All Chapters of MAESTRO-K! S1:赤いビルヂングと白い幽霊: Chapter 11 - Chapter 20

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6.白い幽霊

 聞けば聞くほど謎が深まるミナミのことで、ホクトを交えて三人で話をしていると、坂の下から上がってくるカブのエンジン音が聞こえてきた。「あ、ケイちゃん帰って来た」 原チャながらも力強いスーパーカブが颯爽と路地を曲がって行ったところで、シノさんは厨房に続く通路に向かって叫んだ。「ケイちゃーーん! 上あがンないで、こっち来てーー!」 入り口脇の駐輪場にカブを停めたのだろう敬一クンが、廊下を通ってこちらへやって来る。「ただいま、兄さん。どうかしましたか?」「店の帳簿が見たいってヒトが来てんだよ」「帳簿? また税務署の人ですか?」「チガウ。アマホクは、えーと、出資者の従兄弟…だったよなあ?」 振り返ったシノさんの後ろから、敬一クンが顔を覗かせる。「あれ、天宮?」「ああっ、ケイ!」 敬一クンの顔を見て以降数分間のホクトの状態を、なんと表現すればいいのだろうか。 ハタと動きを止め、驚きと感動と喜びと〜〜みたいな表情のあとに両手を広げて、ダッと敬一クンに駆け寄ったホクトは、そのまま敬一クンをギュウ〜〜! とばかりにハグした。 それがやっと少し離れた…と思ったら、敬一クンの顔をしげしげと見つめ、いきなり額と両頬にチュウをして、それからまたギュギュギュのギュウ〜〜! てなハグをしている。 アクション全部が演技過多なミュージカルみたいになってて、しかも敬一クンはいつも通りにのほほんとしてて、されるがままになっている。 俺はその一部始終を、半口開けて眺めてしまった。 一緒に眺めていたシノさんが、モノスゴク嬉しそうな声で言った。「なあなあケイちゃん、アマホク、ケイちゃんの友達かー?」「甘食がどうかしたんですか?」「いや甘食じゃなくて、アマホク」 まだ敬一クンをハグしていたホクトが、ようやくコッチを振り返った。「東雲さん! ケイ…いや、中師と東雲さんは、どういう関係なんですか!」「ケイちゃんは、俺のメシマズババアの再婚相手の息子だから、俺の弟だ!」「弟? めしまず? え? 何?」「天宮は友人です。でもおまえ、どうして此処にいるんだ?」 なんだか会話が、有用な情報と無用な情報が入り混じって、わけが判らなくなってきた。「あのさ、知り合いみたいだし、皆、部屋に上がってよく話したら? 俺が店を片付けるから」「あー、俺も店たたむの手伝う。ケイちゃ
last updateLast Updated : 2025-10-29
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 普段おしゃべりなシノさんは、機嫌が悪くなると急に何も言わなくなる。 シノさんがむっつりとしてるので俺も黙りこみ、ヤな感じの空気になった。 俺的にはすごく納得出来ないまま店を閉め、エレベーターで上がろうとしていたところへ、どんぴしゃタイミングでコグマが帰ってきた。「あ、柊一サン!」 節操なしのメンクイ野郎はシノさんを見た途端に、こちらへ走り寄ってくる。 普段はそういうコグマを適当にあしらっているシノさんなのだが、今日はたぶんと言うか確実に俺へのアテツケで、やたら愛想良くコグマに挨拶した。「お〜、コグマおっかえり〜。丁度良かったなぁ、ウチ来て一緒に夕飯食ってかね〜?」「え、いいんですか! 嬉しいなあ、ぜひお願いします! ああ、よかった、ホントよかった…」 妙なことにコグマは、シノさんに擦り寄りたいという以上に、俺らに擦り寄ってきたみたいだった。 今までは俺のことなど、シノさんにアピールするのに邪魔っけ! みたいなニュアンスがあったのに、急にどうしたんだろうコイツ?とにかく俺とシノさんとコグマの三人で、シノさんの部屋がある五階へ上がった。 ホントは俺もシノさんへのアテツケで、今日は一緒の夕飯はパス! くらいのことを言いたかったが、惚れてる者にはそんなこととても言えないのだ。 ペントハウスの玄関をくぐったところで、ホクトの声が聞こえてきた。「なるほど、そういうことだったのか〜! ケイにお兄さんが出来たなんて面白いなあ! でも俺はおまえのことだから、実家から都内へ通学とか、ムチャしでかしてるんじゃないかと思ってたんだぞ! 神楽坂にいるって知ってたら、俺だってこっち方面で部屋探ししたのに、水臭いなぁもう〜!」 ペントハウスの玄関は、リビングと壁一枚を隔てている。 広いリビングを突っ切って、一番奥に行くとキッチンがあるのだけど、あんまりハッキリとホクトの声が聞こえたので、敬一クンはホクトをソファにすら案内せずに、リビングに入ってすぐのシノさんの健康器具で遊びながら会話でもしているのかと思った。 もともと古い建物なので、防音みたいな効果は低く、広いペントハウスの中であっても、大声を出せば訪問を知らせる程度に反響するのだ。 だが、それはあくまで相手に知らせるつもりで大声を出せば…という、条件下の話であって、普通の会話の内容まで判るほどじゃない。
last updateLast Updated : 2025-10-29
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 敬一クンが枝豆を茹でて、キャベツを籠盛りし、ホクトが一夜干しなど焼いたのをダイニングテーブルに並べて、食事タイムになった。 でもシノさんは自分が招いたコグマのことなどほったらかしで、すっかりホクトと喋り込んでいる。「で、アマホクはケイちゃんのどーゆー友達? 同級生? 部活?」「同級生で部活で幼馴染で婚約者です!」「はああ?」 思わず俺が変な声を出してしまったら、敬一クンが苦笑しながら顔の前で手を左右に振った。「幼稚園の頃の話です、ままごとの」「ままごとじゃない、あれは婚約! 結婚の約束だ! 俺の心は永遠に変わらない!」「昔からこんなことばっかり言ってるんです、こいつ」 ホクトは真顔で婚約を強調していて、敬一クンは笑って流していて、俺はなんと言っていいのか判らなくなり、口を噤んだ。「じゃあアマホクも鎌倉の子なん?」「いえ、俺は名古屋です。ケイは子供の頃、名古屋にいたんです」「俺の母が亡くなった時、父が多忙だったので、しばらく母の実家の祖父母と叔母が俺の面倒をみてくれてたんです。そのあとお義母さんが来てくれたので、俺は家に戻りました」「ふーん、ナルホドナルホド…」「幼稚園の頃のケイは、そりゃあ可愛かったですよ! もちろん今も可愛いですけど!」「ウンウン、そうじゃろそうじゃろ」 ホクトはミナミのことで話を聞きに来たんじゃなかったっけ? と思ったが。 ホクトはミナミのことなど、もうどーでもよくなっちゃってるみたいに敬一クンのことばかり語りまくり、それをまたシノさんが、ふんふん言いながらいくらでも聞いている。 なんなんだろうかこの状態…。「お兄さんはケイと一緒に寝てるんですって?」「うん、ベッドの出物がナイんじゃもん」「ケイ、結構寝相悪いでしょう」「うんにゃ、そんなこたぁねェよ」「そうですか? 俺は幼稚園のお昼寝の時、しょっちゅうケイにパンチされましたよ」「そうなん? 俺はナイなぁ? あー、でも抱きつかれてチューならしょっちゅうされてるナ〜〜」「えええっ!!」 今度は俺のみならず、ホクトも俺とユニゾンで変な声を出していた。「ケイ! 婚約者がありながら、そんなことしちゃダメじゃないか!」「婚約もチューもしてないぞ」「ケイちゃん寝てっから覚えてねェだけだヨ〜〜」 シノさんがニシシと笑ってるので、ああこりゃフ
last updateLast Updated : 2025-10-29
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「僕、このビルの中で幽霊見ちゃったんですー!」「はああ? 幽ぅう〜霊ぇえ〜?」 シノさんに呆れ顔をされて、コグマはますます必死に言い張った。「ホントなんです! 僕がちょっと遅くに帰って来た時なんですけど、いつもと違う気配を感じて上を見たら、エレベーターのシャフト越しに、階段を上に向かって白いものがスゥ〜って! もうビックリしちゃって、部屋で海老坂クンに言ったんですけど、笑われただけで全然相手にしてくれないし!」「海老坂!?」 ホクトは幽霊よりも、エビセンの名の方に反応している。「海老坂は小熊さんと部屋をシェアして、ここに住んでるんだ」「ええええーっ!!」 ホクトは今更のようにコグマをしげしげと見て、左手で口を押さえ右手でコグマを指差して、「あー…、もしかしてこちらの方、海老坂と、そーゆー?」「違います! 僕はただルームシェアしてるだけ! それ以外のコトなんて、全っ然っ、まったくっ、なんっにもっ、ないんです!」「ホントに?」「ホントのホントのホントですっ!」 コグマはもう汗びっしょりで、エライことになっている。 その様子から俺は、コグマは見た目や普段の態度に反して実はかなりのビビリなのではないかと思い、更にコグマは部屋をシェアしてからようやく、エビセンがケダモノの目をしていることに気づいたのかな…と察した。 一方、ホクトの方は小さく舌打ちをして、アイツめ油断も隙も…とかなんとか呟いてから。「じゃあそれ幽霊なんかじゃなくて、不審者じゃないのかな。既に怪しい奴がいるみたいだし!」 と言った。「ああ不審者かぁ〜。いるかもなぁ〜、近頃変なの多いから」 シノさんが言うと、敬一クンも頷いた。「そういえば町内会の回覧板に、不審者に気をつけるよう書いてあったな」「だよな」 そのままシノさんと頷きあっている。「そんな、不審者なんかじゃありませんよ! だって僕は三階に登るまで全然足音なんて聞かなかったし! いくらエレベーターがアレだからって、メゾンの住人でエレベーター使わないヒトなんています?!」「だってコグマ、見掛け倒しのビビリじゃし」「そんな、ヒドイ!」「事実ぢゃ〜ん」 コグマが訴えるような目で俺を見るのだが、俺はそんな目で見られたって困るのだ。 なぜなら俺は、ぶっちゃけオバケの類がコワイ。 だからこのビルにそんなモノがいる
last updateLast Updated : 2025-10-29
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7.変なものが出た

 あれ以来ホクトは、毎日店に来ている。 ミナミのマンションも見に行ってるようだが、それは最初にチョイと立ち寄ってくるだけで、あとはずぅ〜と店にいて、カフェが忙しい時はチャチャっと如才なく手伝ってくれたりするが、暇だと例の調子でシノさんとお喋りしてるし、敬一クンがいればもう、ずぅ〜と取っ付いている。「経営の細部を確認しておかないと、伯母に報告できませんから」 とか、口では言ってるが、それはどう見ても取ってつけたタテマエで、経理担当の敬一クンに会いに来てるだけにしか見えない。「毎日、毎日、うざってぇな!」 とはエビセンの言だ。 もっともこれは当然至極で、敬一クンを巡ってエビセンとホクトは恋のライヴァルなのである。 だからホクトも負けじ劣らず。「用事があって来ているんだ!」 となって、そうなるともうバリバリな空気になるから、俺は一緒にいるだけでヘトヘトになる。 だがシノさんはホクトとエビセンの両方と仲良くしてるし、両方が同時に居る時は更に楽しそうにしてるし、敬一クンは周囲がどんな空気になってても、それに全く気付かないようだ。 そんなこんなで俺もすっかり忘れかけていたのだが。 ホクトとエビセンがブッキングして、そのまま皆でシノさん宅で夕飯を食べたので、すっかり疲れた俺は自分の部屋へ戻ることにした。 シノさんと敬一クンだけなら片付けまで手伝うケド、ホクトもエビセンも元々高スキルな上にライバル心で牽制し合ってて、俺が出来るような作業なんかさっさと片付いてしまうから、俺が抜けても平気だろう。 そう思ってペントハウスを出たら、エレベーターのボックスが五階に無かった。 俺の部屋は、ペントハウスの直ぐ下──四階にある。 メゾンは、ここらのマンションによくあるフロアごとに入居戸数が変わるタイプの集合住宅だ。 メゾンは三階は3LDKで三戸、四階は5LDKで二戸。 俺は敬一クンから "シノさんのお世話係" を任命されたので、特権として広い方の四階のB室に入居させてもらった。 あとになって、店から部屋に戻るときに、四階は失敗だった……とは思ったけども。 というのも、このビルに付いているエレベーターは、なかなかの難物だからである。 先日コグマも言っていたが、超が付くほど骨董品で、扉はなんと手動なのだ。 シノさんは、リフォーム時に最新のものと取り替えよ
last updateLast Updated : 2025-10-29
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「なんじゃあ、どうしたぁ?」 ペントハウスから、シノさんと敬一クン、それにホクトとエビセンが出てきた。「どうしたんすかぁ?」 三階の住人である、ハルカとミツルもやってきた。「幽霊が出た!」 俺の叫びに、エビセンは吹いた。 ハルカとミツルは、幽霊の話そのものを知らないので、きょとんとしている。「あったく、しょーがねぇなぁ」 シノさんが手を貸してくれたので、俺はようやく立ち上がった。「ケイちゃん、今何時?」「そろそろ10時回ります」「え、もうそんな時間?」 竹橋のマンションに帰らなければならないホクトは、名残惜しそうに敬一クンの顔を見る。「さっさと帰れ」「おまえに言われるまでもない」 こんなところでまでバリバリの空気を出して欲しくないが、彼らにとっては俺の肝が縮み上がっていることよりも、自分の恋路のほうが優先だろう。「じゃあ、明日改めて対策みーちんぐを開こうぜ。集合は午後七時。ハルカとミツルも来るように」「わっかりました!」「了解しました」 二人は返事をすると、それぞれの部屋に戻っていった。「じゃあ、ケイ。また明日」「おまえが来る必要ねぇだろう」 ホクトをしっしっと追い払いながら、エビセンも「じゃあな、中師」と言って、自分の部屋に戻っていく。「うーん」「どうしました、兄さん?」「いや、ビルを守るんじゃから、これって自警団じゃろ? やっぱり団結を深めるためには、名前をつけんとなぁ」「名前、ですか?」「うむ……そーだな、キングオブロックンロール神楽坂自警団! とかだな」「ええ〜」 思わず声を出した俺に、シノさんがギロッと睨んでくる。「もっと短いほうが、覚えやすいんじゃない?」「そんなんKoR自警団に決まっとろう」「さいですか……」「ところでレン、おまえ部屋帰れるのか?」「か……帰れますよ!」 ニヒヒと笑ったらシノさんは、俺の背中をバンッと叩く。「別に、ウチのソファ貸してやってもえーんだぞ?」「ダイジョーブだよ!」 俺は、まだちょっと膝が笑っていたが、見栄を張って部屋に戻った。
last updateLast Updated : 2025-10-29
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8.ヘンクツ王子・天宮南

 そんなワケで今日もホクトがやってきた。 以前に「竹橋から日参して夜まで居続けなのは大変じゃない?」と訊ねたら、「竹橋と神楽坂なんて、名古屋と鎌倉に比べたら隣近所も同然ですよ」と爽やかな笑顔で返されたことがある。 よく解らないがスゴイ熱意だ。 でも今日のホクトは仏頂面で店の中を覗き込み、俺のことをチラッと見ただけで、無視してそのまま出て行こうとした。「天宮クン、どうしたの?」 声を掛けたら立ち止まり、不愉快そうに俺を見て、ボソッと言った。「ヘタレうるさい」 なにそれと思ってビックリしてたら、キッチンから出てきたシノさんが言った。「あー! アマミーやっと来たのかよー! 取り置きのキッシュ、カッチカチになっちゃったぞー!」 えっコレ、ホクトじゃないの!?ってガン見してしまうくらい、ミナミの顔はホクトの顔とソックリだった。 従兄弟というより双子みたいで、言われれば確かにコッチの方が年上のようだが、しかしそれは服装がそんな感じだからで、並べて見たって騙されそうなくらい似ている。 別々に見たら、絶対区別なんかつかないだろう。 しかし顔はクリソツでも、態度はまったく似てなくて、ホクトは敬一クンに対してはちょっと変だけど、基本は明るく爽やかなイケメン王子だ。 対するミナミは、イケメンだけどなんかヤな感じの、根性の曲がった偏屈王子って感じだ。 ミナミはシノさんが出てきた途端に、チャッと花束とケーキの箱を取り出した。 デッカイ花束とケーキの箱をそれまでどこに隠し持ってたのか、俺には全然ワカラナイ。 そしてミナミはまるで猫好きが猫を撫でるように、シノさんの頭をナデナデしながら、「キッシュでランチさせて」 と言って、俺の姿なんか見えてないみたいに、そこのテーブルを陣取ってしまった。 テーブルの上には、コンビニで買ってきたらしい苺牛乳。 そして、シノさんが出してきた真っ黄色なアマミー・スペシャルを食べ始める。──なんなんだコイツわ! …と思いつつ、俺は横目でミナミのことを睨みつけ、胸の中で「早く帰れ!」と唱えていた。 我ながら情けない抗議行動だケド、得体が知れないミナミは不気味で、他にどうしようもなかったのだ。 俺の念はサッパリ通じず、一時間経ってもミナミはそこにいて、シノさんと喋っていた。 喋ってたとゆーか、喋ってるのはシノさんばっか
last updateLast Updated : 2025-10-29
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 聞き慣れたカブのエンジン音が聞こえてきて、しばらくすると、敬一クンが通路から店に入ってきた。 そしてそこにいるミナミを見て、俺と同じように騙された。「天宮、今日は随分早いじゃないか」 俺の時と同じように仏頂面で敬一クンを見上げて、ミナミがボソッと言った。「ひっどいブス」 自分がヘタレ呼ばわりされたのにも、突然の失礼さにビックリしたケド、どっからどー見ても男らしい容姿の敬一クンを "ブス" と形容したのには、別の意味でビックリした。「なんだよアマミー、ブスはねェだろ! ケイちゃんはモッテモテで可愛い俺の弟だぞ!」「そう」 敬一クンはブスと呼ばれても気にしなかったのか、または自分がブスと言われたことに気付かなかったのか、パタパタと瞬きをしつつ首を傾げた。「どうしたんだ天宮?」 するとミナミは思いっ切りイヤそうな顔をして、敬一クンを睨みつけた。「似てないよ」「え?」「似てないから」「何が似てないんだ?」「ケイちゃん、これアマホクじゃなくてアマミーだよ」「あまみい? じゃあこの人が、天宮の従兄弟で出資者の南さんですか」「どうもこんにちはー」 言ってる傍から爽やかな挨拶とともにホクトが店に入ってきて、最初は敬一クンに向かって何か言おうとしたようだケド、言う前にそこにいるミナミに気付いた。「南! おまえ、今までどこに雲隠れしてたんだ!」「別に…」「なんだよ別にって! おまえの所為でこっちはえらい迷惑被ってるんだぞ!」「天宮、おまえと南さんの顔、ソックリだなあ」 敬一クンが言った途端に、二人天宮がソックリな動作で振り返って同時に叫んだ。「似てないから!」「区別がつかないほど似てるが」「似てないの!」 何度やってもセリフも動作もまったく見事にユニゾンしていて、俺とシノさんは同時に吹き出してしまった。 ミナミはシノさんを恨みがましい目で見るし、ホクトは敬一クンの肩に両手を掛けて、よしてくれと懇願している。 それでもホクトは伯母さんに頼まれて来ているワケで、ミナミにあれこれと聞きただし始めたのだが、ミナミの返事は箸にも棒にも掛からなくて、ホクトの額に怒りマークがビシビシと増えた。「どうして伯母さんからの電話に全く出ないんだ!」「別に…」「役職の人間が年がら年中早退してちゃ困るだろ!」「別に…」「社会人としてその態度
last updateLast Updated : 2025-10-29
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9.キングオブロックンロール神楽坂自警団

 午後七時。 シノさんが昨日言っていた時間になり、皆がペントハウスのリビングに集まった。 壁には「第一回・キングオブロックンロール神楽坂自警団・幽霊対策巡回当番ミーティング」の横断幕が貼られている。 三階の住人である神巫悠と小仏満は、どちらも二十代後半で、二階のテナントに "ハルカとミツルのフライングV" という、ヨガとマッサージの店をやっている。 ちなみにこのトンデモセンスの店名は、入居時に店の名前を考えていなかったハルカに対し、シノさんが勝手に付けたらしい。 自警団のメンバーは、この二人に、シノさん、敬一クン、エビセン、ホクト、コグマ、それに俺という、総勢八名だ。 エビセンに襟首を引き摺られるようにして来たコグマは、来た時からもう涙目になっていた。 俺だって幽霊が出るというだけでもイヤなのに、わざわざ夜に幽霊を探して回るなんて、どうしてそんなことしなきゃならないのかと思っている。 そこにエビセンまで加わったダブル恐怖じゃ、泣くなという方がムリだろう。 全員が揃ったところで、敬一クンが説明を始めた。「小熊さんと多聞さんがビル内で、幽霊のような不審者を目撃したということなので、当面の自警として夜間の見回りをしたいと思います。具体的には居住者でチームを作り、日替わりでビル内を巡回してもらうので、まずはチーム割りから。何か提案があればお願いします」「ザックリと部屋割りにして、東雲さんは多聞さんと、ケイは俺と組めばいいんじゃないかな」 ホクトがそう言った途端に、「ふざけんな甘食!」「あなた鬼ですか!」 と、セリフはかなり違う反対意見が、エビセンとコグマの口から発せられた。 ついでにエビセンは、「イイ年齢した大男が半べそ掻いてて鬱陶しいわっ、このビビリぐまっ!」 と、どやしつけてコグマをますます泣かせてから、「オマエは此処の住人でもないクセに、でしゃばってくんな!」 と、あのオソロシイ目でホクトを睨めつけた。 するとホクトも、「オマエこそ危険人物のクセに、ケイと二人きりになんかさせないぞ!」 と、あんなコワイ目をしたエビセンと、いい勝負でやり合っている。 ミナミとやり合ってた時は、一方的に振り回されてる感じだったケド、気迫が全然チガウのはナゼダロウ…。「意見がまとまらないなら、あみだ
last updateLast Updated : 2025-10-29
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「ぎゃーーーーーーーっ!!」「どわーーーーーーーっ!!」 雑巾を裂くような男の悲鳴二重奏が聞こえてきて、俺はベッドから落ちるほど飛び上がった。 エレベーターが格子で出来ているこのビルは、階段ががらんどうな所為で音がものすごく反響して響き渡る。 男の悲鳴二重奏がハルカとミツルなことも即座に判った。 コワイけど、見に行かないのもまたコワイので、フロアワイパーを構えて廊下に出た。 俺の部屋の前から、エレベーターのシャフト越しにフライングチームのハルカとミツルが蹲っているのが見えた。 死んでるのかと思ってビビったが、踊り場まで降りて傍でよく見たらウンウン言いつつ動いてて、腰を抜かしているだけのようだ。 そこで二人に声を掛けようとしたら、下から白っぽい顔が覗いたので、俺も悲鳴を上げそうになった。「オマエまで叫んだら殴るぞヘタレ!」 と、即座にエビセンが怒鳴る声がしたので、慌てて悲鳴を飲み込んだ。 エビセンの後ろには、コグマがくっついてきている。「コイツ、悲鳴が聞こえただけで部屋で叫びだしやがって、あったく、どんだけビビリぐまなんだか!」「海老坂クンもコワイけど、一人で部屋にいるのもコワくて!」 エビセンの背中にくっついてきたくらいだから、恐怖の大きさが容易に想像つく。 俺だってどれほど目がコワくたって、こんな幽霊騒ぎに全然動じてないエビセンの後ろに隠れたくなる。 というかエビセンがどっかのスポーツ部の主将みたいに、デッカイ声でどやしてきてる方が、ワケの解らぬ怖さが軽減される気がする。 そんなこんなで、みんなでハルカとミツルを抱えて、シノさんの部屋へ行った。 話を聞いたシノさんと敬一クンは、ビルの階段を上から下まで確かめに行ってくれたのだが、何も怪しいものは無かったと言う。「皆さんの話だと、白っぽい幽霊のようなものがスウッと消えたというのが一致してる目撃状況ですが、そうするとその幽霊のようなものはただ消えてるだけで、今のところ実害は何も無いってことですよね?」 敬一クンに言われて、俺達は顔を見合わせた。 そう言われちゃうと身も蓋もなく、何ということも無いものを見て、ビビッて騒いでいる俺達の方が変みたいな感じになってしまう。 俺は一所懸命に、そうじゃなくて! という説得を試みた。「ケド、でも、ほら! ゴキブリだって、出るだけで刺した
last updateLast Updated : 2025-10-29
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