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第6話

作者: そやや
それは私を誘き出すための、ただの芝居に過ぎない。

たとえ真実だったとしても、もう何の意味もない。

私が気にかけていたのは、藤原奥様という地位などでは決してないのだから。

前世で彼が母を殺した、その時から、私たちの間に残されているのは、憎しみだけだと決まっていた。

……

私が電話を切った瞬間、和也は飛ぶように病院へ駆けつけた。

無事な恵の姿を見て安堵のため息をつくと、彼女を強く抱きしめる。

「怖い思いをさせたな」

やがて、その眼差しに険しい光が宿る。私が去り際に残した言葉を思い出し、声を低くして言った。

「君を傷つけた奴らには、必ず代償を払わせてやる」

しかし、恵の次の言葉は、和也をその場に凍りつかせた。

「和也、私を助けてくれたのは、とても心の優しい女性なのよ」

恵が差し出した携帯には、なんと、慌てて撮ったという私の写真が写っていた。

半顔しか見えないものの、一目で私だと分かる。

和也は携帯を握る手に力を込め、重々しく言った。

「恵、君は純粋で心優しい。だが、外では軽々しく他人を信じるな」

恵は彼の言葉の裏にある意図に気づかず、甘えるように和也の腕に絡みついた。

その後、和也は密かに私の行方を捜し始め、こんな噂を流した。

私の首を刎ねて彼の元へ届けた者には、賞金1億円を支払う、と。

だが、それでも、誰も私の足取りを掴むことはできなかった。

最終的に彼の手元に届けられた情報はただ一つ、水原絵里(みずはら えり)はもう、この世に存在しない。

恵は何も知らなかった。ある日、和也が彼女を連れて藤原家の会食に参加するまでは。

宴席で、恵は和也の叔父たちの姿を見つけた。

その瞬間、彼女の顔から血の気が引いていく。

あの時、切羽詰まっていたにもかかわらず、恵は振り返って自分を追っていた者たちの顔を見ていたのだ。

「あ……あの人たちよ!」

恵は和也の後ろに隠れ、震える声で囁いた。

「私をつけていたのは、あの人たちなの。もし水原さんがいなかったら、私はきっと……」

和也の顔に、表情が消え失せた。

あの日、彼は静かに座禅を組もうと寺を訪れた。

去り際に、白い服をまとった人影が目に入る。

彼はほとんど反射的にその人物の手を掴んだ。自分でも気づかないほどの喜びを顔に浮かべて。

「絵里、やっと現れたか」

相手が振り返ると、そこ
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