結婚記念日のこの日、夫が十年かけて研究してきたタイムマシンがついに完成した。彼は息子を連れて過去へ戻り、亡くなった初恋の人と再会するという。出発前、息子は私に白い目を向けて言った。「ママなんてただの家政婦でしょ。パパと晴海さんの邪魔をしないで」夫は冷淡な表情で告げた。「深水知夏(ふかみ ちなつ)、この家はもう寄付した。早く荷物をまとめて出て行ってくれ」私は冷笑した。「あんたたち、後悔しないでね」私がこっそり二人のあとを追って実験室へ向かった。機械が作動する最後の瞬間、光に向かって手を伸ばした。父子には知る由もない。本当の夫と娘を救うため、この瞬間を私は十年も待ち続けていたことを。……桐谷慎也(きりたに しんや)の研究がついに成功した。彼は息子の桐谷誠(きりたに まこと)を連れて時空を遡り、十年前へ戻るという。私はテレビのニュースでその事実を知った。今日は私たちの結婚十周年記念日。私は夕食を作り、彼の帰りを待っている。ドアが開くと、私は駆け寄る。「慎也、あなたの好きな料理を作ったの。結婚十周年のお祝いに」慎也は微かにため息をついた。「深水、僕たちは終わりだ。十年間、僕と誠の世話をしてくれたが、やはり晴海を忘れられない」金縁メガネの奥の冷たい瞳は、何事もないかのように静かで、まるでごく当たり前のことを告げているかのようだ。熱い皿を手にしているのに、私はその痛みに気づかない。スーツに身を包んだ彼を見つめ、無意識に彼の目の端のほくろを探す。「慎也、離婚するってこと?」「研究が成功した。晴海に会いに行く」彼は言った。指先が熱で真っ赤になっているのに遅れて気づき、手にしていた皿を落としてしまった。精巧に作られた料理が床に散らばった。「まさか……過去に戻るだって?十年前に戻るつもりなの?」私が信じられない思いで目を見開いた。加藤晴海(かとう はるみ)は慎也の初恋の人。十年前に事故で亡くなり、慎也は彼女を忘れられずにいた。「ああ。誠も連れて行く」そう言うと、すぐに晴海と再会できることを考えたのか、彼の目にかすかな笑みが浮かぶ。私は慌てて一歩踏み出し、彼の腕をつかむ。「私はどうなるの?慎也、私はいったい何なの?今日は私たちの結婚記念日よ……」「深水、僕たちはここで終わりだ」慎也
Read more