All Chapters of 何度も死に、生まれ変わっても届かない愛: Chapter 1 - Chapter 10

澪はキッチンのドアの外に立ち、半開きのドアの隙間から中を覗いた。知也がコンロの前に立ち、長い指で匙を握り、土鍋の中の薬をかき混ぜている。立ちのぼる湯気が横顔を霞ませているが、その奥にある真剣な眼差しまでは隠せない――澪がよく知っている表情だった。かつて、その眼差しは、澪だけに向けられていた。彼女は三年前のことを思い出す。戻ってきたばかりの頃、長年の不摂生が祟って胃を壊し、吐血した。知也は一晩中、澪を連れて名医を訪ね歩いたが、一向によくならなかった。そのあと、彼は十日間、突然姿を消した。再び現れたときの知也は、膝は擦り切れ、血と泥がこびりついて、手は火傷の水ぶくれだらけだった。それでも彼は、お粥を一杯抱えて帰ってきて、そっと澪の唇に運んでくれた。「澪、これを飲んだら楽になるから」後になって知ったことだ。彼は山奥に住む代々の漢方医の家を訪ね、七日七晩、膝をついたまま弟子入りを願い続けて、ようやく年老いた医師に、特別に弟子として受け入れてもらったのだという。六十年医療に携わってきたその老人は、後に澪にこう言った。「こんな一途な弟子は初めてじゃったよ。あんたの胃を治したい一心で、半年で千を超える薬草を覚えてのう。薬を煎じるときも三日三晩、ほとんど目を閉じんと、あの一杯の、一番効き目のある粥ができるのを待っとったんじゃ」それ以来、どんなに遅く帰ってきても、冷蔵庫には必ず知也が作った薬膳が入っていた。彼のスマホのメモには【澪の食事ノート】という一冊分の記録があり、澪の一つ一つの禁忌、胃が痛くなった時間、さらには気分が不安定なときにどの生薬を加えるべきかまで、細かく書き込まれていた……「君の胃は、俺が治す」そう言ったときの彼の瞳は、星よりもまぶしく輝いていた。ぽた、と。一滴の雫が澪の手の甲に落ちる。そのときになってようやく、自分が泣いていることに気づいた。キッチンで、知也のスマホが鳴った。彼は手を拭いて、通話ボタンを押す。その声は、甘すぎて耳障りになるほど優しかった。「千夏、薬はもうすぐできるよ……うん、茯苓を入れた。苦くないから」澪の胃が、きゅうっと縮むように痛み出す。電話の向こうから、千夏の柔らかな声がかすかに聞こえてきた。「知也さん、赤ちゃんがさっき目を覚ましたの。きっとパパに会いたいんだと思うわ……でも、忙しかったら来なくて

知也は何日も実家に泊まり込み、千夏と自分の息子のそばにいた。澪はひとり、広い家を守っていた。ウォークインクローゼットの中で、指先でドレスの布地をそっとなでる。かつて知也は、澪のために毎シーズンの新作を自ら選び、試着のときは後ろから腰を抱いて、顎を肩にのせて笑っていた。「澪は、何を着ても似合うな」けれど今、その服たちはきれいに畳まれ、段ボール箱に詰められている。ラベルには「慈善寄付」と書いてある。まるで、自分のこれからの人生が空っぽになるかのようだった。システムが静かに問いかけてくる。【あと十五日です。本当に、このままでいいのですか？】澪は笑った。この世界で、自分はすべてを知也に頼って生きてきた。今、手元に残っているのは数千円の現金だけ。一番高いケーキさえ買えない。青ざめた顔で、ショーウィンドウの前をうろうろしていた。「すみません、六号のモンブランをください」澪はショーケースの中で金箔の光るケーキを指さす。「お誕生日おめでとうって書いてください」店員が笑顔で聞く。「ろうそくはおつけしますか？」「お願いします」少し間を置いてから、「二十八本」この世界で最後のろうそく。それは自分のために消える。店員が包装しているとき、真っ赤なマニキュアの手が不意にカウンターを叩いた。「これ、私が買うわ」千夏の声は甘くとろけるようだった。「うちの赤ちゃん、今日で生後一か月なの」澪はゆっくりと顔を上げる。千夏はゆったりとしたワンピースを着ていて、お腹はもう平らだ。首元には、知也が昨日のオークションで落札したブルーダイヤのネックレス。あれは「大切なクライアントに贈る」と言っていたものだった。「先着順よ」澪の声は静かで、けれど氷のように冷たかった。千夏が一歩近づき、赤い唇が耳に触れそうなほど寄ってくる。「澪さん、知也さんが昨夜、私の上に覆いかぶさって赤ちゃんを寝かしつけてたとき、そんなこと言わなかったわよ」その瞬間、澪は悟った。知也のスーツのポケットにあった妊娠検査報告書。あれは、千夏がわざと入れて、自分に見つけさせたのだ。千夏はスマホを取り出して電話をかける。声が一転して甘くなる。「知也さん～、ケーキ屋さんで誰かにいじわるされてるの……」電話の向こうから、知也の甘やかな声が聞こえた。「誰だ？うちの姫をいじめる奴は」

飛行機を降りてメッセージを送った後、知也はもう十七回もスマホを確認していた。画面の最後のメッセージは、三日前のままだ。【澪、冷蔵庫に薬膳があるから、温めて食べるのを忘れないで】理由もなく胸がざわつく。澪に電話をかけようとしたその瞬間、スマホが千夏に奪われた。「知也さん」千夏は唇を尖らせ、ふくれた顔で言う。「ハネムーンの間は、私だけを見てくれるって約束したじゃない」そう言ってスマホをバッグにしまい、指先で知也の胸をなぞる。「澪さんだってもう大人でしょ。まさか一人で飢え死になんてしないわよ？」知也は思わずその手首を掴んだ。「彼女のことを、そんなふうに言うな」千夏の目がたちまち潤む。「ごめんなさい……私、あなたを愛しすぎてるだけなの」彼女は知也の首筋に顔をうずめ、こもった声でつぶやいた。「あなたが私を見てるとき、本当は彼女のことを考えてるんでしょ？」知也は反射的に否定しかけた。だが、そのとき視界の端に埠頭が映り、五年前の光景がよみがえった。澪が埠頭にしゃがみ込み、元気のない野良犬を優しく撫でていた。顔を上げて笑った彼女が言う。「知也、この子もあなたと同じで、船が苦手なのね」千夏は知也の見えないところで歯を強く噛みしめ、無理やり笑顔を作った。そして知也の腕を取り、ウェディングドレスの試着コーナーへと引っ張っていく。「似合う？」千夏がくるりと回ると、真っ白なベールがふわりと舞った。知也はぼんやりとその姿を見ていたが、心の奥に浮かんでいたのは千夏ではなく、三年前、澪が寝間着姿でキッチンに立ち、二日酔いのスープを作っていたときの姿だ。あの時、彼女は振り返って笑った。「知也社長、私の手料理を召し上がります？」知也は澪の肩を抱き寄せ、息が止まるほどキスをした……「知也さん？」千夏が不満そうに足を鳴らす。「……きれいだよ」知也は我に返ってそう言ったが、頭の中は澪の面影でいっぱいだった。千夏はその様子を見て、わざと何気ない口調で言う。「澪さん、一度もウェディングドレスを着ようとしなかったけど、それって……」鏡の前でくるりと回りながら続けた。「自分があなたに釣り合わないと思ってたからじゃない？」「黙れ！」知也の手の中でコーヒーカップが砕けた。熱い液体がスーツに飛び散る。けれど痛みは感じなかった。店員は怯えて声を出せない。千

秘書が怯えたように頷き、その場を離れようとした瞬間だった。知也の母が駆け寄り、知也の前に立ちはだかった。「知也！いい加減にして！彼女はもういないのよ、いつまでこんなことするつもり？」知也は母を乱暴に払いのけた。その瞳は、底が見えないほど冷たかった。「……こんなこと、か」知也がふっと笑い、手の中の手紙を掲げた。「母さん、この手紙、誰が書いたと思う？」母の顔から血の気が引いた。それでも気丈に言い返した。「どう見たって澪の字でしょう。知也、意地を張らないで……」「母さん、澪の性格を本当に分かってる？彼女が本当に全部知ったら、手紙なんか残さない。何も言わずに消えるんだ」そう言い残し、知也は冷たい表情のまま部屋を出て行った。そして会社の総力を挙げ、澪の行方を探し始めた。……三時間後、秘書が最悪な情報を持ってきた。「氷室社長……」声が震えていた。「奥様が十三日前、南区の葬儀社に連絡を……」パリン。知也の手の中でグラスが砕け散り、破片が掌に食い込んだ。血がにじみ出ても、痛みなど感じていないみたいだった。彼は秘書の襟首を掴み上げた。「違う！何を言おうとしてる！そんなはずがない！今すぐ葬儀社に行く！」……知也が葬儀社に着くなり、ドアを蹴り開けた。中にいた職員が悲鳴を上げた。「調べろ！」知也はかすれた声で叫び、受付カウンターを叩きつけ、白くなった拳を震わせた。「雨宮澪。火葬記録を今すぐ出せ！」職員が慌ててパソコンを操作した。「お、お客様、故人様とのご関係は……」「夫だ」バン、と拳が再びカウンターを打った。目は真っ赤に充血していた。「彼女は死んでない。死ぬはずがない。何かの間違いだ！」職員は知也の鬼みたいな表情に怯えながら、震える手でファイルを開いた。「あ、雨宮澪様……二十八歳……死亡日時は……三日前、です」知也の呼吸が止まった。三日前――モルディブに発った、あの日だった。パソコンの画面に映った見慣れた写真が、知也の胸を抉った。結婚した時に撮った、あの証明写真。澪の口元がわずかに緩み、瞳には小さな光が宿っていた。その写真の上に、冷たい黒いスタンプが押されていた。【火葬済】「……違う……」知也はよろめき、後ずさった。喉の奥から、獣のような呻き声が漏れた。「そんな……はずが……」次の瞬間、知也はフ

千夏は目隠しをされたまま、冷たい廃倉庫へ連れ込まれた。彼女はもがきながら泣き声混じりに叫んだ。「誰！？あんたたち誰なの！？放しなさいよ！知也さんが知ったら許さないよ！」「そうか？」闇の中から、知也の声が響いた。毒蛇が舌を出すような、冷たく低い声だった。次の瞬間、目隠しが乱暴に引き剥がされた。千夏は目を細め、光に慣れた視界の中で、その男を見た。椅子に座る知也。黒いスーツをきちんと着こなし、姿勢は端正だった。だが、その瞳には底知れぬ狂気が宿っていた。「と、知也さん……？」千夏の声がかすれた。涙が頬を伝い、顎を濡らした。「どうして……ここに……？私、怖い……」知也はふっと笑った。立ち上がり、革靴の音がコンクリートの床に乾いたリズムを刻む。それはまるで死神の足音のようだった。彼は千夏の前に立ち、見下ろした。その眼差しは、すでに人間を見るものではなかった。「怖い？」低く呟きながら、知也は千夏の顎を掴んだ。骨が軋み、息が止まるほどの力だった。「澪を罠にかけた時は、怖くなかったのか？」千夏の瞳孔が縮んだ。顔色が血の気を失う。「わ、私……何のことか、分からない……」「分からない？」知也は手を離し、ポケットから数枚の写真を取り出して、彼女の顔に投げつけた。「これは覚えてるだろう」写真が床に散らばった。男と抱き合う千夏の姿、報告書を知也のスーツに忍ばせる映像の切り抜き。ひとつひとつが、彼女の嘘の証だった。千夏は全身を震わせ、口を開くこともできなかった。「お前は俺を騙して……」知也は首を掴み、一語ずつ噛み殺すように言った。「ケーキ店にいたのが澪だと分かっていて挑発したんだな？どうしてあんなことができた？」千夏は崩れ落ち、知也のズボンの裾を掴んだ。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。「知也さん！違うの……わざとじゃないの！私、本当にあなたを愛してるの！」「愛？」知也は冷笑し、彼女を蹴り飛ばした。「お前の愛は、他人の種を孕んで俺を騙すことか？」……その日から、千夏は生き地獄を味わった。知也は彼女を日の当たらない地下室に閉じ込め、腐った食事を一日一度だけ投げ与えた。千夏は腹を空かせ、犬のように這いながら、カビた饅頭をかじった。一週間後、ようやく地下室の扉が開いた。光が差し込んだ瞬間、千夏は知也がやっと許してくれたと思ったが