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第2話

Auteur: みっつ
駅を出たとき、もう午後二時だった。

空にラインで別れを告げてから、一時間が経っていた。

彼が母の見送りに来ると約束した時間からは、五時間が過ぎている。

スマホを取り出してタクシーを呼ぼうとしたとき、空から電話がかかってきた。

「動物病院から帰ってきたら、別れたいなんてメッセージが来てるし。今度は一体どうしたんだよ」

彼は「今度は」と言った。

まるで、いつも私が理不尽なことばかり言っていると思っているみたいだ。

確かに、これまで何度も、私は泣きそうな顔で空からの説明を待っていた。

でも返ってくるのは、彼の冷たい態度だけ。そして私は、結局いつも折れてあげていた。

でも、今回は違う。

私は首を振って、黙り込んだ。

空の声には、少しイライラした響きが混じっていた。

「澪、黙ってないで答えろよ!どこにいるんだ?何をするつもりだ?」

「駅にいる」

空は一瞬言葉に詰まった。母が発つ前に絶対に一度会うと、今日だけで三回も約束したことを思い出したようだ。

「おばさんに駅で待っててもらえるか……俺、すぐ行くから」

彼は私の返事も待たずに、一方的に電話を切った。

母を乗せた新幹線が走り去るのをぼーっと見送っていると、また空から電話がかかってきた。

「澪、夏美の犬がまた吐いたんだ。すぐに行かないと。

おばさんによろしく謝っといて。今度こそ、君と一緒に実家へ会いに行くから。そのとき、直接謝るよ」

私は「うん」とだけ返事をした。もう、何も感じなかった。

だってこの半年、空から一番よく聞いた言葉は……

「今度こそ」だったから。

今度こそ、デートの約束を破らない、と。

今度こそ、年に一度の記念日を忘れない、と。

私の両親に会うっていう大事な話でさえ、彼は決まってこう言うだけだった。

「今度こそ、絶対に時間を作るから」って。

私がいつも許してきたから。だから空は、平気で私を傷つけられるんだ。

でも、もう二度とこんなことは許さない。

なぜなら、私は彼を諦めるから。

私は、実家へ帰るんだ。

この街を離れるのは、思ったよりずっと簡単だった。

借りていたアパートを解約し、退職届を提出する。ぜんぶ半日で終わった。

その半日間、空は一度も現れなかった。

夜は、同僚たちが私のために送別会を開いてくれた。

一番年下のインターンの藤井梨花(ふじい りか)は、お酒を飲む前からもう目を赤くしていた。

「澪さん、会社を辞めても、絶対連絡してくださいね。寂しくなりますから」

いつも私に突っかかってきてたライバルまで、USBメモリを差し出してくれた。

「これは、あなたが今後仕事をする上で役立つであろう資料やノウハウをまとめたものよ」

それに、私たちが「鬼上司」なんてあだ名で呼んでいた社長まで、こっそり封筒をくれた。

私の家庭の事情を知っている社長は、少し気まずそうに言った。

「これ、1000万円入ってる。みんなで集めたんだ。君のお母さんのために、一番いい薬を使ってあげてくれ」

私は頷いて、みんなにお礼を言おうと立ち上がった。でも、涙がぽろぽろとグラスに落ちて、言葉にならなかった。

その瞬間、空が一度も顔を見せなかった20日間のことを思い出した。

空とは、5年も付き合ってきた。

母の病室は13階で、空の科は17階。

エレベーターなら10秒、階段でも2分とかからないたった4階の距離。

なのに、空は20日間、一度も母の病室に見舞いに来なかった。

今の会社には入社して2年。同僚たちとは、そこまで深い付き合いだったわけじゃない。

それなのに、私が母の看病で会社を辞めると知って、みんなで1000万円も集めてくれた。

1000万円も、だ。

空なんて、母に200円のタオル一枚すら買ってくれたことがないのに。

涙がこみ上げてきた。買ってある新幹線のチケットを思い浮かべると、ここを離れる決心がますます固まった。

お酒も進み、そろそろお会計をしようと席を立ったとき、梨花が不意に私の袖を引いた。

「澪さん、見てくださいよ。あそこにいるの、野口先生じゃありませんか?」

彼女の視線を追って振り返ると、本当に空がいた。

空はグレーのスーツを着こなして、すっと立っている。そして、子犬を抱いた夏美の髪を、優しく直してあげている。
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