追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~

追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~

last updateDernière mise à jour : 2025-12-16
Par:  月城 友麻En cours
Langue: Japanese
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国を追放された悪役令嬢シャーロットの夢は、平穏なスローライフを送ること。彼女は、王都の公衆衛生を陰から支えていた過去を捨て、辺境の町で念願のカフェを開店する。 前世の知識を活かした温かい料理は、すぐに町で評判となった。特に、毎日通ってくる無口な常連客は、それを心から愛しているようだった。 しかし、シャーロットを追放した王都では、彼女がいなくなったことで疫病が大流行し、国は滅亡の危機に瀕していた。元婚約者の王子が助けを求めに現れるが、時を同じくして、あの常連客が正体を現す。彼の名は魔王ゼノヴィアス。 「俺の妃になれ」 これは、スローライフを死守しようと奮闘する、元悪役令嬢の物語。

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Chapitre 1

1. 晴れて追放

 ――やった! ついに追放だわ!

 王立学園の卒業パーティー。天井から降り注ぐシャンデリアの光が、まるで祝福の雨のようにシャーロット・ベルローズを包んでいた。彼女は涙に濡れた頬を震わせながら――もちろん演技だが――内心では喜びのあまり踊り出したい衝動を必死に抑えていた。

「シャーロット・ベルローズ! 貴様はこの三年間、聖女リリアナ様を|陥《おとしい》れようと数々の悪行を重ねてきた!」

 金糸の刺繍が施された純白の礼服に身を包んだエドワード王子が、まるで正義の執行者のように腕を振り上げる。その美しい顔は義憤に歪んでいたが、シャーロットにはそれが滑稽にしか見えなかった。

(ええ、そうね。聖女が私の悪行をでっちあげ続けていたことは知ってたわ)

 彼女は八年前――十歳の誕生日に高熱で倒れた夜――前世の記憶と共に知ったのだ。自分が乙女ゲーム『聖女と五つの恋』の悪役令嬢であり、二十歳で処刑される運命にあることを。

 処刑の真の理由は、疫病による王都の衰退の責任をなすりつけ合う醜い権力闘争。とばっちりで王子に処刑されるのだ。

(だからこそ、私は必死に働いてきたのよ)

 前世で製薬会社の研究員だった記憶。その知識を総動員して、シャーロットは密かに王都を守ってきた。石鹸の普及、上下水道の整備計画、そして――――。

「その上、貴様は得体の知れない薬を王都にばらまき、人々を惑わせた!」

 エドワードの糾弾に、シャーロットの胸が小さく痛んだ。

(得体の知れない薬……そう呼ばれてしまうのね、私の心血を注いだペニシリンが)

 何度も失敗を重ね、カビの胞子で喉を痛め、消毒薬で手を荒らしながら作り上げた抗生物質。それは確かに多くの命を救った。だが、公爵令嬢がなぜそんなものを作れるのか――その疑問に答えることはできない。

「も、申し訳ございません……」

 シャーロットは震え声で謝罪しながら、ゆっくりと膝を折った。ドレスの裾が床に広がり、まるで白い花が咲いたようだった。完璧な敗北の構図。観衆たちの満足げなざわめきが聞こえる。

「もはや言い訳は聞かぬ! シャーロット・ベルローズ、お前に国外追放を言い渡す! 二度とこの国の地を踏むことは許さぬ!」

 その瞬間――――。

(きたきたきたきた! ついに来たわ、私の解放記念日!)

 シャーロットの心の中で、盛大な祝砲が鳴り響いた。これで処刑は無いわ! もう二度と、深夜の地下室で危険な実験をしなくていい。もう二度と、正体を隠してこそこそと働かなくていい。もう二度と、この息苦しい宮廷で演技をしなくていいのだ!

「あ、ありがたき……お慈悲……」

 声を震わせながら立ち上がり、シャーロットはよろよろと退場した。重い扉が閉まった瞬間、彼女は人目もはばからず小さくガッツポーズをした。廊下を歩く足取りは、まるでスキップでもしそうなほど軽やかだった。

 自室に戻り、簡素な旅支度を整える。

 机の上には、一冊のノートと封筒。ノートには、八年間かけて完成させたペニシリンの精製方法が、誰にでも分かるように丁寧に記されている。

「これで、私の役目は終わり」

 シャーロットは優しい手つきでノートを封筒に入れ、表に『聖女リリアナ様へ』と記した。

(きっと、最初は『カビなんて汚い』と言うでしょうね。でも、いずれ理解してくれるはず。ペニシリンの効果も上がり始めているのだから)

 窓の外を見れば、みすぼらしい幌馬車が一台、ぽつんと佇んでいた。追放令嬢に与えられる最低限の移動手段。だが、シャーロットにとっては黄金の馬車にも勝る価値があった。

 最後に一度、部屋を見回す。

 あの片隅で、初めて石鹸を作った日。

 窓辺で、上下水道の設計図を描いた夜。

 月明かりの下で、ペニシリンの完成を一人祝った明け方。

 孤独だったけれど、充実していた。苦しかったけれど、誇らしかった。

「ありがとう。でも、もう十分よ」

 シャーロットは深く一礼して、新しい人生へと歩み出した。

 馬車が王都の門を抜けた瞬間、彼女は両手を高く掲げて大きく伸びをした。

「さあ、これから私のスローライフが始まるのよ! 小さなカフェを開いて、美味しい料理を作って、お客様の笑顔を見て……ああ、考えただけで幸せ!」

 御者が驚いて振り返ったが、シャーロットは構わずに続けた。

「もう誰かのためじゃない、私のための人生! なんて素敵な響きなの、スローライフ!」

 オレンジ色の夕陽が地平線に沈もうとしていた。その光に照らされたシャーロットの瞳は、八年ぶりに――いや、もしかしたら生まれて初めて――純粋な希望に輝いていた。

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1. 晴れて追放
 ――やった! ついに追放だわ! 王立学園の卒業パーティー。天井から降り注ぐシャンデリアの光が、まるで祝福の雨のようにシャーロット・ベルローズを包んでいた。彼女は涙に濡れた頬を震わせながら――もちろん演技だが――内心では喜びのあまり踊り出したい衝動を必死に抑えていた。「シャーロット・ベルローズ! 貴様はこの三年間、聖女リリアナ様を|陥《おとしい》れようと数々の悪行を重ねてきた!」 金糸の刺繍が施された純白の礼服に身を包んだエドワード王子が、まるで正義の執行者のように腕を振り上げる。その美しい顔は義憤に歪んでいたが、シャーロットにはそれが滑稽にしか見えなかった。(ええ、そうね。聖女が私の悪行をでっちあげ続けていたことは知ってたわ) 彼女は八年前――十歳の誕生日に高熱で倒れた夜――前世の記憶と共に知ったのだ。自分が乙女ゲーム『聖女と五つの恋』の悪役令嬢であり、二十歳で処刑される運命にあることを。 処刑の真の理由は、疫病による王都の衰退の責任をなすりつけ合う醜い権力闘争。とばっちりで王子に処刑されるのだ。(だからこそ、私は必死に働いてきたのよ) 前世で製薬会社の研究員だった記憶。その知識を総動員して、シャーロットは密かに王都を守ってきた。石鹸の普及、上下水道の整備計画、そして――――。「その上、貴様は得体の知れない薬を王都にばらまき、人々を惑わせた!」 エドワードの糾弾に、シャーロットの胸が小さく痛んだ。(得体の知れない薬……そう呼ばれてしまうのね、私の心血を注いだペニシリンが) 何度も失敗を重ね、カビの胞子で喉を痛め、消毒薬で手を荒らしながら作り上げた抗生物質。それは確かに多くの命を救った。だが、公爵令嬢がなぜそんなものを作れるのか――その疑問に答えることはできない。「も、申し訳ございません……」 シャーロットは震え声で謝罪しながら、ゆっくりと膝を折った。ドレスの裾が床に広がり、まるで白い花が咲いたようだった。完璧な敗北の構図。観衆たちの満足げなざわめきが聞こえる。「もはや言い訳は聞かぬ! シャーロット・ベルローズ、お前に国外追放を言い渡す! 二度とこの国の地を踏むことは許さぬ!」 その瞬間――――。(きたきたきたきた! ついに来たわ、私の解放記念日!) シャーロットの心の中で、盛大な祝砲が鳴り響いた。これで処刑は無いわ! もう二度
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2. 影の功労者
|辺境《へんきょう》への道のりは長い。揺れる馬車の中で、シャーロットは過去を思い返していた。 前世の記憶が蘇ったのは八歳の時。高熱にうなされ、生死の境を彷徨った末に思い出したのは、平凡なOLとしての人生と、『聖女と五つの恋』というゲームの内容だった。(まさか自分が悪役令嬢に転生してるなんて……しかも、最後は処刑される運命だなんて) 最初は絶望した。だが、シャーロットには武器があった。前世の知識――特に、基本的な衛生観念と科学の知識だ。 王都の不衛生な環境を見て、彼女は決意した。解決策を知っている以上人々の役に立とうと。 しかし、シャーロットは決して表に出ないように気を配る。「古い書庫で見つけた文献に書いてあった」と嘘をつき、手柄は全て他人に譲った。(だって、目立ったら悪役令嬢として目をつけられるもの。地味に、目立たず、でも確実に) シャーロットの最大の功績は、やはり抗生物質の開発だった。 思い出すだけで、背筋が寒くなる。 十五歳の冬、王都で|猩紅熱《しょうこうねつ》が流行した。子供たちが次々と倒れ、既存の薬では太刀打ちできない。シャーロットは決意した。前世の知識にあったペニシリンを作ると。 問題は材料だった。青カビ――正確にはペニシリウム属の特定の菌株が必要だが、どれが正しいものか、見た目だけでは判断できない。 シャーロットは公爵家の地下室を改造し、秘密の実験室を作る。そして、ありとあらゆる青カビを集めては、培養と抽出を繰り返した。 夜中、皆が寝静まった後。シャーロットは一人、地下室に降りる。|蝋燭《ろうそく》の明かりだけを頼りに、危険な実験を続けた。 何度も失敗した。カビの胞子を吸い込んで倒れそうになったことも、抽出液で手を荒らしたことも数知れない。それでも諦めなかった。 そして、ついに――――。「できた……」 震える手で持ち上げた小瓶の中には、透明な液体が入っていた。動物実験で効果を確認し、ごく少量を自分でも試した。前世の記憶通りの効果だった。
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3. 辺境の町、ローゼンブルクへ
 王都を出て三日目の朝、シャーロットを乗せた馬車は、ついに目的地である|辺境《へんきょう》の町、ローゼンブルクに到着した。 ドウドウドウ! 御者が叫び、車輪が石畳に触れる音が、次第にゆっくりとなっていく。長い旅の終わりを告げる、その優しい音に、シャーロットは胸の奥で何かが解けていくのを感じた。「お嬢様、着きましたよ」 御者の声に、シャーロットは深く息を吸い込んだ。新しい空気。新しい町。新しい人生の始まり。 期待と不安が入り混じった気持ちを抱えながら、震える手で馬車の扉を開ける。 そして――――。 息を呑んだ。 目の前に広がる光景は、王都の華やかさとは全く違う、けれど心を掴んで離さない美しさに満ちていた。 石畳の道は朝露に濡れて優しく光っている。道の両側に並ぶ|赤煉瓦《あかれんが》の家々は、一つ一つが違う表情を持ち、まるで長い物語を抱えているかのよう。窓辺には色とりどりの花が飾られ、朝の微風に揺れている。 町の中心にある噴水は、水晶のような水しぶきを上げ、虹を作り出していた。 そして何より――空が、広い。 王都では高い建物に遮られていた空が、ここでは端から端まで見渡せる。雲がゆったりと流れ、鳥たちが自由に舞っている。「なんて素敵な町……」 思わず呟いた声は、感動に震えていた。これが、自分が選んだ新しい故郷。誰に強制されたわけでもない、自分の意思で選んだ場所。「ローゼンブルクは良い町ですよ」 荷物を下ろしながら、御者が温かく笑った。「人も温かいし、飯も美味い。お嬢様もきっと気に入りますよ」「ええ、もう気に入ったわ」 シャーロットは心の底から微笑んだ。この瞬間、確信した。ここが、自分の居場所になると。ここで、新しい物語を紡いでいくのだと。 御者に心からの礼を言って別れ、シャーロットは期待に胸を膨らませながら町を歩き始める。 メインストリートは、朝の活気に満ちていた。 パン屋からは、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂ってくる。肉屋の店先では、主人が威勢よく客を呼び込んでいた。八百屋には、朝採れたばかりの野菜が山と積まれ、露に濡れてきらきらと輝いている。(いいわ、とてもいいわ。こんな町でカフェを開けるなんて、夢のよう) 十年間、ただ王都で処刑におびえ、必死に活路を追い求めていた日々。でも、これからは違う。自分の店で、自分の料理を
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4. ひだまりのフライパン
 角を二つ曲がり、メインストリートから少し入った静かな通りで、マルタは立ち止まった。「ここよ」 マルタが指差した先で、シャーロットは息を呑んだ。 二階建てのクリーム色の建物が朝の陽光の中、静かにたたずんでいたのだ。 正面には可愛いアーチ型の大きな窓が三つ並んでいて、かつては町の人々で賑わっていたであろう温もりが、今も残っているような気がした。 入口は重厚な|橡《とち》の木の扉で、色ガラスで小さな花模様の小窓があり、二階には白い木製の鎧戸がついた窓が四つ。一番右端の窓の下には小さなバルコニーがあり、そこだけ濃い緑の蔦が優雅に絡まっている。 しっかりとした灰色の石造りの土台は、何十年もこの町の風雪に耐えてきた風格があった。「前はパン屋だったんだけどね。店主が年で引退して、もう半年も空き家なの」 マルタの声には、一抹の寂しさが混じる。「素敵……」 シャーロットは、まるで恋に落ちたように建物を見つめた。 頭の中で、既に夢が形を成し始めている。窓際には、陽だまりのような温かいテーブル席を。入口には、手書きの可愛い看板を。二階の窓からは、ハーブの鉢植えを吊るして……。「中も見る? 大家は私の古い友人でね、鍵を預かって……」「ぜひ!」 かぶせてくるようなシャーロットの即答に、マルタは優しく微笑んだ。 重い木の扉を開けると、埃の舞う光の筋が現れた。でも、その埃っぽさも、シャーロットには素敵な物語の始まりの予感に思える。 中は予想以上に広い。床は年季の入った木製で、歩くたびに優しい音を立てる。厨房も、かつてのパン屋の設備がしっかりと残っていて、少し手を加えれば十分使えそうだ。「裏庭もあるのよ」 マルタに案内されて裏口から出ると、小さいけれど陽当たりの良い庭が広がっていた。 シャーロットは、そこに広がる可能性を見た。ローズマリー、タイム、バジル……新鮮なハーブを摘んで、す
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5. 赤い盲点
 開店準備も順調に進み、あっという間に一週間が流れていった――――。 朝の|爽《さわ》やかな光が、磨き上げたガラス窓から店内に降り注ぐ。 シャーロットは、何度も磨いて艶が出てきた|欅《けやき》のカウンターに、そっと手を置いた。木の温もりが、掌に優しく伝わってくる。(ここが、私の新しい居場所――――) 深呼吸をして、改装が進む店内をゆっくりと見渡す。 一週間前は埃と蜘蛛の巣に覆われていた壁には、今、蚤の市で一目惚れした温かみのあるタペストリーが飾られている。|向日葵《ひまわり》の黄金色と小鳥の優しい茶色。一針一針丁寧に刺繍された作品は、まるで永遠の夏を閉じ込めたかのような明るさを店内にもたらしていた。「さて、このカーテンは合うかしら……」 シャーロットは脚立に登り、窓際に薄い水色のレースカーテンを取り付ける。朝の微風がさっそく布地を揺らし、まるで湖面の|漣《さざなみ》のような優しい影を床に落とした。「うん! いい感じ!」 テーブルの上には、この一週間で少しずつ集めた宝物のような食器たちが、出番を待つように並んでいる。 クリーム色の地に小さな苺が踊るように描かれた皿は、見ているだけで幸せな気持ちになる。持ち手が小鳥の形をしたティーカップは、まるで手の中で小鳥を包み込むような優しさ。銀のスプーンに彫られた四つ葉のクローバーは、使う人に小さな幸運を運んでくれそうだ。 どれも、マルタが「あんたの店にぴったりよ」と紹介してくれた、町の陶芸家たちの心のこもった作品だった。「お客様が、これで紅茶を飲んだら、きっと笑顔になるわ」 シャーロットは、一番お気に入りの小鳥のカップを手に取り、まるで生きているかのようにそっと撫でる。 振り返れば、厨房も見違えるようになっていた。 かつてのパン屋の名残である大きな|竈《かまど》は綺麗に掃除され、新しい命を吹き込まれるのを待っている。磨き上げた銅鍋が、まるで夕日のような輝きを放ちながらフックに掛けられていた。 窓辺の棚には、ガラスの小瓶がずらりと並ぶ。ローズマリー、タイム、オレガノ、バジル……乾燥ハーブたちが、まるで植物標本のように美しく収まっている。 新しく設置した黒板には、白いチョークで夢が描かれていた。 『本日のスープ』、『ふわふわパンケーキ』、『魔法のシチュー』――――。 そして、一番上に、まるで王
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6. 真っ赤な宝石
 とぼとぼと歩いていると、小さな花屋の前で、ふと足が止まった。 店先には色とりどりの花々が、鮮やかに並んでいる。|向日葵《ひまわり》が太陽を追いかけるように顔を上げ、|薔薇《ばら》が朝露を纏って輝き、小さな|勿忘草《わすれなぐさ》が可憐に微笑んでいる。 その花々の中で、シャーロットの視線が一点に釘付けになった。 真っ赤な宝石のような実がいくつも実っている鉢植え――――。「こっ、これは……!?」 震える手で鉢植えに近づく。鼻を近づけると漂う、懐かしい青臭い香り――――。 朝日を受けて、まるでルビーのように輝くその姿に、シャーロットの心臓が高鳴った。「プチトマト!?」 その瞬間、まるで宝物を見つけた子供のように重かったカゴも忘れ、弾むような足取りで店の中に飛び込む。「こっ、この鉢植え、どこで手に入れたんですか?」 カウンターで花の手入れをしていた女主人が、シャーロットの勢いに目を丸くする。「ああ、それ?」 女主人は苦笑いを浮かべながら、エプロンで手を拭いた。四十代半ばだろうか、日に焼けた頬に笑い皺が刻まれた、人の良さそうな女性だ。「郊外のガンツじいさんが作ってる……トマトだったかしら? 変わった植物よ。『観賞用にどうだ』って持ってきたけど……」 女主人は肩をすくめる。「赤い実が毒々しいって、誰も買わないのよね。正直、私も処分に困ってたところよ」「でも、これ……食べられるんです! とっても美味しいんです!」 シャーロットの言葉に、女主人の顔色が変わった。「食べる!? あんた、この赤い実を? 毒があるんじゃないの?」「い、いえ、大丈夫です! 本当に美味しいんです! 甘酸っぱくて、瑞々しくて……」 シャーロットは必死に説明するが、女主人の表情は半信半疑のままだ。でも、その真剣な眼差しに何かを感じたのか、しばらく考え込ん
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7. 挑戦状
「……ついて来な」 案内された先で、シャーロットは息を呑んだ。そこは、まさにトマトの楽園だった。 背丈近くまで伸びた茎に、大小様々なトマトが実っている。真っ赤に熟したもの、まだ青いもの、そして見たこともない黄色やオレンジ色のトマトまで。プチトマトは房なりに実り、大玉トマトは掌に余るほどの大きさに育っている。 独特の青臭い香りが、辺りに満ちていた。それは、シャーロットにとっては懐かしく、愛おしい香りだった。「素晴らしい……」 思わず感嘆の声が漏れる。キラキラと目を輝かせながら、シャーロットはトマトたちを見て回る。「これだけあれば、オムライスもトマトソースも作り放題!」「待ちな」 ガンツの低い声が、シャーロットの夢想をさえぎった。 振り返ると、老人は腕を組んで難しい顔をしている。「確かにわしはトマトを作っとる。二十年以上もな。だが……」 ガンツの視線が、愛情と諦めの入り混じったものに変わる。「町に出荷しても『毒々しい』『酸っぱくて青臭い』と誰も買わん。最初は『いつか分かってもらえる』と思っとったが……」 老人の肩が、わずかに落ちた。「自分で食うだけのために作るのも馬鹿馬鹿しくてな。そろそろ止めようと思っとったんじゃ。結構育てるの大変なんだわ、これが」 二十年の苦労と孤独が、その言葉に滲んでいた。「いやいや、トマトは最高に美味しいんです! たくさん買いますから、ぜひ作り続けてください!」 シャーロットは身を乗り出した。 しかし――――。「じゃが、お嬢ちゃんが買っても、お客が食べなかったらゴミになるだけなんだぞ?」 ガンツは冷徹な視線を投げかける。「だっ、大丈夫です! トマトの美味しさを私がみんなに紹介します!」 シャーロットは両手のこぶしをグッと握りブンと振った。 その熱意に、ガンツの硬い表情が
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8. 魔王ゼノヴィアスの憂鬱
「……へ?」 一人残されたシャーロットは、呆然と立ち尽くす。(失敗した……? でも、あんなに驚いた顔してたのに……) 鍋に残ったトマトソースを指ですくい、ペロリと味見をする。トマトの旨味は十分に引き出せているはず。味付けも悪くない。(一体、何が……) 不安に駆られていると、ドタドタと激しい足音が近づいてきた。 バタン! 勢いよくドアが開き、ガンツが飛び込んでくる。両腕いっぱいに、様々な種類のトマトを抱えて――――。「お嬢ちゃん!」 老人の顔は、まるで少年のように輝いていた。「これは甘みが強い! こっちは酸味のバランスがいい! あと、これは試験的に作った品種でな……」 テーブルの上に、次々とトマトを並べていく。「多分、味の濃いトマトの方がきっともっと美味いはずだ。いくつか持ってきたから、これで試してくれんか? な?」 瞳をキラキラと輝かせながら、ガンツは身を乗り出した。「え? じゃあ、譲っていただけるんですね?」「もっちろんじゃ!」 ガンツは大きく頷いた。「トマトが、こんなに……加熱したら甘みが増して、でも酸味も活きて、全体がまとまって……こんなに美味くなるとは!」 感極まった様子で、老人は続ける。「嬢ちゃん、わしは二十年以上トマトを作ってきた。でも、こんな食い方があったとは知らんかったぞ!」「これはほんの一例です」 シャーロットも興奮気味に答える。「トマトは煮込み料理にも、スープにも、ソースにも使えます。グラタンに入れても美味しいし、肉と一緒に煮込めば最高のご馳走に……」 その情熱的な説明に、ガンツは何度も深く頷いた。「そうじゃろう、そうじゃろう! じゃから、加熱
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9. 全てに飽いた魔王
「うむ、確認した。下がって良し!」 ゼノヴィアスは料理に視線を落とすこともなく、手を振った。 小悪魔たちは安堵の表情を浮かべ、そそくさと退室していく。バフォメットも一礼して扉を閉めた。 再び、静寂が訪れる――――。 ゼノヴィアスは深いため息をついた。(つまらぬ……) 魔王は闇から生まれた存在。魔気の濃いこの城にいる限り、食事など必要ない。空腹を感じることもなければ、味覚を楽しむ必要もない。 それでも部下たちは、毎日三度、律儀に食事を運んでくる。「魔王様も食事をなさるべきです」という、彼らなりの気遣いなのだろう。 だが、五百年も生きていれば、どんな美食も灰のように味気ない。(人間との大戦が終わって、もう四百年か……) 思い返せば、あれは壮絶な戦いだった。 人間たちは次々と勇者を送り込んできた。聖剣を掲げ、正義を叫び、仲間たちと共に魔王城に攻め込んでくる。とんでもないチートな攻撃を繰り出してくる勇者。しかし、ゼノヴィアスの方が一枚上手だった。その天才的な戦闘センスで勇者を葬っていく――――。 ところがそれで終わらない。一人倒せば、また新たな勇者が現れる。まるで雑草のように、次から次へと。 百年に及ぶ戦いの末、両陣営とも疲弊しきった。そして結ばれた停戦協定。 以来、人間は人間同士で争い、魔族は魔族で静かに暮らしている。(平和だ。退屈なほどに) ゼノヴィアスは立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。 眼下に広がる魔の森。かつては勇者たちの恐るべきチート攻撃で荒れ野原だったが、今では、ただの森だ。「少し体でも動かすか……」 呟いて、ゼノヴィアスは窓を開ける。 冷たい風が吹き込み、黒髪を乱す。そのまま窓枠に足をかけ、ひらりと身を躍らせた。 重力に引かれて落下する身体。しかし、魔王の表情は涼しげなままだ。 地面が近づいた瞬間――――。 ブ
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10. 渾身の一皿
 すっかり開店準備の整った『ひだまりのフライパン』――――。 連日シャーロットは『とろけるチーズの王様オムライス』の試作に励んでいたが、まだ納得のいく出来に仕上げられずにいた。 貴重なトマトを両手で包み込むように持ちながら、シャーロットは厨房に立つ。 真っ赤に熟した果実が、まるで宝石のように朝日を受けて輝いている。その重みは、彼女の夢の重みそのものだった。「今日で決めないと……」 エプロンの紐をきゅっと結び、シャーロットは深呼吸をした。前世の記憶にある、あの懐かしい味。それをこの世界で再現するために――――。 最初の試作は失敗だった。 卵が固すぎて、まるで分厚い毛布のよう。チーズがいい塩梅に溶けるタイミングと卵液の固まり具合を合わせていくのは簡単ではなかった。「違う、これじゃない」 二作目、三作目――――。 ずっと立ちっぱなしでシャーロットは厨房にこもった。手はしびれだし、エプロンは卵液でところどころ黄色に染まった。 数え切れないほどの試作で、ようやく卵の焼き加減を掴んだ。外はふんわり、中はとろとろ。でも、まだ何かが足りない。「もっと……もっと心が温まるような……」 ふと、シャーロットは手を止めた。 思い出したのは、前世で風邪を引いた時、母が作ってくれたオムライスの味。それは完璧ではなかったけれど、愛情がたっぷり詰まっていた。(そうだ、あの時入れていたのは……) 次の試作で、シャーロットは卵液に隠し味を加えた。愛を込めたマヨネーズをちょっとだけ――――。「美味しくなぁれ……」 フライパンに卵を流し込む。菜箸で優しくかき混ぜながら、チーズをたっぷりと加えていく。「ここよ!」 半熟の状態を見極めて火を止める。 そしてチキンライスを包み込むように乗せていく、そっと、まるで大切な人を抱きしめるように―
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