結婚式で、俺は妻の初恋の相手に酒を一杯差し出した。だが、相手はそれを皆の前で叩き落とした。「梨衣をお前に奪われたのは俺の負けだ。だからといってこんな大勢の前で俺を侮辱するのはないだろ!」妻は烈火のごとく怒り、嫉妬深くて吐き気がする男だと俺を罵った。彼女はウェディングベールを引きちぎり、席を立ったその男を追って行ってしまった。俺は慌てて弁明しようと駆け寄ったが、車にはねられた。妻は一度だけ振り返ったものの、その男を追う足を止めることはなかった。俺は救急搬送され、命を取り留めたものの、その時、心のどこかが完全に死んだ。意識を取り戻したあと、三年も連絡をしていなかった父親に電話をかけた。「親父……縁談、受けるよ」……退院したその日も、木村梨衣(きむらりい)は姿を見せなかった。入院中、彼女は一度たりとも見舞いには来なかった。俺はまだギプスも外れておらず、タクシーで帰るしかない。だが、自宅の玄関に立つとき、どうしても鍵が開かない。仕方なく梨衣に電話をかけた。電話がつながったものの、聞こえてきたのは彼女の初恋の相手である高瀬清臣(たかせきよおみ)の声だ。「常陸(ひたち)、帰ってきた?梨衣は今シャワー中だぜ」まだ何も言っていないうちに、カチャッと内側から鍵が開いた。清臣は俺を見るなり、気さくに、そして親しげに中へ入れと促した。「俺、物覚えが悪いから暗証番号全然覚えられなくてさ。それで梨衣が俺の誕生日に変えちゃったんだよ。知らないでしょ?あとで書いておくね」清臣は真新しいバスローブを羽織り、濡れた髪が額に貼りついている。そのとき、主寝室から梨衣がひょこっと顔を出した。身につけているのは、俺が一番好きな黒のシースルーのネグリジェだ。もしこれが以前の俺なら、この二人が家でふたりきり、しかも揃ってシャワーを浴びた後と知れば、間違いなく激怒し、梨衣とまた大喧嘩になっていただろう。だが今回は、俺はただ軽くうなずいただけで、荷物を持って中に入った。俺が怒らないのを見て、梨衣は手に持っていたタオルを放り出し、見え透いた言い訳を口にした。「清臣の家の変圧器が壊れちゃってね。ここ数日うちに泊まってるの。誤解しないで」梨衣を目にした瞬間、俺の頭をよぎったのは、あの日の光景だ。清臣を追うのに必死で
Read more