追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

50 チャプター

11. 【OPEN】

 開店初日の朝、シャーロットは一番奥のテーブル席にそっと腰を下ろした。 朝日がレースのカーテンを透かして店内に降り注ぐ。その光の粒子一つ一つが、まるで祝福の花びらのように感じられる。磨き上げたグラスが虹色に輝き、真新しいテーブルクロスは雪のように白く、黒板に丁寧に書いた文字が希望に躍っていた。 全てが整っている。 だが――――。(誰も来なかったら、どうしよう) 胸の奥で小さな不安が羽ばたく。王都では、良くも悪くも「公爵令嬢」という看板があった。でも今の私は、ただの無名のカフェ店主。すでにいくつもカフェはあるのだ。そんな中でこの町の人々に受け入れてもらえるだろうか――――。「大丈夫」 シャーロットは両手を握りしめ、深呼吸をした。手のひらに、かすかに震えを感じる。「きっと、大丈夫」 立ち上がると、エプロンの紐をきゅっと結び直した。これは戦いの準備、戦闘ではなく優しい戦いの――――。 厨房に立つと、既に仕込んでおいたスープが小さく歌を歌い始めていた。コトコト、コトコト。まるで「頑張って」と励ましてくれているよう。オーブンからは焼きたてパンの香ばしい匂いが立ち上り、店内を幸せの予感で満たしていく。「よし!」 シャーロットは勢いよく振り返ると、入口へと向かった。 扉にかかった木札を手に取る。【CLOSED】の文字が朝日を受けて光っていた。 これをひっくり返せば、新しい人生が始まる――――。 期待と不安が入り混じる中、シャーロットは意を決して札を裏返した。 【OPEN】 その瞬間、世界が少し明るくなったような気がした。      ◇ 一時間が過ぎた――――。 カウンターの向こうで、シャーロットは姿勢を正したまま待ち続ける。ドアベルは沈黙を守り、窓の外を人々が素通りしていく。 二時間が過ぎた――――。 スープの歌声だけが店内に響く。焼きたてのパンが少しずつ冷めていく。(マルタさんたちも急用
last update最終更新日 : 2025-10-29
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12. 神様の料理

 扉まで姉弟を見送るシャーロット――――。 トムが振り返り、その小さな手を大きく振った。「お姉ちゃん、また来てもいい?」 期待と不安が入り混じった声。まるで、宝物の場所を慈しむように。「もちろん! いつでも待ってるわ」 シャーロットの答えに、トムの顔が朝顔のように咲いた。「やったー!」 トムはぴょんと跳ねる。「ごちそうさまでした! すっごく、すっごく美味しかった!!」 今度は姉が深々と頭を下げた。その瞳には、まだ感動の余韻が残っている。「こんなおいしいの、まるで魔法みたいでした!!」「ふふっ、ありがとう。気を付けて帰ってね」 シャーロットは優しく手を振る。 トムは何度も振り返り、その度に「美味しかったぁ!」と叫んでいた。 最初のお客が彼らでよかった。シャーロットはしみじみと子供たちの出会いに感謝する。 人込みに溶けていく。姉弟の幸せそうな姿を見守っていると――――。「あの子たち、天使みたいな顔してたね」「『魔法みたい』って言ってたよ」 いつの間にか、店の前に人だかりができていた。まるで、幸せの香りに引き寄せられた蝶のように。「新しいカフェか。入ってみようか」「あの匂い、たまらないな」 扉を開ける音が、まるで楽団の序曲のように次々と響く。「いらっしゃいませ!」 シャーロットの声が店内に花開いた。一人、また一人とお客が入ってくる度に、店内の温度が上がっていく。それは気温ではなく、人の温もりによる熱量――――。 注文が飛び交い、フライパンが歌い、食器が踊る。「このオムライスはまさに革命だ! 赤い魔法だ!」 髭面の冒険者が、まるで宝物を発見したかのように叫ぶ。その隣では、仲間たちが我先にとスプーンを動かしている。「まあ、なんて優雅な味! 王都の宮廷料理より素晴らしいわ」 絹の扇子を持った婦人が、うっとりと目を細める。 厨
last update最終更新日 : 2025-10-30
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13. 不審者

「ふんっ! 人間界も随分と退屈になったものだ……」 フード姿の魔王ゼノヴィアスは、ローゼンブルク中心部にある噴水広場のベンチにどさりと身を沈めた。大理石の冷たさが、五百年生きた体には心地よい。 変装の魔法で角は隠しているが、その威圧感までは消せない。だからこそ、顔を隠すように深くフードを被っている。(ここも、昔は戦場だったというのに) 四百年前、この場所で人間の騎士団と激突した時、自らの放った爆裂魔法【|終焉の劫火《カタストロフ・エンド》】が大地を焼き、全てを灰にした。あの時の熱気、煙の匂い、断末魔の叫び――――。ゼノヴィアスは目をつぶり、懐かしそうにその情景を思い返す。 だが、今はどうだ――――。 子供たちが噴水の周りで遊び、恋人たちが寄り添い、商人たちが笑いながら商談をしている。「腑抜けどもが……」 ゼノヴィアスは吐き捨てるように呟いた。だが、その声には怒りよりも、むしろ虚しさが滲んでいた。(もう一度、全てを焼き尽くしてやろうか……) ふんっ! 全身に一瞬紫の輝きを纏い、ゼノヴィアスは殺気を放った。 バサバサバサバサ。 鳥たちが一斉に飛び立った――――が、人間たちはそのいきなりやってきた寒気が何なのかも分からずお互い顔を見合わせるばかり。(……馬鹿馬鹿しい) この町を焼いてどうなるというのか? ゼノヴィアスは首をふり、深いため息を漏らした。 破壊衝動は確かにある。闇の生命体としての本能が、時折牙を剥く。だが、四百年もの孤独な時間が、その衝動を押さえ込む術を教えてくれた。 いや、押さえ込むというより――単に面倒になっただけなのかもしれない。それだけ気力の衰えが深刻ということだろう。 些細なことで辺り一体を焼け野原にしていた五百年前の自分では考えられないことだった。「ふぅ……、城に戻るか…&he
last update最終更新日 : 2025-10-31
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14. 絡み合う視線

「いらっしゃいませ」 シャーロットは優しく微笑み、メニューを差し出した。 マントの奥から、白い手が伸びてくる。 月光のように白く、彫刻のように美しい手。けれど、その指の動きには、長い年月を生きた者だけが持つ重みがあった。 指が、静かに一点を指す。 ――『とろけるチーズの王様オムライス』「かしこまりました」 厨房へ向かいながら、シャーロットは不思議な感覚に包まれていた。(この人のために、特別な一皿を作らなければ) なぜそう思ったのかよくわからない。でも、あの孤独な佇まいが、まるで「助けて」と言っているような気がしたのだ。 卵を割る――いつもより慎重に、愛情を込めて。 フライパンに流し込み、菜箸で優しく、まるで子守唄を歌うようにかき混ぜる。半熟の瞬間――それは魔法が生まれる瞬間――を見極める。 その間、男は不思議な行動を見せていた。 まるで、生まれて初めて「カフェ」という空間に足を踏み入れた人のように――――。 指先でテーブルクロスの質感を確かめ、壁のタペストリーに描かれたヒマワリを穴が開くほど見つめ、風に揺れるレースのカーテンを、奇跡でも見るような目で追っていた。(ふふっ、まるで、子供みたい) その無邪気な仕草に、シャーロットの心が温かくなった。「お待たせしました」 皿を置いた瞬間――――。 男の全身がびくりと震えた。 そして始まった、奇妙な儀式。 まず、真上から観察。次に横から。匂いを確かめ、湯気の立ち方を見つめる。その必死さはまるで時限爆弾の解体をするかのようだった――――。 やがて、震える手でスプーンを取る。 最初の一すくい。真紅のケチャップをほんの少し。 舌先に乗せた瞬間。 彼の時が、止まった――。 フードの奥から、かすかに震える吐息が漏れる。 次に、オムレツにスプーンをスッと差し込み――ゆっくりと持ち上げる。とろけたチーズが、まるで金の糸のように伸びて――――。「ほお……」 それは感嘆か、驚愕か、それとも――――。 一口。 その瞬間、男の体に雷が走ったかのように見えた。 刹那、まるで、五百年の飢えを一気に満たすかのように、むさぼり始めた。一口、また一口。砂漠で水を見つけた旅人のように、生まれて初めて「美味しい」を知った子供のように――――。「うっ!」 突然、動きが止まる。 ゴホッ! ゴホ
last update最終更新日 : 2025-11-01
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17. 断罪

 その時――。 バン! 扉が、まるで爆発したかのように開かれた。「陛下! もう限界でございます!」 転がり込んできたのは、宮廷医師団の長老。普段は背筋をぴんと伸ばし、髭を整えている老人が、今は亡霊のような姿で立っていた。 髪は乱れ、目は血走り、かつて純白だった医師の衣は血と汚物で汚れている。「どうした、そのような姿で」「失礼ながら直訴させていただきます。『天使様の薬』の調達を! もはやそれに頼るしか……」 老医師は膝から崩れ落ちそうになりながら、必死に叫んだ。「特効薬『天使様の薬』をすぐに出してください!」  「天使様の薬……?」 国王が眉をひそめる。「何のことだ」「ご存じ……ないのですか!?」 老医師の顔に、絶望が広がった。まるで、最後の希望が潰えたかのように。「この三年間、いや、もっと前から……原因不明の病から人々を救ってきた秘薬です! 薬務局からは『準備はしている』と回答があったのに全然届かないのです」 震える手で、老医師は懐から小さな青い瓶を取り出した。空っぽだが、かすかに薬品の匂いが残っている。「この透明な液体こそ、天使の雫、神の恵み……それさえあれば、この病も必ず――」「待て! 薬務局長、知ってるか?」 国王は出席している薬務局長の方を向いたが――――。「えっ!? そ、そんな話は私の方では……把握……しておりません。至急担当のものに……」 局長は目を白黒させながら官僚的答弁をするばかり。「くっ! どうなってる。それを作っていたのは、誰だ!?」 国王は老医師に聞いた。「シャーロット・ベルローズ様です!」 その名前を聞いた瞬間、同席
last update最終更新日 : 2025-11-04
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18. 裁きの音

「お前一人を陥れるために、何年もかけて王都を守るだと? 数え切れない命を救うだと? どこまで自惚れているのだ!」「で、でも……」 王子の声は、もはや子供のようだった。「父上だって知らなかったじゃないか! 誰も知らなかった! だから、だから俺は――」「痴れ者がぁぁぁ!」 王の叫びは、もはや人間のものとは思えなかった。「すぐそばにいる婚約者の真価に気づかぬ! 毎日顔を合わせていながら、その献身を見抜けぬ! それでよくも次期国王などと!」 王は天を仰いだ。そして、絞り出すような声で続けた。「うわべしか見ず……華やかさにだけ目を奪われ……真の宝を、この国の守護天使を……」 声が震える。「ゴミのように! ゴミのように捨てたのだ!」 老王の頬を、涙が伝った。それは怒りの涙であり、後悔の涙であり、そして絶望の涙だった。「い、いや、でも父上! あいつは……あの陰気な女は……」 王子はなおも醜い言い訳を続けようとする。「もういい!」 王は杖を振り上げた。「出て行け! 今すぐこの場から消えろ!」「く、くっ……」 王子は拳を震わせ、歯を食いしばった。屈辱と怒りで顔を真っ赤に染めながら、周りの反応を見ながら反論の言葉を探す。 だが――誰も助け舟を出さない。 重臣たちは皆、冷たい目で王子を見つめていた。軽蔑と、失望と、そして怒りの眼差しで。 くぅぅぅ……。 完全に孤立した王子は、よろよろと扉へ向かった。 そして――――。 バァァァン! 全身の怒りを込めて、扉を叩きつけるように閉める。その音は、まるで王国への呪詛のように、長く長く響き渡った。 静寂が戻った執務
last update最終更新日 : 2025-11-05
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19. 仮面の剥がれ落ちる時

 大聖堂の執務室――。 かつては神聖な光に満ちていたその部屋も、今は死と絶望の匂いが染み付いてしまっている。 聖女リリアナは、水晶の椅子に崩れるように座り込んでいた。純白だったはずの法衣は、血と汗と涙で汚れ、誇り高かった金髪は、まるで枯れた麦のように力なく垂れている。「せ、聖女様……お、王宮から緊急の問い合わせです……」 侍女の声はおびえ、震えていた。「シャーロット様が……残されたという薬のレシピは、どちらに……」 その瞬間――――。 リリアナの美しい顔が、まるで石像のように固まった。「レ……シピ?」 声が、かすれる。「はい。『天使様の薬』の作り方を記したものを、聖女様にお渡ししたと……」 時が、止まった。 そして、リリアナの脳裏に、あの日の光景が鮮明に蘇る――――。 追放の朝。シャーロットが侍女を通じて届けさせてきた、一通の封筒。 『青カビから作る薬のレシピです。どうか、王都の人々のために』 その時の自分の反応を思い返す。 たしか――――。「青カビ? なんでそんな汚いものを? どういう嫌がらせなのあのバカ女!?」 高笑いしながら、封筒を暖炉に投げ込んだ記憶が――――。(マ、マズいわ……)「汚らわしい! あの陰気な女、最後まで気持ち悪いものを送ってきて!」 そんなことを言いながら、炎に包まれ、灰になっていく紙片を見て、勝利の美酒に酔いしれていた自分。「あ……ああ……」 リリアナの顔から、血の気が引いていく。美しい肌が、死人のような土気色に変わっていく。 そして――――。「くっ……!」
last update最終更新日 : 2025-11-06
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20. 逆恨みの炎

「つまり……嘘だったと……?」「嘘も方便よ。ふふっ」 くすくすと、鈴を転がすような笑い声。 その瞬間――――。「貴様ぁぁぁ!」 エドワードの理性が、音を立てて崩壊した。「俺を! 俺を騙したな!!」「あら、大声出さないで。品がないわ」 リリアナは眉をひそめた。まるで、汚いものでも見るように。「それに、あの女だって否定しなかったでしょう? つまり、彼女も破談を望んでいたのよ」「そういう問題じゃないだろう!」 エドワードの顔が、怒りで真っ赤に染まる。「俺を騙すような女と、これ以上一緒にいられるか!」 すると――――。「はーっはっはっは! ばーーっかじゃないの?」 リリアナが突然、大声で笑い始めた。品のない、下卑た笑い。聖女の仮面が、完全に剥がれ落ちた瞬間だった。「あなた、王位継承権を失うんですって?」 さげすむような目でエドワードを見つめる。「な……何でそれを……」「まぁ、当然でしょう?」 リリアナは立ち上がった。「こんな大騒ぎを起こした無能を国王にしたら、それこそ革命が起きちゃうわよねぇ。ふふっ」「き、貴様……」 エドワードの額に青筋が立った。「まさか、お前……王位継承権を失った俺を……」「もう用なしよ」 リリアナは髪をかき上げた。その仕草は、娼婦のように扇情的だった。「権力のない王子様なんて、石ころと同じ。いらないわ」「お、お前……」 エドワードの声が、裏返った。「ベッドでは、あれだけ『愛してる』って……『永遠にあなただけのもの』って&hell
last update最終更新日 : 2025-11-07
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