ホーム / 恋愛 短編ストーリー / 振り返ることなく / チャプター 1 - チャプター 8

振り返ることなく のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 8

8 チャプター

第1話

「厳格な戒律を守り、生涯を仏に捧げると誓ったはずの孤高の僧侶が、愛のために還俗した……」そんなニュースの音声が、私の意識を叩き起こした。まるで海の底から突き上げられた溺者のように、私は激しく息を吸い込んだ。直後、腹部に猛烈な痛みが走る。途切れ途切れの記憶が脳裏に流れ込んでくる中、私は病院の廊下に掲げられた日付に目をやった。全身から、すっと血の気が引いていく。七月十四日。私たちが付き合って、五年目の記念日。あの日、私は妊娠検査薬を握りしめ、藤原和也(ふじはら かずや)に妊娠を告げるべきか迷っていた。彼は仏に仕える身。俗世に染まらず、悩みに囚われることもない。ましてや、この国の僧侶たちにとって、子孫を残すことなどあり得なかった。それなのに、一人で思い悩んでいる、まさにその時。和也は、別の女との関係を公にするのに忙しかったのだ。私は手の中の妊娠検査薬を、指先が白くなるほど強く握りしめた。家に帰ろうとした時、病院の玄関口に見慣れたカリナンが停まっているのが目に入った。前の人生で、私は雪見恵(ゆきみ めぐみ)と同時にこの病院で妊婦健診を受けていた。私を見かけて恵が気分を害することを恐れた彼は、部下に命じて私の口を塞がせ、階段の踊り場へと引きずり込ませた。腹が床に擦れて血が滲む。どれだけ命乞いをし、助けを求めても、和也は無表情に私を見下ろすだけだった。そして私は、下半身から血が流れ出し、小さな命が腹の中から消えていくのを、ただ見ていることしかできなかった……悲しみに襲われ、私は慌てて病室へと身を隠す。和也のすらりとした影が通り過ぎ、慣れ親しんだ白檀の香りが鼻を掠めた。ドアの隙間から、そっと外を窺う。恵は純白のワンピースを身にまとい、その顔には化粧の気配ひとつない。まるで咲き誇る白椿のようだ。彼女は下腹部に手を当て、伏し目がちに呟いた。「和也、私のために還俗までしてくださるなんて、申し訳なくて……もし仏様のお怒りに触れたら……」和也は、彼が大切にしていた数珠を、そっと恵の手にかけた。おどおどと怯える彼女の表情を見て、いつもは孤高で気高い彼が、思わず口元を緩め、恵の手をしっかりと支えた。「心から愛し合う者たちは、仏様のご加護を得られるだろ」心から、愛し合うって……その言葉を反
続きを読む

第2話

「先生、中絶手術の予約をお願いします」彼が私を原罪だというのなら。この悪しき結果を、私が残してやるものか。……冷たい無影灯の光が、私の視界を白く染め、目眩を誘う。「水原さん、これが最後の確認です」医師の声が、すぐそばで聞こえたり、遠くで響いたりする。「ご体質は特殊です。この手術を受けると、次に妊娠するのは非常に難しくなります。本当に、この子を諦めてもよろしいのですか?」私は目を閉じ、自分でも驚くほど静かな声で答えた。「この子の誕生を、歓迎してくれる人なんて誰もいませんから」朦朧とする意識の中、走馬灯のように過去の記憶が巡る。線香の煙が立ち込める仏堂で、和也が苦悶の表情を浮かべ、仏前に跪いている姿。そんな風に自らを戒律で縛りつける彼を見るに堪えかねて、いっそ別れようと切り出した私。彼は真っ赤になった目で、私の手を固く、固く握りしめて離さなかった……ある日の座禅を終えた午後、和也と並んで家路を歩いていた時のこと。彼は私の手を握ると、さり気なく、シンプルな指輪を私の薬指にはめてきた。その仕草は、結婚指輪をはめる練習をしているかのようだった……公園で散歩する親子三人連れを、彼がぼんやりと見つめていた。そして、その視線が静かに私の腹部へと移される。そこには、確かな希望が宿っていた……だが、最後に脳裏に焼き付いたのは、恵の手を取り、甘く蕩けるような声で囁く和也の姿だった。「心から愛し合う者たちは、仏様のご加護を得られるだろ」……意識が現実に戻ると、下腹部は静まり返っていた。心も、何か大切なものと共に完全に死んでしまったようだった。ふらつく体に鞭打って病院を出ると、母に電話をかけた。電話の向こうで母は、「今夜は何が食べたいか」、「何を作ってあげようか」と、私に尋ねていた。この長い時間の中で、初めて心から笑みを浮かべた。よかった。母は、まだ生きている。前の人生では、私のせいで母は他界した。この人生では、同じ悲劇を二度と繰り返させはしない。母にすぐ家に帰るよう伝え、それから国内の戸籍を抹消する手続きに向かった。最後に、海外のトップ校に電話をかけ、三日後に編入することを承諾した。全てを終え、私はほっと息をつき、燦々と輝く太陽を見上げた。三日後、母を連れてここを去る。
続きを読む

第3話

「和也、叔父たちがお前を困らせていると言うなよ。お前が出家して何年も経つが、残した血筋はこれ一つだけだ。この姪孫と引き換えに、少しばかりお零れを頂戴したって、別にやりすぎじゃないだろう?」和也の氷のように冷たい声が、やけにはっきりと響く。「何が望みだ?」二人の男は、待ってましたとばかりに要求を口にした。「俺たちに4000万円ほど小遣いをくれ。大した額じゃないだろう?」和也の声には、一切の迷いがない。「1000万だ」叔父は、信じられないというように声を荒らげた。「お前の女房と子供を合わせても、たった1000万の価値しかないってのか?ふざけんな!」和也は彼らとこれ以上話す気はないらしく、「好きにしろ」とだけ言い放ち、電話を切ろうとする。二人は慌ててその条件を飲み、それと同時に、向こうは有無を言わさず通話を切った。まるで商品を値切るかのような、無駄のないやり取りだった。「ちっ、こいつの腹の中のガキがこんなに値打ちがないって知ってりゃ、こんな面倒なことしなかったのによ!ったく」「だから言ったんだ。やっぱりあの女が価値があるってな。あれだけ大事に隠されてちゃ、身内でもなきゃ、どんな手を使っても見つけられねえだろうよ」二人は言えば言うほど腹が立ってきたのか、陰鬱な視線を私に向ける。拳が、雨のように降り注ぐ。私は痛みで声も出せず、心臓はとうに麻痺している。彼らは気が済むまで私を殴りつけると、道端に放り捨てて去っていく。私はもう体を支えきれず、そのまま意識を失った。次に目覚めた時、私は病院のベッドに横たわっていた。目の前に、和也の顔がある。「叔父たちは生まれつき素行が悪くてね。ああいう悪戯は今に始まったことじゃない。慰謝料として、お前には相応の金を渡す」私は、いつも落ち着き払った様子の和也を見つめる。そして、不意に声を発する。「今回のこと、あなたの思惑通りだったんじゃない?」和也は眉をひそめる。「どういう意味だ?」「私の居場所を教えたのは、あなたでしょう?」私は、単刀直入に尋ねる。彼は、恵が傷つけられるのを恐れて、私を盾として突き出したのだ。和也は目を伏せ、手首の数珠を撫でながら、眉間に淡い不快感を滲ませた。「医者が言っていたはずだ。お前の体質は特殊で、そう簡単には妊娠しないと。
続きを読む

第4話

私は、沈黙を守った。和也は、彼女が思い描いていたような純粋な人間ではなかった。孤高の僧侶でありながら、抜け目のない商人でもあった。誰よりも利益を優先する。彼にとって利用価値がなくなれば、容赦なく切り捨てられる。今日の私が辿った道は、恐らく明日の彼女の運命となるだろう。だが、もしこんなことを口にすれば、和也は決して私を許さない。前世の母が、彼を怒らせた末に辿った悲惨な結末を、私は知っている。目を閉じ、全身を震わせる衝動を必死に抑え込む。恵が心配そうな顔で、私にどうしたのかと尋ねてくる。私は震える手で彼女を押し退け、足元もおぼつかないまま寺を後にした。アシスタントの白石詩音(しらいし しおん)から電話があり、戸籍抹消の手続きが完了した旨を告げられる。ほっと息をつき、母に電話をかけようとした、その時だった。不意に口と鼻を塞がれる。私は、一台の車に押し込められる。廃工場で、地面に倒れ伏していた。向かいに立つ和也は、相変わらず素朴な白い服をまとっている。この場所には全くそぐわないその姿は、かえって彼の冷酷さを際立たせていた。私を見るその目は、まるで死んだ物を見るかのように冷え切っている。次の瞬間、黒々とした銃口が、私の額に突きつけられる。氷のように冷たい声が響く。「恵の邪魔をするなと、警告したはずだぞ」私は思わず叫んだ。「していない!」彼はそれ以上何も言わず、一枚の写真を私の目の前に差し出す。「恵が寺から戻った後、突然大出血を起こしたそうだ」瞬間、私は声も出なくなる。それは、私が寺で子供の冥福を祈っていた際、恵と話していた場面を捉えたものだった。「一体何をした?」とっさに、「何も知らない」と口にしそうになる。だが、すぐに気づいた。彼の目には、私は嫉妬に狂った女と映っている。恵に何かあれば、それは全て私の仕業だと、彼は思い込んでいるのだ。口を開きかけたが、結局、何も言えなかった。和也も、私と話す気などないようだった。すっと立ち上がると、後ろへ下がる。「賢い女な」無数の棍棒が、私の体に振り下ろされる。痛みで、声すら出ない。和也は私に背を向け、ゆっくりと工場を去っていく。その淡々とした声だけが、一字一句、私の耳に届く。「お前がこれほど悪辣な女だと見抜くまで、随分と
続きを読む

第5話

飛行機を降りた後、私はかねてから準備していた家に母を落ち着かせ、一人で大学の入学手続きに向かう。実のところ、和也の言葉にも一つだけ正しいことがあった。私は確かに、彼が言うような清純な白椿などではない。かつて和也と一緒になったのだって、その一部は、没落しかけた自分の家族を救うためだったのだから。父の死によって、水原グループは音を立てて崩れ落ちた。その財産を食い物にしようとする卑劣な者が数え切れないほど出てきた。まだ幼かった私と、何も分からない母は、もともと自分たちのものだった全てが奪われていくのを、ただ呆然と見ていることしかできなかった。その時から、私は無一物になるという状態が死ぬほど嫌いになった。もう和也に頼れないのなら、自分自身に頼るしかない。私を案内してくれた先輩は、優しく入学の注意点を説明してくれた。広大なキャンパスと、芝生の上で談笑する知識人たちを眺め、私は改めて学ぶことの重要性を痛感していた。新しい携帯番号で、詩音に電話をかける。「水原様、ご指示通り、雪見様を病室にて安全に保護しております」私は無表情に頷き、病院での緊迫した一幕をふっと思い出していた。傷の手当てを終えた後、恵と鉢合わせた。また和也に何か企んでいると疑われるのを恐れ、すぐに背を向けて立ち去ろうとした。だが、階段の踊り場で、二人の怪しい人影を見つけてしまった。和也の叔父たちだ!やはり彼らは、また恵を狙っていた。私はとっさに恵の腕を掴み、訳が分からず戸惑う彼女を引っぱって反対方向へと歩き出す。同時に低い声で警告した。「声を出さないで。誰かにつけられてる」恵は途端に顔面蒼白になり、慌てて携帯を取り出して電話をかけようとする。「す、すぐに夫に連絡するわ……彼はなんとかする……」今、和也が駆けつけたら、私は完全に逃げられなくなる。すぐに恵の手を制し、とある病室に匿った。「三十分経ったら、ご主人に連絡して。それまでは私が人を手配してあなたを守るから。分かった?」恵は青ざめた顔で頷いた。ひどく怯えているにもかかわらず、彼女の手が無意識に下腹部を庇っているのに気づく。私は一瞬ためらい、低い声で尋ねた。「赤ちゃんは、無事なの?」恵はぱちぱちと瞬きをし、私の言葉に少しだけ安堵したようだった。そして
続きを読む

第6話

それは私を誘き出すための、ただの芝居に過ぎない。たとえ真実だったとしても、もう何の意味もない。私が気にかけていたのは、藤原奥様という地位などでは決してないのだから。前世で彼が母を殺した、その時から、私たちの間に残されているのは、憎しみだけだと決まっていた。……私が電話を切った瞬間、和也は飛ぶように病院へ駆けつけた。無事な恵の姿を見て安堵のため息をつくと、彼女を強く抱きしめる。「怖い思いをさせたな」やがて、その眼差しに険しい光が宿る。私が去り際に残した言葉を思い出し、声を低くして言った。「君を傷つけた奴らには、必ず代償を払わせてやる」しかし、恵の次の言葉は、和也をその場に凍りつかせた。「和也、私を助けてくれたのは、とても心の優しい女性なのよ」恵が差し出した携帯には、なんと、慌てて撮ったという私の写真が写っていた。半顔しか見えないものの、一目で私だと分かる。和也は携帯を握る手に力を込め、重々しく言った。「恵、君は純粋で心優しい。だが、外では軽々しく他人を信じるな」恵は彼の言葉の裏にある意図に気づかず、甘えるように和也の腕に絡みついた。その後、和也は密かに私の行方を捜し始め、こんな噂を流した。私の首を刎ねて彼の元へ届けた者には、賞金1億円を支払う、と。だが、それでも、誰も私の足取りを掴むことはできなかった。最終的に彼の手元に届けられた情報はただ一つ、水原絵里(みずはら えり)はもう、この世に存在しない。恵は何も知らなかった。ある日、和也が彼女を連れて藤原家の会食に参加するまでは。宴席で、恵は和也の叔父たちの姿を見つけた。その瞬間、彼女の顔から血の気が引いていく。あの時、切羽詰まっていたにもかかわらず、恵は振り返って自分を追っていた者たちの顔を見ていたのだ。「あ……あの人たちよ!」恵は和也の後ろに隠れ、震える声で囁いた。「私をつけていたのは、あの人たちなの。もし水原さんがいなかったら、私はきっと……」和也の顔に、表情が消え失せた。あの日、彼は静かに座禅を組もうと寺を訪れた。去り際に、白い服をまとった人影が目に入る。彼はほとんど反射的にその人物の手を掴んだ。自分でも気づかないほどの喜びを顔に浮かべて。「絵里、やっと現れたか」相手が振り返ると、そこ
続きを読む

第7話

昔って?昔の彼は、私に夢中で、未来の計画は全て私と共にあるものだった。もし彼がいつか、誰かのために還俗することがあるとすれば、その相手は、私しかありえなかった。では、いつから変わってしまったのだろう?いつから、彼は私の優しさを当たり前のように受け止めるようになったのだろう。いつから、私のことを純粋さや無邪気さに欠けると、あれこれと難癖をつけるようになったのだろう。私のことを愛したはずなのに、どうしてそんな揚げ足を取るようなことを求めるのか。恵は涙をこぼし、歯を食いしばって言った。「この数日、あなたが水原さんの名前を口にするのを、何度も聞いたわ。もう分かったわ、あなたが本当に愛しているのは私じゃない。それなら、別れましょう!水原さんはとても素敵な人だわ。もう何も知らないふりをして、あなたと一緒にいることはできない」恵は泣きながら背を向けたが、本当に立ち去ろうとはしなかった。心のどこかで、和也が引き留めてくれるのを待っていたのだ。しかし、和也は何の行動も起こさず、一言の弁明すらなかった。その瞬間、恵は全てを悟った。そして、今度こそ本当に歩き去った……大学での日々はとても充実していた。毎日、本の世界に浸り、他のことにはほとんど構っていられないほど忙しかった。ある日、偶然にも大学の近くに、願い事がよく叶うと噂の寺があることを知った。海外にも寺があるとは思わず、講義のない日に、私はその低い山へと登ってみた。山中には線香の煙がゆらゆらと立ち上り、静寂がどこまでも広がっている。古びて静かな仏堂に足を踏み入れ、私は敬虔な気持ちで一本の線香を焚いた。今回は、自分のために祈る。毎日が楽しく、健やかで、幸せでありますように、と。いつの間にか、隣に誰かが立っていた。仏像を見つめ、静かに呟く。「ここに来る人がいるとは、ずいぶん久しぶりだ」星野悟(ほしの さとる)は和也とは違い、髪を剃った出家者だった。質素な衣をまとい、その顔には平穏と静寂が宿っている。私たちは時折、とりとめのない話をした。やがて私は仏法に興味を持つようになり、二学期目には、仏法関連の講座を選択した。彼と話す機会はさらに増え、そして、私が全ての課程を修了し、ここを離れることになっていた日、悟が不意に私を呼び止めた。彼は一
続きを読む

第8話

「ああ、俺は狂っていた。だからお前に辛い思いをさせたんだ。絵里、俺と一緒に帰ってくれないか?」私は警戒して後ずさり、彼がもう一度探るように伸ばしてきた腕をかわす。彼の瞳に、一瞬だけ寂しげな色がよぎった。「病院の件は、全て知っている。恵が何もかも話してくれた。あの日の電話は、お前の本心じゃないことも分かっている。俺がお前をないがしろにしたせいで、怒っていたんだろう」私は冷たい声で彼の言葉を遮った。「藤原さん、あなたには奥さんと子供がいるはずでしょう。今更、一体何を企んでいるの?」彼は首を横に振る。「絵里、愛しているのはお前だけだ」しかし、その言葉こそが、私の背筋を凍らせた。「雪見さんとその子どもを、どうしたの!?」前世でも、彼はこうして優しい言葉を口にしながら、冷たい目つきで私が見殺しにされるのを見ていたのだ。和也は私を見つめ、口を開きかけたが、結局、力なく笑うだけだった。「お前が俺に誤解された時、どんな気持ちだったか、ようやく少し分かった気がする」和也の振る舞いは、あまりにも不気味だった。私の目には、彼はとっくに、感情のない化け物にしか見えない。私は胸に込み上げる動揺を抑え、これ以上彼と話すのをやめて、身を翻した。案の定、和也に腕を掴まれる。もみ合ううちに、首にかけていた古玉のペンダントが不意に地面に落ち、二つに割れてしまった。私は視線を凝らし、すぐに床に落ちたそれを拾い上げると、和也の胸元めがけて鋭く突き立てた。悟が言った「君の無事と順風満帆な人生を守ってくださるだろう」という言葉の意味を、唐突に理解した。あんなに小さなペンダントの中に、まさか小型の折りたたみナイフが隠されていたなんて!私は振り返らずに走り出した。背後で和也がどんなに私を呼び止めようと、もう二度と振り返ることはなかった……三年後、私の会社は国内にまで事業を拡大し、私もまた、五年ぶりに故郷の土を踏んだ。この三年の間に、桜川市で絶大な権勢を誇っていた一族は、とっくに藤原家から別の家に取って代わられていた。飛行機が着陸したその日、和也の両親が訪ねてきて、私の目の前で泣きながら跪いた。「絵里、和也があなたに酷いことをしたのは分かっているわ。でも、水原家が落ちぶれた時、私たちが水原家を助けたでしょう。
続きを読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status