序列最下位の探偵たち

序列最下位の探偵たち

last updateHuling Na-update : 2025-12-25
By:  いろは杏Ongoing
Language: Japanese
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エリート探偵を育成する名門『不知火探偵学園』。 三人一組のチームで成績を競う完全実力主義の世界に、身体能力だけが取り柄の赤星猛、口は達者だが信用できない青野渉、天才的分析力を持つがコミュ障の白河ことね――アンバランスな三人が入学。 案の定、序列は最下位。エリートたちに嘲笑され、担任からは「結果を出さねば即退学」と叱咤される。 これは、落ちこぼれの烙印を押された三人が、ぶつかり合いながらも互いを認め合い、それぞれの武器で学園の謎に挑み、頂点を目指す凸凹チームの成長と逆転の物語。​​​​​​​​​​​​​​​​

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Kabanata 1

第1話 探偵達の学舎

 四月――満開の桜が風に舞い、新たな始まりを告げる季節。

 |赤星猛《あかぼし たける》は、ごくりと喉を鳴らし、目の前にそびえ立つ壮麗な門を見上げていた。門柱に刻まれた文字は『|不知火《しらぬい》探偵学園』。全国から選び抜かれた探偵の卵たちが集う、国内最高峰の養成機関である。

 彼は、ここが自分のスタートラインだと直感していたが、その胸中には期待と、それ以上の不安がないまぜになっていた。

 猛は運動神経に絶対の自信を持つ。体力測定や実技試験はトップクラスの成績だった。だがペーパーテストは壊滅的で、補欠合格という綱渡りの末に、この門の内側へ足を踏み入れようとしている。

 周囲には、いかにも頭脳明晰といった風情の少年少女が、洗練された制服に身を包み、当然のような表情で行き交っていた。場違い感は、彼一人の錯覚ではない――少なくとも猛はそう受け止めていた。

「おい、邪魔だぞ、そこの赤毛」

 不意に背後から声が飛ぶ。猛が弾かれたように振り返ると、銀縁眼鏡の奥から冷たい視線を向ける、線の細い男子生徒が立っている。寸分の乱れもない制服の着こなしは、少し着崩した猛のそれと鮮やかな対照を成していた。

 彼――|神楽坂雅《かぐらざか みやび》は、目の前の新入生を障害物程度にしか認識していない。彼にとって列の滞りは、最初の印象管理を損なう瑕疵にすぎなかった。

「あ、ああ、悪い」

 猛が慌てて道を開けると、神楽坂は鼻で笑うようにわずかに口角を動かし、その横を通り過ぎる。取り巻きらしき数人が間を置かず後に続いた。

 彼らは、まだ入学式すら終えていないにもかかわらず、すでに自分たちの立ち位置を疑っていない。

 感じの悪さに猛は小さく悪態を飲み込み、すぐに気を引き締め直す。学力で劣るなら、他で補えばいい――そう彼は考えていた。

 運動神経への揺るぎない自負、そして『人を守りたい』という衝動。それらがあればやっていける、と彼は自らを鼓舞する。彼の胸の内に宿る意地は、今この瞬間、誰にも気づかれていない。

「やってやるぞ……!」

 拳を握りしめ、猛は決意を新たに、桜吹雪が舞う門をくぐった。彼が知らぬまに、同じ門をくぐる別の新入生の胸中でも、別様の決意が静かに固まっていた。

     * * *

 入学式が行われる講堂は、歴史と格式を感じさせる荘厳な造りだった。高い天井、重厚な|緞帳《どんちょう》、そして期待と緊張で満ちる新入生たちの熱気。猛は指定された席に着きながら、この学園のレベルの高さを改めて痛感する。耳を澄ますまでもなく、周囲の囁きは彼の劣等感を的確に刺激した。

「あの有名な錦山探偵の息子らしい」

「模試で全国トップだった秀才だ」

 名家の子弟と超一流の頭脳。ここではそれらがごく自然に隣り合う。猛は、自分が別世界に迷い込んだかのような居心地の悪さを覚える。

 だが別の列に座る一人の男子――後に彼のチームメイトとなる|青野渉《あおの わたる》は、これらの噂を面白い観察材料として受け取り、状況全体を半歩引いた位置から眺めていた。

 さらに数列先、小柄な女子――|白河ことね《しらかわ ことね》は、同じざわめきを雑音としてしか処理できず、眼鏡の奥で視線を彷徨わせている。彼女の胃のあたりは、朝から固く結ばれたままだ。

 やがて照明が落とされ、式典が始まる。学園長にして、かつて『幻影』の通称で語り継がれた名探偵、|有栖川京一郎《ありすがわ きょういちろう》が穏やかな笑みを浮かべて登壇した。

 白髪に柔和な顔立ち。好々爺の風貌に反して、その瞳の奥には、試される未来を静かに見通す光が宿っている。彼は毎年この瞬間に、希望と痛みの両方が若者を鍛えることを思い出す。

「新入生の諸君、入学おめでとう。ようこそ、不知火探偵学園へ」

 朗々と響く声が、講堂の梁を震わせる。

「諸君はここで、探偵に必要な知識や技術を学ぶことになるだろう。しかし、それだけではない。真実とは何か、正義とは何か。時には、残酷な現実に直面し、自らの無力さを痛感することもあるかもしれない」

 有栖川は一度言葉を切り、若き顔ぶれをゆっくり見渡した。

 猛はそこで学園長の眼差しに一瞬射すくめられ、自分の不安が見透かされたような気がした。

 白河は、視線が自分に届かぬよう背を丸め、青野は逆に、その視線の流れがどのように群衆心理へ作用するかを冷静に測っている。

「だが、忘れないでほしい。困難の先にこそ、諸君が求める答え、そして本物の探偵としての道が開かれるのだ。ここで過ごす日々が、諸君にとって、真実だけでなく、己自身をも見つけ出す旅となることを願っている」

 含みと謎に満ちた祝辞。新入生たちは、その言葉の射程を計りかねて静まり返った。猛は漠然とした不安に包まれながらも、奇妙な高揚を確かに感じていた。高揚の理由を、彼はまだ言語化できない。

 続いて新入生代表の挨拶が告げられる。登壇したのは、先ほど猛に言葉を投げかけた銀縁眼鏡の男子生徒だった。

「新入生代表、神楽坂雅」

 紹介に会場がざわめく。やはり彼は特別だ――そう人々は理解し、神楽坂自身もそれを当然の前提として受け止めていた。臆することなく完璧な所作で一礼し、理路整然とした口調で挨拶を始める。

「我々新入生一同は、この由緒ある不知火探偵学園の一員となれたことを、誇りに思います。我々は、探偵としての知識、そして技術を習得し、社会に貢献できる人材となるべく、日々精進することを誓います」

 隙のない言葉、揺るぎない自信。猛は、その整いすぎた姿に対抗心を抱き、同時にわずかな劣等感を抑えられない。

 周囲からは感嘆のため息が漏れる。神楽坂はそれらの反応を当然の評価として受け取り、表情一つ変えない。彼の中では、すでに先頭に立つ構図が自然に出来上がっていた。

     * * *

 入学式が終わり、オリエンテーションへ。新入生の前に現れたのは、いかつい顔つきに鋭い眼光、カタギとは思えぬ圧をまとった中年男性だった。

 彼こそ、これから猛たちの担任を務める|鬼瓦権蔵《おにがわら ごんぞう》教官。元警視庁の鬼刑事として名を馳せた人物である。彼には甘さを切り捨てることに迷いがない。

「新入生! ようやくヒヨコが揃ったか!」

 開口一番、ドスの利いた声が講堂に突き刺さる。一瞬で空気が張り詰めた。白河の肩が小さく跳ね、青野の口元にだけ薄い微笑が浮かぶ。緊張をどう扱うかは、すでに個々の性質を露わにしていた。

「俺が貴様らの担任を務める鬼瓦だ! まず最初に言っておく! この学園は、生半可な覚悟でいられる場所じゃねえ! ここは探偵養成所だ! 探偵ごっこをしに来た奴は、今すぐ帰りやがれ!」

 鬼瓦は新入生たちを|睥睨《へいげい》し、さらに畳みかける。

「この学園では、入学試験の成績に基づき、三人一組のチームが編成され、序列がつけられる! 授業、演習、あらゆる評価がポイント化され、その合計で序列が決まる! 序列は絶対だ! 上位のチームには相応の待遇が与えられるが、下位のチームは……わかるな?」

 ゴクリ、と誰かが唾を飲む音がした。猛の背筋に冷たい汗が流れる。白河は数字という言葉だけで胃がきしみ、青野はゲームの盤面を想像していた。

 一方で神楽坂は、このルールが自分を更に押し上げる舞台装置であると理解している。

「そして、最下位のチームは、常に退学勧告のリスクを背負うことになる! 結果を出せん奴は、容赦なく切り捨てる! それが不知火探偵学園だ! 覚悟はいいか!」

 厳しい現実に、顔色を失う者が少なくない。猛は歯を食いしばった。恐れと同じ強さで、意地が燃え始めている。

 やがて運命の序列発表が始まる。鬼瓦が淡々とチーム名とメンバー、そして序列を読み上げていく。

「序列一位、チーム・プロミネンス! 神楽坂雅、西園寺玲華、轟周平!」

 やはり、というどよめきと羨望の拍手。神楽坂は表情を崩さず、華やかな女子――西園寺、寡黙な巨漢――轟とともに軽く会釈した。三人の間には、すでに役割の輪郭が共有されている。

 次々と上位チームが発表され、そのたびに歓声やため息が漏れる。猛はまだ呼ばれない自分に焦りを募らせ、最悪の可能性を頭の隅で弾き、また拾い直した。青野は残り枠の計算を指折り確認し、白河は数字が小さくなるほど視界が狭まっていくのを自覚していた。

「――序列四十八位、チーム・グリフォン! 序列四十九位、チーム・ライラック!――」

 そして、最後のチームが告げられる。

「――序列五十位、チーム・ラストホープ!」

 皮肉を孕んだ名が落ちると、会場の空気が一瞬凍りつく。名付けた者の意図を推し量る視線が交差する。

「メンバーは……赤星猛!」

 呼ばれた喜びと、最下位という事実が猛の胸で衝突する。歓喜は鈍く、屈辱は鋭い。鬼瓦は続けた。

「青野渉!」

 数席隣の青野が「おやおや」とでも言いたげに肩をすくめる。彼は、この組み合わせが退屈とは無縁だろうと直感していた。

「そして――白河ことね!」

 小柄で大きな眼鏡の女子、白河が名を呼ばれると、ビクリと肩を震わせ、さらに深く顔を伏せた。彼女にとって視線は、痛覚に近い刺激だ。

 クスクスという失笑が漏れ始め、侮りと憐憫の視線が三人に突き刺さる。

 猛は込み上げる怒りと屈辱に喉が熱くなるのを必死で抑えた。

 青野はやれやれという表情で群衆の反応を眺め、白河は小さく身を縮め、存在を薄めようとしている。

 不知火探偵学園での生活は、こうして最悪の形で幕を開けた。落ちこぼれ、問題児、そしてコミュ障――そう他者に名指されかねない烙印が、最下位チーム『ラストホープ』に早くも貼られようとしている。

 しかし、ここに集められた三人が抱える欠点と資質は、互いに不器用に噛み合う余地を秘めていた。彼ら自身は、まだそれを知らない。

 果たして、このアンバランスな三人は、学園の厳しい序列競争を生き残り、一人前の探偵になれるのか。いや、その前に、チームとしてまともに機能することができるのか。

 赤星猛たちの、波乱に満ちた学園生活が、今、始まろうとしていた。

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