結婚式まであと五日。林詩織(はやし しおり)はパソコンで「結婚式のサプライズゲーム」を調べていた。そのとき、画面の右下に、LINEの新着通知が表示される。【私、もうすぐ結婚するんだ。後悔してる?】【綾香、今の俺はお金も地位も手に入れた。もう一度俺を見てくれ。君さえ望めば、新婦なんて今からでも替えられる】……どのメッセージも、全部彼女の婚約者――瀬川湊(せがわ みなと)が送ったものだ。しかも、その送り相手は他でもない。彼女の義姉――林綾香(はやし あやか)。たぶん湊は、まだ自分のLINEがノートパソコンでログインしっぱなしになっているのを知らなかったのだろう。詩織は、そのやり取りを呆然と見つめている。自分より七つ年上で、いつも自信に満ちて落ち着いた湊が、別の女性の前では、まるで子どもみたいに執着と未練をぶつけている。画面いっぱいに並ぶ長文のメッセージは、婚約者が義姉に抱いてきた、報われない愛と苦しみのすべてを語っていた。詩織はそっとチャット画面を閉じ、今度は自分を傷つけるように、二人の過去の痕跡を探し始める。クラウドの隠しアルバム。中には2376枚もの写真が入っていた――全部、湊と綾香だけの思い出。そこには、彼女が知らない時間が詰まっていた。たとえば、高校時代。グラウンドでふざける綾香を、湊がカメラ越しに優しく見つめているスナップ。大学の雪の夜。二人で同じ黒いダウンコートにくるまり、綾香は湊のマフラーに顔をうずめて、目だけがくしゃっと笑っている。……最後の一枚は、去年の大晦日だった。綾香が花火の下で立っている後ろ姿。写真の片隅には、湊の手がそっと、けれど距離を隔てて、彼女の頭の上にかざされている。写真のタイトルには、ただ一言。【さよなら】とだけ。その日、詩織は湊と一緒に婚約パーティーを終えたばかりだった。湊は「これで本当に過去に区切りをつける」と言っていたけれど、結局その写真も全部、秘密のアルバムにロックをかけて隠していた。まるで、誰にも見つからないように。でも肝心な痕跡は、片付けきれずに残したままだった。付き合い始めの頃、詩織は何度も「一緒に写真を撮ろう」と頼んでいた。でも湊はいつも「写真は苦手だから」と断っていた。だから彼女たちのちゃんとしたツーショットは、一枚もなかった。
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