All Chapters of 余生、さようなら: Chapter 21 - Chapter 28

「姉さん、誰だろう、子どもを門の前に置き去りにするなんて。あの子すごく可愛いのに、どうしてそんなことできるの？」久美は憤慨しながら瑠衣を引っ張り、外へ駆け出した。瑠衣も緊張した。孤児院の門前に子どもが置き去りにされる事件は、以前はよくあった。院長の優しい性格もあって、仕方なく何人もの子どもを引き取ってきた。しかし監視カメラを設置してからは、こうした事件は激減していた。庭には多くの人が集まっていた。瑠衣が人々をかき分けると、中心に立つ陽太の姿が目に入り、彼女の表情は一瞬で曇った。「ママ！」陽太は瑠衣を見つけると、駆け寄って抱きついた。しかしすぐに我に返り、手を離しておとなしくした。周囲の人々は驚き、瑠衣と陽太を見つめる。「姉さん、いつ産んだの？本当に黙って大きなことするタイプだね」「私の子じゃない」瑠衣は苛立った口調で言った。周りの人々は安堵の息をついた。「やっぱりね、姉さんはまだ二十四歳だし、この子は五、六歳はあるでしょ。十九歳で産んでたら、院長先生は激怒してたわ」瑠衣は逸斗の世界で二十四歳で現れ、五年を過ごした。戻った時、魂は二十九歳だったが、自分の世界では肉体はまだ二十四歳のままだった。「じゃあ、誰かが置いていったのね。どうする？」「まず監視カメラを確認しましょう。親がわかるかもしれない」人々が口々に話し合う中、監視映像を確認すると、全員が驚愕した。陽太が自分一人で歩いて来たのだ。「姉さん、私たちの孤児院、誰かに狙われてるんじゃない？」「私も聞いたことあるわ。子どもを孤児院に送り込んで同情を買い、大人が金銭を要求する手口が」陽太は囲まれて呆然とし、ただ瑠衣を哀れそうに見上げる。怒り、憤り、自制――様々な感情が瑠衣の胸中で渦巻き、やがて冷たい静寂に落ち着いた。「もういい。用事があるなら各自やって。この子は私が預かる」瑠衣の言葉にはいつも重みがあり、人々は散っていった。彼女は陽太を連れて自分の部屋に戻った。部屋のドアを閉めると、瑠衣は沈黙した。心の中に怒りが渦巻き、はけ口を見つけられない。――逸斗、どうしてここまで厚かましいのか。彼のやり方はいつも同じ。欲しいものは手段を選ばず手に入れ、彼女の意思など考慮しない。昔もそう、今も変わらない。不貞を働き、後悔して、

逸斗は電話がいつ切れたのかもわからず、呆然と立ち尽くしていた。目の前には、わずかな灯りしかないビルがそびえ立つ。ビルのエントランスには彼のポスターが掲げられ、頭の先から足の先まで、すべて瑠衣がデザインしたアクセサリーを身に着けている。彼はふと思い出す――瑠衣は昔から細工物が好きだった。初めて出会った頃、瑠衣は手作りの簪を彼に贈ってくれた。材料は質素だったが、細部まで丁寧に作られていた。結婚後も、瑠衣は好んで彼の服装をコーディネートしてくれた。彼は嬉しそうにそれに合わせ、瑠衣がデザインした服を着て外出し、人に尋ねられれば幸福そうに「妻の作品だ」と誇った。今も瑠衣がデザインしたアクセサリーを身に着けているが、もはや愛の証ではない。一つひとつの精巧な細工が冷たい光を反射し、こう告げている――瑠衣はもう自分を愛していない、と。なぜ、瑠衣は自分を愛してくれなくなったのか。逸斗には行くあてもなく、魂が抜けたように街を彷徨う。夜の街を楽しむ男女たちが、次々と彼に視線を向ける。「あれ、藤原デザインの新人モデルじゃない？すごく格好いい！」「格好よくたって意味ないよ。男モデルって体売りで稼いでるらしいよ。この前もうちの社長が遊んだって！汚いよ！」「え？あの上品そうな見た目なのに……」「藤原デザインって清潔なイメージじゃなかった？」「会社が清潔でも、モデルまで清潔とは限らないでしょ。この前、他の会社はこの人の価格を聞いて、藤原デザインの社長が言ってたよ。ご本人に聞いてくださいって、それ、変じゃない？」「あそうだ、この人、藤原社長を狙ってるらしいよ。釣り合うと思う？」卑猥な囁きが耳元で渦巻く。彼は思い出した。自分の世界で、白鳥家の人々が瑠衣を「つんぼ」と蔑み、白鳥家の疫病神と罵ったことを。その時、自分は何をしていた？朝海との刺激的な関係に夢中で、瑠衣のために一言も擁護しなかった。瑠衣が聞こえなければ問題ないと思い、面倒を避けようとした。しかし、こういう悪意は聞こうとしなくても伝わる。今、報いは彼に返ってきた。むしろ彼は願う――これが瑠衣からの復讐であって、単なる悪意ではないと。少なくともそう信じれば、瑠衣はまだ自分に対して何らかの感情を持っていることになる。愛でなくても構わない。だが

孤児院に戻ると、瑠衣は院長と話し合っていた。孤児院で育てている子どもたちのために、独自の学校を設立できないかと考えていたのだ。その時、陽太が外から駆け込んできた。最近の彼はとても素直で、院長のお気に入りだったため、自由に出入りが許されていた。「おじいちゃん、僕はマ……瑠衣お姉さんに話がある」陽太は言いかけて言葉を飲み込み、うつむいて必死に感情を隠した。院長は大笑いしながら、手を伸ばして陽太を引き寄せた。「この子はね、君を見るたびに『ママ』って呼びたがるんだ。確かに君にはちょっと似てるよ」瑠衣は苦笑いし、院長の前から早々に立ち去り、陽太の手を取って外へ出た。「ママ、パパに会いに行かない？パパ、ずっとママの名前を呼んでるんだ……僕たちと一緒に帰ってくれない？パパも僕も、もう二度とママを悲しませないから」陽太は声を詰まらせた。瑠衣は彼が泣き止むのを待ってから、静かに口を開いた。「どうして私があなたたちと帰らなければいけないの？ここでの生活は楽しくないの？」陽太は一瞬言葉を失った。ここは確かに楽しいが、彼はいつも「良い子」でいなければならず、泣いたり騒いだりできない。自分の友達もいなければ、慣れ親しんだ家族もいない。いるのはママだけだ。だからこそ、ママと一緒に帰りたかった。自分の世界に戻り、白鳥グループの坊ちゃまとして、たくさんの友達と遊びたい。そうすれば、もうこんなに「良い子」でいる必要もないし、洗濯も自分でしなくて済む。瑠衣の穏やかだが鋭い視線の中で、陽太はふと悟った。ここでの自分は、まさに異世界にいた瑠衣のようだ。「良い子」で、優しく、友達も事業もなく、逸斗と自分だけが世界のすべてだった。陽太は考えたこともなかった――他人にとっては何でもない要求が、自分に降りかかると、これほど重苦しく感じるとは。「陽太、あなたは本当に私をママだと思っているの？本当に私のことが好きなの？」瑠衣はしゃがみ込み、大人と同じ目線で陽太を見つめた。陽太はそうではない。瑠衣が聴覚を失い、嘲笑される時、彼は他人と一緒に彼女を嫌悪した。彼が必要としていたのは瑠衣の世話であって、瑠衣自身が苦しんでいるかどうかは考えなかった。朝海をママと呼んだ時も、瑠衣がすべてを捨てて異世界から連れ戻してくれた時も、彼の行動

「陽太、もう泣かないで。パパが約束するから、最後にもう一度だけママに電話させてくれないか？」逸斗は体を起こし、病室のドアを閉めた。その言葉を聞いた陽太は涙を拭い、しばらく考えてから、そっとうなずいた。「じゃあ、約束して。ママを傷つけるようなことは言わないで」「約束する」逸斗は手を挙げて誓った。陽太はスマホを取り出し、瑠衣に電話をかけた。「ママ、僕だよ。パパと僕、もう帰る準備してるんだ。パパが最後に一言だけ伝えたいって」少し間を置き、陽太はスマホを逸斗に手渡した。逸斗はスマホを握りしめ、この瞬間、かえってためらってしまった。すると向こうから瑠衣の声が聞こえてきた。「もしもし、逸斗？話してる？」逸斗は息をのんだ。電話を握る手が震える。「瑠衣、ごめん……俺が悪かった……今……帰るよ」そう言い終えると、瑠衣の返事を待たずに電話を切った。今回は、彼は瑠衣の許しを待たなかった。もう瑠衣に迷惑はかけられないと思うから。逆攻略任務は失敗に終わった。逸斗は白鳥グループの資産の半分を投じ、二人を元の世界に戻した。二人がいない間、白鳥グループはすでに危機的状況に陥っていた。逸斗は他を気にする余裕もなく、全身全霊で仕事に打ち込んだ。彼が本気を出すと、従業員たちは悲鳴を上げた。逸斗があまりに冷酷だと感じながらも、高給与のために耐え続けた。三年後。真千子が療養院で息を引き取った。逸斗が陽太を連れて葬儀の準備をしていると、莉緒が中から飛び出してきて、彼の腕をつかんだ。「お兄さん！あの女のせいで私たちに会わせてもらえなかったんでしょ！この三年、私と母がどう過ごしてきたか分かってるの？それに朝海お義姉さんは？なぜ彼女を刑務所に入れたの？朝海お義姉さんがいたら、絶対に私を見捨てたりしなかったのに！」逸斗は莉緒が抱きつく腕を振りほどいた。もちろん、彼は莉緒と真千子の生活状況を把握していた。療養院の監視カメラを毎日確認し、二人がお金を好き勝手に使っていることも知っていた。要求される額がいくらであれ、彼は一度も拒否しなかった。真千子と莉緒は外に出られなかったが、逸斗は決して彼女たちを虐待しなかった。「莉緒、瑠衣は永遠にお前の義姉だ。以前もそうだったし、これからも変わらない。母が亡くなった今、お前が