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夫が娘の遺品を他人に渡した日、私は離婚を決めた
夫が娘の遺品を他人に渡した日、私は離婚を決めた
Penulis: 存歌

第1話

Penulis: 存歌
早朝の市場で野菜を買って帰ると、私は休む間もなく洗って切って料理の準備をする。

ちょうど作り終えたところで、夫がドアを開けて入ってきた。

「晴海んちの水道管が破裂したんだ。手伝ってやってくれよ。あいつ、シングルマザーで大変なんだから」

私はエプロンを外して、須藤晴海(すどう はるみ)の家へ向かい、排水溝のつまりを直し、床の水を拭き、怯えている花奈(はな)を宥めた。

ぐったりした身体を引きずって家に戻ると、唐澤志真(からさわ しま)が、私の娘のあのセーターを手に取り、晴海に差し出していた。

「晴海、気にすんなよ。璃々(りり)ももう着られねぇし、花奈にちょうどいいだろ」

そのセーターを見た瞬間、私は思わず声を出した。

「志真、私たち、離婚しよう」

彼は目を見開いた。

「離婚?たかが古いセーター一枚で?」

「そう、たかが古いセーター一枚で」

私の言葉が落ちたあと、リビングに長い沈黙が落ちる。

志真の顔色がわずかに曇った。

「雪乃、また変な意地張ってんのか?」

彼は近寄って、汗で額に貼りついた前髪を整えようと手を伸ばす。私は顔をそらして避けた。

宙に浮いた彼の手が固まり、不快そうな色が一瞬だけ走る。

「もういいだろ。お前が璃々のこと引きずってんのは知ってる。でもあいつがいなくなって、どれだけ経ってると思ってんだよ。前に進まなきゃいけねぇだろ」

志真は声を落とし、そばで居心地悪そうに立っている晴海を顎で示した。

「晴海んちの状況、知ってんだろ?ただの服だぞ。助けられるときに助けりゃいい。変に意地張って、向こうに気を遣わせんなよ」

晴海はすぐにセーターを返してきて、目元を赤くしながら言った。

「ごめんなさい、雪乃さん。この服がそんなに大事だなんて知らなくて……志真も悪気はないの。私たち、いらないから」

だが志真はすぐにセーターを受け取り、もう一度彼女の腕に押し戻した。

「持ってけよ。雪乃はこういう性格なんだ。今はカッとなってるだけだ」

そして私の方を見て眉を寄せる。

「早く風呂入ってこい。泥臭ぇぞ。飯も冷めてんだ。さっさと出してくれよ。晴海と花奈、まだ食ってねぇんだから」

私は動かなかった。

視線はただ、あのセーターに縫い付けられた記憶に釘づけになっていた。

志真にとって、これは本当に「ただのこと」だ。

ただの服。

ただの隣人。

ただの、よくある助け合い。

彼は理解できないし、理解しようともしない。このセーターが、私にとって何なのかを。

力が抜けていく。それでも、もう一度言った。

「離婚したい」

志真の堪忍袋はとうに切れていた。

「深澤雪乃(みさわ ゆきの)、いい加減にしろよ!誰も着ねぇ古い服一枚で、この家を壊すつもりか?そんなことして、あの世の璃々が喜ぶと思ってんのか!」

「それはただのセーターじゃない」

胸の奥の痛みを押し殺しながら、私は彼の目を見た。

「璃々のものだよ。私が、あの子のために編んだやつなんだ」

「それはわかってる!」

志真の声が弾けた。

「でも死んだ人間は戻らねぇんだよ!物を残して何になる!?お前、いつまで過去に閉じこもってるつもりだよ!

花奈に着せようとしたのはな、無駄にならねぇようにってのもあるし、お前に前を向いてほしいからだ!俺は、お前のためにやってんだ!」

喉がきゅっと塞がって、苦しさが込み上げた。

「志真、あなたは一度も私に聞かなかった」

彼は振り返り、怒りに目を見開く。

「聞く?聞いてお前が首を縦に振るかよ?お前は璃々のもの全部を宝物みたいに祀って、家を記念館にでもしたいのか?自分まで墓石みたいになって、何がしたいんだよ!」

その言葉が、一つひとつ刃のように神経を削っていく。

そうだ。私は璃々のものを全部しまってある。

絵も、髪どめも、靴も、全部。箱に入れて、屋根裏に置いてある。

ただ、このセーターだけは、どうしても手放せなかった。

眠れない夜という夜を、このセーターを抱いて耐えてきた。そこにまだ、あの子の体温が残っている気がしたから。

これは私の傷であり、私の拠りどころ。

彼は知らない。知ろうともしない。

ただ「間違っている」と決めつけて、壊そうとしてくる。

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