All Chapters of 追放令嬢のスローライフなカフェ運営 ~なぜか魔王様にプロポーズされて困ってるんですが?~: Chapter 21 - Chapter 30

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21. 約束の時間

 二日目の営業も、嵐のような忙しさだった。 朝から夕方までドアベルは鳴り止まず、店内は熱気に包まれ、シャーロットとルカは目の回るような時間を過ごした。 でもそれは心地よい疲れを運んでくる。「いやぁ、今日もすごかったですね!」 最後のお客を見送り、ルカが額の汗を拭いながら笑った。その顔は疲労に染まっているが、充実感で輝いている。「本当ね。でも、あなたのおかげで何とか乗り切れたわ」 シャーロットは優しく微笑んだ。 窓の外を見れば、夕陽が町を橙色に染め始めている。石畳が黄金に輝き、どこか遠くで家に帰る子供たちの笑い声が聞こえる。 平和で、温かい、ローゼンブルクの夕暮れ。「さて、ルカ君。皿洗い、悪いけどお願いできる?」「もちろんです! 弟子として当然ですから!」 ルカは袖をまくり上げ、意気揚々と流し台に向かった。一枚一枚、まるで宝物を扱うように丁寧に洗っていく。その真剣な横顔に、シャーロットは温かいものを感じた。 カウンターに座り、帳簿を広げる。 羽ペンを手に取り、今日の売り上げを記入していく。数字を追いながらも、シャーロットの心はどこか上の空だった。 ――そう言えば。 ふと、手が止まる。 ――昨日、あの人が来たのも、ちょうどこの時間だった。 心臓が、小さく跳ねる。 まさか、という期待と、でも、という不安が入り混じる中、チラリと窓の外に目をやると――――。「あら」 思わず、口元が緩んだ。 街灯の下、昨日と同じ場所に、同じようにフードを被った大きな影が立っているではないか。 店の中を覗き込むように、でも入るのをためらうように、じっとたたずんでいる。「ふふっ」 シャーロットは小さく笑い声を漏らした。 なんて可愛らしいのだろう。あんなに大きな体なのに、まるで初めてお店に入る子供のよう。 タタタッと軽やかな足音を立てて、扉へと駆けた。「いらっしゃいませ
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22. 我の名は

 男はゆっくりと、スプーンを手に取る。 一口――――。 フードの奥で、小さく息を呑む音がした。 そして、昨日よりも落ち着いて、でも一口一口を大切に味わうように食べ始めた。 シャーロットは、その様子をそっと見守った。 ルカも、皿洗いの手を止めて、固唾を呑んで見つめている。 やがて――――。「……美味い」 低い声が、静かに響いた。 たった一言。 でも、その言葉には昨日よりも深い何かが込められていた。 シャーロットの頬が、薔薇色に染まる。「ふふっ。良かった」 窓の外では、夕陽が完全に沈もうとしている。         ◇ 空になった皿を前に、ゼノヴィアスは放心したように座っていた。 まるで、美しい夢から覚めたくない子供のように。 シャーロットは、そっと空になったグラスを手に取った――――。 グラスに注ぐ水の音が、静かな店内に心地よく響く。「どうぞ」 優しく差し出されたグラスを、ゼノヴィアスはぶっきらぼうに手に取った。冷たい水が喉を通り、ようやく現実に戻ってきたようだ。「カフェは……、あまり行かれないんですか?」 シャーロットが柔らかく尋ねる。「こ、ここが……」 ゼノヴィアスの声が震えた。「初めて……だ」 その告白に、シャーロットの目が優しく細められた。「ふふっ、そうだったんですね」 彼女は嬉しそうに微笑んだ。「カフェって、いいところでしょう? これからカフェ巡りをされてもいいかもしれませんね」 明るく提案するシャーロットだったが――――。「わが国には……カフェなどない」 低い声には、どこか寂しげな響きが
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23. 崩れゆく平穏

「わ、我は……」 ゼノヴィアスは必死に考えた。そして――――。「ゼ、ゼノと……呼ぶことを、許そう」 精一杯の妥協案だった。本名の一部だけ。嘘ではない、が、真実でもない。「はははっ!」 シャーロットが明るく笑った。「許されちゃった!」 その無邪気な反応に、ゼノヴィアスは戸惑う。『許す』の何がまずかっただろうか――――?「ゼノさん、今日もご来店ありがとうございます」 シャーロットはにっこりとほほ笑んだ。その笑顔が、なぜかゼノヴィアスの胸を締め付ける。 コホンッ! 咳払いしたゼノヴィアスは話を戻す。「そ、それで、シャ、シャーロットに、欲しいものはないのか? 宝石とか……」 魔王城には、人間界では想像もつかないような宝物が山ほどある。こぶし大のダイヤモンドに、魔力で美しく輝く魔晶石――――。「宝石なんて、いらないわ」 きっぱりとした拒絶に、ゼノヴィアスは驚いた。 え……?「私はね」 シャーロットは店内を見回した。愛おしそうに、誇らしげに。「この『ひだまりのフライパン』で、みんなの笑顔と触れ合える時間が好きなの」 夕暮れの光が、彼女を優しく染めている。「エプロン姿に宝石なんて似合わないわ」 その言葉に、ゼノヴィアスは衝撃を受けた。 五百年の人生で、宝石を断った人間など初めてである。皆、富を、美を求めた。 だが、この少女は――――。「だから」 シャーロットは悪戯っぽく微笑んだ。「明日も来てくださいね? それが一番の贈り物です」 ゼノヴィアスの心臓が、大きく跳ねた。「か、考えておこう……」 精一杯平静を装いながら、ゼノヴィアスは踵を返した。これ以上ここにいたら、何を
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24. 不思議な花

「ほっ、本当ですか?!」 震える声で、シャーロットは男たちに向き直る。「王都で……疫病が広がっているんですか?」「あ、ああ、そうらしい」 シャーロットの勢いに押されながら、男の一人が答えた。「俺の知り合いの商人が逃げてきたんだが、もう地獄絵図だって。死体を焼く煙で空が黒くなってるそうだ」「そ、そんな……」 シャーロットの顔から血の気が引いていく。 ガクガクと膝が震え始めた。立っていられない。世界がぐるぐると回る――――。 シャーロットはへなへなとその場に崩れ落ちた。(私が……私がちゃんとしていれば……) 胸が締め付けられる。息ができない。(聖女に託したレシピはどうなったの? もっと詳しく説明すべきだった? 何か手違いが?) 頭の中で、無数の「もしも」が渦巻く。 でも――――。(今更、何ができる?) 自分はもはや辺境に引っ込んでしまったただのカフェ店主。王都まで何日もかかる。今から青カビの培養を始めても、『天使様の薬』ができるのは何か月も先。 間に合わない。 何も、できない。 その残酷な現実が、シャーロットの心を打ちのめした。「だ、大丈夫ですか!?」 ルカが血相を変えて駆け寄ってくる。「ご、ごめん……」 シャーロットは震える手で額を押さえた。冷や汗が滲んでいる。「ちょっと……上で休んでくる」「えっ!? でも……」「お願い、ルカ君」 懇願するような目で見つめられ、ルカはうなずくしかなかった。「わ、分かりました。お店は任せてください」 シャーロットは、よろよろと階段を上っていく。 その背中はいつもの輝きを失い、罪の重さに押し潰されそうになっていた。       ◇ 夕方――――。 シャーロットが階段を降りてきた時、その顔は別人のようにやつれていた。 泣き腫らした目。青白い頬。震える唇。「ごめん、大丈夫だった?」 掠れた声で尋ねる。「お店は何とか回しました」 ルカが心配そうに答えた。「でも、シャーロットさん……無理しないでください。顔色が……」「大丈夫よ」 シャーロットは無理に微笑んだ。だが、その笑顔は今にも崩れそうだった。「ありがとう、ルカ君」 震える手でエプロンの紐を結ぶ。いつもなら軽やかな動作が、今日は重い。 何とか厨房に立ったが、心はどこか遠くにあった。(私が救えたかもしれな
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25. 暴力厳禁

「見つけたぞ! シャーロット!」 怒号と共に、男が飛び込んできた。 エドワード王子。 かつての婚約者が、血走った目でシャーロットを睨みつけていた。その後ろには、重装備の兵士たちがぞろぞろと続く。「手間取らせやがって! こんな辺境に隠れていたとはな!」 エドワードは大股でシャーロットに近づいた。「さあ、大人しく来い! お前には王都を救う義務がある!」 汚い手が、シャーロットの白い腕に伸びる。 その瞬間――――。 ザッ。 風が吹いた。 いや、違う。 ゼノヴィアスが目にもとまらぬ身のこなしで、シャーロットとエドワードの間に立ちはだかったのだ。「シャーロットに……何をする」 低い声。 だが、その声には恐ろしいほどの怒気が込められていた。 フードの奥で、赤い瞳が不気味に光る。まるで、地獄の業火のように。「き、貴様!」 エドワードは一歩後ずさった。本能が、危険を告げている。 だが、王子としてのプライドが、退くことを許さない。「俺は王国の王子だぞ! 俺の行動を妨害したら、王族侮辱罪でーー」「やってみろ」 ゼノヴィアスが一歩前に出た。「……へ?」 伝家の宝刀である『王族侮辱罪』を気にもしない男、その予想外の展開にエドワードは鳩が豆鉄砲を食ったように凍り付いた。「このクズが」 ゼノヴィアスの手がエドワードの胸ぐらを掴み、まるで、子供の首根っこを掴むように軽々と持ち上げる。「ぐっ! く、苦しい!」 エドワードの足が宙に浮く。「お前ら! 何とかしろ!」 王子の命令に、兵士たちが剣を抜いた。 シャリーン、シャリーンと剣がうなる。 ゼノヴィアスを取り囲み、一斉に飛びかかろうとした、その時――――。「喝!」
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26. 男同士の話

「あっ……あわわ……」 ゼノヴィアスは目を白黒させて狼狽した。 魔王として五百年。頂点として君臨し続けた世界最強の男がここまで慌てたことはなかった。 武闘派の魔王が、泣く女性の扱いなど知るはずもない。「ちょ、ちょっと、シャーロット! 泣くな! な?」 オロオロしながら、慌ててエドワードから足をどけた。「ほら、ほら! もう踏んでない! 踏んでないから!」 まるで、泣く子をあやす父親のような狼狽ぶり。「ゲホッ、ゲホッ……」 エドワードは咳き込みながらよろよろと立ち上がった。「き、貴様……この俺を、足蹴にしやがって……」 ゼノヴィアスを睨みつけるが、その目には明らかな恐怖が宿っていた。一声で兵士たちを威圧する。そんなことができる奴は世界にそうはいないのだ。ここで対応を誤れば自分の命どころか王国の存亡にかかわる。 足はガクガクと震え、今にも腰を抜かしそうだった。     ◇ 泣き止まないシャーロット――――。 ゼノヴィアスはシャーロットを見て、エドワードを見て、そして――ニカッと笑った。 まるで、良いことを思いついた悪ガキのように。「分かった! そうだ!」 急に明るい声を出す。「男同士の話をしようじゃないか、王子君!」 そして、ガシッとエドワードの首を腕で抱え込んだ。 完璧なヘッドロック――。「え? ちょ、待っ……」「外で話そう! な? 男同士、腹を割って!」 有無を言わさず、エドワードを引きずっていく。「や、止めろ! ど、どこへ連れて行く!?」「いいから、いいから!」 にこやかな顔で、しかし恐ろしい力で。「痛い! 痛いって! 首が! 首が
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27. 断固たる即答

「だ、だだだだ、大丈夫です!」 エドワードは泣きそうな声で叫んだ。「もう、シャーロットを泣かすようなことは……」「『シャーロット様』だろうが!!」 ガン! 強烈な頭突きが、エドワードの額に炸裂した。「ぐほっ!」 目から火花が散ってふらふらになる。 膝から崩れ落ちそうになるが、ゼノヴィアスが襟首を掴んで支えた。「お前ごときが呼び捨てていい人じゃないんだが? ふざけんなよ?」「し、失礼いたしました!」 エドワードは涙目で謝罪した。「シャーロット様には、今後一切近づきません! 命に懸けて誓います!!」「ふむ……」 ゼノヴィアスは値踏みするような目で、エドワードを見下ろした。「実はな……」 そして、恐ろしい笑みを浮かべた。「暇つぶしに、王都を焼いてやろうと思っていたんだ」 くっくっくと、喉の奥で笑い声が響く。 ブワッ! 紫色のオーラが、まるで炎のようにゼノヴィアスの全身から噴き出した。 その威圧感に、エドワードは息ができなくなった。「ひ、ひぃぃぃ!」 情けない悲鳴を上げる。「そ、そんな! や、やめてください!」「だが……」 ゼノヴィアスは急に真剣な表情になった。「シャーロットがいるから、戦争を止めてやっているんだ」「言っている意味が、分かるか?」 ゼノヴィアスは深紅に輝く瞳をクワっと開き、エドワードの瞳を覗き込む。「シャ、シャーロット様が……それだけ素晴らしいお方である、と……?」「そうだ」 ゼノヴィアスの目に、一瞬だけ優しい光が宿った。「五百年もの間、いろんな女を見てきたが&hell
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28. 運命がもたらす予感

「私はこの『ひだまりのフライパン』で、みんなの笑顔と触れ合っていたいんです! 世界の半分なんて要りません!」「い、いや……え……?」 ゼノヴィアスは完全に言葉を失った。 五百年生きてきて、初めてのプロポーズ。まさか断られるなんて、想像もしていなかった。「そもそも」 シャーロットは腰に手を当てた。「私、ゼノさんのこと何にも知らないし、それで結婚とかないですよ」 正論だった。 ぐうの音も出ない正論。「お、おぉ、そうか、そうだったな……」 ゼノヴィアスは慌てて立ち上がった。「では、我のことをまず理解してもらおう! 我は魔王城に住んでおってな……えーと……」 必死に自己紹介を始めようとする魔王。その姿には、もはや威厳の欠片もない。 だが、シャーロットの表情が急に曇った。「それに……」 声が震える。「今は、王都が疫病で大変で……」 涙が、頬を伝った。 うつむくシャーロット。その小さな肩が震えている。「疫病?」 ゼノヴィアスは眉をひそめた。「なぜ、シャーロットが関係あるのだ?」「実は……」 シャーロットは顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも真っ直ぐにゼノヴィアスを見つめる。 そして、ポツリポツリと語り始めた。 王都での孤独な日々。 夜な夜な、一人で薬を作り続けたこと。 誰にも知られず、感謝もされず、それでも人々を守ろうとしたこと。 そして――追放されてしまったこと。「レシピは聖女に託したのに……きっと、作ってくれなかったんだわ」 シャーロットの声は、罪
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29. 世界一安全な場所

「では、行くぞ!」 突然、ゼノヴィアスがシャーロットを抱き上げた。 ひょいっと――まるで、羽毛でも扱うように。でも、大切な宝物のように、優しく。「きゃあ!」 お姫様抱っこの体勢に、シャーロットは真っ赤になった。「な、何するんですか!?」「王都へ薬を届けに行く最速の方法だ!」 そう言うと、ゼノヴィアスは店の外へと飛び出した。「ちょ、ちょっと! 心の準備が!」「暴れるなよ?」 悪戯っぽくウインクする。「落ちたら、キャッチするけどな」「……え?」 直後、大地を蹴った――――。 ドォン! 凄まじい轟音と共に、二人の体が宙に舞う。「きゃぁぁぁ!」 シャーロットの悲鳴が、茜色の空に吸い込まれていく。 ぐんぐんと、まるで見えない階段を駆け上るように高度が上がっていった。 風が髪を乱し、スカートのすそが激しくはためく。 でも――――。「あ……」 恐怖は、一瞬で別の感情に変わる。 眼下に広がる光景は、まるで神様が描いた絵画だった。 ローゼンブルクの町が、手のひらに乗るほど小さくなっていく。 オレンジ色の屋根が夕陽を受けて燃えるように輝き、 石畳の道は金色の糸のように町を縫っている。 そして、家々の窓に灯り始めた明かりは、地上に散りばめられた宝石のよう――――。「うわぁ……」 思わず、ため息が漏れた。 生まれて初めて見る、天からの眺め。 群青色の東の空から、西の茜色へと続く壮大なグラデーション。 薄紫の雲が流れ、一番星がそっと瞬き始める。「どうだ? 怖くないか?」 ゼノヴィアスが心配そうに顔を覗き込んだ。「ううん……」
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30. 地獄の釜

 想像していたよりも、はるかに、はるかに酷い。 これが、自分が去った後の王都の姿。 これが、薬を失った街の末路。「私が……私がいれば……」 膝から力が抜けそうになる。 だが、ゼノヴィアスの腕がしっかりと支えてくれた。「どこに行けばいい?」 落ち着いた低い声には、彼なりの優しさが込められていた。 シャーロットは震える手で前方を指差した。「まずは……中心の王宮へ……」「分かった」 ゼノヴィアスは静かに頷き、王宮へと方向を変える――――。 近づくにつれ、異様な光景が目に飛び込んできた。 王宮前の大広場――かつては式典や祝祭で賑わった場所。 今は、無数の白いテントで埋め尽くされていた。 まるで、戦場だった。病という見えない敵との、絶望的な戦い。「あぁぁぁぁ……」 シャーロットの喉から、悲鳴のような声が漏れた。 テントの隙間から見える光景――――。 苦しそうに横たわる人々。 泣き叫ぶ子供。 疲れ果てた医師たち。 涙が、頬を伝って落ちていく。「大丈夫だ。薬は来る」 ゼノヴィアスがシャーロットを抱く腕に力を入れ、そっと囁いた。 その言葉に、シャーロットは顔を上げる。「そ、そうよね……そうよね!」 涙を拭い、前を向く。「あ、あそこへ行って!」 指差した先には、他より一回り大きなテントがあった。 本部と書かれた旗がはためいている。     ◇ 恐る恐る、テントの入り口から中を覗き込む。「新規十八名! 収容先は!?」「テントに空きなんかあるわけないだろう!」「じゃあ
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