All Chapters of 100円足りなくて、家に帰れない: Chapter 1 - Chapter 9

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第1話

帰りの車は荷物でいっぱいになり、弟しか座る場所がなくなった。最初は、両親にトランクに乗るように言われたんだ。だって、席はもう一つしか空いてなかったし、弟を我慢させるわけにもいかなかったから。僕は聞き分けのいい子だから、ちゃんと言うことを聞いた。おとなしくトランクの中で、体を小さく丸めてたんだ。でも、車が動き出すと、つんとするガソリンの匂いがした。車がガタンと揺れるたび、僕の体は冷たい壁に勝手にぶつかっちゃうんだ。そしたら、母に、「車から降って」って言われた。僕が吐いちゃって、弟の新しいおもちゃを汚すのが嫌だったみたい。母は僕に100円だけ渡して、バスで帰れって言った。でも、バス代は200円だった。母に言われたとおりにしたのに、バスの運転手に降ろされちゃった。「君みたいなウソつく子はたくさん見てきたぞ!わざと100円足りなくして、おこづかいにするつもりだろ!」それを聞いて、まわりの人たちも嫌な目で僕を見てきて、顔がすごく熱くなった。でも、お金なんて隠してない。母は、本当に100円しかくれなかったんだ。「あなたは子供だから、100円くらい足りなくても大人は気にしないから大丈夫」って、母は言ってたのに。バスは行っちゃって、僕はそこに一人ぼっちで残された。次のバスが来るのは、30分も後だった。僕はずっと、ずっと待っていた。そうしたら空がまっ黒な雲でおおわれて、大つぶの雨がぽつぽつ降ってきたんだ。風が吹いて、寒くて体がぶるぶる震えた。やっと次のバスが来たのに、そのバスの運転手も、やっぱり僕を乗せてくれなかった。雨はどんどん強くなって、ゴロゴロって雷まで鳴り始めた。僕は、とうとう怖くなっちゃった。20円を使って、公衆電話から母に電話した。「迎えに来て」ってお願いしたんだ。電話の向こうから聞こえたのは、がっかりしたような母の声だ。「こんな簡単なこともできないなんて、あなたに一体なにができるの?本当にどんくさいんだから。バスにも乗れないなんて、あきれちゃう」僕は下のくちびるをぎゅっとかんで、泣くのを我慢した。でも父は、車で迎えに行くのはガソリン代がもったいないって。そのお金で弟のおもちゃが買えるから、自分でなんとかしてって言った。電話の向こうから、ツーツーって
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第2話

先生が言ってた。知らない人についていっちゃだめだって。「坊や、大丈夫だよ。俺の息子と年が近そうだから、助けてあげようと思っただけなんだ」りんご飴をごちそうしてくれたし、きっと悪い人じゃないよねって思った。だって、母は買ってくれなかったもん。もう何も心配ない。僕は素直に、おじさんの古ぼけたワゴン車に乗り込んだ。車に乗ったら、なんだか頭がくらくらしてきた。ちょっと眠い。シートにもたれかかると、僕は小さい頃の夢を見た。あの頃、母は僕を産んだばかりで、彼女が自分の体からつながるへその緒とかを見て、顔を真っ青にしたんだ。そして、水をざっと流して、そのままトイレで僕を溺れさせようとした。でも、僕の元気な泣き声が掃除員に聞こえたんだ。そのせいで、母の恥ずかしいことがみんなにバレちゃった。それから、母は僕を憎んだ。僕のせいで恥をかいたって思ったから。産まれてすぐの頃、母はミルクをくれなかった。僕がお腹をすかせてわんわん泣くと、やっと大人の食べ残しを飲ませてくれた。僕がむせて顔を真っ赤にしているのを見て、母はどこかほっとしたみたいに嬉しそうな顔をした。でも、そんなもの、赤ちゃんが消化できるわけないんだ。ある夜、僕はお腹がすごく痛くて泣き叫んだ。母はうるさくて眠れないって言って、布団で僕の頭をぎゅうっと押さえつけた。僕の泣き声がかすれて、唇が紫色になって、やっと布団をどけてくれたんだ。あれは、母が僕を殺そうとした二回目だった。まあ、これは全部、近所の人から聞いた話なんだけど。僕がはっきり覚えているのは、3歳の時のことだ。母が初めて、自ら僕を遊園地に連れて行ってくれた。でも、僕がちょうちょを追いかけているほんの一瞬で、母はいなくなった。大雪の中、僕は母をあちこち探した。大人に突き飛ばされて、ひざは擦り傷だらけ。でも、痛いなんて気にしていられなくて、手をぱんぱんって払ってまた立ち上がった。そして、よろよろしながら母を探し続けた。周りは雪で真っ白で、母がどこにいるのか全然わからなかった。頭にあったのは、たった一つのことだけ――母に、捨てられたんだ。そのうち、小さい僕はもう歩く力もなくなって、隅っこでうずくまって、カチコチに凍えそうになっていた。その時、母が現れたんだ。あ
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第3話

誰かの手が、僕の体をあちこち触ってきた。でも、出てきたのは80円と、銀のブレスレットだけだった。「ちくしょう、貧乏ガキが!」男は、ブレスレットの内側にほられた文字に目をやった。「お前は、内田浩輔(うちだ こうすけ)って言うのか?」ちがう。僕の名前は、内田海斗(うちだ かいと)だ。浩輔は、弟の名前。この銀のブレスレットは、もともと父から弟への誕生日プレゼントだったんだ。でも、弟はそれが気に入らなくて、こっそりゴミ箱に捨てちゃった。それを僕がこっそり拾って、きれいに拭いて自分の腕にはめた。そうすれば、誰かに聞かれた時、父がくれたんだって言える。僕はそう思ったんだ。変なおじさんは、ブレスレットをポケットに突っこんだ。「こんなもんじゃ全然足りねえな。さっさと親に電話しろ。金持って迎えに来させろよ、じゃなきゃ……」彼は、そこで一度言葉を切った。「変な趣味の金持ちに売り飛ばすか、手足をへし折って、とことん痛めつけてやる」その言葉を聞けば聞くほど、僕は怖くなった。だって母は、バス代の100円だって、もったいながる人なのに。彼女が、本当にお金を払って僕を助けてくれるのかな?ごくりとつばを飲んで、自分に言いきかせた。きっと、助けてくれる。絶対そうだ。だって、僕は母の本当の子なんだから。なのに、電話がつながって話を聞いた母は、鼻で笑ったんだ。「海斗、あなたウソつくのも大概にして。今度は誰かに手伝わせてるわけ?くだらない。どうせ、私たちに迎えに来てほしいだけでしょ?」母の言葉が、ナイフみたいに突き刺さる。口をぱくぱくさせるだけで、声が出なかった。「浩輔がご飯まだかって騒いでるのよ。あなたにかまってる暇ないんだから。さっさと帰って。じゃないと、あなたのご飯はなくなるわよ!」そう言うと、母は電話を切ってしまった。変なおじさんの前に、僕一人だけが取り残された。彼は「ちっ、ちっ」と舌打ちした。さすがに、こんな親がいるなんて、と呆れているみたいだった。でも、だからといって僕を見逃してくれるわけじゃなかった。こんな人は、人の気持ちなんて考えないんだ。むしろ、僕の方が「扱いやすい」と思っただけだろう。だって、僕みたいに大切にされてない子どもがいなくなっても、家族はきっ
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第4話

僕だって悪くないのに、どうして、なにもかも僕のせいにするの?母はキッチンから麺棒を持ってきて、何度も、何度も僕をぶった。弟の仕返しをしてるのか、自分のつらい人生を僕にぶつけてるのか、わからなかった。やがて、母はすっきりしたようだった。僕の体は、あざだらけになっていた。体の痛みに、これまでずっと我慢してきた悔しさが、一気にこみ上げてきた。「お母さん、もし選べるなら、僕だって生まれたくなかったよ」僕はそうつぶやいた。母は一瞬きょとんとして、すぐに僕の言葉の意味がわかったみたいだった。その目には、一瞬だけバツの悪そうな色が浮かんだ。でも次の瞬間、それを隠すみたいに麺棒を床に叩きつけた。「まだ自分が悪いって、わかってないのね!その上に正座して!もう立っちゃだめ!」あの日、僕は麺棒の上に正座させられて、ひざが何度も床にすべり落ちた。体は、すごくすごく痛かった。そしてあの日から、両親は、僕をこらしめるためなのか、一度も優しい顔を見せてくれなくなった。心も、すごくすごく痛かった。……ふと、意識が倉庫の現実にもどってきた。どうせ僕のことなんて誰も愛してくれないんだって、一瞬思った。このまま殺されちゃっても、もういいやって。でも、カミソリの刃を見つけたとき、どうしても生きたいっていう気持ちが、心の底からわきあがってきたんだ。ちょうどその時、変なおじさんはお湯を沸かし終わったところだった。相手は大人だ。カミソリの刃は小さいし、僕の力も弱い。まともにやりあっても、勝ち目はない。相手が油断するのを待つしかない。彼は熱いお湯で犬の皮をふやかすと、それを針で僕の体にびっしりと縫いつけはじめた。針と糸が皮膚の中を何度も通るたびに、痛くて、痛くて、冷や汗が止まらなかった。幸い、倉庫の中が薄暗かったから、おじさんの手つきはゆっくりだった。おかげで、痛みで気を失わずにすんだ。しばらくして、彼が糸をつけ替えるすきに、僕はカミソリの刃でその目を思いっきり切りつけた。先生が言ってた。そこが、人間の一番弱いところだって。おじさんが目を押さえてうめき声を上げているうちに、僕は倉庫から飛び出した。追いかけてこようとしていたけど、もう何も見えていないようだ。後はもう、罵る声が聞こえるだ
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第5話

内田渚(うちだ なぎさ)はベッドで何度も寝返りをうったけど、眠れなかった。毎日一緒に過ごすうちに、長男にも情が湧いていたことを、彼女は認めざるをえなかった。あの子は初めての子どもなんだから。血のつながりもあるせいか、その気持ちはどんどん強くなっていった。海斗が家にいない今日、なんだか落ち着かなかった。この何年も、自分の人生がうまくいかないのを海斗のせいにし続けてきた。そうやって理不尽に怒りをぶつけてきたんだ。でも、本当はわかっていた。昔、過ちを犯したのは自分のほうだって。ただ、自分が弱くて、ずっと現実から逃げていただけなんだ。それに、海斗は、いつもおどおどしていて、みんなの機嫌をとるのがやけにうまかった。浩輔は、自分が産んだ子ども。海斗だって、自分が産んだ子ども。もしかしたら、海斗にもっとやさしくしてあげるべきなのかもしれない。次の日、渚は朝早くに目が覚めた。空が明るくなるのを待って、妹の家に電話をかけた。まず咳払いをして、海斗が勝手にいなくなったのを叱るふりをするつもりだった。だけど電話の向こうはきょとんとしていて、昨夜、海斗は来ていないと言った。渚は、頭が真っ白になった。駅の近くに、他に頼れるような知り合いなんて思いつかない。その時、急に胸騒ぎがした。渚はすぐにベッドから飛び起きて、自分で探しに行こうとした。でも、玄関のドアを開けた瞬間、彼女は凍りついた。ドアの前に、黄色い毛のついた何かが血まみれで横たわっていた。それを足でどかしてよく見ると、まさか、それは長男だ。渚はその場に膝から崩れ落ち、声も出せなかった。……僕が病院に運ばれた時、もう意識はなかった。医師がたくさんの薬とチューブを使って、なんとか僕の命をつなぎとめてくれた。「全身の4割にやけど、それに無数に縫い合わされた跡……足の裏も泥で擦りむけています。この子は一体、どんな酷い目に遭ってきたんでしょう」医師の薬が効いたのか、僕の意識が少しずつ戻り始めた。だんだん音が聞こえるようになったんだ。体はまだすごく痛い。でも、あの犬の皮が剥がされたのはわかった。母が、焦ったように質問しているのが聞こえた。「犬の皮を取ったんですから、うちの子はもう大丈夫なんですよね?」医師は、悲しみ
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第6話

その後、二人は結婚した。でも、母が僕にどんなひどいことをしても、父は止めるでもなく、助けるでもなく、ただじっと見てるだけだった。母が僕に、一人でバスで帰れって言ったときも、何も言わないし、何もしない。まるで他人事みたいに。最初から最後まで、一番弱虫だったのは父の方だ。大好きな人も、自分の子どもも守れない。僕を傷つけていないように見えても、とっくに僕はズタズタにされていた。今さら父親の責任を果たそうとしても、もう遅い。二人は喋り続けた。その声がうるさくて、全然休めなかった。僕の頭はだんだんぼーっとしてくる。まるで暗い迷路の中で、出口がまったく見つけられないみたいだ。手足はコンクリートで固められたみたいに重くて、意識だけが頭の中に閉じ込められてる。その感覚は、すごく苦しくて絶望的だ。そんなある日、弟も両親といっしょにお見舞いに来た。「お父さん、お母さん!いつまでお兄ちゃんのそばにいるの?早く死ねばいいのにって言ってたじゃん!」弟が思わず口にした言葉に、両親は慌てていた。「やっと死にそうなんだから、ちょうどいいんじゃないの?」思い出した。昔、僕が何か悪いことをすると、母はいつも僕の肩を力いっぱい揺さぶった。「なんでまだ死なないの?みんなを不幸にしないと気が済まないわけ?」って罵った。急に、体も心もズキズキ痛んできた。生きたいっていう気持ちが、すーっと消えていった。たとえ目が覚めたって、何になるんだろう。あんなみじめな愛情をもらったって、どうなるっていうんだろう。二人の見せかけの後悔なんて、信じられない。僕は生まれた時から、ずっと不幸だったんだ。これまでだって辛かったし、これからもきっと辛いままなんだ。こんな人生なら、もういらない。そう思った瞬間、心電モニターから、短くて甲高い音が鳴り響いた。激しく上下していた線が、ぴーっとまっすぐに伸びる。そして、単調なブザー音だけが鳴り続けた。さっきまで僕のそばで必死に「愛してる」と言っていた両親は、魂が抜けたみたいに、その場で固まっていた。しばらくして、やっと我に返ったみたいだった。僕の体にすがりついて、泣き叫んでいた。……僕は死んだのに、消えなかった。神様は僕を簡単に解放するつもりはないらし
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第7話

幽霊になった今でも、ここに戻ってくると、やっぱり怖くなってしまう。中にいた子供たちは、誰かが助けに来てくれたことに気づいた。みんな口ぐちに「あー」とか「うー」とか叫んでいた。でも今度は、喜びで興奮しての声だ。あまりにむごい光景を目の当たりにして、普段は無愛想な警察官でさえ、涙をこらえきれなかった。ひどい。ひどすぎる。人間のやることじゃない。父は、倉庫の床に皮を剥がれた犬が転がっているのを見つけた。もとは真っ赤だったはずの犬の体が、もう黒ずんでしまっていた。その周りを、数えきれないほどのハエが飛び回っている。床には、あの汚れた針も落ちていた。その瞬間、父の怒りが爆発して、夢中で近くにいるはずの誘拐犯を探し始めた。誘拐犯はパトカーのサイレンを聞いて、逃げ出していた。でも、彼の目は僕が傷つけていた。だから、すぐ近くで見つかった。父が誰よりも先に駆け寄って、その男の頭を掴んでコンクリートの地面に何度も叩きつけた。「よくも俺の子を!よくも俺の子を!」父の顔には青筋が浮かんでいて、その時だけは、ちゃんとした父親みたいに見えた。でも、そうなるための代償は、あまりにも大きすぎた。本当に、大きすぎたんだ。父は、あの男の服を探って、僕が奪われた銀のブレスレットを見つけ出した。震える手で、そっとそれを胸にしまった。「これは海斗のブレスレットだ。あの子が俺に残してくれた、たった一つの形見なんだ」でも、そのブレスレットに彫ってあるのは、弟の名前だってことを、父は忘れてるみたいだ。あれは、父が弟の誕生日にあげたプレゼントだった。僕はそれを拾ってから、ずっと大事につけていたんだ。でも、それを見つけた弟が、僕が盗んだんだって泣き出した。僕が「拾ったんだ」と説明しても、弟は父に捨てたことがバレるのを恐れて、僕を泥棒だと言い張って、無理やり奪おうとした。僕たちがもめていると、父が間に入ってきた。そして、「浩輔は人が使ったものはいらないだろうから、今度もっといいのを買ってやる」と言った。そう言うと、父は銀のブレスレットを、まるで恵んでやるみたいに僕に投げよこした。それなのに今、父はそのブレスレットが僕が残した唯一の形見だなんて言ってる。……誘拐犯は、父と母が、前日逃げた
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第8話

この事件は、すごく大きな騒ぎになった。ニュースでも、さかんに報道された。みんな、あの誘拐犯を呪って、【死ねばいいのに】って言ってた。いっぽうで、こんな話もあった。あの誘拐犯が捕まったいきさつを、誰かがネットに書いたんだ。僕がたった100円のせいで命を落としたことを知って、みんなは両親を、すごく責めた。【ひどい親だ。次男は車で送り迎えなのに、長男はバスなんて】【あんな家に生まれたから、こんなにいい子が殺されたようなものだ。かわいそうに】両親の個人情報も、ネットにさらされてしまった。家のドアには悪意に満ちた落書きが踊った。母はそのありさまを見て、なんだかぼーっとしていた。昔、ひとりでこっそり僕を産んだ時の、周りの噂話を思い出したみたい。外で男と浮気したとか、下品で下劣だとか、陰で散々悪口を言われた。あのころの母は、赤ちゃんだった僕を殺したいとさえ思った。その後もずっと、僕を虐待し続けた。だから今回も、母はまた僕を怨むんだと思ってた。平穏な生活を壊されたと、僕を責めるだろうと。でも今回は、彼女はすべての責任を取った。みんなの前で、ふかく、ふかく頭を下げた。そして、「そばにいる人を大切にしてください。失ってから後悔しても遅いですから」って伝えていた。父も、もう弱虫じゃなかった。母と一緒に、すべてを受けとめようと決めたんだ。ただ弟だけが、この状況についていけなかった。学校では、もう誰も彼と遊んでくれなくなった。両親は僕のことで忙しくて、彼にかまう時間がすごく減った。今までずっと大事にされてきた子だったのに、いきなり全部なくなったんだ。そんなの、たえられるわけがない。弟は、大声で泣きわめいた。あげくの果てに、僕の遺影と骨壺まで、めちゃくちゃに壊したんだ。床に寝っころがって駄々をこねて、「お父さん、お母さん、えこひいきだ!」って叫んだ。本当は、僕が死んだからって、彼らの弟への愛情が減ったわけじゃない。むしろ、また何かあったらって心配で、前よりもっと目を離さなくなったくらいだ。ただ、僕のことにも、気持ちを向けなきゃいけなくなっただけだ。ねえ、浩輔。これくらいで、もう耐えられないのかい?でも、知ってる?僕が過ごしてきた13年間は、こんなものの
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第9話

母は傘もささず、弟を探しに飛び出していった。弟も、僕と同じ目に遭ってしまうんじゃないかって、すごく怖かったんだ。母はありとあらゆる場所を探し回った。周りの人たちは、おかしな人を見るような目で彼女を見ていた。でも母は気にせず、会う人に尋ねて回る。「うちの息子を見ませんでしたか?名前は内田浩輔です」でも、そうやって尋ねているうちに、いつの間にか、こうなっていた。「うちの息子を見ませんでしたか?名前は内田海斗です。あの子はちっちゃくて、すごくいい子なんです」お母さん。もしあの事件の日、僕を探しに来てくれてたら、よかったのに。でも、僕はもう死んじゃったんだ。だから、もう二度と僕を見つけることはできないんだよ。母は、雨の中を走り続けた。顔を濡らしているのが涙なのか雨なのか、もう分からなかった。その時、母の少し先に、古ぼけたワゴン車が突然現れた。僕を連れ去った、あの車とそっくりだった。僕は、あの男の仲間が仕返しに来たんだって分かった。心臓がどきどきして、息が止まりそうだった。何人かの体の大きい男たちが、棒を持って車から降りてきた。男たちは母を捕まえて、ひどく殴ったり蹴ったりした。母もこうなるって分かってたみたい。でも逃げずに、自分を罰するかのようにされるがままになっていた。どうして母がそんなことをするのか、僕には分からなかった。その時ふと、僕が火葬された日のことを思い出した。母が、僕の体にかけた最後の言葉。「お母さんが、あなたへの償いをするからね」これが、お母さんの償い方だったの?お母さん、ちゃんと見てるよ。でも、本当にそんなことしなくていいんだ。……母は、雨の夜に死んだ。死ぬ間際に、彼女は夢を見ていた。それは、またあのトイレに戻る夢。今度は、赤ちゃんについた血をそっと優しく拭いてあげた。そして、赤ちゃんを、ぎゅっと胸に抱きしめていた。やっぱり、自分の産んだ子を心から憎める親なんていないんだ。誘拐犯たちは馬鹿げた仲間意識のせいで、また事件を起こした。手口があまりにひどかったから、警察も特別チームを組んで、3日も経たずに全員捕まった。それで、僕の弟はというと、怒って家を飛び出したものの、お腹が空いたまま我慢するような子じゃなかった。前
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