国境なき医師団の申請が通ったあと、私は市立病院の院長職を竹下陽菜(たけした ひな)に譲った。それを聞いた親友は、私のことを思って怒ったように言った。「あなたが行っちゃったら、川口くんとの縁なんて自分で断つようなものよ」私は穏やかに微笑んだ。「私はただ、彼をずっと想い続けてきた人のところに返してあげるだけよ」前の人生で、私と川口徹也(かわくち てつや)は界隈で知らない者のいない、憎み合う夫婦だった。彼は、私が陽菜の代わりに国境なき医師団へ行かなかったせいで、彼女が感染して死んだと恨んでいた。あれほど陽菜を愛しているのなら、どうして私の両親に「一生面倒を見る」と約束できたのかと、私はその偽善さと滑稽さを恨んでいた。七年の結婚生活で、私たちが互いに最も多く口にした言葉は「ろくな死に方をできないよ」だった。だが銃弾が飛び交う戦場で、心臓を撃ち抜かれた彼は最後の力で私を抱きかかえるようにして庇った。「迎えはもう手配した……掃射が止んだら走れ。いいか……必ず生きろ……」意識が遠のく中、彼はかすかな声で呟いた。「この一生でお前を守った……だから来世では……もう出会わないように。陽菜……いま行くよ……」けれど、上空から落ちた爆弾は私に逃げる間すら与えず、私たちをまとめて吹き飛ばした。次に目を開けたとき、私は結婚前夜に戻っていた。徹也。今回の人生は、私があなたの願いを叶えてあげる。……「川口くんを諦めたのか?」恩師は信じられないというように問いかけてきた。私は苦笑してうなずく。恩師は、私が川口徹也(かわくち てつや)にどんな思いを抱いていたかを誰よりも知っていた。でも、私たちのことを一番心配していたのも恩師だった。一回目の人生、結婚前夜に聞いた忠告はいまでも耳に残っている。「人の縁を切ることは、どんな咎よりも重いものだ……だが、わしの二人の教え子が後半生を互いに削り合うのを見るのは忍びない。朝美、無理に結ぶ縁はうまくいかないものだぞ」あの頃の私は頑なで、鼻で笑って言った。「うまくいかなくても、私はその縁をつかみに行きますよ!」胸の奥の苦さに我に返り、私は顔を上げて恩師を見つめ、話題をそらす。「先生、私……国境なき医師団に応募しました。三日後に出発します。今日は、そのご挨
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