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第3話

Author: ハンマー
部屋に戻り、薬を一錠飲んで、ようやく崩れそうな感情を落ち着かせた。

その時、湊から電話がかかってきた。

通話ボタンを押すと、彼の優しい声が聞こえてくる。

「美月、送ったウェディングドレスの写真は見てくれたかい? どれが気に入った?」

私は殊勝な態度を装い、素直な声で答えた。

「見ました。どれもすごく綺麗でした。

一番好きなのはあの深い藍色の、裾に月と星があるドレスです。でも、結婚式であんな暗い色なんて、縁起が悪くないでしょうか?」

湊は楽しげに笑った。

「まさか、若いのに縁起を気にするなんて、珍しいな。君が気に入ったなら何色だっていいんだよ。これは私たちの結婚式だ。君が絶対的な主役なんだから」

私は少し呆然とした。

主役、か。私のような罪人の子でも、主役になれるのか?

正直なところ、こんなに温かい言葉を聞いたのは久しぶりだった。

蓮と関係がこじれてからというもの、かつて私に媚びへつらっていた人たちは皆、敵意を向けてくるようになった。

時々、私の目の前にいるのは言葉を話す人間ではなく、私を切り刻もうとする無数の刃物のようにさえ思えた。

もう二度と、私に優しくしてくれる存在なんていないと思っていた。

よかった。まだ私と普通に話してくれる人がいたんだ。

心がふっと軽くなり、声にも自然と笑みが混じった。

「では、あれにします。ありがとうございます、ドレスすごく気に入りました」

その時、背後のドアが開いた。

振り返ると、蓮が焦った様子で飛び込んできた。「ドレス? 何の話だ?」

私はすぐに電話を切った。

結婚相手が誰なのかはまだ教えるつもりはないが、結婚すること自体を隠すつもりはない。

私は淡々と言った。

「私のウェディングドレスよ。私、結婚するの」

蓮の瞳の奥で、動揺がさざ波のように広がった。

彼は険しい顔で言った。

「何を馬鹿なことを!お前が結婚などできるわけがないだろう?」

その時、雪乃も部屋に入ってきて、私の言葉を聞いた途端、吹き出した。

「美月さん、冗談はやめてくださいよぉ。それって絵里さんのドレスの話じゃないですか?」

一宮絵里(いちみや えり)は彼女たちのグループの中で、かつて私と一番仲が良かった友人だ。

彼女は一ヶ月後に結婚する予定だ。

けれど、蓮に捨てられてからは疎遠になり、婚約パーティーにすら招待されなかった。

蓮の表情から緊張が消え、代わりに露骨な嘲笑が浮かんだ。

「やっぱりな。お前が結婚なんておかしいと思ったんだ。俺がいなけりゃ、この界隈の誰もお前を相手になんかしない。誰が結婚してくれるって言うんだ?」

呼吸が止まりそうになった。

彼は最初から知っていたのだ。あの取り巻きたちが、私に対して偽りの友情しか持っていなかったことを。

彼が私を庇わなかったのは、きっと彼も、私にはその程度の扱いがお似合いだと思っているからなのだろう。

蓮に対して初めて、生理的な嫌悪感を抱いた。

もう彼と話す気にもなれず、私は荷物の整理を始めた。

蓮が眉をひそめる。「荷造りなんかしてどうするつもりだ?また家出か?どうやら、部屋に閉じ込めたくらいじゃ反省が足りないようだな」

私は畳んだ服を握りしめ、顔も上げずに言った。

「季節の変わり目だから、服の入れ替えをしてただけよ」

蓮は少し気まずそうにしたが、相変わらず憎まれ口を叩いた。

「お前が小賢しい真似ばかりするから、俺も誤解したんだ」

私は何も答えなかった。

彼がさらに何か言おうとした時、雪乃が突然お腹を押さえた。

「蓮さん、お腹が急に痛くてぇ……」

蓮は私になど構わず、すぐに雪乃を抱き上げて部屋を出て行った。

二人の背中を見送り、私は心底ほっとした。

いつの間にか、蓮と同じ空間にいるだけで息が詰まるようになっていたのだ。

……

三日はあっという間に過ぎた。

幸い、この三日間は蓮も忙しかったようで、家に帰ってこなかった。

私はその隙に、不要な物を捨てたり寄付したりして処分した。

そして彼から貰ったプレゼントだけは一つの箱にまとめ、部屋の一番目立つ場所に置いた。

こうしておけば、私が去った後、彼が部屋に入ればすぐに目につくだろう。

最後の日、朝早くに階下へ降りると、蓮と雪乃が朝食をとっていた。

雪乃は私を一瞥すると、期待に満ちた顔で蓮に言った。

「叔父さんが結婚するんですってね。蓮さん、当日は私も連れて行ってくれますよね?」

蓮は溺愛するような笑みを見せた。

「もちろんだ。君は俺の婚約者なんだから」

雪乃は恥じらうように笑い、私を見て言った。

「美月さんも一緒に行きましょうよぉ」

私が答える前に、蓮が拒絶した。

「連れて行くわけないだろう。向こうで騒ぎを起こされたらどうする?

また俺が恥をかくのは御免だ」

雪乃はわざとらしく残念がった。

「そうですかぁ……残念ですぅ」

私が無表情のまま、二人の会話など気にも留めていない様子を見て、蓮は不機嫌そうに眉を寄せた。

彼は低い声で言った。

「俺はこれから雪乃とオーストラリアへ発つ。

明日は叔父さんの結婚式だからな、今日はお祝いの品を選びに行く。

叔父さんはお前のことも気にかけてくれていたから、お前から渡す分も、俺が一緒に買っておいてやる。

俺たちがいない間、大人しく留守番してろよ。逃げようなんて馬鹿な真似はするな。いいな?」

私は笑いを噛み殺した。

私がここから出て行かなければ、結婚式で、誰が花嫁になるというのか?

だが、この期に及んで彼を不機嫌にさせて、監視をつけられるのは御免だ。

私は素直なフリをして、明るい声で答えた。

「安心して。どこにも行かないわ。家で二人の帰りを待ってる」

雪乃の顔色がさっと曇った。

彼女は私がこの隙に逃げてくれることを望んでいたのだろう。

だから、私が図々しく居座り続けると聞いて、腹が立ったのだ。

彼は、あまりにも聞き分けが良すぎる私に違和感を覚え、探るような目を向けた。

しばらくして、彼は私の変化を反省したからだと都合よく受け取り、満足げに言った。

「ああ。土産でも買ってきてやるよ」

まるで施しを与えるようなその口ぶりに、吐き気がした。

私はにっこりと微笑み、さらりと言った。

「お土産なら、一つだけで十分よ」

本当はあなたが用意する「新婦への結婚祝い」だけでいいのだ。

それ以外の余計なものは要らないし、必要ない。

蓮は私の言葉の真意に気づかず、鼻で笑った。

「当たり前だろ。二つもやるとでも思ったか? 欲張りなやつだ」

……

間もなくして、彼は雪乃と共に空港へ向かう車に乗り込んだ。

私は二階の窓から、遠ざかる車を冷ややかに見下ろした。

オーストラリアでの再会が、今から楽しみでならない。
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