Share

第8話

Author: くまちゃん
この事件は、すごく大きな騒ぎになった。

ニュースでも、さかんに報道された。

みんな、あの誘拐犯を呪って、【死ねばいいのに】って言ってた。

いっぽうで、こんな話もあった。

あの誘拐犯が捕まったいきさつを、誰かがネットに書いたんだ。

僕がたった100円のせいで命を落としたことを知って、みんなは両親を、すごく責めた。

【ひどい親だ。次男は車で送り迎えなのに、長男はバスなんて】

【あんな家に生まれたから、こんなにいい子が殺されたようなものだ。かわいそうに】

両親の個人情報も、ネットにさらされてしまった。

家のドアには悪意に満ちた落書きが踊った。

母はそのありさまを見て、なんだかぼーっとしていた。

昔、ひとりでこっそり僕を産んだ時の、周りの噂話を思い出したみたい。

外で男と浮気したとか、下品で下劣だとか、陰で散々悪口を言われた。

あのころの母は、赤ちゃんだった僕を殺したいとさえ思った。

その後もずっと、僕を虐待し続けた。

だから今回も、母はまた僕を怨むんだと思ってた。

平穏な生活を壊されたと、僕を責めるだろうと。

でも今回は、彼女はすべての責任を取った。

みんなの前で、ふかく、ふかく頭を下げた。

そして、「そばにいる人を大切にしてください。失ってから後悔しても遅いですから」って伝えていた。

父も、もう弱虫じゃなかった。

母と一緒に、すべてを受けとめようと決めたんだ。

ただ弟だけが、この状況についていけなかった。

学校では、もう誰も彼と遊んでくれなくなった。

両親は僕のことで忙しくて、彼にかまう時間がすごく減った。

今までずっと大事にされてきた子だったのに、いきなり全部なくなったんだ。

そんなの、たえられるわけがない。

弟は、大声で泣きわめいた。

あげくの果てに、僕の遺影と骨壺まで、めちゃくちゃに壊したんだ。

床に寝っころがって駄々をこねて、「お父さん、お母さん、えこひいきだ!」って叫んだ。

本当は、僕が死んだからって、彼らの弟への愛情が減ったわけじゃない。

むしろ、また何かあったらって心配で、前よりもっと目を離さなくなったくらいだ。

ただ、僕のことにも、気持ちを向けなきゃいけなくなっただけだ。

ねえ、浩輔。

これくらいで、もう耐えられないのかい?

でも、知ってる?

僕が過ごしてきた13年間は、こんなものの
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 100円足りなくて、家に帰れない   第9話

    母は傘もささず、弟を探しに飛び出していった。弟も、僕と同じ目に遭ってしまうんじゃないかって、すごく怖かったんだ。母はありとあらゆる場所を探し回った。周りの人たちは、おかしな人を見るような目で彼女を見ていた。でも母は気にせず、会う人に尋ねて回る。「うちの息子を見ませんでしたか?名前は内田浩輔です」でも、そうやって尋ねているうちに、いつの間にか、こうなっていた。「うちの息子を見ませんでしたか?名前は内田海斗です。あの子はちっちゃくて、すごくいい子なんです」お母さん。もしあの事件の日、僕を探しに来てくれてたら、よかったのに。でも、僕はもう死んじゃったんだ。だから、もう二度と僕を見つけることはできないんだよ。母は、雨の中を走り続けた。顔を濡らしているのが涙なのか雨なのか、もう分からなかった。その時、母の少し先に、古ぼけたワゴン車が突然現れた。僕を連れ去った、あの車とそっくりだった。僕は、あの男の仲間が仕返しに来たんだって分かった。心臓がどきどきして、息が止まりそうだった。何人かの体の大きい男たちが、棒を持って車から降りてきた。男たちは母を捕まえて、ひどく殴ったり蹴ったりした。母もこうなるって分かってたみたい。でも逃げずに、自分を罰するかのようにされるがままになっていた。どうして母がそんなことをするのか、僕には分からなかった。その時ふと、僕が火葬された日のことを思い出した。母が、僕の体にかけた最後の言葉。「お母さんが、あなたへの償いをするからね」これが、お母さんの償い方だったの?お母さん、ちゃんと見てるよ。でも、本当にそんなことしなくていいんだ。……母は、雨の夜に死んだ。死ぬ間際に、彼女は夢を見ていた。それは、またあのトイレに戻る夢。今度は、赤ちゃんについた血をそっと優しく拭いてあげた。そして、赤ちゃんを、ぎゅっと胸に抱きしめていた。やっぱり、自分の産んだ子を心から憎める親なんていないんだ。誘拐犯たちは馬鹿げた仲間意識のせいで、また事件を起こした。手口があまりにひどかったから、警察も特別チームを組んで、3日も経たずに全員捕まった。それで、僕の弟はというと、怒って家を飛び出したものの、お腹が空いたまま我慢するような子じゃなかった。前

  • 100円足りなくて、家に帰れない   第8話

    この事件は、すごく大きな騒ぎになった。ニュースでも、さかんに報道された。みんな、あの誘拐犯を呪って、【死ねばいいのに】って言ってた。いっぽうで、こんな話もあった。あの誘拐犯が捕まったいきさつを、誰かがネットに書いたんだ。僕がたった100円のせいで命を落としたことを知って、みんなは両親を、すごく責めた。【ひどい親だ。次男は車で送り迎えなのに、長男はバスなんて】【あんな家に生まれたから、こんなにいい子が殺されたようなものだ。かわいそうに】両親の個人情報も、ネットにさらされてしまった。家のドアには悪意に満ちた落書きが踊った。母はそのありさまを見て、なんだかぼーっとしていた。昔、ひとりでこっそり僕を産んだ時の、周りの噂話を思い出したみたい。外で男と浮気したとか、下品で下劣だとか、陰で散々悪口を言われた。あのころの母は、赤ちゃんだった僕を殺したいとさえ思った。その後もずっと、僕を虐待し続けた。だから今回も、母はまた僕を怨むんだと思ってた。平穏な生活を壊されたと、僕を責めるだろうと。でも今回は、彼女はすべての責任を取った。みんなの前で、ふかく、ふかく頭を下げた。そして、「そばにいる人を大切にしてください。失ってから後悔しても遅いですから」って伝えていた。父も、もう弱虫じゃなかった。母と一緒に、すべてを受けとめようと決めたんだ。ただ弟だけが、この状況についていけなかった。学校では、もう誰も彼と遊んでくれなくなった。両親は僕のことで忙しくて、彼にかまう時間がすごく減った。今までずっと大事にされてきた子だったのに、いきなり全部なくなったんだ。そんなの、たえられるわけがない。弟は、大声で泣きわめいた。あげくの果てに、僕の遺影と骨壺まで、めちゃくちゃに壊したんだ。床に寝っころがって駄々をこねて、「お父さん、お母さん、えこひいきだ!」って叫んだ。本当は、僕が死んだからって、彼らの弟への愛情が減ったわけじゃない。むしろ、また何かあったらって心配で、前よりもっと目を離さなくなったくらいだ。ただ、僕のことにも、気持ちを向けなきゃいけなくなっただけだ。ねえ、浩輔。これくらいで、もう耐えられないのかい?でも、知ってる?僕が過ごしてきた13年間は、こんなものの

  • 100円足りなくて、家に帰れない   第7話

    幽霊になった今でも、ここに戻ってくると、やっぱり怖くなってしまう。中にいた子供たちは、誰かが助けに来てくれたことに気づいた。みんな口ぐちに「あー」とか「うー」とか叫んでいた。でも今度は、喜びで興奮しての声だ。あまりにむごい光景を目の当たりにして、普段は無愛想な警察官でさえ、涙をこらえきれなかった。ひどい。ひどすぎる。人間のやることじゃない。父は、倉庫の床に皮を剥がれた犬が転がっているのを見つけた。もとは真っ赤だったはずの犬の体が、もう黒ずんでしまっていた。その周りを、数えきれないほどのハエが飛び回っている。床には、あの汚れた針も落ちていた。その瞬間、父の怒りが爆発して、夢中で近くにいるはずの誘拐犯を探し始めた。誘拐犯はパトカーのサイレンを聞いて、逃げ出していた。でも、彼の目は僕が傷つけていた。だから、すぐ近くで見つかった。父が誰よりも先に駆け寄って、その男の頭を掴んでコンクリートの地面に何度も叩きつけた。「よくも俺の子を!よくも俺の子を!」父の顔には青筋が浮かんでいて、その時だけは、ちゃんとした父親みたいに見えた。でも、そうなるための代償は、あまりにも大きすぎた。本当に、大きすぎたんだ。父は、あの男の服を探って、僕が奪われた銀のブレスレットを見つけ出した。震える手で、そっとそれを胸にしまった。「これは海斗のブレスレットだ。あの子が俺に残してくれた、たった一つの形見なんだ」でも、そのブレスレットに彫ってあるのは、弟の名前だってことを、父は忘れてるみたいだ。あれは、父が弟の誕生日にあげたプレゼントだった。僕はそれを拾ってから、ずっと大事につけていたんだ。でも、それを見つけた弟が、僕が盗んだんだって泣き出した。僕が「拾ったんだ」と説明しても、弟は父に捨てたことがバレるのを恐れて、僕を泥棒だと言い張って、無理やり奪おうとした。僕たちがもめていると、父が間に入ってきた。そして、「浩輔は人が使ったものはいらないだろうから、今度もっといいのを買ってやる」と言った。そう言うと、父は銀のブレスレットを、まるで恵んでやるみたいに僕に投げよこした。それなのに今、父はそのブレスレットが僕が残した唯一の形見だなんて言ってる。……誘拐犯は、父と母が、前日逃げた

  • 100円足りなくて、家に帰れない   第6話

    その後、二人は結婚した。でも、母が僕にどんなひどいことをしても、父は止めるでもなく、助けるでもなく、ただじっと見てるだけだった。母が僕に、一人でバスで帰れって言ったときも、何も言わないし、何もしない。まるで他人事みたいに。最初から最後まで、一番弱虫だったのは父の方だ。大好きな人も、自分の子どもも守れない。僕を傷つけていないように見えても、とっくに僕はズタズタにされていた。今さら父親の責任を果たそうとしても、もう遅い。二人は喋り続けた。その声がうるさくて、全然休めなかった。僕の頭はだんだんぼーっとしてくる。まるで暗い迷路の中で、出口がまったく見つけられないみたいだ。手足はコンクリートで固められたみたいに重くて、意識だけが頭の中に閉じ込められてる。その感覚は、すごく苦しくて絶望的だ。そんなある日、弟も両親といっしょにお見舞いに来た。「お父さん、お母さん!いつまでお兄ちゃんのそばにいるの?早く死ねばいいのにって言ってたじゃん!」弟が思わず口にした言葉に、両親は慌てていた。「やっと死にそうなんだから、ちょうどいいんじゃないの?」思い出した。昔、僕が何か悪いことをすると、母はいつも僕の肩を力いっぱい揺さぶった。「なんでまだ死なないの?みんなを不幸にしないと気が済まないわけ?」って罵った。急に、体も心もズキズキ痛んできた。生きたいっていう気持ちが、すーっと消えていった。たとえ目が覚めたって、何になるんだろう。あんなみじめな愛情をもらったって、どうなるっていうんだろう。二人の見せかけの後悔なんて、信じられない。僕は生まれた時から、ずっと不幸だったんだ。これまでだって辛かったし、これからもきっと辛いままなんだ。こんな人生なら、もういらない。そう思った瞬間、心電モニターから、短くて甲高い音が鳴り響いた。激しく上下していた線が、ぴーっとまっすぐに伸びる。そして、単調なブザー音だけが鳴り続けた。さっきまで僕のそばで必死に「愛してる」と言っていた両親は、魂が抜けたみたいに、その場で固まっていた。しばらくして、やっと我に返ったみたいだった。僕の体にすがりついて、泣き叫んでいた。……僕は死んだのに、消えなかった。神様は僕を簡単に解放するつもりはないらし

  • 100円足りなくて、家に帰れない   第5話

    内田渚(うちだ なぎさ)はベッドで何度も寝返りをうったけど、眠れなかった。毎日一緒に過ごすうちに、長男にも情が湧いていたことを、彼女は認めざるをえなかった。あの子は初めての子どもなんだから。血のつながりもあるせいか、その気持ちはどんどん強くなっていった。海斗が家にいない今日、なんだか落ち着かなかった。この何年も、自分の人生がうまくいかないのを海斗のせいにし続けてきた。そうやって理不尽に怒りをぶつけてきたんだ。でも、本当はわかっていた。昔、過ちを犯したのは自分のほうだって。ただ、自分が弱くて、ずっと現実から逃げていただけなんだ。それに、海斗は、いつもおどおどしていて、みんなの機嫌をとるのがやけにうまかった。浩輔は、自分が産んだ子ども。海斗だって、自分が産んだ子ども。もしかしたら、海斗にもっとやさしくしてあげるべきなのかもしれない。次の日、渚は朝早くに目が覚めた。空が明るくなるのを待って、妹の家に電話をかけた。まず咳払いをして、海斗が勝手にいなくなったのを叱るふりをするつもりだった。だけど電話の向こうはきょとんとしていて、昨夜、海斗は来ていないと言った。渚は、頭が真っ白になった。駅の近くに、他に頼れるような知り合いなんて思いつかない。その時、急に胸騒ぎがした。渚はすぐにベッドから飛び起きて、自分で探しに行こうとした。でも、玄関のドアを開けた瞬間、彼女は凍りついた。ドアの前に、黄色い毛のついた何かが血まみれで横たわっていた。それを足でどかしてよく見ると、まさか、それは長男だ。渚はその場に膝から崩れ落ち、声も出せなかった。……僕が病院に運ばれた時、もう意識はなかった。医師がたくさんの薬とチューブを使って、なんとか僕の命をつなぎとめてくれた。「全身の4割にやけど、それに無数に縫い合わされた跡……足の裏も泥で擦りむけています。この子は一体、どんな酷い目に遭ってきたんでしょう」医師の薬が効いたのか、僕の意識が少しずつ戻り始めた。だんだん音が聞こえるようになったんだ。体はまだすごく痛い。でも、あの犬の皮が剥がされたのはわかった。母が、焦ったように質問しているのが聞こえた。「犬の皮を取ったんですから、うちの子はもう大丈夫なんですよね?」医師は、悲しみ

  • 100円足りなくて、家に帰れない   第4話

    僕だって悪くないのに、どうして、なにもかも僕のせいにするの?母はキッチンから麺棒を持ってきて、何度も、何度も僕をぶった。弟の仕返しをしてるのか、自分のつらい人生を僕にぶつけてるのか、わからなかった。やがて、母はすっきりしたようだった。僕の体は、あざだらけになっていた。体の痛みに、これまでずっと我慢してきた悔しさが、一気にこみ上げてきた。「お母さん、もし選べるなら、僕だって生まれたくなかったよ」僕はそうつぶやいた。母は一瞬きょとんとして、すぐに僕の言葉の意味がわかったみたいだった。その目には、一瞬だけバツの悪そうな色が浮かんだ。でも次の瞬間、それを隠すみたいに麺棒を床に叩きつけた。「まだ自分が悪いって、わかってないのね!その上に正座して!もう立っちゃだめ!」あの日、僕は麺棒の上に正座させられて、ひざが何度も床にすべり落ちた。体は、すごくすごく痛かった。そしてあの日から、両親は、僕をこらしめるためなのか、一度も優しい顔を見せてくれなくなった。心も、すごくすごく痛かった。……ふと、意識が倉庫の現実にもどってきた。どうせ僕のことなんて誰も愛してくれないんだって、一瞬思った。このまま殺されちゃっても、もういいやって。でも、カミソリの刃を見つけたとき、どうしても生きたいっていう気持ちが、心の底からわきあがってきたんだ。ちょうどその時、変なおじさんはお湯を沸かし終わったところだった。相手は大人だ。カミソリの刃は小さいし、僕の力も弱い。まともにやりあっても、勝ち目はない。相手が油断するのを待つしかない。彼は熱いお湯で犬の皮をふやかすと、それを針で僕の体にびっしりと縫いつけはじめた。針と糸が皮膚の中を何度も通るたびに、痛くて、痛くて、冷や汗が止まらなかった。幸い、倉庫の中が薄暗かったから、おじさんの手つきはゆっくりだった。おかげで、痛みで気を失わずにすんだ。しばらくして、彼が糸をつけ替えるすきに、僕はカミソリの刃でその目を思いっきり切りつけた。先生が言ってた。そこが、人間の一番弱いところだって。おじさんが目を押さえてうめき声を上げているうちに、僕は倉庫から飛び出した。追いかけてこようとしていたけど、もう何も見えていないようだ。後はもう、罵る声が聞こえるだ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status