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第2話

Author: ハンマー
蓮は眉を顰め、私の冷ややかな態度に怒りを露わにしようとした。

けれど私は、彼より先に穏やかに口を開いた。

「雪乃さん、心配しないで。怒ってないから。

手首を切ったのは西園寺社長を脅すためじゃないわ。ただ、病気だからよ」

蓮の表情が瞬時に凍りついた。

「今、俺をなんて呼んだ?」

一拍置いて、彼は何かに気づいたように眉を寄せ、焦った様子で問い詰める。

「病気って、何の病気だ?!」

私は答える気になれなかった。

幸いにも、雪乃が彼の心配を遮るように、私の言葉を都合よく解釈してくれた。

彼女は目を赤くして、さも被害者ぶって言った。

「美月さん、いくら私たちを恨んでるからって、自分の体で冗談を言うのはよくないですよぉ。

不吉なことばかり言ってると、本当にそうなっちゃいますよ?」

その言葉に、蓮の顔に怒りの色が浮かぶ。

彼は忌々しげに吐き捨てた。

「本当になればいい!そんなに病気が好きなら、勝手に野垂れ死んでくれればいい。

そうすれば、いちいち嫌がらせに付き合って気分を害することもなくなるからな! 行くぞ!」

そう言って、彼は雪乃を連れて立ち去った。

彼が最後に向けた嫌悪に満ちた眼差しを思い出し、私は胸に大岩を乗せられたような圧迫感を覚えた。

岩が心臓を押し潰し、そこから溢れた血が胸いっぱいに広がり、息ができなくなるほどの苦痛が襲う。

私は胸を押さえ、早鐘を打つ心臓の音がようやく落ち着くと、私は糸が切れたようにその場にへたり込んだ。

それからの三日間、私はずっと一人で入院生活を送った。

蓮は一度も来なかったし、電話一本よこさなかった。

私にとっては、その方が気楽でよかった。

早くここを離れ、オーストラリアへ飛び立って、新しい人生を始めたい。ただそれだけを願っていた。

三日後、私は退院した。

すぐに家に戻り、荷物をまとめてパスポートを取り、出発の準備をするつもりだった。

まさか今日、蓮が雪乃のために誕生日パーティーを開いているとは予想もしなかった。

私が姿を現すと、その場にいた全員が驚きの表情を浮かべた。

リビングに飾られた豪華な十段のケーキを、ぼんやりと見つめていると、蓮の咎めるような声が聞こえてきた。

一拍遅れて彼の方を見ると、雪乃の腰を抱いた彼が整った眉を険しく寄せていた。

彼は私を睨みつけ、不機嫌そうに尋ねた。

「なんで今日帰ってきたんだ?」

周囲からの敵意に満ちた視線が矢のように私に突き刺さる。

雪乃は目を潤ませ、いじめられたような顔をしている。

彼女が被害者ぶるのも無理はない。今日は彼女の誕生日なのだから。

もちろん、私の誕生日でもある。

生まれた日に取り違えられた私たちは、彼女が如月家に戻った際、誕生日を自分の「受難の日」と見なすようになった。

だから彼女は以前、決して誕生日を祝おうとはしなかった。

きっと蓮は彼女を説得してこのパーティーを開くために、相当な気を遣ったのだろう。

けれど、私が現れたせいで、その苦労も水の泡となってしまった。

私は頭を下げて謝罪し、踵を返して立ち去ろうとした。

だが蓮は、命令口調で言い放った。

「とっとと二階へ上がれ!俺の許可なく降りてくるな」

そのまま家を出てしまいたかったが、あの日の蓮の狂気じみた様子を思い出し、私は大人しく二階へ上がることにした。

どうせ、あと四日の辛抱だ。

すると突然、雪乃が口を開いた。

「蓮さん、そんなに怒らないで、美月さんも一緒にお祝いしましょう!

お忘れですか?今日は美月さんの誕生日でもあるんですよ?」

それを聞いた蓮は、顔色を曇らせ、軽蔑したように言った。

「罪人の子として、この誕生日を祝う立場にないだろう?」

取り巻きたちも、すぐに野次を飛ばし始めた。

「蓮さんの言う通りだ! あいつの母親が赤ん坊をすり替えなきゃ、雪乃さんがこんなに苦労することはなかったんだ!」

「全くだ!どの面下げて誕生日なんて祝えるんだ?」

私の顔からサーッと血の気が引いた。忌まわしい過去を暴かれ、全てを失ったあの九歳の誕生日に引き戻されたような感覚に襲われる。

蓮の嫌悪に満ちた視線と、周囲の罵倒を一身に浴びる。

「罪人の子!」

「親が親なら子も子だ!」

罵声を浴びて、私は立っているのがやっとだった。

かつては、私自身もそう思っていた。

だから雪乃が戻ってきた後、如月家で罵られ、虐待されても、私は全て甘んじて受け入れた。

そうすることで罪滅ぼしができると信じていたのだ。

それでも如月家は、十歳の誕生日に私を家から追い出し、土砂降りの雨の中に放り出した。

誕生日が雪乃にとって悪夢なら、私にとってもそれは同じだった。

けれど、あの雨の中で私を拾い上げ、家に連れ帰ってケーキを買ってくれたのは、他ならぬ蓮だった。

不安げな私を見つめ、彼は蝋燭に火を灯し、優しく慰めてくれた。

「もうあいつらに借りは返したよ。

これからは毎年の誕生日、俺が祝ってやるから。いいな?」

あの瞬間、彼の瞳は夜空の月よりも明るく輝いて見えた。

なのに、今の彼は人前で私を「罪人の子」と罵っている。

私は込み上げる涙を堪えきれず、逃げるように二階へ駆け上がり、自分の部屋に閉じこもった。
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