元カレは、私が彼の母親から大金をもらったことに怒って、A国へ行ってしまった。10年後、彼は綺麗な婚約者を連れて帰国し、周りから見れば順風満帆そのものだった。一方、私は末期がんだと診断されたばかり。医師からは、あと3か月の命だと告げられた。母は診察室の前で、泣き崩れて気を失ってしまった。それなのに、私はふと笑った。この10年、最初の5年は藤堂恭平(とうどう きょうへい)を忘れるために、そして、残りの5年はがんと闘うために費やしてきた。神様は、私に残されたこのわずかな時間さえも、奪ってしまうつもりなのだろうか?私は母の手を軽く叩き、「帰ろう」と声をかけた。それなのに、家の前であの人に会うなんて、夢にも思わなかった。……その日はよく晴れていた。私が住んでいるアパートの前に、恭平のマイバッハが停まっている。その光景は、あまりにも場違いだった。彼はオーダーメイドのスーツを着て、車に寄りかかりながらタバコを吸っていた。恭平の隣には、白いワンピースの女性が立っている。にこやかに、彼に何かを話しかけているようだった。10年が経ったのに、この男はなにも変わっていなかった。あの綺麗な瞳も、昔のまま。ただ、今私に向けられるその瞳には、あざけりと冷たさしか映っていなかった。「葵?」恭平はタバコの火を消すと、一歩ずつこちらに歩み寄ってきた。そして、車椅子の私を見下ろして言った。「たった10年で、こんなに老けるもんなのか?」隣にいた彼の婚約者・坂本澪(さかもと みお)が彼の腕をそっと掴み、優しく声をかけた。「恭平、二宮さんにそんな言い方はやめて」私は車椅子の肘掛けを、爪が手のひらに食い込むほど強く握りしめた。恭平は冷たく笑った。「なんだ、図星か?あの時、金のために俺を捨てた女が、今じゃ歩くことさえできなくなったのか?」母が怒りで体を震わせた。「恭平!あなたは……」私は母を制して、顔を上げて恭平に微笑みかけた。「ええ、そうよ。幸せになんてなれなかった。だから、わざわざ私の不幸なざまを笑いに来たんでしょ?」彼は一瞬、虚を突かれた顔をした。私がここまで落ち着いているとは、思わなかったみたい。「恭平」澪が静かに恭平を促した。「結婚式の打ち合わせに来たんじゃないの?」結婚式の打ち合わせ。その言葉が
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