All Chapters of 君を消して、君に出逢う: Chapter 21 - Chapter 23

23 Chapters

第21話

政広が指を鳴らしながら言った。「あの男は?」信広が唇を歪めて言った。「兄貴、あいつは櫻井湊。恵川市の櫻井家の御曹司だ。知ってるだろ?もっとも、俺たちがまだガキの頃だったから、兄貴は覚えてないかもしれんが」「お前が奪ったのは、あいつの女か?」政広が、疑わしげに尋ねた。信広が、不遜に笑って言った。「兄貴から学んだんだ。『好きなら奪え』ってな」政広の老獪な笑みを浮かべた。「さすが俺の弟だ。よかろう、認める。明日の結婚式に、彼を出席させろ。彼に、自分の目で、お前が奴の最愛の女を娶る様を、見させてやれ」愛は一晩中眠れなかった。瞳を上げるたび、遠くの大木に湊が吊るされているのが見えた。こんなにも離れているのに。湊の視線が、ずっと自分のいる方向を見つめているのが、分かった。夜が明け、耐えきった頃、メイクアップアーティストとウェディングドレスのデザイナーが来た。愛は純白のウェディングドレスを纏った。かつて湊が準備してくれたあのドレスほど華麗ではない。しかしこれもまた、得難い最高級品であり、途方もなく高価なドレスだった。メイクに三時間を要した。ちょうどその時、ドアが開いた。信広が黒い新郎のスーツを着て、歩いて入ってきた。その鷹のような鋭い目が、絶美の域に達した愛の姿をじっと見つめている。低い声に、少し冗談めいた響きが混じった。「俺の花嫁は、随分と美しい」すっかり「花婿」になりきっている信広を見て、愛の睫毛がわずかに震えた。「ありがとう。今日、一網打尽にした後、私たちはもう会うこともないでしょう。くれぐれも気をつけて」もし万が一のことがあれば、政広が一番に殺したいのは、間違いなく信広だ。信広は唇を歪め、放蕩的に笑った。「これほどの美人を一度手に入れられるなら、死んでも本望だ」愛は信広について部屋を出た。彼の言葉を、真に受けることはなかった。結婚式の会場には、大勢の人間が来ていた。この結婚式には、松浦家に関係する、すべての「闇」の関係者が集められている。そしてこの作戦も、前代未聞の巨大なものになる。愛は会場を見渡した。遠くで、湊が痛々しい姿のまま白いスーツを着せられ、椅子に座らされているのが見えた。頭の中で思い出した。彼らの結婚式で、湊が着るはずだった新郎の服も、白いスーツだった。愛は湊の弱々しい
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第22話

あれは愛が恵川市に来て、五ヶ月が経った頃。大学の外での出来事だった。あの夜、愛は近道を通って湊を探しに行こうとしたが、狭い路地で、血塗れの男に出会った。男の力は、獣のように強かった。人の気配を感じた瞬間、地面から跳ね起きた。全身から血の匂いをさせているのに、それでもなお凶暴で残虐な大きな手が、怒りを込めて彼女の首を掴んだ。極度の危険を帯びた、あの声が今も耳に残っている。「……誰だ!」あの時の男は、彼女が自分に危害を加えると思ったのだろう。二人の目が、至近距離で合うまでは。鷹のような鋭い目線が、射抜くように彼女を長い間見つめ、尋ねた。「……恵川大学の、学生か?」愛が「うん」と頷くと、信広は、それでようやく警戒を解き、手を離して、再び地面に崩れ落ちた。愛は血まみれの信広を見て、路地の奥にある小さな診療所まで、彼を支えていった。本来、愛はすぐに警察に通報するつもりだった。だが、彼は「駄目だ」と言った。さらに凶暴な殺気を全身に漂わせ、通報すれば殺す、と脅した。結局、愛は信広をそこに残し、その場から逃げ出し、湊を探しに行ったのだ。湊を連れて診療所に戻った時には、もう信広の姿はどこにもなかった。あの夜はとても暗く、そして、あまりにも時間が経ちすぎていた。この出来事は、過ぎゆく歳月の中で、愛の記憶からも忘れ去られていた。思考が銃声の響く現実に引き戻された。現場は、地獄のような大混乱に陥っている。愛は信広が崩れ落ちるのを、田原が現れるのを、現場の全てのターゲットが、一網打尽にされていくのを自ら見届けた。数時間後。愛は、再び恵川市の土を踏んでいた。二つの病室の外、人気のない廊下に、愛は立っていた。田原が、静かに言った。「愛ちゃん。すべて解決した。取りこぼしは一人もいない。しかし、君の潜入捜査官としての身分が、今回の件で松浦政広側に完全に暴露された。新しい場所へ送るか、それとも……整形するか」愛は、ある一つの病室を見つめた。やがて、彼女は熟考して尋ねた。「もしここから去ったら、境見市で死んだと、発表されるんですか?」「ああ。君の功績を公表し、同時に『殉職』を発表する」愛は、長い沈黙の後、尋ねた。「……信広さんは、この何年もずっと、あなたたちの仲間だったんですか?」田原が頷いた。「ああ、ずっとだ。彼に
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第23話

店主は言った。「一人は、その『愛』のタトゥーの、本来の持ち主だった男。ただ、彼は、自分が彫った『愛』を、大切にしなかったみたいですね。そして、もう一人の男。顔に大きな傷跡があって、雰囲気はすごく傲慢で……そう、右足を少し、引きずっていたんです。彼は、私の店に入るなり、言ったんです。右の脛に、『愛』を彫ってくれって」愛は信広のことを思った。あの、最後の結婚式。信広は、あの最後の瞬間、政広が投げたナイフから、彼女を庇った。そして、彼の顔にはあの傷が、足にはあの怪我が残ったのだ。愛の手がきつく握りしめられた。「その人、彼は、元気にしてる?」店主は嬉しそうに笑った。「愛する女性に、この恵川市で出会ったから、ここに定住するつもりなんだって。でも、何の技術もないから、困ったもんだって笑ってましたわ。幸い、昔から車いじりが好きだったとかで、恵川市の西あたりに、小さな修理工場を開いたんですよ」愛の口元に、自分でも気づかないうちに、かすかな笑みが浮かんだ。「修理工場?」「ええ。興味があったら、見に行ってみてもいいんじゃない?」店主は、店先にあった一束のヒガンバナを取って、愛に渡した。「これを買いますわ」愛はその花を丁寧に包んで、店主に渡した。彼女は花屋の扉に「CLOSED」の札をかけた。そして西にある、店主が言った場所へと向かった。果たして、そこにはボロボロの修理工場があった。信広がリフトアップされた車の下から、キャスター付きの寝台で這い出してきた。黒いタンクトップ一枚に、油汚れた作業ズボン。短く刈り込んだ坊主頭。顔に走る傷跡が、その鋭い容貌をさらに凄みのあるものにしていたが、それがかえって、彼の持つ傲慢で横暴な雰囲気を引き立てていた。一目見ただけで、信広は手に持ったスパナの動きを止めた。愛が一歩、また一歩と、彼に近づいていった。その口調は相変わらず穏やかだ。「店長さん……自転車も、直してくれますか?」彼女が押してきた自転車のカゴには、さっきのヒガンバナの花束が入っている。鮮やかな花が、極めて赤く咲いていた。信広の鷹の目が、細められた。とても低い、掠れた声で、彼が言った。「うちは車しか直さねえ。まあ、べっぴんさんなら、自転車も無料で直してやる」愛がそっと爪先立ちして、信広の前に近づいた。彼の瞳を、まっすぐに見
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