All Chapters of あの人は、遠い時の中に: Chapter 21 - Chapter 22

22 Chapters

第21話

二人の体格差で、詩織はどうしても身動きが取れなかった。彼女は睨みつけながら、息も荒く警告する。「悠生がすぐ外にいるから!」「待たせておけばいい」湊は耳元で囁き、熱い息がかかる。「それとも……彼をここに呼ぶか?自分の花嫁が今どんな姿か、見せてやれよ」その言葉に、詩織の心はついに音を立てて崩れた。もう抵抗する力すら湧いてこない。彼女は目を閉じ、睫毛が細かく震える。屈辱の涙がぽろりと頬を伝った。「湊……あなたは綾香さんを選んだんでしょ。もう誰も邪魔しない。それなのに、どうして私に執着するの?」その涙の冷たさが、一瞬だけ湊の心を突き刺す。彼は握っていた詩織の手首を少しだけ緩め、そっと額を寄せた。「俺も、ずっと綾香を愛してると思ってた。でも……君がいなくなって、やっと気づいたんだ。あれはただの執着だった。君じゃなきゃダメなんだ。……もう一度やり直せないか。あいつへの気持ちはきっと一時の気の迷いだ。俺から離れすぎて、自分の心を見失ってるだけだ。俺のもとに戻れば、きっとまた……」「無理!」詩織はしっかりと彼の目を見返した。「あなたが一番よく分かってるはず。私は今まで一度だってあなたを裏切らなかった。でも、裏切ったのはあなたと綾香さん。あの動画だって、あなたたちが仕組んだことでしょ?そこまでして私を追い詰めたいの?私を壊さなきゃ気が済まないの?」その言葉を聞いた湊は、ふっと力なく笑った。「……詩織、君の目には、俺はそんなに不様なのか?」その瞬間、ドアが勢いよく蹴り開けられた。悠生がほとんど飛び込むように部屋へ駆け寄り、左手で湊の襟元をがっちり掴み、そのまま拳を何度も思いきり叩き込んだ。肉にぶつかる鈍い音が響き、湊の口元から血がにじむ。悠生は湊のシャツを乱暴に掴み上げ、その目は氷の刃のように鋭く光っていた。「……もう一度でも彼女に手を出したら、今度こそ許さないからな」湊は唇についた血をぬぐい、口元に皮肉な笑みを浮かべた。「それがどうした?お前の前に、彼女は俺の女……」湊の言葉が終わるより早く、悠生の目に鋭い怒りが宿る。次の瞬間、思いきり湊の腹めがけて蹴りを叩き込んだ。湊は床に倒れ込み、痛みに体を丸めながら、額から冷や汗をにじませる。シャツの裾からは赤い血が滲んでいた。なおも悠生がさらに殴ろうとしたその時、
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第22話

どうして――?詩織がまだ混乱から立ち直れずにいると、取り調べ室のドアが開いた。湊が弁護士と一緒に出てくる。目が合った瞬間、詩織は思わず眉をひそめる。「……湊、本当は何もしてないんでしょ。どうして嘘をついたの?」湊は自嘲するように笑う。「説明したって、君は信じたか?」昨日、詩織が一人で帰るのを心配した湊は、こっそり後をつけて駐車場まで来ていた。そこで彼女が男たちに襲われ、無理やりワゴン車に押し込まれるのを目撃した。すぐに警察へ通報し、そのまま車を追いかけて廃工場までたどり着いた。警察が到着するのを待っている余裕はなかった。詩織を守るため、湊は一人で倉庫に飛び込んだ。必死に犯人たちと格闘する中、腹をナイフで刺されてしまった。それでも警察が間一髪で駆けつけてくれたおかげで、なんとか最悪の事態は免れた。人目を避けるため、病院ではなく自宅の部屋で一晩中見守った。一切手は触れず、清潔なシャツを着せて眠らせた――ただ、それだけだった。けれど、その守るつもりだった行動が、詩織の目には「加担者」、「加害者」としか映らなかった。――そうか。結局、詩織にとって自分は、利益のためなら何でもする、彼女を傷つけることさえ厭わない、最低な男にしか映っていなかったのだ。「湊、私はバカじゃない。ちゃんと説明してくれていれば、こんなことにはならなかった。それに、わざと悠生を怒らせて、あなたに何の得があったの?」――得?きっと、自分でも分かっていた。彼女がもう自分を愛していないこと。でも、それを心のどこかで否定したくて、もし本当に最低なことをしたら、彼女がどう反応するのか、最後の最後まで試してみたかった。思えば、付き合い始めてからずっと、詩織は彼の言うことを素直に聞いてくれる子だった。そのことを、湊はいつの間にか当然のように思っていた。でも、詩織は本来、率直で自由な人間だ。決めたことは迷わず実行し、手放すときは潔く去っていく。もう、自分のことなど要らないのだ。本当に、何の未練もなく。湊は黙って詩織を見つめた。やがてゆっくりと歩み寄り、スーツのポケットから黒いUSBを差し出す。「綾香が君を拉致した証拠だ。どうするかは、君に任せる」それだけを言い残して、湊は一度も振り返ることなく部屋を後にした。呆然と立ち尽くす詩織。
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