母が重い病気で20日間も入院していたのに、この病院で医師として働いている彼氏の野口空(のぐち そら)は、一度もお見舞いに来てくれなかった。一日目は、空の幼馴染である入江夏美(いりえ なつみ)が引っ越すとかで、わざわざ休みを取っていた。二日目は、夏美が病院に研修に来たからって、一日中つきっきりで世話を焼いていた。三日目、四日目……母の病室は13階で、空の科は17階。エレベーターなら10秒、階段でも2分とかからないたった4階の距離なのに、空は20日間、一度も母の病室に見舞いに来なかった。母の退院の日、私は一人で駅まで見送った。その途中、ようやく空からメッセージが届いた。【ごめん、今日は夏美が飼ってる犬の予防接種があるから、そっちを先に送らないと……】そのメッセージを見て、私は自分の気持ちを伝えようと決めた。【うん、わかった。気をつけてね】私は、フッと乾いた笑みを浮かべた。【それと、私たち、別れよう】……スマホをしまってから、私は母を抱きしめた。「お母さん、体に気をつけてね」病気で骨張ってしまった母の肩に寄り添うと、胸がじんと熱くなった。「退職の手続きが終わったら、明日にでも実家に帰るから。もうどこにも行かないよ」母は、きょとんとしていた。「じゃあ、空さんは?結婚するんじゃなかったの?」空は私の彼氏で、A市市立病院でも指折りの内科医だ。彼と付き合って5年、私は彼のために、遠い地元を離れてA市で頑張ってきた。なのに、母が胃がんの中期で20日間も入院していたのに、彼は一度も顔を見せなかった。一日目。母は私に内緒で、A市まで来て入院した。叔母からその話を聞いたとき、私はちょうど出張中だった。どうしようもなくて、空に電話して、母のことをお願いしたんだ。会議が終わり次第、すぐに駆けつけて代わるからって。でも電話の向こうは、しばらく無言だった。やがて聞こえてきたのは、彼の冷たい声だった。「今日、夏美が引っ越しなんだ。休みを取ってるから、無理だ」それだけ言うと、電話は切れた。やっとの思いで仕事を切り上げて病院に駆けつけると、母は受付の仕方が分からず、ロビーで5時間も座り込んでいた。二日目。母の検査結果は、胃がんの中期だった。本人には言えず、私は一人で階段の
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