早朝の市場で野菜を買って帰ると、私は休む間もなく洗って切って料理の準備をする。ちょうど作り終えたところで、夫がドアを開けて入ってきた。「晴海んちの水道管が破裂したんだ。手伝ってやってくれよ。あいつ、シングルマザーで大変なんだから」私はエプロンを外して、須藤晴海(すどう はるみ)の家へ向かい、排水溝のつまりを直し、床の水を拭き、怯えている花奈(はな)を宥めた。ぐったりした身体を引きずって家に戻ると、唐澤志真(からさわ しま)が、私の娘のあのセーターを手に取り、晴海に差し出していた。「晴海、気にすんなよ。璃々(りり)ももう着られねぇし、花奈にちょうどいいだろ」そのセーターを見た瞬間、私は思わず声を出した。「志真、私たち、離婚しよう」彼は目を見開いた。「離婚?たかが古いセーター一枚で?」「そう、たかが古いセーター一枚で」私の言葉が落ちたあと、リビングに長い沈黙が落ちる。志真の顔色がわずかに曇った。「雪乃、また変な意地張ってんのか?」彼は近寄って、汗で額に貼りついた前髪を整えようと手を伸ばす。私は顔をそらして避けた。宙に浮いた彼の手が固まり、不快そうな色が一瞬だけ走る。「もういいだろ。お前が璃々のこと引きずってんのは知ってる。でもあいつがいなくなって、どれだけ経ってると思ってんだよ。前に進まなきゃいけねぇだろ」志真は声を落とし、そばで居心地悪そうに立っている晴海を顎で示した。「晴海んちの状況、知ってんだろ?ただの服だぞ。助けられるときに助けりゃいい。変に意地張って、向こうに気を遣わせんなよ」晴海はすぐにセーターを返してきて、目元を赤くしながら言った。「ごめんなさい、雪乃さん。この服がそんなに大事だなんて知らなくて……志真も悪気はないの。私たち、いらないから」だが志真はすぐにセーターを受け取り、もう一度彼女の腕に押し戻した。「持ってけよ。雪乃はこういう性格なんだ。今はカッとなってるだけだ」そして私の方を見て眉を寄せる。「早く風呂入ってこい。泥臭ぇぞ。飯も冷めてんだ。さっさと出してくれよ。晴海と花奈、まだ食ってねぇんだから」私は動かなかった。視線はただ、あのセーターに縫い付けられた記憶に釘づけになっていた。志真にとって、これは本当に「ただのこと」だ。ただの服。ただ
Read more