少しは迷ったものの、やがて覚悟を決めたように、瑛多は小さくうなずいた。数分後。彼は水の入ったコップを両手で抱え、ソファに沈み込んだパパの前へそっと差し出す。「パパ……お水、飲んで」その声に、育也はゆっくりと目を開いた。胸の奥に痛みが沈み込み、呼吸がふっと止まりかける。それでも、かすむ視界の中で、目の前にいる小さな息子にだけは、微笑みかけることを忘れなかった。「……瑛多、いい子だな」コップを受け取り、そのまま一気に飲み干す。「もう遅いし……先に休んでくれ」しかし瑛多は、しがみつくように首を振った。「パパも休んで。部屋に連れて行く」その言葉に、育也はようやく笑うような表情を見せた。「そうか……じゃあ、頼む」酔いでよろめきながら、瑛多の肩に手を置いて階段へ向かっていった。影のように後へついてきた颯花に、育也はまったく気づかなかった。……二人が部屋に入るのを確認したあと、瑛多は廊下の暗がりでじっと待ち続けた。——三十分後。彼はスマホを握りしめた。「ママ、来て……!足が……足が痛いよ……!」向こうから響いてきた泣き声に、絵里の心がえぐられた。「どうしたの!?パパは?そばにいないの?」瑛多は必死にしゃくりあげた。「まだ帰ってない……僕ひとりで……こわい……ごめんなさい……もう二度と……ママを怒らせないから……だから……来てくれないかな……?」考える暇なんてなかった。絵里は上着を掴み、ほとんど駆け出すように玄関へと向かった。「どこにいるの?すぐ行くから!」瑛多が伝えた場所にたどり着いた彼女は、ドアを叩こうとして息を呑む。——扉が、わずかに開いていた。まるで、わざとそうしたみたいに。胸の奥が不気味に冷える。絵里はそっと押し開け、中へと足を踏み入れた。リビングは暗い。子どもの気配はない。「……瑛多?どこにいるの……?」返事は、どこからも返ってこなかった。不安が喉元までせり上がり、スマホを取り出そうとした、その瞬間。——二階から、かすかに音がした。何かが揺れる音。絵里は顔を上げた。階段の先、中央の寝室だけがぽつりと明かりを灯している。嫌な想像が、皮膚の下を這い回るように広がった。足が勝手に動き、彼女は寝室の前へたどり着く。
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