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八年尽くした彼に捨てられ、私は彼の叔父に嫁いだ
八年尽くした彼に捨てられ、私は彼の叔父に嫁いだ
Author: ハンマー

第1話

Author: ハンマー
日陰の存在のまま、私は八年間、ただひたすらに西園寺蓮(さいおんじ れん)に尽くしてきた。

車椅子生活から立ち直るまで彼を支え、うつ病の底なし沼から彼を救い出したのも私だ。

いつかきっと、この長い夜が明けて、報われる日が来ると信じていた。

しかし、彼の想い人が帰国したことで、その願いは残酷にも打ち砕かれた。

彼は私に、余計な恋心を捨てて、ただ友達としてそばにいろと言った。

彼は彼女のために私を冷遇し、私の尊厳を踏みにじった。

彼は知らないだろう。

彼のうつ病を治すために、私がどれほどの絶望を飲み込んできたか。

彼が完治したその日、皮肉にも私の心は壊れ、重度のうつ病と診断されたのだ。

もう、限界だ。

自分を救うため、私は彼への愛を捨て、彼の叔父と結婚することを決意した。

しかし、私の結婚式当日、あれほどプライドの高かった彼が、皆の前でなりふり構わず跪いた。

「お願いだ、俺を見捨てないでくれ!」

……

「叔父様、私……あなたのお嫁さんになります」

病室のベッドに横たわり、スマホを耳に当てたまま、私・如月美月(きさらぎ みづき)は空いた手を目の前に掲げた。

血の滲むガーゼが巻かれた手首を、虚ろな目で見つめる。

自殺を図ったのは、これで何度目だろう。

もう覚えてもいない。

ただ、抑えきれない感情の波に襲われるたび、生きる気力さえ跡形もなく消え失せてしまうのだ。

電話の向こうで、西園寺湊(さいおんじ みなと)は真面目な声で私を正した。

「美月、私は蓮の叔父であって、君の叔父ではないよ。これからは『湊さん』、あるいは『ダーリン』と呼んでみるかい?」

「蓮」という名を聞いた瞬間、心臓をゴムでパチンと弾かれたような痛みが走った。

蓮は、私が十年もの間、深く愛し続けた男。

物心ついた頃から、私たちはいつも一緒だった。

その時、如月家の娘は行方不明で、私は彼らに養女として迎えられ、ずっと令嬢として扱われていた。

近所に住んでいた彼は兄のような存在で、私たちは毎日飽きもせず一緒に遊び、幼馴染として育った。

その後、本物の令嬢である如月雪乃(きさら ゆきの)が戻り、私が家を追い出された時も、蓮は私を見捨てなかった。それどころか、私を自分の家に連れ帰ってくれたのだ。

あの日から、彼は私にとってかけがえのない存在になった。

けれど今、私は彼を諦めることにした。

「湊さん……」私は素直に呼びかけた。

湊は満足そうに笑った。

「いい子だ。じゃあ、一週間後に会おう」

「ええ、一週間後に……」

通話を終えた直後、背の高い姿が病室に入ってきた。

その姿を見た瞬間、私は慌ててスマホを隠した。

そこに立っていたのは蓮だ。オーダーメイドの高級スーツに身を包み、その佇まいは洗練されている。

背筋を伸ばして立つ今の彼には、かつて車椅子に乗っていた頃の荒んだ面影など微塵もない。

「一週間後に、誰と会うんだ?」彼は疑わしげに尋ねた。

「昔の友達よ」私は冷たく答えた。

蓮はさらに眉をひそめた。彼は私の交友関係を全て把握しているはずだ。

ここ数年、私は彼に付きっ切りで、彼の周りの人間としか関わらず、本当の友達なんて一人もいない。

彼がさらに問い詰めようとしたその時、私のあまりに無関心な態度を見て、言うことを変えたようだ。

「リストカットなんて、楽しいか?」彼は低く沈んだ声で言った。

その冷酷な響きが、私を昨夜の記憶へと引き戻した。

私は別荘を出たいと申し出たが、蓮はそれを許さず、反省しろと言って私を寝室に閉じ込めたのだ。

私は何も間違ったことなどしていなかったのに。

ただ彼から離れ、彼への執着を断ち切りたかっただけなのに。

抑えきれない感情が爆発し、うつ病の闇に飲み込まれた私は、朦朧とした意識の中で手首を切った。

あの時、私は本気で死にたかった。

けれど蓮はそれを誤解したようだった。

蓮は、私が彼の気を引くために敢えて自傷をしたと思い込んで、私を病院に運び込んだが、そこで医師にこう命じたのだ。

「縫合の際、麻酔は必要ない。その痛みを体に刻み込ませてやれ」

私が人一倍痛みに弱いことを、彼は知っているはずなのに。

彼は無表情のまま、私が殺処分を待つ家畜のように押さえつけられ、針と糸が皮膚を貫くたびに悲鳴を上げる様を、冷ややかに見下ろしていた。

あの骨まで響くような激痛を思い出し、私は思わず震え上がった。

蓮を見る目にも恐怖の色が滲む。

彼は一瞬驚いたようだったが、すぐに苛立ちを露わにした。

ドンッ、と彼が私のベッドに拳で殴りつけた。

その拳が耳をかすめ、ヒリヒリとした痛みが走った。

彼は歯を食いしばって吐き捨てた。

「また可哀想なフリか? いい加減にしろ!お前がリストカットなんかするから、雪乃に振られるところだったんだぞ!

あの子はお前が傷つくのを見たくないと言ったんだ。もしお前に何かあれば、一生悔やむことになるって。

雪乃があんなに優しい子なのに、お前はどうしてそんな卑劣な手段で、俺を彼女から奪おうとするんだ?」

以前なら、私は泣き叫んで訴えていただろう。

雪乃に騙されないで、彼女こそが恩知らずで、虚栄心が強く、裏表のある女なのだと。

けれど、今ようやく分かった。蓮は彼女を愛しているからこそ、無条件に信じているのだ。

かつて私が彼のためにそうしていたように。

私は微かに微笑み、従順な声色で言った。

「前は私が間違ってたわ。でも安心して、もう目が覚めたから。

雪乃さんには謝っておくね。もうあなたへの未練はないって、ちゃんと伝えるから」

この答えを聞けば彼も喜ぶだろうと思ったが、蓮は意外そうに私を凝視している。

しばらくして、彼は安堵したように言った。

「自分の立場を理解できたなら、それでいい」

その時、病室の外から雪乃の甘ったるい声が聞こえてきた。

「蓮さん、終わりましたよ」

氷のような表情が、一瞬でとろけ、甘いものへと変わる。

彼は背を向け、雪乃の方へ歩み寄りながら尋ねた。

「どうして向こうで待ってないんだ? 指はまだ痛むか?」

雪乃は彼に甘えるようにもたれかかり、絆創膏の貼られた指を目の前に突き出した。

「んもう、ナイフでちょっと切っちゃっただけですよぉ。

蓮さんが大袈裟なんですよ。お医者さんにも笑われちゃいました。あと少し遅かったら、もう治ってたかもねって」

蓮は真剣な顔で答えた。

「君のことなら、どんな小さなことでも俺には一大事なんだ」

雪乃は幸せそうに微笑んだが、ベッドにいる私を横目で捉えると、急に怯えたような小声になった。

「私、来ちゃいけなかったですか……また美月さんを怒らせちゃうかも……」
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