LOGIN帰りの車は荷物でいっぱいになり、弟しか座る場所がなくなったので、両親は僕に100円を渡し、バスで帰るように言った。 でも、バス代は200円だった。 「どうしてそんなに気が利かないの?『子供だから100円でいい』って言いなよ」 二人はそう言い捨てると、弟だけを連れて行ってしまった。 家に着いたら、母が、弟に新しく買ったおもちゃの箱を開けてあげていた。 そして、父は、彼に新しい服を着せてあげていた。 外がどしゃ降りの雨になって、二人は、ようやく僕のことを思い出した。 「あの子、なんでまだ帰ってこないの。本当にトロいんだから、何にもできやしない!」 だけど、その時、たった100円足りなかったせいで、僕はバスから降ろされ、別の方法で帰るしかなかったんだ。 その後、変わり果てた姿にされた体を引きずって、僕が家にたどり着いた時、みんな、その場に泣き崩れた。
View More母は傘もささず、弟を探しに飛び出していった。弟も、僕と同じ目に遭ってしまうんじゃないかって、すごく怖かったんだ。母はありとあらゆる場所を探し回った。周りの人たちは、おかしな人を見るような目で彼女を見ていた。でも母は気にせず、会う人に尋ねて回る。「うちの息子を見ませんでしたか?名前は内田浩輔です」でも、そうやって尋ねているうちに、いつの間にか、こうなっていた。「うちの息子を見ませんでしたか?名前は内田海斗です。あの子はちっちゃくて、すごくいい子なんです」お母さん。もしあの事件の日、僕を探しに来てくれてたら、よかったのに。でも、僕はもう死んじゃったんだ。だから、もう二度と僕を見つけることはできないんだよ。母は、雨の中を走り続けた。顔を濡らしているのが涙なのか雨なのか、もう分からなかった。その時、母の少し先に、古ぼけたワゴン車が突然現れた。僕を連れ去った、あの車とそっくりだった。僕は、あの男の仲間が仕返しに来たんだって分かった。心臓がどきどきして、息が止まりそうだった。何人かの体の大きい男たちが、棒を持って車から降りてきた。男たちは母を捕まえて、ひどく殴ったり蹴ったりした。母もこうなるって分かってたみたい。でも逃げずに、自分を罰するかのようにされるがままになっていた。どうして母がそんなことをするのか、僕には分からなかった。その時ふと、僕が火葬された日のことを思い出した。母が、僕の体にかけた最後の言葉。「お母さんが、あなたへの償いをするからね」これが、お母さんの償い方だったの?お母さん、ちゃんと見てるよ。でも、本当にそんなことしなくていいんだ。……母は、雨の夜に死んだ。死ぬ間際に、彼女は夢を見ていた。それは、またあのトイレに戻る夢。今度は、赤ちゃんについた血をそっと優しく拭いてあげた。そして、赤ちゃんを、ぎゅっと胸に抱きしめていた。やっぱり、自分の産んだ子を心から憎める親なんていないんだ。誘拐犯たちは馬鹿げた仲間意識のせいで、また事件を起こした。手口があまりにひどかったから、警察も特別チームを組んで、3日も経たずに全員捕まった。それで、僕の弟はというと、怒って家を飛び出したものの、お腹が空いたまま我慢するような子じゃなかった。前
この事件は、すごく大きな騒ぎになった。ニュースでも、さかんに報道された。みんな、あの誘拐犯を呪って、【死ねばいいのに】って言ってた。いっぽうで、こんな話もあった。あの誘拐犯が捕まったいきさつを、誰かがネットに書いたんだ。僕がたった100円のせいで命を落としたことを知って、みんなは両親を、すごく責めた。【ひどい親だ。次男は車で送り迎えなのに、長男はバスなんて】【あんな家に生まれたから、こんなにいい子が殺されたようなものだ。かわいそうに】両親の個人情報も、ネットにさらされてしまった。家のドアには悪意に満ちた落書きが踊った。母はそのありさまを見て、なんだかぼーっとしていた。昔、ひとりでこっそり僕を産んだ時の、周りの噂話を思い出したみたい。外で男と浮気したとか、下品で下劣だとか、陰で散々悪口を言われた。あのころの母は、赤ちゃんだった僕を殺したいとさえ思った。その後もずっと、僕を虐待し続けた。だから今回も、母はまた僕を怨むんだと思ってた。平穏な生活を壊されたと、僕を責めるだろうと。でも今回は、彼女はすべての責任を取った。みんなの前で、ふかく、ふかく頭を下げた。そして、「そばにいる人を大切にしてください。失ってから後悔しても遅いですから」って伝えていた。父も、もう弱虫じゃなかった。母と一緒に、すべてを受けとめようと決めたんだ。ただ弟だけが、この状況についていけなかった。学校では、もう誰も彼と遊んでくれなくなった。両親は僕のことで忙しくて、彼にかまう時間がすごく減った。今までずっと大事にされてきた子だったのに、いきなり全部なくなったんだ。そんなの、たえられるわけがない。弟は、大声で泣きわめいた。あげくの果てに、僕の遺影と骨壺まで、めちゃくちゃに壊したんだ。床に寝っころがって駄々をこねて、「お父さん、お母さん、えこひいきだ!」って叫んだ。本当は、僕が死んだからって、彼らの弟への愛情が減ったわけじゃない。むしろ、また何かあったらって心配で、前よりもっと目を離さなくなったくらいだ。ただ、僕のことにも、気持ちを向けなきゃいけなくなっただけだ。ねえ、浩輔。これくらいで、もう耐えられないのかい?でも、知ってる?僕が過ごしてきた13年間は、こんなものの
幽霊になった今でも、ここに戻ってくると、やっぱり怖くなってしまう。中にいた子供たちは、誰かが助けに来てくれたことに気づいた。みんな口ぐちに「あー」とか「うー」とか叫んでいた。でも今度は、喜びで興奮しての声だ。あまりにむごい光景を目の当たりにして、普段は無愛想な警察官でさえ、涙をこらえきれなかった。ひどい。ひどすぎる。人間のやることじゃない。父は、倉庫の床に皮を剥がれた犬が転がっているのを見つけた。もとは真っ赤だったはずの犬の体が、もう黒ずんでしまっていた。その周りを、数えきれないほどのハエが飛び回っている。床には、あの汚れた針も落ちていた。その瞬間、父の怒りが爆発して、夢中で近くにいるはずの誘拐犯を探し始めた。誘拐犯はパトカーのサイレンを聞いて、逃げ出していた。でも、彼の目は僕が傷つけていた。だから、すぐ近くで見つかった。父が誰よりも先に駆け寄って、その男の頭を掴んでコンクリートの地面に何度も叩きつけた。「よくも俺の子を!よくも俺の子を!」父の顔には青筋が浮かんでいて、その時だけは、ちゃんとした父親みたいに見えた。でも、そうなるための代償は、あまりにも大きすぎた。本当に、大きすぎたんだ。父は、あの男の服を探って、僕が奪われた銀のブレスレットを見つけ出した。震える手で、そっとそれを胸にしまった。「これは海斗のブレスレットだ。あの子が俺に残してくれた、たった一つの形見なんだ」でも、そのブレスレットに彫ってあるのは、弟の名前だってことを、父は忘れてるみたいだ。あれは、父が弟の誕生日にあげたプレゼントだった。僕はそれを拾ってから、ずっと大事につけていたんだ。でも、それを見つけた弟が、僕が盗んだんだって泣き出した。僕が「拾ったんだ」と説明しても、弟は父に捨てたことがバレるのを恐れて、僕を泥棒だと言い張って、無理やり奪おうとした。僕たちがもめていると、父が間に入ってきた。そして、「浩輔は人が使ったものはいらないだろうから、今度もっといいのを買ってやる」と言った。そう言うと、父は銀のブレスレットを、まるで恵んでやるみたいに僕に投げよこした。それなのに今、父はそのブレスレットが僕が残した唯一の形見だなんて言ってる。……誘拐犯は、父と母が、前日逃げた
その後、二人は結婚した。でも、母が僕にどんなひどいことをしても、父は止めるでもなく、助けるでもなく、ただじっと見てるだけだった。母が僕に、一人でバスで帰れって言ったときも、何も言わないし、何もしない。まるで他人事みたいに。最初から最後まで、一番弱虫だったのは父の方だ。大好きな人も、自分の子どもも守れない。僕を傷つけていないように見えても、とっくに僕はズタズタにされていた。今さら父親の責任を果たそうとしても、もう遅い。二人は喋り続けた。その声がうるさくて、全然休めなかった。僕の頭はだんだんぼーっとしてくる。まるで暗い迷路の中で、出口がまったく見つけられないみたいだ。手足はコンクリートで固められたみたいに重くて、意識だけが頭の中に閉じ込められてる。その感覚は、すごく苦しくて絶望的だ。そんなある日、弟も両親といっしょにお見舞いに来た。「お父さん、お母さん!いつまでお兄ちゃんのそばにいるの?早く死ねばいいのにって言ってたじゃん!」弟が思わず口にした言葉に、両親は慌てていた。「やっと死にそうなんだから、ちょうどいいんじゃないの?」思い出した。昔、僕が何か悪いことをすると、母はいつも僕の肩を力いっぱい揺さぶった。「なんでまだ死なないの?みんなを不幸にしないと気が済まないわけ?」って罵った。急に、体も心もズキズキ痛んできた。生きたいっていう気持ちが、すーっと消えていった。たとえ目が覚めたって、何になるんだろう。あんなみじめな愛情をもらったって、どうなるっていうんだろう。二人の見せかけの後悔なんて、信じられない。僕は生まれた時から、ずっと不幸だったんだ。これまでだって辛かったし、これからもきっと辛いままなんだ。こんな人生なら、もういらない。そう思った瞬間、心電モニターから、短くて甲高い音が鳴り響いた。激しく上下していた線が、ぴーっとまっすぐに伸びる。そして、単調なブザー音だけが鳴り続けた。さっきまで僕のそばで必死に「愛してる」と言っていた両親は、魂が抜けたみたいに、その場で固まっていた。しばらくして、やっと我に返ったみたいだった。僕の体にすがりついて、泣き叫んでいた。……僕は死んだのに、消えなかった。神様は僕を簡単に解放するつもりはないらし