4

午後になり、梢はソファーに座って、笑理のデビュー作『指切りげんまん』の単行本を読んでいた。読者というよりも、『ひかり書房』の編集者の目線になりながら、笑理の紡いだ文章表現に夢中になっていた。すると突然、右頬に柔らかい何かがあたる感触があった。梢が思わず振り向くと、既に笑理に唇を奪われている。「梢ちゃん、集中して読んでるんだもん」隣に座る笑理は微笑んで、そう言った。「三田村理絵先生の文体や特徴が、どんなものかちゃんと見ておきたくて」「編集者の目になってたよ。でもさ、二人きりの時ぐらい、三田村先生って言うのやめようよ。私、梢ちゃんの前では、村田笑理に戻りたいんだから」「笑理先輩……」編集者をしている梢にとって、作家は常に孤独との戦いであることは分かっており、笑理の立場も痛感していた。前任の編集担当者が本人の希望で漫画部に異動したことは、文芸部長の高梨から聞いていたが、笑理にとっては編集者というパートナーが突然変わったことが少なからず動揺した出来事であったことは間違いないだろう。作品を生み出すためのコンディションを良くすることや、モチベーションを上げることが編集者の仕事であると考えている梢は、改めて公私に渡って笑理を支えていきたいと思っていた。「書けなくなったらどうしようっていう不安な気持ちはね、常にあるんだよ。これから先の人生、あと何作生み出すのか、そもそも生み出せることができるのかなって考えちゃうの」これが、作家三田村理絵の心境であった。梢は担当編集者として、何ができるのかを考えようとしたが、今すぐにパッと思い浮かぶものではなかった。「笑理先輩……いや、三田村先生。その不安な気持ちは、分かります。私、他にも担当を受け持ってますが、どの作家さんも言うんですよ。これから、今の作品よりも面白いものが書けるのかって。作家のクオリティを向上させるのも、我々編集者の仕事だと思ってます」真剣な眼差しで梢は笑理を見つめた。「ありがとう、梢ちゃん」「あ、また三田村先生って呼んじゃいましたね」「良いの。今の目は、私の後輩じゃなくて、担当編集者の目だっ
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第二章『お泊まりのキス』 その5

夜になり、梢は自身のマンションに帰宅した。勤務先の『ひかり書房』から私鉄を乗り継いで一時間ほどの場所に位置するワンルームマンションである。クッションソファーにもたれながら、梢は笑理から借りたデビュー作『指切りげんまん』の単行本の続きを読んでいた。会社に行けば在庫もあり、駅から自宅までの途中にある書店で購入することもできたが、あえて笑理から借りたのは、返却を口実にまた笑理に会うことができるからである。入社以来、数多くの原稿に目を通してきたこともあり、梢の文章を読むスピードは速いほうであった。その日のうちに、梢は小説を読み終えた。本をテーブルに置くと、梢は背筋を思い切り伸ばした。そしてふと、唇に手を当てた。昨日と今日で、笑理にキスをされた感触がまだ残っている。「笑理先輩……」頭の中は、笑理のことで夢中だった。これまで恋愛経験の無い梢にとって、笑理は初めての相手である。ふとしたタイミングで笑理のことを考えてしまうこの感覚が、恋というものなのかと梢は思っていた。未だ笑理に直接会うと緊張することがあるが、それは先輩だから緊張しているのではなく、作家三田村理絵だからでもなく、心から愛している人だからだろうと、自分に言い聞かせた。同じ頃、笑理は自身のマンションの書斎兼作業部屋で、パソコンで原稿を書いていた。梢が帰り、一人になった作業部屋では、ただキーボードで文字を打つ音だけが響いている。ルーズリーフをまとめたファイルは創作ノートになっており、アイディアやプロットなどのメモが殴り書きされており、笑理はそれを見ながら原稿の執筆を進めている。しかしこの日は、作業効率が異常なまでに悪くなっていた。赤縁のPC眼鏡をはずし、肩を回すと、椅子から立ち上がってストレッチを始めた。パソコン相手の仕事なので、肩や首が凝りやすく、執筆のタイミングを見計らってストレッチをするのが、笑理の日課だった。ストレッチを終えると、再び椅子に座ったが、やはり筆が進まない。笑理はスマホの写真フォルダを開き、保存してある梢の寝顔写真を見つめた。「会いたいよ、梢ちゃん……」昨晩から数時間前まで会っていたはずの梢に、
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