LOGINエリート探偵を育成する名門『不知火探偵学園』。 三人一組のチームで成績を競う完全実力主義の世界に、身体能力だけが取り柄の赤星猛、口は達者だが信用できない青野渉、天才的分析力を持つがコミュ障の白河ことね――アンバランスな三人が入学。 案の定、序列は最下位。エリートたちに嘲笑され、担任からは「結果を出さねば即退学」と叱咤される。 これは、落ちこぼれの烙印を押された三人が、ぶつかり合いながらも互いを認め合い、それぞれの武器で学園の謎に挑み、頂点を目指す凸凹チームの成長と逆転の物語。
View More海は陽光を砕いてきらめき、サンシャインフラワー号は、ゆっくりと陸の匂いを振り落としていった。 カフェスペースの窓際で向かい合う猛と西園寺の間には、さっきまでの鋭い言葉の応酬が嘘みたいに、わずかな落ち着きが漂い始めていた。 猛は、ストローで氷をつつきながら、窓の外に目をやった。島が近づくのはまだ先だ。それでも船のエンジン音と、床から伝わる微かな振動が、確実に前へ進んでいることを告げる。「……でさ、お嬢」 つい、口が滑った。 西園寺の目が、ぴくりと吊り上がる。反射だけで殺せる勢いだ。「……その呼び方、まだ続けますの?」「いや、ほら、なんか――」 猛が言い訳を探している、そのときだった。 どっと、空気が変わった。 通路の奥から、車輪の転がる音、笑い声、誰かが「重っ!」と叫ぶ声が一気に押し寄せてきた。船内の静けさを突き破るような、若い熱量の塊。カフェスペースの客が一斉にそちらへ視線を向ける。 現れたのは大学生らしき五人組だった。軽装なのに荷物だけが異様に本格的で、ケース、ケース、またケース。ギターケースの細長い背中、丸いドラムケース、そして人一人入るんじゃないかというほど巨大なキーボードケースまである。 彼らは、まるでこの船をステージの控室と勘違いしているかのように、遠慮なく賑やかだった。「ったく、誰だよこんな早朝の便にしたの。眠いって言ったよな俺?」 先頭にいた男――音羽響――が、わざとらしくため息をつき、周囲に聞こえる声で言った。髪はやや明るく、服装はシンプルなのに、動きと態度が妙に派手だ。「便は早い方がスタジオ借りられるんだよ。合宿先、機材の搬入もあるし」 音羽の斜め後ろで、落ち着いた声が返った。細身の男――調辺律――が、手帳とスマホを見比べながら話している。 視線がいつも計算しているように動き、声には癖がない。周囲に合わせているようで、自分のペースを崩さない。「ねえねえ、聞いて聞いて! 船の揺れでさ、ド
七月下旬。梅雨の湿り気は抜けたはずなのに、不知火探偵学園の空気にはまだ、張り詰めた余韻が残っていた。 期末考査の結果は夏季休暇明けに発表――その一言が、解放感の裏に小さな棘を残している。 だが、暦の上では夏休みだ。 猛は、寮の廊下を大きな荷物を抱えて歩きながら、肩に食い込むベルトをぐいと持ち上げた。ボストンバッグにリュック、さらに手提げ。 学園生活で増えた道具と、島に持ち帰る土産めいたものが詰まっている。汗が首筋を伝い、シャツが背に貼り付く。 それでも足取りは軽かった。 実家は離島。帰省は年に数回、長距離フェリーに揺られての移動が、彼にとっての夏の始まりだ。潮の匂い、鉄の響き、海鳥の鳴き声。学園の息苦しさが、海風に削られていく気がする。 港に着くと、白い船体が陽光を受けて眩しかった。側面に大きく書かれた船名――『サンシャインフラワー号』。派手な名前にしては、どこか実直な厚みのある船だ。車両甲板へ吸い込まれていくトラックのエンジン音が腹の底に響き、出航前のざわめきが港の熱気に混ざっている。 猛は乗り場の案内板を見上げ、指定された列に並び、チケットを出し、流れに乗ってタラップを上がった。 午前九時。乗船完了。 通路には冷房の乾いた空気が満ち、外の熱が嘘みたいに引いていく。猛は一度、窓際に立って港を眺めた。まだ船は動かない。なのに、甲板のどこかで鳴る金属音だけで、もう遠くへ行き始めている気分になる。 そして――低い汽笛。 胸が軽く鳴った。出航だ。 船が岸壁から離れる感覚は、地面の上とは違う。微かな揺れが膝に伝わり、窓の外の景色が、ゆっくりと後ろへ流れ始める。猛は荷物を肩から下ろし、客室フロアへ向かった。席で少し寝るか、売店で何か買うか。夏休み初日の予定は、それだけで十分だった。 ……そのはずだった。 船内のカフェスペースに差しかかったとき、猛は思わず足を止めた。 人混みの向こう、窓際の席に――見覚えのある顔があったからだ。 華や
『――これにて、一泊二日の実地調査演習を終了する!』 鬼瓦教官の演習終了を告げる声が演習用デバイスから響き渡ると、張り詰めていた食堂の空気が、ふっと緩んだ。 猛、青野、白河の三人は互いの顔を見合わせ、安堵と達成感の入り混じった息を深く吐いた。疲労はピークに達している。 だがそれ以上に、閉ざされた館で成立していた密室殺人の謎を解き明かしたという充足感が、三人の全身を温かく満たしていた。 やがて管理人や滞在者たちは、役目を終えた者らしい軽い解放感を滲ませた表情へと切り替わっていく。彼らもまた不知火探偵学園の卒業生であり、今回は演者として協力してくれていたのだと、三人はここで改めて理解する。「やれやれ、終わったか」「お見事だったね、ラストホープ」 そんな声が、先ほどまでの殺伐としたやりとりが嘘のように柔らかく響く。 管理人役を務めていた黒田も厳格な表情をわずかに緩め、三人へ歩み寄った。「まずは、ご苦労だった、ラストホープの諸君」 黒田は重々しい口調で切り出す。「今回の演習、貴様らは見事に真相にたどり着いた。評価としては……まあ、及第点といったところだろう」 その言葉を聞いた瞬間、猛の胸には小さな不満が跳ねた。あれだけ走り回り、煤と埃にまみれ、追い詰めて得た結末が及第点という言い方で片付けられるのは、どうにもむず痒い。 とはいえ、厳格な先輩からの評価としては、むしろ上等なのかもしれないとも思い直す。自分の中にそんな冷静さが生まれていることに、猛自身が少し驚いていた。「だが、課題も多い」 黒田は容赦なく続けた。「特にチーム内での情報共有の速度や仮説構築の柔軟性に関してはまだまだ改善の余地がある。今回の経験を糧に、さらなる精進を期待する」 厳しい指摘は、同時に期待の表れにも聞こえた。最下位の三人を伸びしろがある対象として扱っている――それだけで、白河の胸には小さな火が灯る。 青野は、黒田の言葉を淡々と受け止めながら
決定的証拠になり得るタバコの吸い殻を手に、ラストホープの三人は埃っぽい隠し通路を後にし、再び一階の食堂へと向かった。疲労の色は濃い。 それでも、真相へ手が届いたという確信と、最後の局面へ踏み込む緊張が、三人の足取りを確かに前へ押し出していた。 食堂には、管理人の黒田と、他の滞在者――鷹宮、綾小路、久我――が集められていた。重苦しい沈黙の中、三人を迎えた視線はそれぞれ異なる。 綾小路は怯えを隠しきれず、久我は沈痛さの奥に警戒を滲ませ、鷹宮は表情を整えたまま、こちらの出方を測るように静かに見据えている。「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」 青野が場の中心に進み出て、落ち着いた声で切り出した。取り乱しのない口調は、ここまで積み上げてきた推理に自信がある証でもあった。「皆さんにお集まりいただいたのは他でもありません。財前様殺害事件を引き起こした犯人がわかりましたので、我々の見解を説明させていただきます」 その一言で、食堂の空気が張りつめる。誰もが息を潜め、青野の次の言葉を待った。「まず、事件現場となった書斎の状況です。ドアには鍵と閂、窓にも内側から鍵がかかっており、一見すると完全な密室でした。しかし――」 青野は、あたかも暖炉の向こうを示すように片手を動かした。「我々の調査の結果、書斎には設計図にも記されていない『隠し通路』が存在することが判明しました。暖炉の奥が回転扉になっており、隣接する使われていない和室へと繋がっていたのです」「隠し通路だと!?」「そんなものが、この館に……?」 綾小路と久我が声を上げる。驚きは純度の違いこそあれ本物だった。鷹宮だけが目元をわずかに細め、反応を最小限に抑えたまま聞き役に徹している。「犯人は財前様を殺害後、この隠し通路を利用して書斎から脱出し、密室を偽装したのです。そして、その通路の存在を隠蔽するために、我々にある工作を行いました」 青野の視線が、まっすぐ鷹宮へ向く。「我々が館の設計図の提供をお願いし
目の前に開かれた、暗く未知の通路――それは、この『黒百合邸』に隠された秘密であり、財前殺害の密室トリックを解く鍵でもあった。 猛、青野、白河の三人は、ごくりと息をのみ、その暗闇の先を固く見つめていた。 青野は腕時計に視線を落とす。画面に表示された残り時間を見て、内心で冷静に計算を始めた。制限時間まで、あと二時間ほど。 通路の調査、犯人の特定、推理の構成――やるべきことはまだ多く、余裕などないと理解している。だからこそ、ここで足踏みするわけにはいかなかった。「よし、俺が先に行く!」 焦
「うおおおおおっ! あったぞーーー!! 本当にここにあった!!」 天井裏から猛の歓喜が弾けた。高々と掲げられた『思索する猫』は、まぎれもなく今回の演習で捜し求められていた本物だ。 美術室にいた全員――新入生、教官、そして容疑者役の上級生にいたるまで、吸い込まれるように息をのむ。驚愕はすぐ囁きへ変わった。「なっ……換気ダクトだと!?」「天井裏に隠すなんて……誰が考えつくんだ」「というか、どうやってあそこまで……?」 想定外の出所に現場は沸騰する。埃まみれになりながらも器用
青野が、驚きと確信を一滴ずつ混ぜたような笑みを口元に載せた、まさにその刹那――窓際で土埃を散らしながら、猛が戻ってきた。 頬には砂が貼り付き、指の第二関節はうっすら擦りむけている。呼吸は浅く速いが、負傷というほどではない。勢いよく飛び出した数十分前の昂揚は色あせ、代わりに悔しさが表情に滲んでいた。「くそーっ! やっぱり外にはなかったぞ! いったいどこに消えやがったんだ、あの猫は!」 校舎二階からの飛び降りも、一階からのよじ登りも、この少年には日常の延長に過ぎない。だが、勢いよく飛び出した数十分前の昂ぶりは萎み、胸中は空振りの悔
青野が容疑者への聞き込みと情報の仕分けに奔走するあいだ、教室の喧噪から最も遠い壁際で、白河は外界を遮断するように分析へ沈み込んでいた。 膝上のタブレットからは、画面をタップするかすかな音だけが規則正しく立ちのぼる。視線はわずかに上向き、呼吸は浅く静かだ。 彼女の内奥では、入室時に撮った静止画、ビデオの短片、青野から渡されたメモ、教官の要点、容疑者三名の証言が、音もなく並べ替えられ、タグ付けされ、相互参照されていく。 結論はまだ早い――それでも、いくつかの線は濃くなりつつあった。監視カメラと証言照合の一次評価は『全員グレー』。