LOGIN藤原和也と共に過ごした五年。 私は彼の信仰を尊重し、海外留学の機会を諦めた。 誰にも知られることのない白椿のように、ただ従順に彼の傍らに寄り添い続けた。 だが五年目、彼は別の女を愛した。 その女は太陽みたいに明るくて、まるで本物の白椿のようだったという。物分かりのいい女のふりをしている私とは、まるで違うと。 彼は彼女のために戒律を破って還俗し、仏堂を去った。 あまつさえ、女の妊娠が分かると、結婚まで約束した。 どうしようもない無念を胸に、私は噂の「白椿」を一目見に行った。 その夜、母の頭を銃弾が貫く写真が、私の元へ送りつけられた。 「これ以上恵の邪魔をするなら、次に写真に写るのはお前だ」 胃の腑がひっくり返るような衝撃に、私は気を失うまで吐き続けた。 次に目覚めた時、私は「恵」という存在を知った日に戻っていた。 すぐさま母を呼び戻し、海外のトップ校へ電話をかける。 「三日後、そちらへ向かいます」
View More「ああ、俺は狂っていた。だからお前に辛い思いをさせたんだ。絵里、俺と一緒に帰ってくれないか?」私は警戒して後ずさり、彼がもう一度探るように伸ばしてきた腕をかわす。彼の瞳に、一瞬だけ寂しげな色がよぎった。「病院の件は、全て知っている。恵が何もかも話してくれた。あの日の電話は、お前の本心じゃないことも分かっている。俺がお前をないがしろにしたせいで、怒っていたんだろう」私は冷たい声で彼の言葉を遮った。「藤原さん、あなたには奥さんと子供がいるはずでしょう。今更、一体何を企んでいるの?」彼は首を横に振る。「絵里、愛しているのはお前だけだ」しかし、その言葉こそが、私の背筋を凍らせた。「雪見さんとその子どもを、どうしたの!?」前世でも、彼はこうして優しい言葉を口にしながら、冷たい目つきで私が見殺しにされるのを見ていたのだ。和也は私を見つめ、口を開きかけたが、結局、力なく笑うだけだった。「お前が俺に誤解された時、どんな気持ちだったか、ようやく少し分かった気がする」和也の振る舞いは、あまりにも不気味だった。私の目には、彼はとっくに、感情のない化け物にしか見えない。私は胸に込み上げる動揺を抑え、これ以上彼と話すのをやめて、身を翻した。案の定、和也に腕を掴まれる。もみ合ううちに、首にかけていた古玉のペンダントが不意に地面に落ち、二つに割れてしまった。私は視線を凝らし、すぐに床に落ちたそれを拾い上げると、和也の胸元めがけて鋭く突き立てた。悟が言った「君の無事と順風満帆な人生を守ってくださるだろう」という言葉の意味を、唐突に理解した。あんなに小さなペンダントの中に、まさか小型の折りたたみナイフが隠されていたなんて!私は振り返らずに走り出した。背後で和也がどんなに私を呼び止めようと、もう二度と振り返ることはなかった……三年後、私の会社は国内にまで事業を拡大し、私もまた、五年ぶりに故郷の土を踏んだ。この三年の間に、桜川市で絶大な権勢を誇っていた一族は、とっくに藤原家から別の家に取って代わられていた。飛行機が着陸したその日、和也の両親が訪ねてきて、私の目の前で泣きながら跪いた。「絵里、和也があなたに酷いことをしたのは分かっているわ。でも、水原家が落ちぶれた時、私たちが水原家を助けたでしょう。
昔って?昔の彼は、私に夢中で、未来の計画は全て私と共にあるものだった。もし彼がいつか、誰かのために還俗することがあるとすれば、その相手は、私しかありえなかった。では、いつから変わってしまったのだろう?いつから、彼は私の優しさを当たり前のように受け止めるようになったのだろう。いつから、私のことを純粋さや無邪気さに欠けると、あれこれと難癖をつけるようになったのだろう。私のことを愛したはずなのに、どうしてそんな揚げ足を取るようなことを求めるのか。恵は涙をこぼし、歯を食いしばって言った。「この数日、あなたが水原さんの名前を口にするのを、何度も聞いたわ。もう分かったわ、あなたが本当に愛しているのは私じゃない。それなら、別れましょう!水原さんはとても素敵な人だわ。もう何も知らないふりをして、あなたと一緒にいることはできない」恵は泣きながら背を向けたが、本当に立ち去ろうとはしなかった。心のどこかで、和也が引き留めてくれるのを待っていたのだ。しかし、和也は何の行動も起こさず、一言の弁明すらなかった。その瞬間、恵は全てを悟った。そして、今度こそ本当に歩き去った……大学での日々はとても充実していた。毎日、本の世界に浸り、他のことにはほとんど構っていられないほど忙しかった。ある日、偶然にも大学の近くに、願い事がよく叶うと噂の寺があることを知った。海外にも寺があるとは思わず、講義のない日に、私はその低い山へと登ってみた。山中には線香の煙がゆらゆらと立ち上り、静寂がどこまでも広がっている。古びて静かな仏堂に足を踏み入れ、私は敬虔な気持ちで一本の線香を焚いた。今回は、自分のために祈る。毎日が楽しく、健やかで、幸せでありますように、と。いつの間にか、隣に誰かが立っていた。仏像を見つめ、静かに呟く。「ここに来る人がいるとは、ずいぶん久しぶりだ」星野悟(ほしの さとる)は和也とは違い、髪を剃った出家者だった。質素な衣をまとい、その顔には平穏と静寂が宿っている。私たちは時折、とりとめのない話をした。やがて私は仏法に興味を持つようになり、二学期目には、仏法関連の講座を選択した。彼と話す機会はさらに増え、そして、私が全ての課程を修了し、ここを離れることになっていた日、悟が不意に私を呼び止めた。彼は一
それは私を誘き出すための、ただの芝居に過ぎない。たとえ真実だったとしても、もう何の意味もない。私が気にかけていたのは、藤原奥様という地位などでは決してないのだから。前世で彼が母を殺した、その時から、私たちの間に残されているのは、憎しみだけだと決まっていた。……私が電話を切った瞬間、和也は飛ぶように病院へ駆けつけた。無事な恵の姿を見て安堵のため息をつくと、彼女を強く抱きしめる。「怖い思いをさせたな」やがて、その眼差しに険しい光が宿る。私が去り際に残した言葉を思い出し、声を低くして言った。「君を傷つけた奴らには、必ず代償を払わせてやる」しかし、恵の次の言葉は、和也をその場に凍りつかせた。「和也、私を助けてくれたのは、とても心の優しい女性なのよ」恵が差し出した携帯には、なんと、慌てて撮ったという私の写真が写っていた。半顔しか見えないものの、一目で私だと分かる。和也は携帯を握る手に力を込め、重々しく言った。「恵、君は純粋で心優しい。だが、外では軽々しく他人を信じるな」恵は彼の言葉の裏にある意図に気づかず、甘えるように和也の腕に絡みついた。その後、和也は密かに私の行方を捜し始め、こんな噂を流した。私の首を刎ねて彼の元へ届けた者には、賞金1億円を支払う、と。だが、それでも、誰も私の足取りを掴むことはできなかった。最終的に彼の手元に届けられた情報はただ一つ、水原絵里(みずはら えり)はもう、この世に存在しない。恵は何も知らなかった。ある日、和也が彼女を連れて藤原家の会食に参加するまでは。宴席で、恵は和也の叔父たちの姿を見つけた。その瞬間、彼女の顔から血の気が引いていく。あの時、切羽詰まっていたにもかかわらず、恵は振り返って自分を追っていた者たちの顔を見ていたのだ。「あ……あの人たちよ!」恵は和也の後ろに隠れ、震える声で囁いた。「私をつけていたのは、あの人たちなの。もし水原さんがいなかったら、私はきっと……」和也の顔に、表情が消え失せた。あの日、彼は静かに座禅を組もうと寺を訪れた。去り際に、白い服をまとった人影が目に入る。彼はほとんど反射的にその人物の手を掴んだ。自分でも気づかないほどの喜びを顔に浮かべて。「絵里、やっと現れたか」相手が振り返ると、そこ
飛行機を降りた後、私はかねてから準備していた家に母を落ち着かせ、一人で大学の入学手続きに向かう。実のところ、和也の言葉にも一つだけ正しいことがあった。私は確かに、彼が言うような清純な白椿などではない。かつて和也と一緒になったのだって、その一部は、没落しかけた自分の家族を救うためだったのだから。父の死によって、水原グループは音を立てて崩れ落ちた。その財産を食い物にしようとする卑劣な者が数え切れないほど出てきた。まだ幼かった私と、何も分からない母は、もともと自分たちのものだった全てが奪われていくのを、ただ呆然と見ていることしかできなかった。その時から、私は無一物になるという状態が死ぬほど嫌いになった。もう和也に頼れないのなら、自分自身に頼るしかない。私を案内してくれた先輩は、優しく入学の注意点を説明してくれた。広大なキャンパスと、芝生の上で談笑する知識人たちを眺め、私は改めて学ぶことの重要性を痛感していた。新しい携帯番号で、詩音に電話をかける。「水原様、ご指示通り、雪見様を病室にて安全に保護しております」私は無表情に頷き、病院での緊迫した一幕をふっと思い出していた。傷の手当てを終えた後、恵と鉢合わせた。また和也に何か企んでいると疑われるのを恐れ、すぐに背を向けて立ち去ろうとした。だが、階段の踊り場で、二人の怪しい人影を見つけてしまった。和也の叔父たちだ!やはり彼らは、また恵を狙っていた。私はとっさに恵の腕を掴み、訳が分からず戸惑う彼女を引っぱって反対方向へと歩き出す。同時に低い声で警告した。「声を出さないで。誰かにつけられてる」恵は途端に顔面蒼白になり、慌てて携帯を取り出して電話をかけようとする。「す、すぐに夫に連絡するわ……彼はなんとかする……」今、和也が駆けつけたら、私は完全に逃げられなくなる。すぐに恵の手を制し、とある病室に匿った。「三十分経ったら、ご主人に連絡して。それまでは私が人を手配してあなたを守るから。分かった?」恵は青ざめた顔で頷いた。ひどく怯えているにもかかわらず、彼女の手が無意識に下腹部を庇っているのに気づく。私は一瞬ためらい、低い声で尋ねた。「赤ちゃんは、無事なの?」恵はぱちぱちと瞬きをし、私の言葉に少しだけ安堵したようだった。そして