Todos los capítulos de 序列最下位の探偵たち: Capítulo 1 - Capítulo 10

18 Capítulos

第1話 探偵達の学舎

 四月――満開の桜が風に舞い、新たな始まりを告げる季節。  |赤星猛《あかぼし たける》は、ごくりと喉を鳴らし、目の前にそびえ立つ壮麗な門を見上げていた。門柱に刻まれた文字は『|不知火《しらぬい》探偵学園』。全国から選び抜かれた探偵の卵たちが集う、国内最高峰の養成機関である。    彼は、ここが自分のスタートラインだと直感していたが、その胸中には期待と、それ以上の不安がないまぜになっていた。  猛は運動神経に絶対の自信を持つ。体力測定や実技試験はトップクラスの成績だった。だがペーパーテストは壊滅的で、補欠合格という綱渡りの末に、この門の内側へ足を踏み入れようとしている。    周囲には、いかにも頭脳明晰といった風情の少年少女が、洗練された制服に身を包み、当然のような表情で行き交っていた。場違い感は、彼一人の錯覚ではない――少なくとも猛はそう受け止めていた。 「おい、邪魔だぞ、そこの赤毛」  不意に背後から声が飛ぶ。猛が弾かれたように振り返ると、銀縁眼鏡の奥から冷たい視線を向ける、線の細い男子生徒が立っている。寸分の乱れもない制服の着こなしは、少し着崩した猛のそれと鮮やかな対照を成していた。    彼――|神楽坂雅《かぐらざか みやび》は、目の前の新入生を障害物程度にしか認識していない。彼にとって列の滞りは、最初の印象管理を損なう瑕疵にすぎなかった。 「あ、ああ、悪い」  猛が慌てて道を開けると、神楽坂は鼻で笑うようにわずかに口角を動かし、その横を通り過ぎる。取り巻きらしき数人が間を置かず後に続いた。    彼らは、まだ入学式すら終えていないにもかかわらず、すでに自分たちの立ち位置を疑っていない。  感じの悪さに猛は小さく悪態を飲み込み、すぐに気を引き締め直す。学力で劣るなら、他で補えばいい――そう彼は考えていた。    運動神経への揺るぎない自負、そして『人を守りたい』という衝動。それらがあればやっていける、と彼は自らを鼓舞する。彼の胸の内に宿る意地は、今この瞬間、誰にも気づかれていない。 「やってやるぞ……!」  拳を握りしめ、猛は決意を新たに、桜吹雪が舞う門をくぐった。彼が知らぬまに、同じ門をくぐる別の新入生の胸中でも、別様の決意が静かに固まっていた。      * * *  入学式が行われる講堂は、歴史と格式を感じさせ
last updateÚltima actualización : 2025-10-15
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第2話 ラストホープ結成

 序列五十位、最下位――その数字は、三人の胸に別々の形で沈んだ。猛には悔しさと意地として、青野には冷静な現状把握として、白河には身体の末端を冷やす不安として。    講堂に満ちていたはずの期待は引き潮のように消え、残るのは冷ややかな視線の針と、教官の声だけだった。 「――特に、下位のチーム! 油断している暇など微塵もないと思え!」  担任となる鬼瓦の視線は、的確に弱い環を射抜く。彼は群衆のざわめきから三人の反応を拾い上げ、圧力という教材がいま最も効果的に作用する標的を本能で見分けていた。 「毎学期末に序列は見直される! 結果を出せんチームは容赦なく切り捨てる! 『ラストホープ』などという名前がついたが、本当に最後の望みとなるか、あるいは最初に消えることになるか……すべては貴様ら次第だ!」  死刑宣告めいた言葉は演出ではない。ここでは結果だけが盾であり剣だ。猛は唇を噛み、青野は小さく息を抜いて心拍を整え、白河の肩は目に見えぬほど微かに震えた。 「オリエンテーションはこれで終了だ! 各自、自分の寮の部屋を確認し、荷物を整理しろ! 明日から早速、授業を開始する! 遅れるなよ! 解散!」  号令と同時に、椅子の擦れる音と足音が洪水のように広がった。流れに乗れない者は、いつだって少数派で自覚的だ。猛もその一人として立ち尽くす。自尊心と現実の間で足が止まるからだ。 「――あの、赤星猛くん、ですよね?」  背後から届いた声は、相手の防御を下げる温度を持っていた。振り返った猛の前に、青野渉が人懐っこい笑みを浮かべて立っている。距離を測るのが速いタイプだ、と猛は無意識に判断する。 「ああ、そうだけど……お前は、青野――だっけか」 「ええ、青野渉です。それから、もう一人の――」  青野の視線は、出口付近で立ち止まる小柄な影を捉える。大きな眼鏡の奥で、白河ことねの瞳が不安に揺れていた。場違いという語を、彼女は自分の輪郭に貼り付けて感じ取っている。 「白河さん、でしたよね? 同じチームの青野です。よろしく」  柔らかな声かけにも、白河の身体は反射的にこわばる。彼女の反応速度は、危険回避に最適化されている。 「………は、はい……し、白河…です……よろしく、お願い、しますぅ……」  蚊の鳴くような声が、ようやく言葉の形を取る。会話は成立したが、交流にはまだ距離
last updateÚltima actualización : 2025-10-15
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第3話 探偵学園の日常と序列の壁

 チーム『ラストホープ』の奇妙な共同生活が始まって、数日が過ぎた。 西寮――旧別館の三人部屋は、日当たりも風通しも悪い。男女混合という異常な環境に慣れるとは言い難かったが、三人はそれぞれのやり方で、最低限の生活を成立させようと努めていた。彼らの適応は三者三様で、そこに性格と資質が如実に滲む。 朝、一番に起きるのは猛だ。夜明けと同時にベッドから跳ね起き、兵士の点呼のような勢いでトレーニングウェアに着替える。 静寂を平然と破り、部屋の片隅で腕立て伏せと腹筋。そのまま外へ飛び出して敷地内を走り込み、汗だくで戻ってくるのが常となった。 彼にとって朝の騒々しさは『鍛錬の証』だが、同室の二人にとっては安眠の敵である――この非対称性に、猛自身は気づいていても修正までは至らない。 次に起きるのは青野である。彼は猛とは対照的に、朝を優雅に使う。 携帯用のティーセットで紅茶を淹れ、読書をしながらゆっくり口に運ぶ。湯気の向こうで、彼はよく観察していた。 ベッドで気配を消す白河の沈黙も、トレーニングから戻って床に転がる猛の息遣いも、彼には情報であり材料である。彼はそれらをただ見るのではなく、後で役立つ配置として頭に並べていた。 そして白河。彼女は二人が部屋を出るその寸前までベッドの中で気配を限りなく薄くする。 着替えも洗面も、人のいない隙やトイレの個室で素早く済ませる。部屋にいる間は、自分のベッドで膝を抱え、分厚い専門書かタブレット端末に逃げ込むのが常だった。 彼女にとって見られないことは安心の前提条件であり、男女混合という状況はそれを恒常的に侵す。彼女の神経は、常に小動物のそれに近い警戒域で稼働している。 食事もいつの間にか一人で終える。食堂で彼女の姿を見ることは稀だった。消耗を避けるため、彼女は人との接触を最小に保つ戦略を選んでいる。「おい白河、ちょっとは部屋から出ろよ。カビ生えるぞ」 猛が何度か声をかけるたび、白河はビクリと肩を震わせるだけで返事はない。返す言葉より先に防御が作動してしまうのだ。「まあまあ、赤星くん。白河さんには白河さんのペースがあるんですよ」 青野は宥める。しかし、彼には二人の摩擦を面白がっている節が見え隠れしている。 チームワーク以前に、まともなコミュニケーションすら成立していない――それが、現時点の『ラストホープ』の正確な診断だ
last updateÚltima actualización : 2025-10-17
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第4話 最初の試練

「――ここで無様な結果を出せば、いよいよ退学勧告が現実味を帯びてくると思え!」 鬼瓦教官の宣告が、朝のホームルームの空気を一気に凍てつかせた。最初の本格的な模擬事件演習――序列最下位の『ラストホープ』にとっては、崖っぷちで踏みとどまるか、滑り落ちるかの分水嶺である。 教室前方、序列上位の生徒たちが座る一角からは、「ようやく腕試しができるな」「ポイントを稼ぐチャンスだ」といった自信に満ちた囁きが波紋のように広がる。 とりわけ序列一位『プロミネンス』の神楽坂は、口角をわずかに上げて余裕を見せ、隣の|西園寺玲華《さいおんじ れいか》は優雅に微笑み、|轟周平《とどろき しゅうへい》は微動だにしない。 彼らにとって演習は、実力を改めて証明するための通過儀礼にすぎないのだ。 一方、教室後方の最下位席に集う三人――猛、青野、白河――の周囲には重たい気配が降りていた。もっとも、その重さの中身は同じではない。 猛は緊張よりも闘志が先に立ち、鬱憤を晴らす好機だと拳を握る。身体能力で他を黙らせる、その場面を頭の中で何度も反芻していた。 青野はリスクとリターンを秤にかける。やり方次第で一気に序列を押し上げられるが、鍵は連携にある――猛の突進力を制御し、白河の知を最大化し、自分は要として話を回す。その算段を静かに組み上げる。 白河は顔面蒼白のまま、ただその言葉の中に『謎』があることだけを確かに感じ取っていた。本物ではない――演習だ。だが、解くべき問題があるなら向き合えるかもしれない、という微かな好奇心が瞳に灯る。 鬼瓦は各々の表情をざっと撫で、畳みかける。「今回の演習の舞台は、第一美術室だ。課題は、美術室内で発生したとされる『盗難事件』の解決。制限時間は六十分! 盗まれたとされる美術品一点と、犯人役を務める上級生一名を特定し、確保すること!」 美術室、盗難、六十分――具体が与えられると、教室の空気が緊張にきしむ。「評価基準は、第一に解決までのスピード。第二に推理の正確性、証拠の確保状況。そして、チームワークだ。単独でのスタンドプレーは評価せん。いかに
last updateÚltima actualización : 2025-10-18
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第5話 事件現場は美術室

「――これより、模擬事件演習を開始する! 制限時間は六十分! 健闘を祈る!」 鬼瓦教官の号令が、磨かれた廊下に反響し、緊張の粒を振りまいた。新入生たちは一斉に第一美術室の扉へと雪崩れ込み、空気の温度が一段低くなる。 油彩と洗い残した松ヤニ、石膏粉の乾いた匂い――美術室特有の匂いが、初めての現場に踏み入った彼らの鼻腔を刺す。 最下位チーム『ラストホープ』――猛、青野、白河――も他の生徒の流れに続いて入室した。それぞれが抱く焦りと期待の温度は違うが、「ここで点を取らねば終わる」という自覚だけは奇妙な一致を見ていた。 彼らを迎えたのは、美術室特有の匂いだけではない。部屋中央――展示の主役として据えられているはずの銅像『思索する猫』が、忽然と消えている。空っぽの展示台が、かえって不在の輪郭をくっきりと浮かび上がらせていた。 さらに、奥の窓が数センチ開いており、窓枠には泥を含んだ小さな靴底の痕が二つ、内外に跨ぐように残されていた。 生徒たちが散開し、現場の情報を拾い始めた矢先、扉口で顔面蒼白の女性が声を上げる。「あ、ああ……! ない! ないわ! 私の『思索する猫』がっ!」 被害者役の美術教師にして美術部顧問、|彩吹詩織《あやぶき しおり》。彼女は段取り通りに、生徒たちと同時に入室し、発見したこの惨状を告げる。 目尻には涙の縁をにじませており、その演技っぷりはやや大仰にも思える。「先生、落ち着いてください」 序列一位『プロミネンス』の神楽坂が最短の距離で近づき、声のトーンだけで場を制する。隣で西園寺玲華が手帳を開き、轟周平は室内の出入口と窓の位置関係を無言で測る。三人は練れた連携を、言葉少なに立ち上げていた。「一体、何があったのですか?」「わ、私にも……! 最後に像を確認したのは、今日の九時五十分ごろ。その時は確かに、あの展示台の上にありました。それから隣の準備室に十分ほど用があって……十時ちょうどに戻ったら、この有様で……!」 彩吹は震える息の合間に必要な情報を置く。盗まれた『思索する猫』は高さ三十センチ
last updateÚltima actualización : 2025-10-21
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第6話 赤星、暴走す

 やはりと言うべきか、『ラストホープ』において、最初の一拍を強く叩くのは猛だった。「よし、まずは現場検証だ! 犯人が何か手がかりを残してるはずだ!」 威勢のよい声とともに猛は飛び込み、文字通り美術室を駆け回り始める。彼の頭の中には『物理的な証拠こそが真実に至る最短路』という単純で力強い図式がある。 これまでの人生で、身体を動かせば多くの局面を切り開いてきた。その成功体験は確かだが、探偵に求められる最初の一手――静かな観察――とは往々にして相性が悪い。「どこだ、どこだ――!」 床に這いつくばって隅を覗き、展示台の周囲をぐるぐる回り、画材の棚の扉を乱暴に開けては中身をかき混ぜる。刷毛がばさりと揺れ、木箱がこすれて乾いた音を立て、フェルト片がふわりと舞う。『現場はそのまま』が絶対の定石なのだが、猛の熱意と焦燥は、今まさにその現場を上書きしていた。「うーん、何もねえなあ……おかしい……」 彼は眉をしかめ、さらに探そうと身を乗り出す。 青野は、その背中に一度だけ視線を置いてから、あえて止めない選択をした。ここで怒鳴っても、彼の闘志と自尊心を削るだけで、戦力には還元されないと判断したのだ。 彼は別のルートで猛の失点を補うことにして、展示台を観察する。四つ角に薄く残る埃の欠落跡は、像が直上に持ち上げられたのか、それとも手前に引きずられたのか――彼の眼は『動きの痕』を拾い集めることに長けている。 一方の白河は、タブレットに仮想のグリッドを走らせながら、猛の動線を目で追った。胸の内では悲鳴に近い警鐘が鳴っている。 現場の指紋、繊維、皮脂、微小片は推理における宝庫であるが、採取前の接触は宝をゴミに変えてしまう。 彼女は繊維回収テープを取り出しかけて手を止める。いま貼れば、直前に落ちた猛由来の繊維まで拾ってしまう。指先がタブレットの縁で微かに震えた。 そのとき――「赤星ィ!! 貴様、何をやっとるか!」 地の底を這うような怒声が、美術室の空気を一撃で締め上げた。鬼瓦教官
last updateÚltima actualización : 2025-10-23
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第7話 青野、情報戦に挑む

 窓の外で猛が乾いた土を嗅ぎ、植え込みを揺すっている気配を背中に受けながら、青野は浅く息を吐いて思考の面を切り替えた。 彼が戻るまでにできることは多い。むしろ、余計な音が引いたぶんだけ、耳と目に入る情報は澄む。 青野は基本に立ち返る。まずは被害者役――美術部顧問である彩吹への再確認だ。質問の輪が自然にできあがっている場所へ、彼は水面に落ちる影のように抵抗なく滑り込み、中心から半歩ずれた位置を確保した。「彩吹先生。お疲れのところ恐縮ですが、改めて確認させてください。最後に像をご覧になったのが九時五十分、戻られたのが十時ちょうど――この時刻で齟齬はありませんね?」 確認の体裁を取りつつ、彼は言外の層を観る。彩吹の指は絵具でうっすら汚れ、袖口にはチョークの粉が白くついている。 言葉は揺れないが、返答の直前、視線が部屋の左奥――重要参考人である上級生の列の端に立つ、小鳥遊翼へほんの刹那泳いだ。「え、ええ……間違いありません……」 青野は表情を動かさず、礼を言って一歩退く。同時に彼の内側では、今の『一瞬の泳ぎ』が付箋として貼られる。必要な時に剥がして使えるように。     * * * 続いては重要参考人の三人へ。順番は決めていた。最初に来て『像はあった』と述べた美術部員、小鳥遊からだ。 彼女は明るく、言葉の間が短い。質問を重ねる側にとっては、情報の密度が上げやすいタイプでもある。「小鳥遊先輩、少しよろしいですか?」「あ、ラストホープの後輩くん。なあに?」 ポニーテールを揺らしながら振り向く笑みは悪戯っぽい。指先の爪に固まったアクリルの薄片、黒のエプロンの胸ポケットには金属光沢のヘラが一本。現場の空気を楽しんでいるふうでもある。「九時五十二分ごろ入室、五十四分ごろ退室。忘れたヘラを取りに来られた――この理解でいいですか?」「うん、そうそう。昨日の部活で使ったやつ、作業台に置きっぱなしでさ。時間は……そんなもん。二分もいなかったと思うよ」 時間への応答は軽いが
last updateÚltima actualización : 2025-10-28
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第8話 白河、沈黙の分析

 青野が容疑者への聞き込みと情報の仕分けに奔走するあいだ、教室の喧噪から最も遠い壁際で、白河は外界を遮断するように分析へ沈み込んでいた。 膝上のタブレットからは、画面をタップするかすかな音だけが規則正しく立ちのぼる。視線はわずかに上向き、呼吸は浅く静かだ。 彼女の内奥では、入室時に撮った静止画、ビデオの短片、青野から渡されたメモ、教官の要点、容疑者三名の証言が、音もなく並べ替えられ、タグ付けされ、相互参照されていく。 結論はまだ早い――それでも、いくつかの線は濃くなりつつあった。監視カメラと証言照合の一次評価は『全員グレー』。 決定的なのは『誰も像を手にしてはいない』という共通条件。そしていまもなお像が見つからない現実。 ならば経路は二つに収束する――室内隠匿か、窓経由の侵入および搬出。窓枠の泥は外部犯行を示唆するが、真実を装う偽装である可能性は高い。彼女は演習冒頭で撮影した高解像度の現場写真を順に開き、ピンチで拡大を繰り返す。 泥の付着は枠の内側に偏り、滴下や飛沫のパターンがない。外側の土壌は乾き、靴紋の陰影も見当たらない。もし外から侵入して外へ運び出したなら、枠の外側にも泥が付着するはずだ。 それが欠落している――ならば『見せるための泥』と読むのが合理的だ。 視線がゆっくりと天井へ引き上げられる。そこには、スポットライト用のダクトレール。 白河は天井面の写真へ切り替え、端部をさらに拡大した。そこに、新しい線状傷が一本。酸化膜のくすみを破ったばかりの、金属の生の色が細く覗く。 力を持った細い金属――フックか硬質のワイヤーが、負荷を受けてレール端で擦れた痕跡に見える。 次に、天井と壁の取り合い付近。経年で黄変したペンキの肌理の中に、わずかな『欠け』。画鋲ほどの新しい穿孔がひとつ、モールディングの縁に寄っている。 直上のレール端と穿孔を視線で結ぶと、その先に現れるのは――換気ダクトの吸い込み口。 複数の点が、彼女の頭の中で線に変わる。レール端から中継点である画鋲穴、壁のフックを経由して、換気ダクトへ。 小型
last updateÚltima actualización : 2025-10-30
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第9話 赤星の帰還

 青野が、驚きと確信を一滴ずつ混ぜたような笑みを口元に載せた、まさにその刹那――窓際で土埃を散らしながら、猛が戻ってきた。 頬には砂が貼り付き、指の第二関節はうっすら擦りむけている。呼吸は浅く速いが、負傷というほどではない。勢いよく飛び出した数十分前の昂揚は色あせ、代わりに悔しさが表情に滲んでいた。「くそーっ! やっぱり外にはなかったぞ! いったいどこに消えやがったんだ、あの猫は!」 校舎二階からの飛び降りも、一階からのよじ登りも、この少年には日常の延長に過ぎない。だが、勢いよく飛び出した数十分前の昂ぶりは萎み、胸中は空振りの悔しさでざらついている。「あらあら、赤星くん、お帰りなさい。ご苦労様でした――何か収穫はありましたか?」 青野が労いに少しの皮肉を混ぜて水を向けると、猛はむっとした目で返す。「るっせぇな――猫はなかったっつうの……外のダストボックスにこんなわけわかんねぇもんが捨てられてただけだったよ」 彼がポケットから出したのは、指先ほどの小さな滑車と、透明なテグスの束だった。 偶然という名の贈り物を手のひらに載せたことを、青野は一瞬で理解する。自分たちの仮説を補強する最良の小道具だ。 僥倖――胸の内でだけ、その言葉を選ぶ。「笑うんじゃねぇよ! ……で、そっちは何か分かったのかよ?」 苛立ちと期待が同居した視線が、青野と、その隣で緊張と決意を同時に抱えた白河へ向く。 周囲からは「戻ってきたぞ、ラストホープの暴走特急」「やっぱり無駄足だったみたいだな」と囁きが飛ぶ。 耳に刺さる雑音に、猛の悔しさが再燃した。「ええ、少し進みました。そして、赤星くんのおかげで、推理の信憑性がいっそう高まりました」 青野が笑みを深め、白河に目配せする。白河は小さく頷き、震えを意志で押さえ込みながらタブレットを差し出した。「……なんだこれ? 天井の写真……? それに図面?」 猛の眉間に皺が寄る。画面には、スポットライト用レール端の新しい擦過痕、壁高所の微小な孔、換気
last updateÚltima actualización : 2025-11-04
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第10話 真相解明

「うおおおおおっ! あったぞーーー!! 本当にここにあった!!」 天井裏から猛の歓喜が弾けた。高々と掲げられた『思索する猫』は、まぎれもなく今回の演習で捜し求められていた本物だ。 美術室にいた全員――新入生、教官、そして容疑者役の上級生にいたるまで、吸い込まれるように息をのむ。驚愕はすぐ囁きへ変わった。「なっ……換気ダクトだと!?」「天井裏に隠すなんて……誰が考えつくんだ」「というか、どうやってあそこまで……?」 想定外の出所に現場は沸騰する。埃まみれになりながらも器用に降り立った猛は、注視の中心に立ち、得意げに胸を反らした。  彼の胸中には、外で掴み損ねた手がかりを自分の手でここへ引き戻した、高鳴りがまっすぐ燃えている。隣では白河が小さく頷く。控えめな仕草だが、眼差しには確かな達成の光――「見えない線は、確かにそこにあった」という確信が灯っている。 さらに、青野は口角だけで笑い、「ここからは僕の番だ」と思考を切り替えた。「――皆さん、少々よろしいでしょうか?」 ざわめきを裂くように青野が一歩前へ。通る声が自然に場を制した。彼は壁際に並ぶ容疑者役三名――小鳥遊、熊谷、姫川――に順々に視線を配り、全体へ向き直る。その瞳には揺るがぬ自信が浮かんでいた。「我々チーム『ラストホープ』の見解を、ご説明します。まず犯行推定時刻は、彩吹先生の証言から九時五十分から十時までの十分間です」 共有事項から丁寧に起点を置く。「現場には、開いた窓と泥の付着があり、外部からの侵入および逃走を示す偽装工作が施されていました。しかしご覧のとおり、ここは二階。窓からの出入りは常人には困難です」 彼は軽く目を細め、茶目っ気を一滴落とす。「――我々のチームの赤星くんなら別ですが」「おう!」と胸を張る猛だが、室内には苦笑が生じ、それが和らぎをつくる。「となれば、犯人は内部――この十分間に美術室のドアから出入りした、小鳥遊先輩、熊谷先輩、姫川先輩のいずれかである可能性が高い」
last updateÚltima actualización : 2025-11-06
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