医師免許を不正な告発によって剥奪されたあと、私――中村美穂(なかむら みほ)は、辺鄙な田舎で教育支援ボランティアとして働くことにした。学校が主催したチャリティ基金の感謝会で、私は何年ぶりかに元夫・桜井真言(さくらい まこと)と顔を合わせることになった。真言はスーツを端正に着こなし、かつての無骨で貧しかった青年とは似ても似つかない、周囲から「若くして成功した桜井社長」と呼ばれる男へと変わっていた。隣に、教育支援ボランティアの新人が、小声ながらも驚きを隠せずに囁いた。「先輩、あの方……確か、先輩のお部屋で写真を見たことがあります。亡くなったっておっしゃってた、元ご主人じゃないですか?」私は首を横に振り、声を落として答えた。「見間違いよ。似ているだけ」すると新人は、崇拝するような眼差しで感嘆した。「そうなんですね。聞いたところによると、桜井社長の資産は数兆円規模らしいですよ。それに、いろいろ慈善活動もされているとか。本当に社会貢献に熱心な方ですよね」私は目を伏せ、それ以上、何も言わなかった。ええ、もちろん善人だ。だって、あのとき私の違法医療行為を真っ先に証言し、私から医師である資格を永遠に奪ったのは――ほかならぬ彼なのだから。……「先輩、桜井社長が来ましたよ!」隣にいた新人、西崎雅子(にしざき まさこ)が興奮した様子で私の袖を引いた。彼女が言い終わるより早く、懐かしいオーデコロンの香りをまとった影が近づいてきた。「美穂」真言の声は、記憶の中よりもずっと低かった。私は顔を上げ、感情を押し殺したまま、静かに彼を見据えた。私が口を開く前に、満面の笑みを浮かべた校長が割って入った。「これはこれは、桜井社長。ご多忙のところご足労いただき、誠にありがとうございます。こちらが、本校で教育支援にあたっております、中村美穂先生でございます」そして私のほうを向き、「中村先生、こちらが今回、多大なるご支援を賜りました桜井社長でいらっしゃいます。どうぞ、ご挨拶を」と促した。私は立ち上がり、礼儀正しく、しかし距離を保ったまま軽く会釈した。「桜井社長、ご挨拶申し上げます」真言の表情が、一瞬だけ曇った。その背後で、秘書が何か言いかけたが、彼はそれを手で制した。真言は雅子に、ミネラルウォーターのボトルを一
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