結婚七年目。詩織(しおり)は、教職員住宅を購入するため、戸籍謄本を手に役所の窓口を訪れていた。しかし、そこで窓口の職員から告げられたのは、耳を疑うような言葉だった。「あの……奥さん、この謄本は偽物ですよ」「まさか」詩織は自分の耳を疑った。職員の間違いに決まっている。彼女は努めて冷静に、礼儀正しく頼み込んだ。「すみません、もう一度確認していただけませんか?私の籍は、夫が手続きをしてこちらに移したはずなのですが」窓口の職員は面倒くさそうにため息をつき、もう一度書類を確認すると、皮肉混じりの視線を詩織に向けた。「何度見ても同じですよ。この筆頭者・桐島宗一郎(きりしま そういちろう)の戸籍に入っているのは、あなたではありません。妻は『美月(みづき)』、長男は『翼(つばさ)』となっています」詩織は座ったまま凍りついた。頭の中で何かがブンブンと唸っている。まるで絡まった糸玉が転げ回り、ほどけるどころかますます固く絡まっていくようだ。美月?それは、夫の同僚の未亡人だと言っていた女性ではないか。なぜ彼女が、夫の戸籍に入っているのか。詩織は震える手で、職員が見せてくれた正規の登録情報を食い入るように見つめた。【妻:美月、長男:翼】宗一郎の戸籍には、最初から「詩織」の名前など存在していなかったのだ。詩織は幽霊のような足取りで役所を出ると、職員が教えてくれた住所――夫の戸籍上の住所へと向かった。そこへ近づく勇気はなく、ただ生垣の陰から中の様子を伺うことしかできない。屋敷の中からは、楽しげな笑い声が聞こえてくる。「翼、見てみろ!父さんが大好物のキャラメルを買ってきたぞ」宗一郎が大きな袋を男の子に手渡している。「わあ!父さん大好き!」翼と呼ばれた男の子が飛び上がり、彼の首に抱きついた。「もう、あなたったら。手を洗って、ご飯にしましょう」エプロン姿の美月が、台所から優しく微笑みかけていた。温かな家族の団らん。けれど外に立つ詩織の心は、極寒の氷雪に閉ざされたように冷え切っていた。これ以上直視することができず、彼女は逃げるようにその場を去った。日がとっぷりと暮れてから、ようやく詩織は自宅に戻った。家政婦の佐藤(さとう)が、詩織の姿を見るなり駆け寄ってきた。「詩織先生、やっとお帰りになった!旦那様から何度もお電話があったんで
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