思い出す――過去。 思い出したくなかった――過去。 胸の底で黒い泥のように沸き立つ――殺意。 どうしようもない――復讐心。 「なんで、この街に来て――」 「あの!何用でこちらに?」 メリダはミヤの体を押さえ、その言葉を慌ててかき消した。 ユグナは一切の感情を感じさせない無の表情で、こちらを見た。 顎髭は荒く伸び、目の下には深いクマ。 だが何より恐ろしいのは、傷跡が……口元を切り裂かれたのか、まるで笑っているように歪んで見えることだった。 「随分と嫌われたものだ……理由を聞いても?」 「いえいえー、黎冥府さんの方とお会いするのは久しいもので、緊張しているだけですよ」 ユグナは反応しない。 ただ、その視線だけが動く。 刃物を当てられたかのような鋭さで、メリダの喉元、手の震え、ミヤの呼吸の浅さを、ひとつひとつ見ていく。 肌が粟立つ。 ユグナは、明らかに戦場の空気をまとっていた。 「この人、大怪我を負っていて」 メリダは今にも震えだしそうな指でミヤを指す。 「まだ治療中なので、今日のところは……お引き取りを」 ユグナは音もなく一瞬で、一歩近づいた。 床板は軋まない。 呼吸の気配すらしない。 生きているのに、まるで死んでいるかのようだった。 目だけを大きく見開き、三人を舐めるように見渡す。 視線が通った部分に冷気が残るような錯覚すらある。 しばらくして、ゆっくりと、不自然にゆっくりと、口角だけを持ち上げた。 目頭と目尻を落とし、三日月のような目で笑う。 口元の傷が、不気味さをより一層膨張させる。 「本日は……誠に。誠に、失礼いたしました」 深く腰を折るが、顔はメリダたちから一度も逸らさない。 「ではまた適切な時期に、必ず……伺います」 踵を返すと、 コツ……コツ……コツ…… 規則正しい足音は、病室に何かを宣告するように響き渡った。 その後、しばらく男の足音が耳から離れなかった。 ユグナが去ったあと、部屋に荒れ残ったのは、気味の悪い沈黙だった。 メリダはまだ緊張の名残で指先が冷え、両手で指先を包み隠すように握っている。 マリアは小さく肩を震わせ、ミヤだけが深く息を吸い、乱れた呼吸を整えようとしていた。 ――その時。 廊下
Last Updated : 2025-11-27 Read more