All Chapters of 八年尽くした彼に捨てられ、私は彼の叔父に嫁いだ: Chapter 1 - Chapter 9

9 Chapters

第1話

日陰の存在のまま、私は八年間、ただひたすらに西園寺蓮(さいおんじ れん)に尽くしてきた。車椅子生活から立ち直るまで彼を支え、うつ病の底なし沼から彼を救い出したのも私だ。いつかきっと、この長い夜が明けて、報われる日が来ると信じていた。しかし、彼の想い人が帰国したことで、その願いは残酷にも打ち砕かれた。彼は私に、余計な恋心を捨てて、ただ友達としてそばにいろと言った。彼は彼女のために私を冷遇し、私の尊厳を踏みにじった。彼は知らないだろう。彼のうつ病を治すために、私がどれほどの絶望を飲み込んできたか。彼が完治したその日、皮肉にも私の心は壊れ、重度のうつ病と診断されたのだ。もう、限界だ。自分を救うため、私は彼への愛を捨て、彼の叔父と結婚することを決意した。しかし、私の結婚式当日、あれほどプライドの高かった彼が、皆の前でなりふり構わず跪いた。「お願いだ、俺を見捨てないでくれ!」……「叔父様、私……あなたのお嫁さんになります」病室のベッドに横たわり、スマホを耳に当てたまま、私・如月美月(きさらぎ みづき)は空いた手を目の前に掲げた。血の滲むガーゼが巻かれた手首を、虚ろな目で見つめる。自殺を図ったのは、これで何度目だろう。もう覚えてもいない。ただ、抑えきれない感情の波に襲われるたび、生きる気力さえ跡形もなく消え失せてしまうのだ。電話の向こうで、西園寺湊(さいおんじ みなと)は真面目な声で私を正した。「美月、私は蓮の叔父であって、君の叔父ではないよ。これからは『湊さん』、あるいは『ダーリン』と呼んでみるかい?」「蓮」という名を聞いた瞬間、心臓をゴムでパチンと弾かれたような痛みが走った。蓮は、私が十年もの間、深く愛し続けた男。物心ついた頃から、私たちはいつも一緒だった。その時、如月家の娘は行方不明で、私は彼らに養女として迎えられ、ずっと令嬢として扱われていた。近所に住んでいた彼は兄のような存在で、私たちは毎日飽きもせず一緒に遊び、幼馴染として育った。その後、本物の令嬢である如月雪乃(きさら ゆきの)が戻り、私が家を追い出された時も、蓮は私を見捨てなかった。それどころか、私を自分の家に連れ帰ってくれたのだ。あの日から、彼は私にとってかけがえのない存在になった。けれど今、私は
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第2話

蓮は眉を顰め、私の冷ややかな態度に怒りを露わにしようとした。けれど私は、彼より先に穏やかに口を開いた。「雪乃さん、心配しないで。怒ってないから。手首を切ったのは西園寺社長を脅すためじゃないわ。ただ、病気だからよ」蓮の表情が瞬時に凍りついた。「今、俺をなんて呼んだ?」一拍置いて、彼は何かに気づいたように眉を寄せ、焦った様子で問い詰める。「病気って、何の病気だ?!」私は答える気になれなかった。幸いにも、雪乃が彼の心配を遮るように、私の言葉を都合よく解釈してくれた。彼女は目を赤くして、さも被害者ぶって言った。「美月さん、いくら私たちを恨んでるからって、自分の体で冗談を言うのはよくないですよぉ。不吉なことばかり言ってると、本当にそうなっちゃいますよ?」その言葉に、蓮の顔に怒りの色が浮かぶ。彼は忌々しげに吐き捨てた。「本当になればいい!そんなに病気が好きなら、勝手に野垂れ死んでくれればいい。そうすれば、いちいち嫌がらせに付き合って気分を害することもなくなるからな! 行くぞ!」そう言って、彼は雪乃を連れて立ち去った。彼が最後に向けた嫌悪に満ちた眼差しを思い出し、私は胸に大岩を乗せられたような圧迫感を覚えた。岩が心臓を押し潰し、そこから溢れた血が胸いっぱいに広がり、息ができなくなるほどの苦痛が襲う。私は胸を押さえ、早鐘を打つ心臓の音がようやく落ち着くと、私は糸が切れたようにその場にへたり込んだ。それからの三日間、私はずっと一人で入院生活を送った。蓮は一度も来なかったし、電話一本よこさなかった。私にとっては、その方が気楽でよかった。早くここを離れ、オーストラリアへ飛び立って、新しい人生を始めたい。ただそれだけを願っていた。三日後、私は退院した。すぐに家に戻り、荷物をまとめてパスポートを取り、出発の準備をするつもりだった。まさか今日、蓮が雪乃のために誕生日パーティーを開いているとは予想もしなかった。私が姿を現すと、その場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。リビングに飾られた豪華な十段のケーキを、ぼんやりと見つめていると、蓮の咎めるような声が聞こえてきた。一拍遅れて彼の方を見ると、雪乃の腰を抱いた彼が整った眉を険しく寄せていた。彼は私を睨みつけ、不機嫌そうに尋ねた。
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第3話

部屋に戻り、薬を一錠飲んで、ようやく崩れそうな感情を落ち着かせた。その時、湊から電話がかかってきた。通話ボタンを押すと、彼の優しい声が聞こえてくる。「美月、送ったウェディングドレスの写真は見てくれたかい? どれが気に入った?」私は殊勝な態度を装い、素直な声で答えた。「見ました。どれもすごく綺麗でした。一番好きなのはあの深い藍色の、裾に月と星があるドレスです。でも、結婚式であんな暗い色なんて、縁起が悪くないでしょうか?」湊は楽しげに笑った。「まさか、若いのに縁起を気にするなんて、珍しいな。君が気に入ったなら何色だっていいんだよ。これは私たちの結婚式だ。君が絶対的な主役なんだから」私は少し呆然とした。主役、か。私のような罪人の子でも、主役になれるのか?正直なところ、こんなに温かい言葉を聞いたのは久しぶりだった。蓮と関係がこじれてからというもの、かつて私に媚びへつらっていた人たちは皆、敵意を向けてくるようになった。時々、私の目の前にいるのは言葉を話す人間ではなく、私を切り刻もうとする無数の刃物のようにさえ思えた。もう二度と、私に優しくしてくれる存在なんていないと思っていた。よかった。まだ私と普通に話してくれる人がいたんだ。心がふっと軽くなり、声にも自然と笑みが混じった。「では、あれにします。ありがとうございます、ドレスすごく気に入りました」その時、背後のドアが開いた。振り返ると、蓮が焦った様子で飛び込んできた。「ドレス? 何の話だ?」私はすぐに電話を切った。結婚相手が誰なのかはまだ教えるつもりはないが、結婚すること自体を隠すつもりはない。私は淡々と言った。「私のウェディングドレスよ。私、結婚するの」蓮の瞳の奥で、動揺がさざ波のように広がった。彼は険しい顔で言った。「何を馬鹿なことを!お前が結婚などできるわけがないだろう?」その時、雪乃も部屋に入ってきて、私の言葉を聞いた途端、吹き出した。「美月さん、冗談はやめてくださいよぉ。それって絵里さんのドレスの話じゃないですか?」一宮絵里(いちみや えり)は彼女たちのグループの中で、かつて私と一番仲が良かった友人だ。彼女は一ヶ月後に結婚する予定だ。けれど、蓮に捨てられてからは疎遠になり、婚約パーティーにすら招待
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第4話

空港に到着した直後、蓮から電話がかかってきた。私は人目の少ない隅へ移動し、通話ボタンを押した。彼の口調は少し焦っていた。「監視カメラでお前がスーツケースを持って出ていくのを見たぞ。どこへ行く気だ? 今すぐ戻れ!さもないと、今から連れ戻しに行くぞ!」まさか監視されているとは思わず、私は呆れて尋ねた。「西園寺社長、少し干渉しすぎではありませんか? 私がどこへ行こうと、婚約者様が嫉妬なさるのでは?」蓮は一瞬黙り込んだが、すぐに強がりを言った。「俺はただ、お前がこっそりオーストラリアに来て、皆に不愉快な思いをさせるんじゃないかと心配してるだけだ」私は冷ややかに返した。「安心して。ちょっと外の空気を吸いに来ただけよ」その時、電話の向こうから、客室乗務員が機内モードにするよう注意する声が聞こえてきた。蓮は相手に「少し待ってくれ」と告げると、珍しく優しい声で言った。「最近いい子にしてたから、ご褒美に旅行に連れて行ってやる。帰ってきたらな」私が適当に相槌を打つと、向こうが電話を切った。暗くなった画面を見つめながら、私はただ、バカバカしいと思った。私は何気なく彼を、そして彼の取り巻きたち全員をブロックした。旅行に連れて行く?前にもそんな約束をしたことがあった。けれどあの日、雪乃が海外から帰国した。彼は私を国道のど真ん中で車から降ろしたのだ。外は土砂降りの雨だった。私は傘一本持たされず、雨の中に置き去りにされた。あの瞬間、私は十歳の時に如月家から追い出されたあの雨の日に、再び突き落とされたような気がした。私は回想を振り払い、湊とのチャット画面を開いた。彼から写真が送られてきていた。私のために選んでくれたドレスの写真だ。彼のセンスは本当に素晴らしく、そのドレスを私はとても気に入った。外から飛行機の離陸する轟音が聞こえてきた。けれど私は顔も上げず、そのまま待合室へと向かった。……その頃、機内でスマホを置いた蓮は、言いようのない胸騒ぎを覚えていた。自分でも何が原因かは分からない。ただ家を出てからずっと、何か大切なものを失いつつあるような、漠然とした恐怖が胸から離れずにいた。彼は私とのチャット画面を開き、前回の会話が一ヶ月も前であることにようやく気づいた。あの頃、私はまだ
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第5話

十数時間のフライトを終え、私はようやくオーストラリアに降り立った。空港を出るとすぐに、そこで待っていた湊の姿が目に入った。彼は花束を抱え、黒のロングコートに身を包み、知的で高貴なオーラを纏っている。私を見つけるなり、彼はすぐに駆け寄り、そのまま私を強く抱きしめた。突然のことに戸惑っていると、彼は優しい声で囁いた。「少しだけ抱きしめさせてくれ。君の温もりを感じさせてほしい。これが夢じゃないと、確かめたいんだ」その大切に扱うような口調に、彼に愛されていると実感する。私は大人しく彼の腕の中に収まった。やがて、彼の体温がじんわりと伝わり、私の心まで温めていく。周りの視線が気になり始め、私は顔を赤らめて言った。「湊さん、とりあえず帰りましょう」湊は名残惜しそうに私を離すと、満面の笑みで私に花束を手渡した。彼は昔帰国した時と同じように私の頭を撫で、優しくも力強い声で言った。「ああ。帰ろう、私たちの家に」私たちの家。その言葉が、私の心に温かく染み渡った。帰りの車中で、湊は明日の結婚式の段取りを説明してくれた。そして、西園寺家の人間は蓮以外の全員が新婦の正体を知っていると教えてくれた。私は少し不安になった。「ご家族は……湊さんがどうかしてしまったと思っているんじゃないですか?」湊は生まれながらのビジネスの天才だ。二十歳で西園寺グループの事業を海外まで拡大し、グループの時価総額を三倍に成長させた。それだけでなく、彼は西園寺家の末っ子で、甥である蓮より八歳年上だけだ。だからこそ、彼は一族の年長者たちから溺愛されてきたのだ。誰もが、彼の花嫁は西園寺家が選び抜いた名家の令嬢に違いないと思っていたはずだ。私でさえ、そう思っていたのだ。一ヶ月半前に彼から突然電話があり、「私と結婚してくれないか」とプロポーズされた時は、てっきり間違い電話だと思ったほどだ。湊は低く笑い、自信たっぷりに言った。「誰がどう思おうと関係ないよ。西園寺グループの実権を握っているのは私だ。誰を娶ろうと私の勝手だ。それに、私の結婚に利益や家柄なんて関係ない。私はただ、心から愛する人を選んだだけだ。」そう言う彼の眼差しは、真っ直ぐに私を捉えていた。その熱っぽく誠実な視線に、私の心は焼かれるように熱くな
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第6話

その頃、蓮は屋敷の庭にいた。周囲の楽しげな客たちとは裏腹に、彼は到着してからずっとスマホを睨みつけていた。私と連絡がつかないと分かると、彼はすぐに秘書に私の動向を調べさせた。私がオーストラリアにいると知った途端、彼は手当たり次第に周りの人から携帯を借り、私にかけ続けた。西園寺家の親族の携帯は、片っ端から借りて試してしまった。残るのは、新郎である湊の携帯だけだから、蓮は、湊の居場所を探し始めた。その時、湊はすでに支度を終え、新婦の控室へと来ていた。私も、ちょうど準備が整ったところだった。使用人たちが私のウェディングドレスの裾を整えてくれている。そこに佇む湊の瞳にはありありと驚きの色が浮かんでいた。彼はドレス姿の私に見惚れ、言葉を失っているようだった。彼の熱い視線に胸が熱くなり、私は恥じらいながら尋ねた。「綺麗ですか?」彼は近づき、感嘆した様子で言った。「ああ、綺麗だよ。朝日に輝く朝霞のごとく、波間に咲く蓮の花のごとし……まさに今の君にぴったりの言葉だ」私は思わず吹き出し、からかうように言った。「海外育ちなのに、母語の表現がお上手ですね」その時、外から聞き覚えのある声がした。心臓が早鐘を打ち、私は思わず拳を握りしめた。まさか蓮がここまで来るとは思っていなかったのだ。湊は安心させるように私の肩をポンと叩くと、背を向けて控室を出て行った。外では、血相を変えた蓮が湊を見つけ、焦った様子で話しかけていた。「叔父さん、携帯を貸してください!」湊は目を細め、この恩知らずな甥を冷ややかに見下ろした。「携帯を借りてどうするつもりだ?」蓮は深いため息をついた。「美月のことですよ。あいつ、ずっとへそを曲げていて、今回はなんとこっそりオーストラリアまで来てしまったんです。俺の連絡先もブロックされているので、彼女の身が心配で……叔父さんはずっと美月によくしてくれていたから、叔父さんならブロックされていないはずです」しかし湊はスマホを渡さず、冷淡に言い放った。「雪乃を選んだ以上、もう美月に付きまとうな」蓮は少しの間押し黙っていたが、やがて口を開いた。「俺が雪乃を選んだのは、彼女が俺のために海外へ嫁いだからです。叔父さんは知らないでしょうけど、当時、彼女と別れなければただ
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第7話

蓮の声は、その場にいる全員の注意を引いた。神聖な結婚式結婚式を邪魔され、人々はざわめき立ち、彼を見る目には不満の色が浮かんでいた。私は自分に向かって突進してくる蓮を冷ややかな目で見つめた。彼は私を掴もうと手を伸ばしたが、その前に湊が彼を蹴り倒した。湊がボディガードたちに目配せすると、すぐに数人がかりで蓮は引きずり出され、ついでに口も塞がれた。そんな騒ぎなど、私たちの幸せの前では些細なことだった。私たちは予定通りに誓いの言葉を述べ、指輪を交換し、大勢の祝福の中、私たちは口づけを交わした。会場中が割れんばかりの拍手に包まれた。へたり込んだ蓮は我が目を疑うように、喜びに沸く一族を見つめていた。そしてようやく、全てを悟ったのだ。湊の花嫁が誰なのか、ここにいる全員がとっくに知っていたのだ!誰一人として彼に教えなかったのは、彼が騒ぎを起こすのを恐れたからだ。一方、蓮の向かい側に座っていた雪乃も呆然としていた。蓮に捨てられた私が、まさか彼の義理の叔母になるなんて、想像もしていなかったのだろう。嫉妬で彼女の顔は歪んでいたが、湊は彼女ごときが敵に回せる相手ではない。だから彼女はバッグをきつく握りしめ、必死に感情を抑えていた。蓮は怒りに満ちた目で彼女を睨みつけた。私が結婚すると言った時、蓮は雪乃の言葉を鵜呑みにして、それを私の狂言だと決めつけたことを思い出したのだ。けれど、私はあの時すでに、彼と永遠に離れる覚悟を決めていた。そう思うと、蓮は声を上げて泣き崩れた。私を失うことがこれほど痛いことだとは、彼は知らなかったのだ。まるで全身に無数の針を突き立てられたようで、呼吸するたびに激痛が走る。結婚式が終わると、パーティーが始まった。湊の友人たちが次々と挨拶に来てくれた。彼らは皆、明るく温かい人たちだった。私の素性を探るような者は一人もおらず、湊がどれほど私に片思いしていたかを語ってくれた。友人たちは皆、彼にはずっと心に秘めた「想い人」がいることを知っていたのだ。私のために、彼は一生独身を貫くつもりだったらしい。そして今、この広大な屋敷そのものも、彼が用意してくれた結婚祝いだ。海の向こうに、これほど長い間、何も言わずに私を想い続けてくれた人がいたなんて、思いもしなかった。帝
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第8話

蓮は湊に怯えながらも、虚勢を張って言い返した。「叔父さん……俺たちは身内でしょう?どうして俺の愛する人を奪うんですか?」湊に再び蹴り飛ばされ、蓮は血を吐いて地面に這いつくばった。「いい加減にしろ!」と湊は冷たく言い放った。「私はずっと前から美月に惚れていた。本気で奪うつもりなら、ここまで待ったりするものか?さっきも言っただろう。後悔してももう遅いと。それから、雪乃への借りを口にするのはもうやめろ!お前が彼女に何の借りがあると言うんだ?」湊は軽蔑した目で雪乃を見やった。たった一睨みで、彼女は恐怖に震え上がり、その場にへたり込んだ。「わ、私は蓮さんに借りを返せなんて、い、言ったことありません!彼が勝手に……」この期に及んで、まだ被害者ぶるつもりなのか?私は鼻で笑った。「雪乃さん、あの時、蓮を見捨てないでって私が泣いてあなたに頼んだが、あなたが何て言ったか忘れたの?」と私は彼女に問いかけた。蓮は信じられないといった様子で目を見開き、呆然と雪乃を見た。雪乃は狼狽し、しどろもどろになった。「な、何を言ってるのです? わ、わけが分かりません!」「蓮はもう足手まといの役立たずだって言ったよね?」私は淡々と言った。「どうせ障害者に会社を任せるわけがないし、そんな役立たずと一生添い遂げる気はない。そんなに好きなら譲ってやるとも言ったね?」雪乃は当然認めようとせず、逆上して叫んだ。「嘘ですよ! あんた……もう結婚したくせに、どうして私をハメようとする?自分は蓮と結ばれなかったからって、私の邪魔をする気? あんたって本当に性根が腐ってるわね!」私は鼻を鳴らした。確かに証拠はない。だから蓮が信じるとは思っていないのだ。だが、湊が彼女の甘い期待を打ち砕いた。「証拠が欲しいなら、くれてやる」湊が手を叩くと、執事が箱を抱えて歩み寄ってきた。湊は執事に箱を蓮へ渡すよう指示した。蓮は疑わしげに箱を受け取る。箱の中身は、雪乃が様々な男と抱き合っている写真と、一台の携帯電話だった。「それはお前の兄の携帯だ。中にはお前が知りたい全てが入っている」と湊は冷ややかに告げた。雪乃はパニックになり、金切り声を上げた。「やめて! 見ないで!」彼女のその動揺した表情を見て、何もかもが明白だっ
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第9話

結局、蓮は両親の手で無理やり連れ出された。気分を害するどころか、過去との因縁を断ち切ったことで、私はかつてないほどの晴れやかな気分だった。私は音楽に身を任せて湊と踊り、心ゆくまで笑い合った。彼はそんな私を、甘やかすように見守ってくれた。この日は太陽も暖かく、夜には月も綺麗に輝いていた。夜になり、ゲストを見送ってメイクを落とし、シャワーを浴び終えると、湊が少し話をしようと言ってきた。てっきり、私を選んだ理由を話してくれるのだと思っていた。けれど彼が話し始めたのは、私と蓮の過去だった。あの時、事故に遭った蓮がショックで立ち直れないのではないかと心配して、蓮は急いで帰国したのだそうだ。彼は私が雪乃の足元に縋りつき、蓮から離れないでくれと懇願する姿を見てしまったのだ。雪乃が去った後、私が勇気を振り絞って蓮に告白するなんて彼は思いもしなかったそうだ。そして、私が蓮のために、あそこまで必死になるとは思わなかったそうだ。彼は蓮に嫉妬していた。あんなにも深く、一途に愛されている甥が、どうしようもなく羨ましかったのだ。蓮のせいで私が心を病み、隠れて泣いている姿を見るたび、彼は自分の甥を殴り飛ばしたい衝動に駆られたそうだ。そうして彼はいつしか、その愛が自分に向けばいいのにと願うようになった。やがて彼は、逆境でも月のように輝き、芯を失わない健気で誠実な私に、心惹かれていったのだ。話を聞き終えた私は、湊が語る「私」が、まるで別人のように感じられた。私って、そんなにいい子だったのか?彼がいつもそんな優しい眼差しで私を見つめるから、私は自分がまるでかけがえのない宝物にでもなったような錯覚を覚えてしまう。「美月、もう自分を疑わないで。君は本当に素晴らしいよ」と彼は言った。私は何も言えなかった。溢れ出す涙のせいで、声を出す力も残っていなかったからだ。……翌日、病院から知らせが入った。蓮に暴行された雪乃は流産し、子宮摘出の手術を受けたそうだ。その知らせを聞いて、私はただ反吐が出る思いだった。雪乃はずっと前から家に入り浸り、きっと蓮と幾度となく情事を重ねていたに違いない。それなのに蓮は、彼女を捨てて私と寄りを戻そうとしていたのだ。雪乃も性悪だが、蓮の行いはそれ以上だ。蓮はまたやって来た。
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