椎名育也(しいな いくや)と結婚した望月絵里(もちづき えり)は、お嬢様生活を捨て、夫と息子のために全てを捧げてきた。だが、どれだけ尽くしても報われることはなく、むしろ犬扱い。最期の瞬間に、絵里が聞こえたのは息子の歓声──「やった!ママ死んだ!これでやっと颯花さんを堂々と迎えられるのだ!」絵里はようやく悟った──いわゆる「真心には真心が返る」なんて、まったくの嘘だった。生まれ変わった絵里が、財産も要らず、さっぱり離婚。夫も息子も、もうこりごりだった!……「お望み通り、椎名育也と離婚するわ。今後、あの男はあなたのものよ。息子も」カフェで、絵里は無表情で離婚届を小林颯花(こばやし さやか)に差し出した。「ただし、この書類は颯花さんが持っていってサインをもらってきてちょうだい。私が渡せば、あの人は承知しないから」「身一つで離婚して家を出ることになってもいいの?」颯花が信じられない様子で聞いた。フン、ウケる。身一つって?絵里は椎名家で、もともと何一つ持っていなかったのだ。「ええ、喜んで」その口調は、朝ごはんのメニューを話すように平坦だ。「絵里さん、わざと身を引くフリ?」颯花は眉をひそめて言い放った。「あの時私が海外に行って育也君とすれ違わなきゃ、あんたが椎名家の夫人になるはずなかったんだよ。そんな小手先の真似、やめたほうがいいわ」「本気だって言ってるでしょ」と絵里は繰り返した。颯花は書類をじっと見つめ、「じゃこっちも喜んでもらうわ」颯花は絵里の目の前で電話をかけ、相手が応答するやいなや、べったりとした甘い声で言った。「育也君、今会社のカフェにいるの。ちょっと助けて欲しいことがあるんだけど、来てくれない?」たちまち、10分とも経たずに父子が来た。二人の視線は絵里という存在を微塵も認めないようにただ通り過ぎ、まるで空気でも見るようだ。絵里は冷淡な苦笑いを浮かべた。目の前で、息子の瑛多(えいた)が颯花に抱きついた。「颯花さん、会いたかったよ!」その熱烈で従順な様子は、颯花のほうが実母であると言わんばかりだった。そして瑛多は絵里に鋭い一瞥をくれて聞いた。「颯花さん、ママに意地悪されてない?」育也も、絵里に警戒の眼差しを向けた。その言動の端々に、まるで彼らこそが家族であり、絵里は余所者であ
Read more